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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第六十二話 孤独なる出撃

 フェイクムーンの情報が途絶えた際、日本・本拠点・本部委員会は辛うじて平静を保っていた。ある噂が発端で均衡は破られ狂騒曲は始まる。噂とは「マザーが地球を放棄する」というもの。

 噂はバランスを崩し、危険を察知した本部委員会は「嘘である」事を前提にことの真偽を確認するポーズをとる。言質を取れば直ぐに収まるだろうと安易に考える。

 ところがマザーに問い合わせたことが致命的な事態を招く。


”地球を放棄する”


 事実であることが判明する。もっとも伝えられた情報は正確性を欠いていた。マザーから伝えられた言葉はシューニャが聞いたように「地球を放棄する可能性の協議」であった。通信にあたった者は「放棄する」と告げられたと興奮し言った。


 決定的な崩壊へ。


 委員会は元より強烈なカリスマ性のある何者による中央集権的組織ではなく、各々の欲で辛うじて繋がっていたが故、一度落とされた雫は波紋となり広がり続ける。不審に思った委員会の一人が改めて記録を紐解き「放棄の協議」であったと判明しても、「放棄」を検討していることは事実であり、「決定と同じ」と勝手に皆は結論づける。

 委員会に属していた多くの部隊の反応は全く異なるものとなる。嘗ての戦争を持ち出し特攻をも厭わない徹底抗戦を叫ぶ者達。逆に過去の反省から完全降伏を望む者達。地球は終わりとして、自らの最後の欲望を発露すべく地上へ戻る者達。思考停止し身動きが取れない者達。絵空事として笑い飛ばし、意図せずパニックを陽動する者達。心を閉ざし何一つ信じない者達。己が遊戯に興じる者達。多種多様な反応があった。

 本部がこれまで駆使してきた”欲”という拘束具は”地球滅亡”とう圧倒的な事実の前に無意味なもとなる。加えて、本部権力転覆を目論む一部の部隊連合による小規模な内戦も発生。傘下の部隊から矢継ぎ早な問い合わせ。窓口以外の部隊員達の問い合わせ。対応にあたった本部は答えを持ち合わせておらず、冷静な者達はルールに縛られ、答えの得られない問い合わせを繰り返し返事を待つ。


 本部機能は完全に麻痺した。


 シューニャが静から託された情報から、本部へ助言した長距離通信の遮断も混乱に拍車をかける。各国に事の重大さを伝えようと各々親交がある部隊へ通信を試みるが遮断される。本部の一部部隊はタイミングの良さからもブラックナイト隊の裏切り、地球人の敵と認定し「宇宙人狩り」と称し、彼らの部隊へ向かっていく者も出る。自ら御しきれない怒りと認めたくない現実からの逃亡を同胞へ向ける道を選んだのだ。

 眼の前の危機であるフェイクムーンは彼らにとって目の前の恐怖ではなくリアリティの薄い存在にまで優先順位を下げ、賢明な部隊が各々の判断で動き出すには今暫くの時間を必要とした。


*


 出撃後にそんなことになるとも知らず二人はメディカル・ルームにいた。


「静がいつも花を活けてくれたよね」

「え?」

「嬉しかったよ。柄にもなく花を見るのが好きでね。自分ではまるで活けたり、育てたりは出来ないんだけど。何せいただき物のサボテンすら枯らせるような男だから。でも、静が何時も何気に季節の花を置いてくれるのは、とても癒やされたし、嬉しかった」

 静はシューニャの右腕を絡めるように触れる。  

「ええ。隊長が喜んで下さるようなので、そうプログラムしましたから・・・」

「そうか・・・隊長特権だね」

 違う。

 そうじゃないの。

 花を飾るのは基本プロセスにある先行選択肢の中の・・・。

 違う。

 何かが違う。

「どうして隊長は・・・」

 言葉が続かなかった。

 ずらりと尋ねるべき情報が行列をなしていたが無意味に思えた。

 アイデンティティはボディに極度の危険を脅かさない限り司令を無視することが出来る。

「すまないね。本調子じゃないのに・・・」

「隊長が今されている行為は人間ならどういう意味かおわかりですか?」

「あ、ゴメン。不愉快だった?」

 素早く手を引く。

「違います!」

 逃げた手を無理矢理掴んでしまう。

 シューニャは驚いて見た。

「申し訳ありません!ああ・・駄目です・・・やはり汚染されているかもしれない。ビーナスも気づいています!私は壊れている!」

 静が引いた手を今度は隊長が掴む。

「俺のリアル側のボディも壊れているよ。壊れ物同士、仲良くやろう。それにコアを入れ替えれば君の暗号化したデータを誰が解くの?新造のコアは暗号化キーが変わっては解けないかもしれないでしょ?」

 リソースが。

 動揺が止まらない。

 私はどうなってしまったのだ。

「それは隊長がいれば問題ありません」

「そうかもしれない。でも、私には無理だ」

「それは・・・」

「私はよく適当なことを言っているように捉えられるけど、場当たり的なことを言っているつもりはないよ。事が事だけに、今、このタイミングで君のコアを差し替えるのは地球にとって最悪の選択に思えるんだ。これでもいちを昔SEをやってたからね。過去担当者のプログラムが魔窟なのは多少なりとも経験がある。人間と違って君らのことだからそういうことは無いんだろうけど、あの情報は幾つかのブロック構造になっていたね。万が一を考え、簡単には解かせない意図を感じた」

 優しい口調。

「おっしゃる通りです」

「今の君は地球にとって誰よりも価値がある存在だよ。君がとってきた情報は可能性を秘めている。マザーさえ喉から手が出るほど欲しているよ。それを解き明かすのは君だよ静。静と名乗る別なアンドロイドではなく君自身だ」

「あの情報はひょっとしたら無価値かもしれません。掴めるだけ掴んだだけですので・・・」

「わかっている。奪えるものはのべつ幕無しだったよね。でも、どうあれ無意味ではないよ。今の我々は無知だ。多少なりとも知を得られる。知にはヒントがある」

「それで対抗出来るとは思えません」

「かもしれない。でも、無知よりはいい。だから私が死ぬようなことになっても君は生きなければならない」

「駄目です!」

 静が叫んだ。

「死んではなりません!」

「例えばだよ。例えだけど、もう君はそういう存在なんだ。君は生きなければいけない」

「嫌です!私は・・・」

「それこそ静、君は地球を危険に陥れたいのかい?君の使命はなんだい?部隊を守ることじゃないのかい?」

 そうだ。

 隊長の言う通りだ。

 何を言っているんだ私は。

 おかしい。

 私の使命は部隊を守ること。

 わからない。

 どうして。

 どうしてこんなに動揺する。

 この無価値な情報の羅列は。

「よし!換装しよう」

 笑顔で問いて来る。

 隊長をジッと見る。


 静はうつむくと言った。


「換装装置でやります・・・」

「そうか、じゃあ先行っているよ」

 行こうとする背中に声で追いすがる。

「いえ!・・・見ていて下さい。約束しましたよね?」

「そうだった・・・ね」

 何を言っているんだ私は。

 隊長にはすべきことが山のようにあるというのに足を引っ張っている。


 静はカプセルに入る。


 一度閉まったが、再び蓋が開く。

「ココに座って、見ていただけますか?」

 静はカプセルのモジュールを指さす。それは彼女が寝た際に頭部付近にあたる。

「座っても大丈夫なの?」

「ええ、スイッチ類はロックしますので。そこに座って見ていて下さい」

「わかったよ」

 再び蓋が閉じる。

 静は最後にシューニャを見ると目を閉じた。

 空気が弾けるような音がすると一瞬で服が吸い出され彼女の人工皮膚が顕になる。シューニャは腹部が気になって見たが、シリコンのような柔軟性のある詰め物が施され、次の瞬間にはペンキのような白い液体が顔以外の全身に噴霧。どうやらこれがアンドロイド用ノーマルスーツにおけるアンダーウェアと知る。一瞬で乾燥され低出力レーザーで余計なペイントが綺麗にやかれるとボディラインが丸見えに。次には無数のアームが伸び、アンドロイド用のマット調で漆黒の外部装甲が次々と取り付けられた。

 STG28ではほとんど唯一黒を使用しているのはアンドロイドだ。宇宙人は色で役割を分けている。よってアンドロイドカラーとも呼ばれていた。竜頭巾のようにトップレベルの搭乗員が高価な戦果を導入してまでSTGを塗り替えるのは稀なことである。マザーも推奨していない。隕石型に迷彩効果は無いからであり無意味だからだ。

 静のアンダーウェアを通し外部装甲の各部がロックされているのが伺えたがシューニャはその様子を見ながら人間に出来る所業とは思えないでいた。 それをどうして望んだのか。


「換装完了」


 アナウンスと同時に蓋が開く。

 静が目を開けると上半身をゆっくりと起こしシューニャの手に触れる。

「見ていていただけましたか?」

「ああ。見ていたよ」

 どうしてか静は落胆と喜びが同居したような表情を見せる。

 シューニャはどっちも理解が出来なかった。

 何を満足し。

 何が不満なのか。

 ただ、今はそれどころではない。

「行こうか」

「ハイ!」

 声をかけるシューニャに静は満たされた表情で応えた。


*


 無駄と思いつつもシューニャは本部へ一報を入れたが誰も出ない。委員会専用のパートナーに報告だけしておく。疑問にも思ったが寧ろ好都合と捉え出撃。偵察隊と合流し進路をフェイクムーンに向ける。


 ミリオタはシューニャの言葉に耳を疑った。


「今、フェイクムーンの情報は完全に途絶えてます」

「じゃ、俺たちは何処に向かってるんだ!」

「フェイクムーンの情報が最後に途絶えた場所です」

「オイオイ!もういねーだろ!」

「ミリオタさん、私は極度の方向音痴なんですけど」

「なんだいきなり」

「迷った時に最も安全かつ素早く元に戻れたのは、わかった所まで戻るでした」

「だから何?」

「確実にわかっている。向けるポイントから足取りを追ったほうが遠回りのようで案外早かったりするんですよ」

「悠長なこと言っているなぁ~」

 その通り。

 悠長な話。

 でも、いまさら焦ったところで大差はない。


(心は静かに、行動は迅速に)

 

 シューニャのSTG28ホムスビ。

 長距離通信が閉鎖されている関係でスタンドアロンのビーナスがコアに収まっている。

 この状態で大破した場合、ホムスビとビーナスには死が待っている。

 複座前席にはシューニャ。後席に黒のノーマルスーツを着た静。

 前席と後席は隔離されている。

 ビーナスの進言から、万が一のことを考え互いのSTGを繋ぐことはせず短距離通信での通話とした。


「マルゲちゃん、サーチ距離は最小限に、出来るだけ先行させているメリーさんを当てにして」

「わかりました」

 マルゲリータが緊張している。

 長距離通信が絶たれ、STG本体の機能でのみ索敵にあたる。

 道中、静から既に有益な情報が得られた。

 静は搭乗以後ずっと目を閉じ、自らが封印したパンドラの箱を解析。そこで判明する。

 彼らが侵入出来るのはエネルギーワイヤーが接続された時。

 つまり有線接続であり無線ではないとわかった。

「足を掴まれない限り、侵入される心配は無いってことか!」

「そのようです」

「ほら、役に立ったじゃないか静!」 

 静は嬉しそうだった。

 だが大いなる誤算。

 言い換えれば彼らとコンタクトを取るには有線接続する必要があることを意味する。

 それはシューニャが考えていた方法とは大きく異なり遥かに危険をはらむ。

 静の笑顔は、シューニャの目論見を理解していないことを語った。

「あああ!」

 マルゲリータがいきなり怯えた声を上げる。

「どうした!」

 ミリオタが即座に反応。

「どうしました?」

「フェイクムーンの位置がわかりました」

「どこです!」

「当初の交戦宙域に戻っています」

「え、どうして戻った・・・。なんでわかったの?」

「メリーさんとセンちゃん、破片だけでも回収できればと思って・・・何か情報が得られるかもって・・・」

「そうか・・・さすがだよマルゲちゃん!」

 彼女は照れくさそうに笑う。

「よし、向かおう!」

「行くぜ!」「了解」


 フェイクムーンはどうして戻った?

 明らかに意図が感じられる。


”罠じゃないのか?”


「ミリオタさんのガード装備はリリース・アナザー・ワンだったよね」

「おうよ」

「先行して下さい」

「おっしゃーっ!任せろ!」

「ゆっくりと」

 ミリオタのSTG長門が前へ出る。

 彼のガード特性への戦績評価はかなり悪い。

 性格だろう。

「マルゲちゃん、私の背面に、そして九尾の狐、展開」

「わかりました」

 本来なら重要な索敵機体を下がらせるべきではない。

 宇宙において最も安全なのは中心部。

 九尾は近接攻撃の一定の効果が望める。

 到底あのレーザーを防げるとは思えないが。


「警戒距離に来ました」

 マルゲの緊張感がこれまでに無いほどに感じられる。

「5、4、3、2、1」

 声が震えている。

「警戒圏内・・・です!」

「わかりました」

「こいこいこいこいこいこいこい」

 動きがない。

 モニターには恒星に照らされたフェイクムーンが小さく映っている。

「減速五十パーセク!」

「あいあいさー!」

「了解、です」

 近づいていく。

 動きはない。

 まるで死の星のように、

 本当の月のように見える。


「減速三十パーセク」

「あいあいさー」

「了解」

 動きがない。

 どういうことだ。

 何があったか?

 何を考えている?

 どうするつもりだ。


 こっちが掴みに行かずとも、相手は掴むつもりだろう。

 その時、二人には下がってもらう。

 そして引っ張り込まれるまでの時間が唯一の対話の時間。


「静」

「はい」

「命大事に、頼んだよ」

「・・・はい!」

「二人共」

「おう!」「はい」

「ありがとう」

「お前はフラグ建築士かよ!」

「やめて下さい!」

「心配性でね」


 更に近づいていく。

 まだ遠いが目視出来る距離へ。

「十パーセク」

「あいさ!」

「あい!」


 まだか。

 まだ動かないか。

 動けないのか?

 どうして戻った。

 どうして地球を目指す。

 どうしてSTG21と合体している。

 どうして。

 なんで。


「危険宙域に入ります・・・」

「了解」

「おう」

「5・・4・32・1・・・入りました」

 緊張で声が小さい。


 まだ動かないのか。

 三機は一直線になりゆっくりと進む。

 長門の巨大な稼働盾、リリース・アナザー・ワンが全面へ張り出される。

「死んでくれていると助かるがね」

 緊張に耐えかねてかミリオタが言った。

 マルゲリータは岩のように身を固めた。


「五パーセク」

「あいす!」

「やいやい」


 月に動きは見られない。


(手を伸ばさないとなると・・・伸ばすしかない・・・覚悟を決めよう)

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