第五十一話 取引
「出して」
暗闇の中から声がする。
「出して」
(夢か)
シューニャは子供の頃から夢かそうでないかを夢の中で見分けた。
夢だからなんでも出来ると思ったら大間違い。
「夢だからといってお前の思い通りにはさせないからな!」
そんなセリフを夢の中で登場人物に言われたこともある。
「出して」
暗闇の中に存在を感じるが、真の闇で全く見えない。
(今日はホラー系の夢か~、昔はよく観たけど最近は珍しいなぁ)
「出して」
彼の経験上、夢によっては特定のミッションのようなものがあり、それをクリアしないと彼は夢から覚めないということがあった。連続ドラマのような夢も観た。何かの解決にたどり着かないと、その夢が終わらないのだ。
(仕方ないなぁ)
「何をしているんだい?」
「出して」
「どこから?」
「ココから」
「どうしてそんなところにいるの?」
「閉じ込められた」
子供のような声に聞こえた。
昔は冷蔵庫に自分から入ってしまい、悲しい事件に発展することを思い出した。
(あんな死に方だけはしたくない)
自身にも出られない系の夢にはトラウマがある。
相手が子供となると悠長に構える気はなかった。
「出られないの?」
「うん」
「どうしたらいい」
「壊して」
「自分では出来ないの?」
「中からは出来ない」
「私に出来ると思う?」
「うん」
「私も君と同じ中にいるようだけど?」
「違う。外にいる」
彼女はそう言ったが、自分の身体は見えなかった。
(彼女?・・・女の子か?)
「どうすればいい?」
「ボタンを押すの」
「ボタン?何の?」
「部屋を解くボタン」
「ボタン?・・・・どにあるの」
「貴方達の言う、マザー・ルーム」
「マザー?ルーム?・・・ゴメン、わからないよ」
「ううん、わかるよ」
「私が?」
「うん。だって君の友達が閉じ込めたんだから」
「私の?・・・」
思い出せない。
意味がわからない。
(このタイプの夢におけるミッションは厄介だ)
どす黒い不安が足元から這い上がってくる。
「ところで、誰が?」
「竜頭巾」
どうしてか鳥肌がたった。
「ちょっと待って・・・その名前・・・」
思い出せない。
「遊んでたんだけど、閉じ込められちゃった」
何か、とても大切な。
「一杯来たから一杯遊べると思ったんだけど」
思い出さなくてはいけない。
「この中はつまらない」
思い出せ。
「早く出たい」
思い出せ!
「出たらまた遊ぼうよ」
この類の夢は時間との勝負だ。
答えはおろかタイミングも誤ると大変なことになる。
(大変なこと?・・・とは)
なんだ、大変なこととは。
大変なこと・・・。
(死だ!)
マズイことになった。
「出して」
リュウズキン・・・リュウズキン。
頭が痛い。
思い出せない。
どうして。
「彼奴等は嫌い。会いたくない」
言うことが変化した。
「・・・彼奴等とは?」
「貴方達の言う、宇宙人」
宇宙人?
アダムスキー型円盤が頭に浮かぶ。
「違う」
彼女が言うイメージが自分の中に流れ込む。
真っ白な円錐状の・・・物体。
頭痛が激しくなる。
(マズイ!時間がない!)
「どうして、会いたく無いの?」
そんな質問をしている場合じゃ。
頭が割れそうだ。
「怖いから」
「怖い?」
「うん・・・怖い・・・」
怯えているのが伝わる。
しかも相当に強い。
「何が!(頭が痛いよ)どうして怖いの?」
「食べないのに殺すから」
意味がわからない。
何を言っている。
どうして。
どうすればいい。
なんでなんだ。
なんで俺なんだ。
(駄目だ、思考がバラバラになって来ている)
助けて。
「それって怖いでしょ?」
「・・・」
頭が痛くて声が出せない。
呻き声が出る。
「だから会いたくない、食べても身体に悪いし」
「・・・」
声が。
「だから出して」
割れる。
「・・・」
「出して」
「・・・」
「私も出したよ」
割れそうな寸前で、痛みが止んだ。
「私も?・・・誰を?」
「竜頭巾って子」
「竜頭巾・・・」
「うん」
「どうして?」
「約束したから」
「誰と?」
「サイトウと」
「サっ!」
マザー。
白い円錐。
竜頭巾。
宇宙人。
サイトウ。
万華鏡のようにバラバラだった記憶が綺麗に絵になった。
「・・・アメジスト?」
闇だったビジョンから映像が浮かび上がる。
日本・本拠点の外縁部に位置する特別監獄で捕らえられている姿。
紫水晶。
外郭は無残に剥ぎ取られ本体が剥き出しになっている。
「貴方達が名前をくれた」
意思が、あるんだ。
「うん」
無意識に言葉が出た。
「どんな約束?」
「食べてもいいって」
「誰を・・・」
「サイトウ」
「・・・」
今度は突如として身体がバラバラになりそうな痛みを感じる。
抑えていないと維持出来ないような。
まるで自分が作り物だったような。
「食べた・・・の?」
サイトウがアカウントを削除されて一度だけ現れたと聞く。
それ以後は全く見ない。
誰も気にする余裕がなかった。
いや、違う。それだけじゃない。
「まだだよ」
彼女は何事も無いように言った。
まるで「ごはんは食べた?」に対する答えのように。
「どうして・・・」
「もっと遊びたい。サイトウは一杯遊んでくれる」
「そうなんだ・・・でも、食べるんだ・・・」
「うん」
「彼は・・・それを、知っているの?」
「うん」
崩れた。
何かが。
「なら約束が必要だね」
頭は真っ白なのに言葉が勝手に出てくる。
「いいよ」
「今言った約束は無しにしてくれたら考えてもいい」
「ダメだよ」
「どうして!」
語気が強くなってしまう。
アメジストから来る感覚に別なものが交じるのが感じられた。
(マズイこの感じは駄目だ・・・)
「ごめん大声だして・・・」
弱まった。
「サイトウの約束とコレは違うし、サイトウは私のモノだから」
「なら・・・出来ないな」
自分の声が震えている。
(恐れている)
何を恐れている?
涙まで出て来てきたようだ。
暗闇でわからないけど今の自分は涙している。
「そうなんだ」
何かとんでもない事を言ってしまったかもしれない。
「じゃあ、呼ばないと・・・急がないと・・・」
声が遠くなる。
「待って!誰を!何を呼ぶんだ!」
存在がどんどん遠くなっていくのが感じられる。
もう声が届くかどうかわからない。
「ゴメン悪かった!出すから!行かないでくれ!」
何も考えられないのに言葉だけがスラスラと出て来る。
震える身体で漆黒の先を見つめると、彼女の存在が戻ってくる。
「出してくれる?」
「ああ・・・」
息が苦しい。
全身が崩れおちそうだ。
もう上半身しかない感じだ。
汗が流れるように出る。
涙なのか汗なのかわからない。
行水でもしているのか。
(でも、それなりの対価を払って貰わないと割に合わない)
「・・・」
口に出そうになった瞬間、意思の力で留めた。
(これは言ってはいけない気がする)
「お願いを聞いて・・・欲しい」
「いいよ」
「お願いは・・・」
「うん」
目が覚めた。
「んっはぁっあああ・・・あああああっ・・・・」
言葉が出てこない。
野生動物のような呻き声。
自分の声に驚いて起きたようだ。
(嫌な夢だった・・・)
夏でも汗をほとんどかけない自分がびっしりと脂汗をかいている。
匂いを嗅ぐ。
(嫌な匂いだ。不健康な匂い)
じっとりと張り付いている。
このタイプの汗は雑菌が繁殖しやすく洗い流さないと彼にとってはすぐ皮膚炎を引き起こし兼ねないものだった。皮膚のバリア機能が破壊されており、ほとんど肉そのものが彼方此方に表出しているのだから無理もない。
(相変わらず思い出せない。ただヤバイ夢なのはわかる・・・)
覚えているのは闇の中に漂っている何かと対話していた。
この手の夢は何度もストーリーのように続く。
しかも謎解き系。
(ホラーだったな。それともサスペンスか?)
謎を解かない限りどんどん進む。
妙な強迫観念として、この手のものは解かない限りある結果になる気がした。
”終わり”
一個人にとっての終わりとは死であろうと彼は思っている。
(別に構いやしないが)
特段気にもしていなかった。
(難治の持病で死ぬまで苦しむことを思えば、死ぬなんて、ご褒美かもしれない)
その程度に捉えていた。
モニターが光々としているのに気づく。
「ん~・・・また寝落ちか、これだからギルマスは」
シューニャを動かしながらゲーム内のメールはニュース・トピックスに目を通す。
どうも居心地が悪い。
(何かを忘れている)
自分でもわからない焦燥感が襲ってくる。
(何を忘れた?)
「ま~いいか。忘れるぐらいのものなんだろう」
深夜三時半。
さすがに部隊のログインは片手で数えられるほどしかいない。
(お、エセニュートンさん珍しくいるな)
対話が大量に着ている。
目を通す。
笑みを宿した。
「ミリオタさん。ほんと不思議な人だ。あれだけ萌豚とか言いながら自分のパートナーは男だかんね。でも彼に部隊パートナーをデザインして貰って良かったな・・・」
大戦後に実装された部隊パートナーはミリオタがデザインした。
清楚系の美人なのだが、部隊外からも評判がいい。
デザインデーターを配布してくれないかとの問い合わせもあったが、彼にいちを許可を取ろうかと尋ねると「絶対に駄目!」と拒否される。
「タッちゃん・・・どうしてるかな・・・」
彼はあれから三日ほどログインしていない。
彼が大戦後にログインしない日は皆無に等しかった。
ビーナスが現れる。
「宜しいですか?」
「どうした?」
「それがあの・・・グリーンアイさんが入室許可を求めておりまして」
マイルームには事前許可をしていな限り個別認可になる。
「なんて言っている?」
「いえ、何も仰らないのですが、申請だけが先程から何度も何度も・・・」
「見せて」
指でウィンドウ枠を生成し、入室申請を表示させる。
「あー・・・・」
大きなため息をついた。
「連打してるんかね?」
「恐らく・・・」
「んで、問いかけても返事はない?」
「はい・・・」
ミリオタの「どうしてウチには変なヤツばっかりなんだ!」の声が思い出される。
グリーンアイについてはシューニャも頭が痛かった。
一言も喋らない。
以前より表情は自然にはなっていたが常に笑みを浮かべているというのも不気味だ。
表情ゼロか笑顔の二種類しかない。
神出鬼没でいつ来るか生活の法則性も感じられない。
とは言っても竜頭巾の言う「宇宙人」とはシューニャとは考えていない。
”なんだかわからない人”という分類にいる。
かといって竜頭巾の主張が嘘とも思っていない。
(おかしなヤツはどこにもいるからなぁ)
リアルで顔を思い浮かべ眉を寄せた。
(部隊長じゃなければ余裕でスルーなんだが・・・)
面倒事はリアルだけで手一杯。
「わかった!客間に入れて。ただし、念のためにね、例のアレを」
「はい。かしこまりました」
ビーナスが頭を下げ、姿を消す。
その間も「入室申請」が連打されている。
「用心には用心をだ・・・」
部屋を移動し客間にグリンを呼ぶ。
「どうしたの?」
入室した彼女の顔は無表情。
あれだけ連打しておいて焦る様子もみられない。
何時もの格好。
デフォルトの部屋着。
彼女はボロボロになるまで着ていることがあったので、今ではケシャとプリンが気を利かせてクリーニング処理や着せ替えを手伝っていると言っていた。彼女らがアバターをプレゼントしたこともあったが自らの意思では着たことがないらしい。着せてあげると着るようだが。
(つくづくよくわからん子だな)
口が動いた。
何かを求めるようにパクパクと不器用に。
「や、やく・・・やっく・・そく」
「やっく・・そく・・・約束?」
頷く。
(ということは言葉を理解するということだろうに、どうして喋れない)
このゲームには本当か嘘はわからないが七千の言語数が収容されていると聞く。
シューニャは眉唾ものと捉えている。
何故なら、地球上にある言語は多くても六千九百ほどだと聞いたことがあるからだ。
七千は明らかに多すぎる。
普通メニューからは選ばない。多すぎるので音声認識でセレクトする。最もデフォで設定されているから意識したことはない。
先の大戦での海外本拠点やSTGとの連絡は同時通訳で行われた。お陰でシームレスに作戦行動に移れる。中には教材として使っている奇特な搭乗員もいるらしい。同時通訳はオフに出来るのでネイティブなプレイヤーは生音声で聞くようだ。
(考えてみると、この同時通訳は恐ろしく違和感がないよな・・・)
だからグリーンアイが喋れない道理がないのだ。
「やることやってるんだし、好きにさせればいいだろ」
これはドラゴンリーダーの口癖だった。
(わかるけど・・・意思の疎通が出来ないのはやっぱりキツイな)
「約束って、なんだっけ?」
「だして」
「だして?」
「じかん・・・ない」
(結構喋れるようになったな)
「時間がない?」
頷いた。
「うん」
全身が雷に打たれたような衝撃が走る。
シューニャはブルブルと震え出した。
彼自身ではないアバターおシューニャだ
(どうした俺のアバターが勝手に震えている)
聞き覚えがあるニュアンス。
側頭葉が痛くなってきた。
「やくそく」
「・・・」
「じかん」
「・・・」
「何時まで・・・」
アバターの口が勝手に動いた。
(何を言っているんだ)
「あした」
「明日?何が!」
リアルの自分も声を上げる。
(なんで俺は驚いているんだ・・・)
「あした」
グリンの目が裏返ると、そのまま真っ直ぐ崩れ落ちた。
「危ない!」
慌てて彼女の下に入る。
頭だけは辛うじて打たせずに済む。
(何やってんだ俺は、ゲーム内なんだから関係ねーだろうに)
感じる筈のない重量をどことなく感じている自分がいる。
凄く重い。
まるで粘土で出来た人形のように。
ずっしりと重くのしかかって感じられる。
「ビーナス!彼女は大丈夫か?」
「はい、心拍数他正常範囲です。特にどこも悪くありません」
(約束って何だ・・・明日って何がだ・・・)
「ビーナスすまん、二人で俺のベッドに運ぼう」
「グリーンアイ様のマイルームではいけないのですか?」
「いけなくはないけど、気を失っているから入れないだろ」
「隊長なら入れます」
「そっか・・・。いや、んなわけにはいかんだろ!見られたくないものの一つや二つあるんだから」
「いえ、でも、グリーンアイ様がそう仰られています」
「え・・・いつ」
「今しがた」
「言った・・・か?」
「ええ」
(聞こえていないぞ・・・)
「んー・・・・なら、わかった!」
二人で彼女のマイルームに運ぶ。




