1-13 誰か
廃工場の一室。
ここは元仮眠室だろうか。十帖ほどのこの部屋には奥にシングルベッドが三つ置かれていた。
そのうちの真ん中のベッドに雅也は水瀬を放り投げるようにして寝かせる。
手足を縛られ動けない水瀬は、顔だけでもベッドの隣にいる雅也に向け、
「なにするんだ! こんなとこに連れてきて、オレに何をする気だ!」
言うと、水瀬は目を見開き驚愕の表情を浮かべる。
雅也がこちらに伸ばした指先から黒い塊を水瀬の顔面真横目掛けて撃ったのだ。
水瀬が少しでも予想と違う動きをしていたら、先ほどの忠告を促していた部下のように頭を撃ち抜かれていただろう。
つまり、雅也は本気で水瀬を殺すことに躊躇など持っていないということである。
「あ~、うるせーんだよお。女ぁ」
ベッドの横から見下ろす雅也の目は、嗜虐的で獰猛、底の見えない闇を持っていた。
その目を見てはいけない。本能的にそう感じる水瀬だが、雅也がそれを許してくれない。
水瀬の髪を掴み、雅也は自身の顔に近づけると、
「ちょっとは黙っててくんねーかな~? 雰囲気がぶち壊れるじゃねーかよぉ……!」
雅也の右手が勢いよく水瀬の頬を叩きつけ、室内には甲高い乾いた音が鳴り響く。
あまりの平手の衝撃に、水瀬の左頬が赤くなる。
その暴力性、残虐さ。水瀬は命の危機を感じ、手に魔力を込めるも……。
何も感じない。いや、魔力がうまく手に錬成できないのだ。
「あ~、お前今魔力込めようとしたな? でもできなかったろ~? お前を縛ってる縄は特別性だからな。それで縛ってるやつは魔力をうまく錬成できなくなるもんなんだよ」
「なん……だと……? くっ!」
「それにしても歯向かおうなんざいい度胸じゃねーか。いいぜ、その方が調教しがいがある。お仕置きが必要だ……なぁ!」
「やめろ! 嫌だ! やめ……! やめてくれ……。アァアッ!」
再度雅也の平手が水瀬の頬を引っぱたく。静寂の室内にその音がエコーでもかかったかのように鳴り響いた。
しかし今度は一度ならず二度三度と、水瀬の頬を返す返す打ち叩く。
「い、痛い……もうやめて……くれ」
水瀬はあまりの激痛に涙が滲む。
口先は衝撃で切れたのか、血も滴り落ちている。
「ヒヒっ、良いねぇ良いね~! 良い感じの顔に仕上がってきたじゃないのぉ!」
外から大きな爆発音が鳴り、部屋が振動する。だが、恐怖と悲痛に満ちた水瀬の表情は、雅也がそれに気づかない程興奮を昂ぶらさせていた。
雅也の鼻息が荒くなる。口元は大きく歪み、目は充血し、瞳孔は開きっぱなしだ。とてもじゃないが、まともな精神状態でないと一目瞭然だった。
「で~も~、お楽しみはこれからだぜぇ?」
「な、何を……!?」
「ギヒッッ――!」
雅也は水瀬の服、ワンピースの首元に手をかけると、それを一気に引き裂く。
ワンピースを縦に破られた水瀬は下着から腹部の肌、太ももまで露わな姿となる。
「ヒッ!?」
ここにきて水瀬はやっと理解する。
この男が何をしようとしているのか。
そして、自分が女であるということを。
露わになった水瀬の肌は、雪のように白く、幼子のようにきめ細かい。そのまだ誰にも穢されていない水瀬の身体は、雅也をより欲望の渦へと引きずり込む。
「良いね良いね~! ちょっと胸が小さいけど、俺はそんなのでもちゃんと可愛がれる優しい男だから安心しろよぉ」
「いや…いや……!?」
雅也の沈んだ黒い瞳までもが血走り、呼吸がさらに荒くなる。
その手は太ももをゆっくりと撫で回し、次第に腹部へと伸びていく。
(いやだ……誰か、誰か助けて……)
水瀬の髪を掴んでいた手にも力が入っているのがわかる。
雅也の顔が水瀬の顔に近づく。
腹部に伸びていた手が次第に上がり、その小さな膨らみへと帰着したがるように。
(誰か……お願い……)
誰も助けにくるハズがない。そんなのは分かりきっている。約束の時間は22時。今はまだ20時半すぎだ。誰も来るはずがない。
胸の中の誰かに助けを乞うても、まだ来るハズがない。希望を持っていても仕方がない。
(誰か……助けて……)
雅也の唇が水瀬へ接近する。
水瀬は流れる涙を抑えるよう目をつぶり、その誰かの名を口にする。
来るはずもない、そんな誰かの名を、そっと口に――、
「助けて……竜一……――」
その瞬間――、
「水瀬ぇえええええええええ!」
ドアが勢いよく蹴り飛ばされ、聞き覚えのある声の少年が入ってきた。
水瀬が心の中でずっと呟いていた、その誰か。
水瀬が最後に口にした、その誰かが。
溢れる涙を抑えられず、水瀬はその名を呼ぶ。
「竜、一……――」
水瀬を見た竜一は、ほんの一瞬だけ生きていたことに安心した表情を浮かべ、みるみるうちに鬼の様な形相でその男、雅也を睨みつけた。
「あ~? お前、灰村竜一か? なんでこんな所に」
「固有魔導秘術、――『生命の輝き』」
雅也が言いかけるのを無視し、竜一が全力で男の下へ駆ける。
ただでさえ狭い部屋だ。不意をつき、さらに生命の輝きで加速した竜一を追えるわけもなく。
竜一の拳が男の顔面を捉え、渾身の一撃を振り切る。――その強力な一撃に、雅也はそのままの勢いで吹き飛んだ。
あまりの衝撃の強さに、雅也はなすすべなく鈍い音を立てながら壁へと叩きつけられた。
十帖の部屋の入り口から奥のベッドまでの距離を一瞬で詰める程のスピードで叩きつけたのだ。壁際でグッタリとしている雅也は脳震盪でも起こしたのか、倒れたまま動かなくなっていた。
しかし気のせいだろうか。竜一は雅也が壁に当たるその瞬間、その接触面が青色に光った気がする。
だが現状気絶していることを踏まえると、あまり効果がなかったのだろう。まずは水瀬の確保が先だと目標を再確認する。
しかし一瞬とはいえ、固有魔導秘術、――『生命の輝き』を使った竜一は、体力をごっそりと減らしてしまい軽いめまいを起こす。
竜一が隣を見やると、水瀬がベッドの上で今だに驚いた表情を浮かべ、
「竜一……、どうしてここに?」
「あぁ、まあとりあえずその紐を切ろうか。来い、鉄屑」
突き出した手の先に魔法陣を展開させ、竜一は愛剣の鉄屑を取り出す。
大きなその剣で慎重に水瀬の手足を縛ってある縄を切り、彼女を自由にした。
「それにしても、無事でよかった、水瀬」
「あぁ、本当に……。ありがとう、竜一」
竜一の安心した様な笑顔、真っ直ぐ見つめる瞳が水瀬の視線と交差する。
照れているのか、竜一も顔を赤くし、視線があちこちへと泳いでいる。
しかし、なぜ竜一がこんなに早くここに来たのか。また、なぜ一直線に水瀬の場所まで辿りつけたのかを理解できずにいると、
「なぁ、水瀬」
「なんだ? 竜一」
顔を紅潮させ、明後日の方向を向きながらも視線だけはチラチラ水瀬の方を向く竜一は恥ずかしそうに言った。
「とりあえず、霊服でも着た方がいいんじゃないか? あぁいや、その格好はセクシーだけど、俺としてはこんな機会で見るのは嫌だし……」
水瀬は竜一の言葉にハッとし、自分の姿を確認する。
雅也にワンピースを真ん中から縦に破られた水瀬は、今やほぼ裸も同然の下着姿。
助けてもらえた感謝やこの姿の恥ずかしさ、それらが胸中で綯交ぜになりプルプル震えていると、
「あぁいやすまん! 違うんだ水瀬! 嫌っていうのは水瀬の下着姿を見るのが嫌って意味じゃなくて! 俺としてはしっかり見たいんだけど、やっぱりそれはこんな場面でなくちゃんとした手順を踏まえてだな!」
「最っ低だぞこの大バカ野郎!」
水瀬の拳が竜一の顔面を捉えた。
お読みいただきありがとうございます!
今回はちょっと胸クソだったかもしれませんが、どうぞお許しください。
雅也にはしっかり償っていただきましょう。
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