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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
38/160

第三十八話 デスロード

「ソード、デスロードを起動して」

「そのことなんだけど・・・」

「質問は受けない。起動して」

「デスロードの使用には確認事項が多いんだ。人によるけど、早い人で一分程度。遅い人で、恐らく数時間・・・」

「数時間?どういう意味!」

 そんな時間は無い。

「決断が出来ない場合とかね。人それぞれだから」

 なら大丈夫だ。

「即決出来る!」

「まずは詳しい説明を聞いて。あの概要ではわからないこととかあるでしょ」

「必要なの?!」

 何を呑気な。

 早くしないと今にも動き出そうというのに。

 デスロードの仕様にはパートナーとの確認事項が必須になっている。

 本船コンピュータでは起動出来ず、パートナーも必要条件になっていた。

「あのさ!エネルギーを暴走させるんだよ?肉体も精神も。この意味がわかる?」

「わかるよ。いいから起動して!」

 爆発が既に一桁台だ。

「お願いだから聞いて」

 駄目だ、急がないと。

 チャンスは今しか無い。

「デスロードはね・・・」

 仕方ない。

「マザー!パートナー強制執行モードに切り替えを」

「タッちゃん・・・」

「言い合わっている時間は無いんだ」

 竜頭巾の目は大きく見開かれている。

 瞳孔からも視野が狭くなっているのが伺える。

 ソードはそう分析した。

 焦っている。

 勢いだけで判断能力を失っている。

「待って!わかったから、説明は無しでもいいから」

「遅い!マザー確認を」

「搭乗員、竜頭巾。本当に強制執行モードに切り替えてよろしいですか?理由は」

「タッ・・・」

 ソードが力の抜けた顔で見ている。

 こんな顔をどこかで見たことがあるような。

 どこかで。

「理由は武装使用の為だ。早く!」

「承認しました。合議制モードから、強制執行モードに切り替え。以後、マスターである搭乗員の指示に服従します」

 パートナーには幾つかのモードがある。

 チャットモード。おしゃべりを主体に行う。主に本拠点でのマイルームやロビーではこのモードに切り替わる。人間のように会話するこが可能。詳細な過去のやりとりを全て踏まえ、声色や目線等からも会話を選択する。

 観測モード。観測や情報収集に最大限リソースを割り振る。他のモードと共存出来るが性能は落ちる。

 高度分析モード。収集した結果や大量に得た情報を元に分析する。マイルームやギルドルームで使用されることが多い。合議制モードや強制執行モードとは同時執行出来ない。 合議制モード。重要度の高い判断を合議により執行する。基本的に搭乗員の指示には従うが、搭乗員が極めて危険に立たされる場合等は指示に従わないこともある。戦闘時は主にこのモード。強制執行モードとは重複出来ない。

 強制執行モード。搭乗員の指示に絶対服従させる。


「切り替えました」


 ソードの瞳孔が散大し、竜頭巾を見つめたまま動かなくなる。

 何秒もしない内に目が動くと彼を見返した。

「デスロードを起動するんだったね?」

 何事も無かったように言った。

 その口元には微かに笑み。

「うん。デスロードを起動して・・・」

 腹の奥底でどす黒いシコリのようなものが鎌首をもたげた。

「機能の説明はせず起動プロセスに入る。で、いいんだよね?」

「うん」

「承認って言って」

「承認」

「起動手続き開始。承認ステップ一、デスロードは起動すると解除出来ません。いい?」

「承認」

「ステップ二、デスロードを使用すると本機ブラックドラゴンは大破、搭乗員である竜頭巾は死亡します。死亡とは現実の肉体の死を意味し、アバターのことではありません。いい?」

「うん・・・じゃなくて、承認」

「ステップ三、デスロードを始動するとコックピットに肉体全身が固定され、シナプスラインが百箇所背中側から挿入されます。いい?」

 なんだそれ。

「ちょっと待って・・・どうして固定されるの?」

「暴走させる為だよ?動いたら困るからね」

 なんだその「何を今更」みたいな顔は。

「その、シナプスなんとかって、なんだよ」

「ナノサイズの神経細胞を繊維状にしたものなんだけど、痛くは無いよ」

「どうしてそんなのが・・・必要なの?」

「意図的に肉体を暴走させ、精神を暴走させ、効果を最大限に高める為って感じ」

 なんだそれ。

 肉体を暴走ってなんだ・・・。

 精神を暴走って・・。

 さっきのソードが言っていた意味が解りかけてきた。

「ブラックドラゴンだけの暴走だけじゃ済まないの?」

「動力炉の暴走ってこと?それ自爆装置のことでしょ。デスロードは本質的に違うよ。寧ろ搭乗員が主と言っていい。詳しい説明はいるの?」

 なんだその言い方。

「いや・・・いいよ」

「わかった。搭乗員がどれだけ力を引き出せるかにかかっている」

「待って、話が違うよ。地球サイズの惑星は破壊出来るって書いてあっただろ」

「出来るよ。理論的にはね。人は大体大なり小なり似たようなものだから。ただし個体能力差において程度は変わってくるって意味で」

 なんだそれ。

 ムカついてきた。

「土星一個は?」

「それはわからないね。不可能とも言えない。人の個体差は大きいから。ただ大きさが違いすぎるから普通には無理だよね。ドミノ作戦みたいに中心部でヤレば効果は大きいんじゃないかな?」

 なんで平然と言うんだ。

 さっきまでのあの表情はなんだったんだ。

 いや分かってる。強制執行モードでの感情の揺らぎは最小限に抑えられている。

 この微妙に笑っているかのような口元も搭乗員を過剰に不安にさせない為なんだろう。

 でも、なんだ、この理不尽な感じ。

「終わったね」

「何が?」

「爆発」

 モニターには反応0%と表示されていた。

 マズイ。

「続ける?」

 揺らいでいる。

 肉体を暴走させるってなんだ?

 精神を暴走させるって、どういう状況なんだ?

「気になるようならキャンセルする?今は承認プロセス中だから出来るよ」

 そうなんだ。

「仮に、仮にだよ、キャンセルしたらどこから?」

「今のところからだけど、最初からも出来るよ」

 ソードの気兼ねない喋り方が、事の深刻さとかけ離れていて居心地が悪い。

 不安が増大する。

(どうする・・・)

 連中はまだ動き出す気配はない。

 とても静か。

 突如として宇宙空間に現れた継ぎ接ぎだらけの土星モドキ。

 近くを死んだ魚みたいに浮かんでいるグリンのSTG。

 急に怖くなってきた。

「肉体を・・・肉体を暴走するって、どういう感じなの?」

「熱が出ます。そうだね~・・・四十~四十一度の熱にうなされるような感じかな?目の前がうっすら赤く染まって、肉体との連絡が遠くなり、視野が狭くなって、人によっては幻聴が聞こえたり、幻覚が見えたり」

 四十二度の熱を数時間も出すと死ぬって聞いたことが有る。

 ほぼほぼ四十度の三十九度なら出したはことある。

 どことなく判る、あの感じ。

 僕は数時間うなされて幻覚が見えた。

 白いブラウスを着た女性が突然に横を通り過ぎて、思わず「誰?」って聞いたんだ。

 あの感覚ならわかる。

 六回は出しているから。

 確かにあの感覚の先にあるのは「死」だと感じた。

「じゃあ、精神の暴走は?」

 どこか落ち着いてきた。

「過去に起きた精神的ショックを脳内で再生させ、発狂の一歩前までもっていくって感じかな。デスロードが終わるまで続く」


「えっ・・・」


 それは嫌だ。

 それだけは嫌だ。

 もう二度とあんな思いはしたくない。

 もう二度とあんなこと言われたくない。

 それだけは・・・。

 死んでもいいけど、それだけは。

「動き出した」

「何が?」

「宇宙人だよ」

 忘れてた。

 瞬間的に忘れてた。


 一つの星になった宇宙人は目視ではわからないがモニターで出ている分析では確実に動き出していることがわかる。

 ゆっくり、ゆっくりと、亀のように。

 まるで生まれたばかりの生命体が足場を確かめるように。


「続ける?」


 どうする・・・。

 嫌だ。

 死ぬのは構わないけど。

 もう死んだと思った人生だった。

 死んでもいいと思ったことなんて一度や二度じゃない。

 毎日と言っていい。

 でも、ただ死ぬのならともかく、あんな思いは。

 ただでさえ生きていて辛いことばかりだったのに。

 なんで、最後の最後でそれを思い出さないといけないんだ。

 あれを思い出すくらいなら死んだほうがいい。

「お母さん・・・」

 怖い。

 死よりも怖い。

 思い出したく無い。

 もう二度嫌だ。

 そうだ、どうせ助からないのなら、今ログアウトしてお母さんと最後の時間を過ごすのもありじゃないか。それでいいじゃないか。お母さんに何の恩返しもしていないのに。最後ぐらいお母さんが喜ぶことを。助からないんだから。どうせ駄目なんだから。


 母親の顔が浮かぶ。


 罵声を浴びせる自分。

 何度も何度も。

 物を投げつけた。

 ガラスの割れる音。

 血まみれの自分。

 驚く母。

「触るんじゃねーよ!」

 叫ぶ自分。

 それでも近づく母。

 殴る自分。

 髪を引っ張る自分。

 力の限り。

「死ねよババア!」

 暴れる自分。

「殺して!いっそ殺して!」

 泣き叫ぶ自分。


「徐々に速度が上がってるね」


 モニターに目をやると、僅かづつだが速度が上がっている。

 ウサギとカメの童話を思い出す。

 グリンはまだ漂っている。


 笑っている母。


「お母さんがついてる」


 静かに語りかける母。

 文句を言わない母。

 いつも心配する母。

 必死な母。

 疲れた母。

 泣いている母。


(お母さん・・・先に行きます) 


「承認します」


 宇宙をみていたソードは竜頭巾に振り返る。

「間が空いたから確認するね。ステップ三、デスロードを始動すると同時にコックピットに肉体全身が固定され、シナプスラインが百箇所背中側から挿入されます。いいんだね?」

「うん。承認する」

「ステップ四。これが最後。以後、キャンセルは出来ないよ。中止もね。デスロードを起動しますか?最後は『承認』じゃなくて『デスロード起動』と君の口から言って」


 母さんを傷つけてきた。

 痛みを恐れていい権利は無いんだ。

 今まで母さんに与えてきた身体の痛みが、心の痛みが、戻ってくるだけなんだ。

 何時だったか、お父さんが言っていた。


(因果応報だっけ)

 

「デスロード起動」


「デスロード起動プロセス完了。じゃあね、タッチャン。さようなら」

 さようなら。

 サヨウナラ。

 さよう・・・なら。

 脳内でこだまする。

 言葉が身体に染み入るように。

 パートナーが消えた。

「デスロード起動。搭乗員ロック」

 コックピットのシートから無数の針金のような何かが全身を瞬時に覆った。

(なになになになになに!)

 目と鼻孔、口以外の全てが繊維で覆われ縛られる。

 じわりじわりと締め上げると、止まった。

(お母さん、お母さん、お母さん)

 背中にゾワゾワする感触。

 背後から何か自分の中に侵入してくる。

 痛くはないけどこの感触の気持ち悪さは。

 まるで外部から全身に小さなミミズが這いずってきているようだ。

「あ・あ・あ・あ・ああ・あああ」

 身体が熱くなってきた。

 彼らが自分の中を満たしつつある。

 みるみる体温が上昇してくるのがわかる。

 これは風邪をひいた時と同じ感じ。

 次第にミミズの感覚は無くなり、完全にインフルエンザで熱をだした時のような感じになってくる。

 ぼっとしてきた。

 息が荒い。

 キーンと音の無い音が聞こえる。

「あー・・・あ・ああ・あああ・・・」

 声とも言えない声が漏れる。

 もうモニターに目の焦点が合わない。

 熱が。

 熱・・が。

 瞼が閉じられる。


「キメエんだよ」


 だれ?

 この子は。

 あれは・・・私。

 この子は・・・思い出した。

 小学五年生の時だ。

 初めて好きになった。


「何勘違いしてんの」


 仲良くしてくれた。

 嬉しかった。

 本当に。

 優しくしてくれた。

 本当に嬉しかったのに。


「・・・」


 何も言えなかった。

 あの翌日。

 初めて首を吊った。

 紐が切れて落っこちた。


「ミイラ!ミ、イラ!」


 私はミイラじゃない。

 私は人間だ。

 声にならない。

 言い返せなかった。

 だって・・・


 気づいたら鏡を割っていた。


 だって鏡に映った自分はミイラみたいだったから。

 割れた鏡で血が出た。

 床が血まみれに。

「何やってるんだお前は!」

 父の怒鳴り声。

 絶望した。

 私は悪く無い。

 私はミイラじゃない。

 だったらなんで優しくしたの。

 だったら何で声かけたの。

 なんであんなこと言うの。


「お前って凄い可愛いな」


 最初から騙すつもりだった。

 最初から思ってたんだ。

 ミイラみたいだって。

 気持ち悪いって。

 好きこのんで、こんな身体に生まれたわけじゃない。

 誰が好きこのんで、誰が、誰が、誰が、誰が誰が誰が誰が!


「うああ・・・あっああっ・あああっあっつ・あああっああああっ」


 全身が震え、野獣のような呻き声を上げた。

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