1-8 お買い物
竜一・水瀬ペアVS真琴・岩太郎ペアの練習試合から早三日。
水瀬が帝春学園に転校してから最初の週末である。
4月上旬季節は春。天気にも恵まれた今日は絶好のお出かけ日よりなのだろう。まだ午前九時だというのに、バスの中は人でごった返していた。
「真琴ちゃーん。結局今日はどこ行くの~?」
間延びした声を上げる水瀬はどうやら行き先を知らないらしい。
土地勘もまだない彼女にはバスがどこへ向かっているのかも見当がつかないのだろう。
バスは少し大きなバイパスを走り、窓の外には所々にお店が見受けられるが、基本的には住宅街。帝春学園が存在するここ東京都多摩市は案外車社会なのだろうか。意外と多い交通量と電車の無さ、そして東京だというのに緑が多いことに驚きを隠せない水瀬である。
「んふ~。着いてからのお楽しみ~」
歌でも唄っているかのように応じる真琴はいつもと服装が違う。真琴だけじゃない。その場にいた竜一、水瀬、岩太郎もいつもの制服姿ではいなかった。
暖かい季節になってきたからなのだろう。真琴は胸元が少し開いたタイトなティーシャツ、薄手のロングコートにミニスカート、そしてトドメにバッグをパイスラでフィニッシュ! 自分の武器が何なのかを完璧に把握している小悪魔系変態女子真琴さんである。
そんな格好である真琴の周りには、混雑を理由に男の乗客が群がるのは世の常であろう。隣に並ぶ竜一が周りを威嚇するのが二人の風習である。
「別に教えてやってもいいじゃねーか真琴。大した場所じゃねーんだし」
「ダメよリューくん、今日という日を私がどれだけ待ち望んだと思っているの?」
「三日だけだろ」
「ハッハー竜一くん。僕だって今日は大変楽しみにしていたんだよ?」
竜一のさらに隣に並ぶ男、田中=ウィリアム=岩太郎もそこにいた。
「男の癖に相変わらずゴテゴテと着飾りやがって。男なんてティーシャツとジーパンがあれば何でもいいだろ」
「全くこれだからモテないオタッキーはダメなんだよ竜一くん。オシャレはその人を輝かし、且つ自信を与え前向きにする効果があるんだ。そうすれば女の子なんて勝手に寄ってくるんだよ」
「話の論点をすり替えてんじゃねーぞ岩シスト」
「岩太郎とナルシストを混ぜないでくれたまえ! 岩大好き人間みたいじゃないか!」
今日も今日とて竜一と岩太郎の仲は悪いようだ。
この仲悪い同士がなぜ一緒のバスに乗っているかというと、今回のお出かけは先日の練習試合の時に賭けた約束『水瀬と一日デート』の拡大解釈によるものだ。
四人でお出かけの発案者でもある真琴と言えばどこ吹く風、水瀬と楽しそうにお喋りをしている。
「ねぇ真琴ちゃん。そろそろどこに向かっているか教えてくれてもいいんじゃないかな」
「んふ~。もうすぐ着くから待っててね~」
「ダメかーだよねーアハハハー」
水瀬を弄れて楽しそうな真琴とは裏腹に、水瀬の心情はある一点に集約されていた。
(おっぱい、でかくね?)
真琴のたわわに実るその二房へと意識が集中していた。
今や美少女と自他ともに認めるほどの美貌を手に入れた元男水瀬。女になったからといって女体に興味がなくなるわけもない。
(でかいしパイスラはエロいし素晴らしい光景だけど、なんだろう……この気持ち)
これまでのモテない人生において、真琴ほどのダイナマイトボディな美少女と隣で話すこと、ましてや遊びに行くこともなかった水瀬にとってこの状況は嬉しい以外何者でもない。ないのだが……。
(この気持ちは……羨ましい? って思ってるのかオレは。でも何を羨ましいと?)
つり革を掴んでいない水瀬の左手は、無意識にそっと自分の胸に当てていた。
◇◇◇
満員だったバスから一斉に人が降りる。もちろん、その中に水瀬らもいたのだが、
「真琴ちゃん、ここは?」
見回すと、そこにはまるで南国のリゾート地かと見紛う程、ここら周辺の雰囲気とはかけ離れた空間があった。
真琴が一歩前へ出てこちらへ向き直ると、バックのその空間を手で仰ぎながら声高々に告げる。
「んふ~。ここはねぇ、アウトレットパークですよぉ!」
「はあ……?」
真琴の話を聞くと、どうやら女になってしまった水瀬には現在サイズの合う服がないというのを危惧していたらしく、今回のお出かけで何とかしてあげようとの思いがあったらしい。
みんなでデートとは名ばかりの、真琴なりの心優しいお節介だったようだ。
確かに真琴は少々百合百合しいところが垣間見えるし、かと言って男同士が仲良くしているところを見るとハアハア言い出す残念系美少女ではある。
だが、それでもやはり彼女は優しいのだろう。
そんな真琴の優しさに触れ、感動に浸ろうとする水瀬へ竜一が告げた。
「水瀬、頑張れよ。俺は楽しみにしているからな」
「はっ? 頑張れって何がだよ。というか、真琴ちゃんなんで引っ張るの? あれ? 竜一と岩太郎たちはあっち行っちゃったよ? あの」
遠ざかる竜一らに手を伸ばすも次第に離れて行ってしまう。というより、水瀬が離れて行ってしまっている。
何故離れて行くのか。
――答えはハアハアと息を荒立てながら瞳孔を開かせた残念系美少女、清水真琴が水瀬を引っ張って行っているからだ。
「さぁ葵ちゃん。これから数時間は私と一緒にお買い物しましょ。大丈夫、私が葵ちゃんに似合う服を全部選んであげるから。心配しないで葵ちゃんは可愛いからきっと何着ても似合うわまずは下着からかしら葵ちゃんのサイズなら可愛いの選び放題よねぇその次は服を選びましょどんなのにしようかしら、あっ小物も買わないとね~グフ、グフフハアハア」
「え!? ちょ、真琴ちゃん!? オレはメンズの服を買いたいんだけど!? ちょっと真琴ちゃ……真琴さん!? やめて引っ張らないで! 下着は、せめて下着だけは男物で勘弁してくれぇ~!」
ギラつかせた目をする真琴を止められる者は、誰もいないようだった――。
◇◇◇
「何が悲しくてオレはこんなことに……」
一畳もないであろうこの空間は、入り口をカーテンで仕切ってる以外は完全な個室。
そのボックス型空間の中で水瀬はシクシクと泣きながら服を脱ぎ始める。
ここはアウトレットパークのランジェリー店試着室。
足元にはいくつかの女性用下着の上下セットが置かれているのだが……。
「オレ女の子は大好きだけど女装癖はねーよぉ……」
女体化してからもうすぐ一週間。その間水瀬はこれまで通り男の頃の服や下着を着用していた。
水瀬としてはそれが当然であり、男に戻るつもりなのだから困ることもなかった。
のだが、
「……これどうやって着けるんだ?」
水瀬が手に持つは女性だけが持つことを許された神秘の果実を包む男のロマン、ブラジャーである。
試着なのだからこれを着けなくてはいけないのだが、肝心の着け方がわからない。
当然である。水瀬は童貞だ。
実物のブラジャーなど母親が家で干してたものくらいしか見たことがなく、さらにはそれをマジマジと見ることもない。
紐に腕を通すも後ろのホックの着け方がわからないようだ。
「こ、これどうやって着けるんだ? あっ、イテテテ腕回しすぎて攣りそう!」
「どうしたの葵ちゃん?」
「ひゃう!?」
外で待機していたのか、水瀬の悲痛を聞いて真琴が試着室のカーテンを躊躇なく開けた。
「まま真琴さん!? あの開いて……店員さんとか見てます!」
「男の人はいないし、外からは見えないから平気よ。それで、あ~、ブラの着け方がわからないのね。それ可愛いけど仕方ないか。じゃあそっちのやつ着けてみて」
人の話を聞かずマイペースに進める真琴に次の下着の試着を求められる。
床に置いていたその淡い緑色の下着を拾うと、どうやらさっきと形状が違うようだ。
「それはフロントホックだから着けるのが簡単なハズよ。女の子初心者の葵ちゃんには丁度いいかもねぇ」
真琴はそう言い残し、カーテンを閉めた。
とりあえずそのブラジャーを着けないことにはこの状況を脱せられない。
水瀬は改めて試着に戻る。
今回は真琴の言うとおり、前で止めるタイプの下着だったためか、何の苦労もなくつけられたようだ。
水瀬は試着室に備え付けられている全身鏡に身体を向け観察してみる。
「うぅ。身体は女だけど意識は男だから、やっぱりどうにも女装してるみたいで抵抗あるなぁ」
身体を右へ左へと捻りながら自分の下着姿を確認する。
やはりどうにもまだ受け入れられないようだ。
元々男であるため、それも仕方のないことである。
でも少し、ほんの少しだけではあるが、
「でも、ちょっと可愛いかも……」
ボソッと、水瀬自身気づかない程小さく本音が漏れていた。
◇◇◇
試着した下着を真琴の猛プッシュで半ば強制的に購入し、水瀬と真琴は次の店へと繰り出す。
どうやら次は水瀬の服を買うようだ。それもちゃんとレディース物を。
様々なアパレルショップが立ち並ぶ中、水瀬を引きずり真琴が何店も何店も見て回る。
どうして女性というのはショッピングの時に疲労というものを感じないのか不思議でならない。
疲れが見えだした水瀬をよそに、真琴はまたも試着を促す。
「葵ちゃん、これなんてどうかしらぁ! このワンピースきっと葵ちゃんに似合うと思うの!」
「あっ、はあ、うん、はい……」
もはや着せ替え人形となる水瀬の目に光はなかった。
またもや試着室に入り着替えをする。
真琴のお達しで、先ほど買った下着もつけろとのこと。レディースものは基本タイトな物が多いため、油断すると胸の双丘が浮き出るらしい。
(確かに部屋でティーシャツ一枚のとき、竜一よく胸元見てたな……)
あの竜一の視線はそういうことなのだろうか。
兎にも角にも着てみることに。
真琴が選んでくれた服は、白を基調とし、トップから胸まではタイト目の作りになっており、胸下で一度引き締め、以降は裾までがフリーの如何にも身体のラインがよくでるワンピースだ。丈も太ももが半分出てしまうまである。
水瀬人生初のスカート体験だ。
「これ……スゲースースーするな……。こんなの着て平然と外歩くなんてやっぱ女ってみんな痴女なんじゃない?」
「葵ちゃんどう? うわ似合う! 葵ちゃんきゃわいいいいいん!」
「ひゃう!?」
またも勝手にカーテンを開けるフリーダム真琴。
水瀬自身はよくわからないが、どうやら真琴のツボにはハマったらしい。
そのままお会計を済ませ、水瀬人生初のレディース服で外出である。
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