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2-10 第一試合終了

「あわわわわ、りゅりゅりゅ竜一助けて!」

「水瀬のアホー!」


 蟻地獄に滑り落ちた水瀬は運よく竜一の霊服に捕まることができ、何とか上地の下まで落ちずに済んでいた。

 しかし状況は未だ変わらず、それどころか悪化したとも言える状況になっているのだが。


「竜一、さっきはどうやってこいつ倒したんだ?」

「どうやってって、鉄屑で滑って殴った」

「ごめん何言ってるのかわかんない」


 水瀬が竜一へ問いかけるが、その返答で尚謎が深まるばかりだった。


「とにかく、今はこの散弾みたいな魔法弾が邪魔で迂闊に突っ込めないんだ。水瀬何とかできないか?」

「何とかってお前なぁ。この程度の散弾なら対魔法防御魔法(マジックシールド)で防げるかもだけど、どうせそれも罠だぞ」


 竜一の背中に隠れてる水瀬が問いに答える。


「じゃあこの前みたいに水瀬の固有魔導秘術(リミットオブソウル)で俺を超強化するのは?」

「あれは本当に博打みたいなもんなんだぞ! あの時はうまく成功したけど、次も成功するとは限らないんだから危険すぎる」


 あの時……それは銀次との戦闘の時のことなのだろう。竜一は水瀬の固有魔導秘術(リミットオブソウル)――『魂の共鳴(オールインオール)』の使用を考えていたらしいが、それも水瀬に敢え無く却下される。


「まぁでも、少し離れた上で最小限の身体能力向上魔法(フィジカルブースト)なら、今の竜一なら使える……かも?」

「本当か!?」

「う、うん。一回潜在能力を解放してるし、オレの身体能力向上魔法(フィジカルブースト)を受けて動いた経験もあるし、たぶん……ね?」


 流れる散弾、身を守る剣。お互いの攻防に決め手をあぐね、上地は業を煮やしたのか、その均衡を崩しにかかった。


「お前ら色々相談しているようだが、もうそんな時間与えるつもりはねぇぞ。これでお終めーだ! 固有魔導秘術(リミットオブソウル)――『砂の飽食者(サンドワーム)!』


 上地がそう高らかに答えると、その前方に人ひとり分の大きさをした大きな昆虫が現れた。

 スズメバチの様な大きな顎は獲物に食らいつくが如く甲高い音を鳴らしながら開閉を繰り返し、真っ赤な多眼は竜一らを見据えている。


「ヒィ!? 竜一、虫! 大きくビッグな虫が!? いやぁぁぁぁぁああああぁぁ!?」

「おおお落ち着け水瀬!」

「虫嫌い虫嫌い虫嫌いッ!」

「お前そんな虫嫌いだったのか!? というか反応するところそこ!?」


 竜一は軽いパニックで目を回す水瀬を背中に隠し、もう一度虫を見やる。

 すると、虫は既に上地の前方にはいなかった。

 その代わり……。


「あっ!? こっちに向かってきてる!? こいつ、砂を泳ぐように進んで!」

「いやぁぁぁぁあああぁぁあ虫が砂を泳ぐぅぅぅッ!?」

「落ち着け水瀬!」


 罠にかかった獲物を喜々として取りに来るかのように、その虫は真っ直ぐ竜一らの方へ向かってきていた。


(どうする!? この状況で正面からこの虫を相手にするか。それかまた空中に退避するか? いや、今度は上地も逃さないだろう。空中に退避した瞬間にあの魔法弾で狙い撃ちされるのが関の山だ。どうする……どうする!?)


 一瞬の思考。しかし逃げ場のない現状。竜一の持てる能力を鑑みても状況の打破は非常に困難だと結論付けてしまう。

 その間にも虫は近づき、あと5メートルほどのところまで来ただろうか。水瀬がパニックのまま腰にしまった霊装の拳銃を抜き出し、


「くくく来るなぁ!」


 狙いをつける間もなく発砲をする。

 当然、それは虫に当たるわけもなく左右へ着弾するのだが――その瞬間、虫がその着弾点へ反応する。


「ん? 今のは……?」


 反応したのは一瞬だけ。虫はすぐさま狙いを竜一らに戻し、砂を泳ぎ始めるが。


「……水瀬! どこでもいい、どこでもいいから砂に銃を撃ってくれ!」

「ララララージャでありりりまんすぅ!」


 わかったのかわかっていないのか、言葉がおかしくなってきている水瀬は虫のまたも左右に発砲をした。

 すると魔法弾が砂に着弾すると同時に、またも虫はそちらに反応をしているようだった。


「――なるほどな」


 ニヤリ、と竜一は何かを含んだような笑みを浮かべると水瀬を抱えこみ。


「水瀬、説明している暇はないが勝負にでるぞ!」

「ふぇ!?」

固有魔導秘術(リミットオブソウル)――『《生命の輝き(デスペラードハート)』ッ!》

「えっ、ちょ、え、竜一っ!?」


 竜一が固有魔導秘術(リミットオブソウル)を展開すると同時に、両手に抱え込んだ水瀬を虫の真上目がけて投げる。


「水瀬、俺に最小の身体能力向上魔法(フィジカルブースト)を!」

「えっ!? あっはい身体能力向上魔法(フィジカルブースト)っ!」


 宙を舞う水瀬の手から薄い紫色の魔法が射出されると、それは竜一に降り注ぎ。


「んぐぅ……やっぱりキツイが、この前のでちょっとはコツを……掴んだからなぁ!」


 少し離れた位置からの最小の身体能力向上魔法(フィジカルブースト)と言えど、通常のものに比べたら効果は絶大である。

 竜一はその恩恵を受けた身体で足に絡まる砂を蹴りつけると猛スピードで砂を泳ぐ虫へと突っ込み。


「ハァッ!」


 先ほど水瀬が放った着弾点に反応していたその虫を一閃。

 虫は真っ二つになると同時に粒子となりその場から消え去ると、竜一の掲げた両手に水瀬が落ちてくる。


「おおおおい竜一こういうことはあらかじめいってくれねーと」

「水瀬、前方に対魔法防御魔法(マジックシールド)!」

「え!? ははははい!」


 水瀬が対魔法防御魔法(マジックシールド)を展開すると同時に上地からの魔法弾が接触。相殺を確認すると竜一は水瀬を両手で抱えたまま、再びその強靭な脚力で砂を蹴り突き進む。


「灰村テメェ! なんだそのバカみてぇな力は!」


 水瀬は声のする方、上地を見やると驚愕の表情を浮かべていた。この身体能力は予想外だったのか、事前に準備していたと思われる魔法陣を大慌てで前方に展開するも。


「これがお前らがバカにした、水瀬の支援魔法の力だッ!」

「支援魔法!? でもそれを使えるやつなんていないんじゃあ!?」


 スピードに乗った竜一が一気に上地の懐に潜り込む。

 上地が展開した奥の手を思しき魔法陣の内側へ入り込むと、竜一は両手に抱えた水瀬へ目配せをするように見やり。


「じゃあ、お前も試してみようか? 『身体能力向上魔法(フィジカルブースト)』ッ!」


 と、水瀬が身体能力向上魔法(フィジカルブースト)を上地の胸に目がけ射出する。


「ナガァァアア!? 体が、体が動かねぇ!? なんで、なんで底辺の灰村は動けるのにぃ!」

「底辺も、たまにはやるもんだろ?」


 竜一がそう言うと、水瀬が長原の時と同様に右手の銃を上地の額へ突き付け、満面の笑みを向ける。


「それじゃあ、お・や・す・み」

「ちくしょう……ちくしょおおおおおう!」


 水瀬が引き金を引き、上地も長原と同様脳震盪を起こし気絶をした。

 すると、会場の至る所から試合終了のブザーが鳴り響き、足元にあった砂は徐々に消滅していく。

 水瀬らの第一試合が終了したのだった。


 ◇◇◇


 保健棟病室、試合は水瀬らの勝利となったが、思いのほか竜一の傷が多かったため、試合後竜一らは保健棟へ搬送されたのだった。


「いや~葵ちゃん頑張ったねぇすごいすごい!」

「ちょ、真琴ちゃん、首キツイ……離れて……」


 そう言うのは試合を観戦していた真琴だ。真琴と岩太郎は試合後に竜一らが保険棟に搬送されたと聞き飛んできたようだった。

 今は竜一の治療も横目に真琴が水瀬に抱き着いているところである。


「うん、真琴ちゃんも心配かけてごめんね」

「その様子だと、葵ちゃんも吹っ切ったみたいねぇ」


 真琴の安心したようなその目に、少し照れた様子で微笑み返す水瀬。隣で見ている岩太郎も何を言っているのか察したようで、黙ったままその様子を見守っていたのだが。


「おい、俺を置いて何を話進めてるんだ。吹っ切ったって何のことだ? ようやく水瀬が話してくれるようになったのは嬉しいが、俺はさっぱりだぞ」

「竜一くん……キミってやつは……」


 隣で治療を受けている竜一が不満げな声に、さすがの岩太郎も苦言を呈せずにはいられなかった。

 治療を施している単発黒髪に黒縁眼鏡がトレードマークの雇われ医者、三木も興味深そうにその話を聞いている。


「灰村くんのこういう所に、水瀬くんも救われたのかな」

「三木先生まで何言ってるんスか。何のことかさっぱりなんですけど」

「まっ、何があったのかは水瀬くん本人から直接聞きなさい。ほら、治療はこれで終わりだ。今日は一応ここのベッドで安静にしていてくれ。水瀬くんも、よかったらこの後僕のところに寄ってくれないか。ちょっと早いが定期健診でもしよう」


 三木がそういうと竜一の背中を叩きながら立ち上がり、自室へと戻っていった。


「全く、いったい何なんだ。なぁ水瀬?」

「……はぁ」


 竜一がキョトンとした顔で水瀬へ尋ねるが、その水瀬は溜め息をつく。当然、真琴と岩太郎もであるが。


「まぁつもる話は二人ですると良い。真琴くん、僕らも退散しようか」

「そうね。それじゃあ葵ちゃん、明日のお昼は一緒にご飯食べようね」


 真琴らはそう言い残すと病室を後にする。

 部屋に残された水瀬と竜一に沈黙の音が響く。照れているような、困ったような、そんな表情が水瀬の顔には浮かんでいた。

 と、竜一がそれを見て再度語りかける。


「なぁ水瀬、さっきのは何のことかよくわからないが、とにかくアイツ等をギャフンと言わせられてよかったな! ガハハハ!」

「……竜一、本当にわかっていないのか?」


 相変わらずとぼけている竜一に、水瀬は再度問いかける。

 アホ面を下げて笑っていた竜一だが、その真剣な水瀬の表情を見るや、突然そっぽを向き。


「ガハハ……、まぁ本当のところはわかっていない何てことはないけどな。わざわざ話をぶり返すものでもねーし、俺は何もしちゃいねぇ」


 落ち着いた声音で語る竜一のそれは、なるべくそれに触れないように、大切なものを扱うように慎重になっているかのようで。


「竜一。オレな、この前自分の中に男と女両方の魂があるって言われて、すごい困惑してたんだ」

「……知ってる」


 そっぽを向く竜一に水瀬は穏やかに語りかける。それは憑き物が落ちたかのように、穏やかな表情だった。


「オレは自分が男だと思ってるし、戻りたいと思ってる。だからこそ、今の自分を認めることが出来なかったんだ」


 相変わらずそっぽを向き、窓の外を竜一は眺めている。

 水瀬もそれに合わせ外を見やる。夕方だというのに外はまだほんのり明るい。


「竜一といると、なぜかオレは女の部分が強く出てきてしまう。そんな自分がまた嫌で、だからオレは竜一を避けていた……んだと思う」

「思うってオイ」

「おおおオレにもわからないんだよ! だからたぶん!」


 竜一の野暮なツッコミに水瀬が訂正を入れ、続ける。


「それでな、オレはどっちの人間なんだろう。どっちで居たいんだろうって思ってたんだけど、さっきオレが捕まってるときに竜一が言ってくれた言葉でな、少し心が軽くなったんだ」

「あぁ」


 『水瀬という人間が形成される根幹』――竜一の言ったその言葉。水瀬はそれを指しているのだろう。自身のアイデンティティが崩壊し、何を信じればいいのか、何を想えばいいのか。水瀬はきっと、その言葉で何かを見つけたのかもしれない。


「男でも女でも関係ない。いや、もしかしたら今のオレは身体はもちろん、心も女になっていってるのかもしれない。それでも、オレはそれを否定せず、受け入れようと思えたんだ」


 水瀬は胸に自身の手を当て、心臓の鼓動を感じる。

 魂という見えないもの。しかし、確かに水瀬のこの身体には存在し、今も活動を続けている。

 水瀬は顔を上げ、相変わらずそっぽを向いている竜一に向けて微笑むと。


「だからな竜一、ありがとう。いつも助けてくれて、ありがとう」

「ん」


 感謝の言葉を伝える。

 そっぽを向いた竜一の頬は夕焼けのせいか、ほんのりと赤くなっていた。

投稿遅くなってしまいすみません!

今後共どうぞよろしくお願いします!

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