2-9 水瀬の覚悟
目に充血を溜めた上地が右手の杖を上空へ掲げると、再び上地の下半身は砂の中へ吸い込まれていく。
「今度はさっきのようにいかねぇぞ最底辺。飽食の蟻地獄ぅ!」
上地が魔法を唱えると、竜一の足元の砂が先ほどと同じ蟻地獄のように上地を中心に流れ落ち始めた。なりふり構っていないのか、その流れ落ちる速さは先ほどよりいくらか速い。
「クソ、そのまま寝ていてくれればいいものを……!」
竜一が再び鉄屑を足元に置こうとすると、上地が竜一目がけて先ほどより小さな灰色の魔法弾を、まるで散弾のように放ち始めた。
「同じ手は食らわないって言っただろう灰村ァ!」
「こいつ……ちょこざいな!」
その散弾をそのまま受けるわけにもいかず、竜一は鉄屑を前方に突き刺し盾替わりに身を守る。
鉄屑を突き刺したおかげで落ちるスピード自体は遅くなったが、それでもゆっくりと下方へ流れていく。
「竜一っ!」
丘陵の淵、長原に捕まった水瀬に焦りが見える。
先ほどまでは戦意喪失をしていた水瀬ではあるが、竜一のぶっきらぼうな言葉にその心の雲を取り除くことはできたが、ピンチであることには変わりなく。
目の前で起きる事態に受動的でしかいられない自分に怒りにも似たものを感じていた。
「おっと動くなよぉ水瀬ちゃん。痛い目に合いたくないだろう?」
水瀬のこめかみには依然として長原が杖を掲げている。何かあったら即座に撃つつもりなのだろう。
長原に身体能力向上魔法を撃つことも考えるが、水瀬の取得魔法は先日の岩太郎・真琴との練習試合で割れている。水瀬に接近していることを考えると、恐らく長原は対策をしているのだろう。
(長原は地上に上がってから竜一にもオレにも魔法を使っていない。恐らく常時反射の鎧を展開しているのだろう)
相手の魔法、特に状態異常系統の物理的衝撃のない魔法に関しては相性の良い反射の鎧は、その強力な効果から制御が難しい。展開しながら他の魔法を使うには相当な手練れでないと不可能と言われるそれを展開していると考えると説明がつく。
(つまり、竜一かオレに攻撃する瞬間、それか意識が逸れた瞬間は無防備になるってこと……)
心の雲が晴れた水瀬は、これまで思考を割いていたその領域を全てこの現状の分析へと回す。
(竜一はいつも自分に危険が及ぼうとオレを助けてくれた。今だってそうだ……。なのにオレはいつもそれを受けるだけで)
晴れた心は頭を巡り、思考のシナプスを刺激する。アドレナリンが徐々に分泌され、次第に興奮状態になっていくのを水瀬自身感じている。
なぜ高揚感を感じているのか、なぜこの現状にワクワクしているのか。それは水瀬自身理解しているだろうか。
(オレだってやるんだ。竜一ばかりに苦労を掛けさせるわけにはいかない……だってオレたちは――)
しかし、今水瀬の心に固まったその『覚悟』は、水瀬をさらに高揚の空へと羽ばたかせる。
「――バディだからな」
「あっ?」
水瀬は不敵に笑みを浮かべながら、深く息を吸い込むと、右手を長原のうち太ももに這わせるように擦りだす。
そして長原にしか聞こえない声でそっと……。
「――長原、取り引きをしないか?」
「あっ? お前なに言って」
水瀬の白く華奢な指先の腹が長原の太ももを優しく擦る。フェザータッチなその触り具合はともすれば深い快感を感じさせることも可能で。
「オレを……いや、ワタシを解放してくれたら、いいことしてア・ゲ・ル」
「お前、お……俺に男の趣味は」
「してほしく……ないの?」
水瀬の手は長原のうち太ももから徐々に付け根まで伸びていく。
しかし、決して肝心なモノは触らないそのもどかしさは相当なもので。
女性の声としか思えないその囁き、紅潮した頬、見上げる瞳。長原にはそれが本当に男なのかどうでもよくなってきた感覚が押し寄せる。
「ほ、本当にしてくれるんだろうな?」
長原のその問いに、水瀬が優しく微笑みかけると――。
「ソォォオオォイッ!」
「ンアアアァァァアアアアアァァァァアアァアアッ!?」
這わせた右手に握りこぶしを作り、全力で長原の大事な部分を殴りつける。
油断していた長原はその地獄の業火に焼かれるような強烈な衝撃に思わず飛び跳ね、水瀬を拘束していた腕を解放する。
「テ……テメェ……水瀬――ッ!?」
うずくまる長原が涙目で見上げると、一丁の拳銃が額を突いていた。
「ア……こ、これは~、水瀬くん?」
長原の顔から汗が湧き出る。涙目の目は見上げる水瀬をとらえるが、立場が逆転し、嗜虐的な笑みを浮かべる水瀬の様相は、ある種の妖艶さを醸し出し。
「反射の鎧張ってたって直に魔法弾叩き付けられたら脳震盪くらい起こすだろう」
水瀬の見下すその瞳は、撃たれる長原の駆け巡る脳髄に刺激を与え、それはまるで新天地を巡るかのように。
「これで終わりだ。ナ・ガ・ハ・ラ・クン」
「――天使だ……」
満面の笑みを浮かべた水瀬は、長原の額に魔法弾を撃ち放つ。
威力を抑えたと言えど、この超至近距離からの発砲は水瀬の予測通り長原を気絶させるには十分だったようで、長原は白目をむいて気絶していた。……ほんのり幸せそうな表情を浮かべたまま。
長原を撃破した水瀬は丘陵の淵へと駆けよると、竜一は依然として上地の散弾を受けており、防戦一方でいた。
「おーい竜一~、大丈夫か~?」
「大丈夫なわけないだろう! というか何で水瀬がそこにいるんだよ、長原はどうした!?」
「倒した」
「「倒した!?」」
驚愕な表情を浮かべる竜一と上地の顔を見られて満足したのか、水瀬はご満悦な笑みを浮かべ淵で仁王立ちしていた。
「ふふふ、いつまでも助けられるオレではないということだ」
「じゃあその勢いのまま俺も助けてくれよ!」
しょうがないなと言わんばかりに水瀬はフッと鼻で息をすると、その両手に持った霊装拳銃を上地へ向けて発砲する。
水瀬の霊装拳銃は威力が低いため、丘陵の淵から最下層の上地へ直撃してもほとんど効果はないだろう。しかし牽制程度にはなる。そう思っていたのだが。
「そんな淵ギリギリに立つなんて迂闊だぜェ水瀬ちゃ~ん」
上地の身体から黄色い魔力の残滓が飛ぶと、蟻地獄が急激に活発な動きを始める。
それは流れが早くなるということもあるが、さらにはその範囲がさらに拡大し、水瀬の足元をも崩しさると。
「――ッア、アレ!?」
足元を崩された水瀬は体勢を崩し、
「あわわわわ、りゅりゅりゅ竜一助けて!」
「水瀬のアホー!」
蟻地獄の中へと落ちていく。
「お前ら二人ともアホだろう……」
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