第七十八話 合流
小隊や部隊で情報を共有している場合、当然ながら判断材料は多い。
センサーもSTGの装備レベル・タイプで雲泥の差。
それだけに、どの小隊でも索敵専用のSTGを一機は入れる。
二機いればなおのこと心強い。
時代が変わっても情報は勝負を決める。
STGの索敵装備には情報撹乱武装もある。
情報をどれだけ得るか。
嘘の情報に惑わされないか。
何より、
海のごとき広大な情報から、
結果をどのように纏めるか。
それは何時の時代においても決め手になる。
それだけに多くの部隊は最終的にパートナーの意見を採用することが多い。
仲間がいるということがこれほど心強かったとは思わなかった。
ソロでプレイしていた時でさえ、本拠点の公式情報は常にデータとして把握出来た。
近くで戦っている仲間がいるというだけで心強かった。
今は本当の一人。
たった一人。
寒気がする。
メンタルモニターの低下を読み取り、ビーナスが有視界モニターを停止した。
メインモニターを立体ホログラムに変えたのだ。
星々の状況が克明にわかり、自機がどこを向いているかハッキリする。
途端に落ち着いてくる。
「やっぱり怖いもんだね」
威勢よく出かけても所詮この程度のメンタル。
思い知らされる。
気恥ずかしさからか言葉が出た。
「怖いと感じるのは正常ですよマスター」
ビーナスが気を使った。
「私がついています」
静は励ました。
「二人がいると心強いよ。好きになっちゃう」
吊橋効果は思った以上に高いものだと感じた。
ビーナスは笑みをたたえ、静は頬を赤らめた。
さすがAI。
人間に不愉快な行動はとらない。それでいて個性差もある。
現実の人間ならこうはいかないだろう。
不安は不安を呼ぶ。
機械にはない。
人は雰囲気に支配されている。
「それが良さでもあるんだな・・・」
機械を通して知る人間。
「何がですか?」
「いや、なんでもないよ」
過去の彼女への対応を誤った事象が過る。
誰かが言っていた。
「弱虫は不治の病」
トラウマを克服する方法はある。
この方法を学んだのはゲームからだ。
戦えない間は逃げの一手がいい。
弱い心は能力をいかようにも下げる。
戦える心身の準備が出来たら対峙すればいい。
情報が戦いを決めるように、いかに優位な場所で戦うかは肝だ。
そしてチャンスをみてはクリア出来るか出来ないか考えずリトライを続ける。
常に自らに工夫と反省を見出しながら。
精神的に立ち向かなくなったら逃げる。
それを繰り返すと知らず前進している。
ただし一度勝った程度ではトラウマは克服出来ない。
常勝無敗を誇れるほどに勝つまでは無理だ。
ある日、トラウマは完全に消える。
嘘みたいに。
魔法にかかったように。
そして一度でもトラウマを克服すると全てを克服出来る準備が整う。
気長に構えること。
相手は勝負を出来るだけ早く済ませたいと考える。
それは寧ろチャンスだ。
こっちは最後に勝てばいいと考える。
中途の負けは最後の勝ちによって全てひっくり返るからだ。
もっといいのは勝ち負けを捨てること。
ベストを尽くしたら忘れること。
(一人で何もすることが無いと考えばかりが浮かぶな・・・)
単なる逃げは己を弱くする。
逃げ切ることは不可能だからだ。
逃げ続けるほど実像より妄想はより相手を大きく強くし己は弱くなる。
必ず倒すという構えを失ったら最後だ。
逃げる前提はいけない。
何時か必ず倒すが今は逃げる。
勝つために。
そう考える。
勝つために逃げる。
そうすればいつか戦える機会は来る。
結果としてその機会は無くともいい。
準備と構えさえしていれば。
「思い出した・・・それを言ったのは親父だ・・・」
「何がですか?」
「ああ・・・なんでもないよ。昔の話だ」
つい口に出た。
でも、このつい口に出たというのはチャンスであることが多い。
そんな言葉が浮かんだ。
「静にも、聞かせて下さい」
「情けない話だから」
機械相手に愚痴って何になる。
「聞きたいです!」
「静。マスターは言いたくないと仰っているのですよ」
言いたくない・・・か。
「・・・失礼いたしました」
「・・・時間もあるし、二人には話そう。だけど秘密だよ」
秘密主義のつもりは無かった。
でも、話さな無い方だった。
言っても無駄と思っている部分があったかもしれない。
短期的には無駄だった。
仕事でも全部一人でやることが多くなる。
上司も一人でやらせようとした。
「お前一人で三人前だな」
上司は上機嫌に笑ったが不愉快だった。
今にして思うのは弱さは見せたほうがいい。
心を少しでも置ける相手なら全部話した方がいい。
少なからずの信用がおけるなら何人でも。
その時何も帰ってこないだろう。
頼りにもならないだろう。
でも、いずれ有形無形の形となり戻ってくる。
夢は語ったほうがいい。
人は意外なことを覚えていたりする。
救われることがある。
相手の言葉は真に受けないほうがいい。
ほとんどが間違いだと思っていい。
でも、人の心は鍾乳洞のように作られる。
一人で出来ることはたかが知れている。
頼れるだけ頼った方がいい。
大きな仕事をしたいなら。
「はい!」
ビーナスは静に呆れ返ったが、その表情は穏やかだった。
*
見つからない。
偵察の痕跡が。
全く。
ことごとく。
何一つ。
あの時は確信を得たのに揺らいできている。
痕跡すら見つからない。
あるのは長距離索敵隊が置いたビーコンのみ。
それだけが道標だ。
果たして彼女らを呼び戻すのは正解なんだろうか。
根本的な間違えをおかしているかもしれない。
サイキとの話で浮上した仮説。
道中、ビーナスと静には言った。
アメジスト、グリンの件は伏せておく。
何故か喋る気にならなかったからだ。
静は「情報があまりにも不足しており判断しかねます」と言った。
ビーナスは更に的確に言った。
「情報の範囲内ではその可能性はコンマ以下の確率です」
現実を突きつける。
静は付け加えるように「同時に無限とも言えます。私達はマザーに関する情報を持ちえません。それはビーナスも同じはずです」。対して「ええ。その通りです」とビーナスな告げた。
こうした理論的な部分で彼女らが対立することは無い。その点、人間と違って助かる。無駄なことでは争わない。
「統計情報について帰還後調べてみます」静は言った。四十五度の方位。「いえ、私がやりましょう。私の方が適しています」ビーナスの申し出に対し「御意」と静は返した。静はネットワークに接続出来ない。そのやり取りは美しくすらあった。
「静やビーナスが・・・」
「なんですか?」
「どうされましたか?」
言いかけたがやめた。
「なんでもない」
「かしこまりました」
「・・・なんでも言ってくだい!」
静は下がらなかった。
その反応が元カノを思い出させる。
「・・・いや、気分を害するかもしれない」
「害しません」
「・・・」
「静」
「けっして!」
モニター越しに見る静はまるで姪のように真っ直ぐな目で見た。
「あー・・・なんでも無い。ごめん」
「そうですか・・・かしこまりました」
「しーず」
「なんでしょうか?」
「態度には気をつけなさい」
「・・・失礼いたしました」
メンタルモニターが揺らいでるのだろう。
ネットワークにつながっていない静にはわからない。
「いや、いいんだ。・・・二人がいるだけでどれほど救われているか・・・」
ビーナスは穏やかに笑みを浮かべ、静は太陽のような笑顔で返した。
「私こそっ!」
*
このまま見つからなかったらどうするんだ。
いや、何もやらないより、やった方がマシだ。
道中しつこいぐらいに本部から通信が入るかと思ったら一切入らなかった。
意外だった。
メッセージを送っておく。
「通信限界地点間近。今から未開の宇宙へ出ます。後を頼みました。通信終わり」
そのまま圏外へ出る。
返事も無かった。
慣れないことでパニクっているのだろうか。
そう思いながらも寂しさを感じ、後ろを見る。
真後ろにいる静は笑みで応える。
近いだけでどこか心強い。
分離型にも出来たのにビーナスは敢えてしなかったようだ。
この方がオプションコストがかなり安い。仕上がりも早い。
さすがに無駄が無い。
*
移動中に交信をしかけることは避けることで合意している。
万に一つでも交信を捉えられたらアウト。
ビーナスはその可能性は限りなく低いと言ったが、静はありえないとは言えないと。
安全をとることにする。
他にも道中ではハーベストの武装や構成内容を確認。
移動しながら何度かテスト運用もする。
実践を想定した役割分担も。
もっとも搭乗員は事実上のお飾りと知る。
ビーナスは極端な仕様に打って出たようだ。
超実戦仕様なのだろう。
逆に本気度が伺えた。
搭乗員のプライドの問題でパートナーが敢えて口を出さないケースは極めて多い。
そういう現場を何度も見た。
かくいう私も当初はそうだ。
広域索敵と複合通信はビーナスじゃないと不可能。
防衛装置のキュウビはビーナスが最も適切だが静でも可能。
人間では到底不可能だろう。
キュウビは簡単に言うと分身の術。
実態をもったホムスビを湯葉のようにめくりあげ、折り紙のように組み上げる。
それを一瞬で行うわけだが、さも分身したように見える。
といっても実戦で見たことはない。
これを使う有名な搭乗員はハンゾウ。
いかにもな名前だ。グッジョブと言いたい。
最大で九体のオリガミ製ホムスビを同時に、全く異なるアルゴリズムで動かす。
しかも攻撃が可能。
ハーベスト装備なら太陽系の端から端までキュウビが離れていても操舵出来る。
撹乱装備はエンマク。
キュウビに近いがこっちは実態がない。
宙空に散布した粒子にホログラムを投影し、それを同時に動かす。
処理能力次第で最大百体のホムスビを描画可能と聞いた。
マザーの保護下じゃないビーナスでも五十までは可能らしい。
ここはかなり下地となる経験値がものを言うらしい。
公的ストックデータのみを利用した運用では二~三十が限界だそうだ。
搭乗員サイゾウが記録した百二十体が最高記録らしい。
静になると二十体が限界と聞く。
オンライン出来て五十いくかどうからしい。
その際の静は腕が枝分かれするようだ。
想像はしたくないが、虫唾が走るほど繊維状の何かが出るらしい。
試しに「私が操舵したらどれくらい動かせる?」と聞いたら、二人共黙り込んでしまった。その反応で十分だ。「どうせ出来ませんよ」と笑って言うと、二人共に必死のフォローされる。笑った。
「マスターでも三体ぐらいは・・・」と静が言うと、
「静! それ以上は!」と慌てた。
沈黙は金なり。
静が三体と言うぐらいだから恐らく一体操れるかどうかだろう。
凧を同時に何十と動かせる人間もいる。
そういう人なら恐らくかなりいけるのだろう。
自分は一体すら儘ならない。
この武装の意味するところは逃げることのみに特化した構成ということ。
メインウェポンのハーベストはセンサーと通信に特化している。
なんら戦闘能力を有しない。
出る前に聞いていたら、不安で吐きそうになったかもしれない。
だからこそ任せたのだが。
彼女なら最適な道を見出してくれるはずだ。
「俺は甲板にでも登って腕組んで仁王立ちでもしとくか~」
冗談で言ったが、マジレスされる。
「マスター、甲板には上がれません」
「腕組みすることにどういう意味があるのですか?」
「それもそうだ」
笑ってすませる。
この辺は人間でも通じない人は通じないだろう。
*
無限とも思える三人の旅だったが、遂に終わりが来た。
「想定エリアまで後十分」
一気に緊張感のボルテージが上がる。
(速い・・・)
索敵隊の2/3の時間だ。
「わかった! 静、ビーナス・・・ありがとう! 行こう!」
「了解!」
「御意!」
*
「想定合流圏内、5・4・3・2・1。入りました」
「コンタクト開始!」
緊張で身体が震える。
「こちらSTGホムスビ応答願います」
「・・・」
「こちらホムスビ応答願います」
「・・・」
緊張で吐きそうだ。
「こちらホムスビ応答願います」
「まだか?・・・それとも・・・まさか」
くそ、胃が。
「こちらホムスビ応答願います」
「マルゲリータ! 応答せよ」
たまらず声を上げていた。
「こちらホムスビ応答願います」
「モフモフ毛布! スイカ野郎!」
「こちらホムスビ応答願います」
「うまいもん! えーっと・・・その他!」
「こちらホムスビ」
笑い声が聞こえる。
「その他はひどーい!」
どっと力抜ける。
汗が出る。
これが冷や汗っていうやつか。
「聞こえるか!」
「嘘みたい! 本当に隊長だ! 凄い! 奇跡みたい!」
マルゲリータの声。
皆の笑い声。
「はい、その他で~す」
「ごめん! 本当にごめん! マユちゃん!」
良かった。
良かった・・・。
涙が滲む。
(待つというのは、こんなに怖いものなんだ・・・)
考えてみると、すぐ出なかったのは正しい判断だ。
いるはずがない者がいるとしたらそれは危険以外無い。
「ごめんなさいホログラムシールで隠れてました」
姿が現れる。
ソナーを打てば話が早かったが危険を避けたかった。
「おおおお隊長ぉ! ブルーハーベスト装備! 格好いい!」
各々のSTGが寄ってくる。
やや警戒を解くのが早すぎる。
「すぐ帰還して欲しい」
「何かあったんですか?」
「いや、まだ無い」
「え? どういう」
「説明は道中しよう。まずは撤退だ」
「え~せっかく楽しくなってきたのにな~」
モフモフ毛布が言った。
温度差は埋まらないだろう。
彼女らは何も知らないのだから。
「すまん。議論している余地はないんだ。まずは復路に切り替えてくれ」
マルゲリータは察したようだ。
「皆・・・帰りましょ! せっかく隊長が迎えに来てくれたんだし、ね!」
この数日の間にすっかり逞しくなった気がする。
あの食堂での彼女の姿は今はもういない。
「う~ん、ま、そうだね。戦果もあったし」
「何かあったの?」
「少しだけ」
「なに?」
「マスター」
ビーナスが促す。
そうだ、今は帰投が先だ。
「まずは帰ろう。道中、聞かせて欲しい」
「あ~名残惜しいな~・・・」
全機が踵を返す。
「マルゲリータ、最速で帰還するフォーメーションに」
「かしこまり~!」
陽気な彼女の反応が逆に恐ろしくなる。
STGが鏃状にフォーメーションをとる。
静かだ。
得も言われぬ不安が募る。




