2‐5 自身の在り処
遅くなってしまいすみません!
またちょこちょこ更新していきます!
時刻は昼過ぎ。
太陽もまだ頭の真上を通ろうしている昼下がり。本来であれば水瀬は学校で午後の授業を受けているハズであった。
あったのだが……。
「葵ちゃん! 次はあれやりましょ、あれ!」
水瀬は真琴に連れられ、街へ繰り出していた。もちろん授業はサボりである。
現在はこの街で一番大きなゲームセンターへ足を運び、真琴が次々と真新しいゲームに硬貨を注ぎ込んでいる。
普段はもっぱら家で据え置きゲームを嗜む水瀬にとって、最近の真新しいゲームは馴染みがない。これといってやりたいゲームも特になく、真琴に振り回されっぱなしであるが。
「ま、真琴ちゃん、いったいどうしたのさ。なんで急にこんな」
「ほら葵ちゃん早く早く!」
水瀬の言葉など聞く耳持たず、目を輝かせた真琴が次々と最新ゲームに挑戦していく。
今度はどうやら格闘ゲームをやるみたいだ。相対する形で並んでいる格闘ゲーム機は、どうやら昔からのルールは変わらず、向かい合わせの人と対戦できるようであった。
真琴は一つの格闘ゲーム機に座ると、水瀬を反対側のゲーム機に座るよう促す。
「真琴ちゃん、オレこのゲームやったことないんだけど」
「大丈夫、私もないから!」
「えぇ……」
「とにかくやってみましょ! こういうゲームは一人でやってもつまらないもの。ほら、葵ちゃんもキャラを選んで」
真琴に半ば強引なお願いに付き合い、水瀬は席へつきキャラクターを選ぶ。
この手のゲームに限らず、水瀬はキャラクター選択やキャラメイキングのできるゲームではだいたい女キャラを選ぶ。そういった人も多いようで、ネットゲームなどでは女性アバターの種類などが多く、水瀬もその類の人間である。
「葵ちゃんは女性キャラを選ぶのね」
「うん、やっぱりどうせ使うならかわいい子使いたいし」
真琴もどうやら女性キャラを選んだようで、画面上ではスタートの合図となる掛け声が声高に響いていた。
「私も使うならやっぱりかわいい子がいいわ」
「真琴ちゃん女の子好きだもんね」
「ちゃんと男の子だっていけるのよ?」
「それがすごいよ真琴ちゃんは……」
話しながらも、お互い手元はレバーやボタンを勢いよく操作している。お互い負けず嫌いなのか、一進一退の攻防が繰り広げられている。
「でも、実は多くの人間がそういう素質を備えていると思うの。もちろん違う人もいるとは思うけど」
「……それはどういう意味?」
ゲームキャラクターたちの体力ゲージが半分に差し迫る。水瀬と真琴はその光景を目で追いながら、よりいっそう手元に力を込め、話す。
「だって、ゲームのキャラクターってある意味では自分の分身でしょ? 男女選べる状況で、自分の性別と反対側を選ぶって、かわいい子使いたいっていう純粋な気持ちもあるだろうけど、それだけだとは私は思えないわ」
「…………」
「――隙ありッ!」
真琴の言葉に意識を持っていかれた水瀬は、その一瞬の油断が真琴のラッシュを浴びることとなり、
「やったー私の勝ち!」
水瀬の画面上では、YOU LOSEの文字が鈍い光を放っていた。
「真琴ちゃん、さっきのは」
「葵ちゃん、次はあれやりましょ! あの女の子に大人気の可愛く撮れる箱型特殊写真機!」
神妙な面持ちの水瀬の言葉を遮るように、真琴はゲームセンター奥にある、とあるエリアを指さした。
そこは男だけでは進入禁止の女性専用聖域、数十年前に登場して以来女の子たちの心を鷲掴みして離さない特殊なエリアなのだが。
「え、でもオレあれで撮ったことないんだけど……」
「良いからいいから、ほら行くよ!」
水瀬の方へ回り込んだ真琴は水瀬の腕をつかみ、これまた半ば強引に箱型特殊写真機へと連れ込んだのだった。
数分後、写真を撮り終えた水瀬はその写真に驚愕をしていた。
「……誰コレ」
「誰って、葵ちゃんと私だけど」
「いや、別人じゃんコレ。目とか不自然にデカすぎてキモイんだが……」
「えーかわいいじゃん!」
どうやらこの箱型特殊写真機は自動で写真に加工をするらしく、女性の理想を叶えるべく目は大きく、足は細く長く、髪色は明るくなるよう設定されているらしい。
そこまで来るともう本当に別人と呼べるほどなのだが……。
「女の子の欲望ってすごい」
「男の子には言われたくないなぁ。でもほら、葵ちゃんこれかわいいよ」
「えっ、本当?」
「うん、これとかほら」
「うわーすごい、本当に可愛く撮れ……」
別人と呼べるほどなのだが、可愛く写っているという言葉につい反応してしまった水瀬は、そのことが自分の女の心によるものだと自覚をしてしまう。
先日までならそのことに自覚することもなかっただろう。しかし、今の水瀬にはそのことが一番の気がかりで、恐怖でもある。
一瞬不思議な喜びを感じた水瀬は、その感覚が逆に恐ろしく、黙り込んでしまう。
「葵ちゃん?」
「――あ、あぁ、ごめん真琴ちゃん。いや、うんありがとう、うん」
その変化に気付いたのか気付いていないのか。真琴はまたも水瀬の手を取り外へ向かう。
「あ、あれ。真琴ちゃん、今度はどこへ」
「ふふふ、まぁついてきて」
真琴に繋がれた手の温もりを感じながら、水瀬は導かれる方へ素直に歩を進めた。
◇◇◇
街の端っこにある少し高台となっているこの公園は、ともすれば街を一望できるような視界が広がっていた。
真琴に引っ張られここまで連れられた水瀬は息も切れ切れに、春先の温かい気温も相まって首筋には汗を滲ませていた。
「真琴ちゃん、ここは?」
同じ道を歩いてきたハズの真琴は、汗一つかかず、涼しい顔をして穏やかな風を浴びていた。
「ここはね、私の秘密の場所なのだっ!」
街を一番一望できる公園の端っこ、そこにある柵に身を預けながら真琴は続ける。
「ちょっと気分を変えたいときとか、落ち込んだときとかはよくここに来るの」
「でも、なんでそんな場所にオレを?」
風で髪がなびくその真琴の姿は、まるでどこかのモデルさんかのような妖艶な風靡を放っていた。
水瀬の問いに、真琴は一拍間を置くと、その唇をゆっくりと開き、
「私ね、葵ちゃんが好きよ」
「……えっ!?」
真琴を勢いよく見返す水瀬は驚愕の表情を浮かべていただろう。その目は見開き、頬は紅潮していた。
そんな水瀬の表情が面白かったのか、真琴は笑みを浮かべ続ける。
「もちろん、リューくんも好き」
「――はっ?」
「ウィルくんはー……、まぁ嫌いではないかなぁ」
真琴の続いた言葉に、水瀬は若干間の抜けた声を発しているが、真琴はそれを気にする様子はない。
「みんな、私は大好きよ。そこに性別も何もないわ」
「あっ……」
「葵ちゃんが何に悩んで、何に苦しんでいるのか、私には詳細がわからない。いいえ、恐らく聞いたとしてもほとんどの人間がそれに共感することができないと思うわ」
「…………」
真琴のその発言は何を意味しているのか。水瀬には薄っすらとではあるがわかっていた。
「でもね葵ちゃん。葵ちゃんは葵ちゃんで、それ以上でも以下でもないわ。以前の葵ちゃんは知らないけれど、身体が変わっても、魂が変わっても、そこの本質は変わらないハズよ」
それは、ここ最近水瀬が一番悩んでいた、自身の根幹に織りなす問題であった。
人間はなにをもってそれを個人と呼ぶのか。人間はなにをもってそれを自身と思うのか。それは身体か、心か。
そんな疑問は当然水瀬の中で明確化されていない。ただ、もやもやとそれに近いことは感じていたのだろう。
真琴の言葉の意味を本当に理解しているのかは不明である。しかし、その言葉は確かにゆっくりと芯に落ちていく感覚がしている。
「それに、さっきのゲームじゃないけど、人間はみんな誰しも反対の性別に大なり小なり憧れや羨望を抱いているものよ。隣の芝生は青く見えるってね」
「でもオレは……」
そう、水瀬は心に両方の性を持っているのだ。通常の人間では在り得ない現象。男でもあり、女でもある。それは、両方持っているが故の苦悩であり、葛藤。自分は男であり、女でもない。でも、心は徐々に女に変わってきている恐怖。それを理解してくれと水瀬は思わない。
しかし、そんな悩みに真琴はあっけらかんと、
「でも葵ちゃんは今両方持っている。それってとっても楽しそうで、私はうらやましいと思っているわ」
「――はっ?」
苦渋の表情を浮かべていた水瀬は、真琴の自由すぎるその思想発言にまたもや間の抜けた声を上げる。
「だって、両方の魂を持つ経験なんて中々ないし、それに男は男の、女には女の楽しみがあるわ。だから、願いは男に戻ることだとしても、今は女になったその現状を楽しむのが良いと思うの」
「今を……楽しむ……」
そんな快楽主義な真琴の主張は、果たしていいのか。そんな新たな葛藤を覚える水瀬だが、だがしかし、それは水瀬の中にはなかった答えではあった。
男に戻ることばかり考え、女である今を直視していない。それは、ある意味で自我の否定ではなかったのだろうか。
「それに、最初にも言ったけど、男でも女でも、葵ちゃんは葵ちゃんで変わらないわ。だから、もっと自分に正直に生きたら?」
正直に生きる。
水瀬にとって正直に生きるとはいったい何を指すのか。男に戻ることなのか。女として生きることなのか。
今すぐでる答えではない。当然である。未だ禁呪書物のことに関してほぼ情報を得ていないのだ。
だからこそ、今は……。
「まだ、オレにはどうしたら良いかわからないよ」
真琴の言葉が確かに胸に落ちていくが、それが果たして意味することとは。
春先の風は、未だ少し冷たい風が吹く。
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