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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第三話 過疎

 モニター前のサイトウは顔を引きつらせた。

 楽しすぎて、

 面白すぎて、

 興奮が止まらなくて。

 こんな感覚は二十代を最後に失せていた。


(このゲーム最高過ぎる)


 ロビーをざっと見てチュートリアルをこなした。操作方法や攻撃方法はオーソドックスな。ある程度でもPCゲームをしていた人間にはお馴染みのもの。それでも彼を興奮させるに十分な要素を示した。

 宇宙空間の表現、計器類等の細かいコックピットのグラフィック、相棒となる人工知能の表情や動き、その音声の自然さ。破壊音等のSEが気分を盛り上げる。緻密な攻撃や破壊の表現。全てが贅沢に作り込まれていることが伺える。鳥肌がたっていることに気づかないほど興奮した。

 一方、敵に対してはややテンプレ気味に感じる。隕石とアメーバーが合体したような姿と言えばいいか。堅さと柔らかさが同居しているような。

 攻撃時に変形しながら動くアメーバと、本体なのか推進力なのか隕石と一対になって動いているように思える。アメーバーは弾丸のように丸くなったかと思えば鞭のように細く伸びてしなることも。とらえどころがなく複雑な動きに見える。面白いと言えなくもないが、見た目上を考えるとインパクトに欠ける。これは処理を簡便にする為にそうしたのかと思いきや、よく見ると隕石の表面やアメーバーの表現は非常に緻密で一切の妥協を許さない。そこまで出来るのなら寧ろキャラをたてたほうがいいのに。サイトウはそんなことを思った。それでも敵の破壊と攻撃に一定の快感性を伴っていており意外に癖になる要素も感じる。

 何より背景の表現が素晴らしい。真っ暗な宇宙空間に無数と飛翔する隕石達。敵はサーチされたマップ上に赤い点で表示されロックすることで機体は自動的に射程内まで接近する。操作にあまり煩わされることがない。宇宙空間の広大さを損なわずプレイの利便性も考慮に入れたのだろうか。

 自身はシミュレーターのようなゲームも嫌いでは無かったが今では簡単なものを好む。歳のせいだろうと彼は考えている。無意識に複雑なものを遠ざけていく自分を感じ、知らず迫りくる老いを思った。特に四十以後が顕著だ。それもあって余りにも広すぎるオープンワールドゲームは触手が動いていかない。原因不明の病に加え、老化が着実に身を覆っていることを意味した。


 自身の興奮とは裏腹にロビーは寂れていた。


 予想通りの3Dロビー。自らデザインしたアバターで歩き回れる。感情表現を動作と声で表すエモーションは確認出来ないほどのバリエーションがあった。

(どうしてここまで増やした。俺は好きだけど)

 踊りだけでも三十を越え、途中で確認するのを止めたほどだ。

 ロビーは広すぎず、狭すぎず。

 必要なものが絞られ、考えぬかれたものに感じられる。

 それでいて遊び心もあった。

 典型がロビー中央のホログラム。何かしらのランキング上位のSTGが美麗なホログラム映像で展示されている。先程からアラートを示す警告カラーに変わっている。どうやら緊急クエストが発生しているらしい。出撃を煽っているにも関わらずプレイヤーの反応は鈍かった。賑わっていないことは明白。過疎と言ってもいい。


 人数以上に気になったのがロビーの沈み具合。


 オンラインゲームの栄枯盛衰を見てきた彼としてはロビーで大体わかった。

 お気に入りの幾つかは最後のログアウトまで付き合ったこともある。

 共に遊んだフレンドと別れを惜しんだことが思い出される。

 いい終わり方か悪い終わり方かはフレンドで決まることが多いが、フレンドがいなくても面白いゲーム、いいエンディングを迎えられるゲームはあった。

 悪い終わり方に共通して言えるのがロビーが荒んでいること。このゲームには荒んだ後の沈みすら感じられる。荒みきると独特な静けさ、沈みこみが感じられる。それがこのゲームにはあった。


(何がマズイんだ)


 ここへ来るまでにも少数でつるんでいるグループから茶々を入れられた。

 荒れたゲームの典型的塩対応である。

 初期装備であれば新人であるとひと目でわかってしまう。

 新人に対し、このゲームが如何に糞であるか、聞いてもいないのに大声で忠告をしてくれる。どのゲームでも居なくならない連中である。

(そんなにイヤならとっととヤメレればいいのに)

 彼もまた当初は思っていたが、今はその景色すら楽しんでいる。オフゲーにはないからだ。オンラインならではの要素である。

(自己を正当化して欲しいんだろうね)

 ファーストインプレッションに対しこの過疎具合の意味するのはなんだろうか、少し考える。ゲームそのものがこの上なくつまらないか、運営がどうしようもないか。サーバー等の施設がチープでゲームにならないか。主にそんなことが浮かんだ。

(クソゲーなのかな~勿体無い・・・)

 時折、小グループ同士の小競り合いを横目に彼は出撃カウンターで登録をする。

 アラートをやれば概ねこのゲームの天井はわかると踏んだ。


「シューニャ様は初めての出撃ですね。難易度はEが選択出来ます」


(興奮し過ぎてド緊張しているな。手汗がヤバイわ、今気づいた)

 眠い目を必至に開きながら画面を見る。油断すると勝手に瞼が閉じてしまう。

 ここまで来るのに既に三時間が過ぎている。

 食事もとらず昼寝もせず。コーヒー一杯のみ。まだ雨戸も開けていない。

 いつもならメールの確認からするのに、今日はまだメールもニュースも読んでいなかった。

 時間の多くは専用オペレーターであるパートナーのモデリングに時間をくった。

 よせばいいのに自キャラと同じようにフルメイクする。

 脳と肉体は既に悲鳴をあげ、少しでも早く肉体を寝かせようと努力を惜しまない。


(最初から一杯ステージ選べるんだな・・・こういうのはいいね)


 リストのほとんどが劣勢を意味するであろう中、緑色のサインで優勢と書かれているクエストにだけ人が多いようだ。アラートというクエストが一番上に表示されている。思ったより人が多くない。

(アラートっていうと大概のゲームでは美味しいクエストだけど、最初から行けるもんかね。そう言えばこのゲームのヘルプはAIかなんかで音声認識するんだっけ。やってみるか・・・。ヘルプにこれだけ力を入れるってのが凄いな。予算とかどうなってるんだ?それでこの過疎って益々クソゲーの予感ビンビンする)

 ”STG28”はマイク入力に対応している。マイクに向かって喋ることで音声認識し、リアルタイムにNPCと対話が出来るのが売りのようだ。さっき公式で確認した。パートナーのAIやNPCと対話が出来るという画期的なシステムになっている。勿論、プレイヤー同士との音声チャットも可能。そうしたゲームではチャットをすることはフレンド以外にしなかったが、稀にフレンドと音声チャットをするためヘッドセットはある。

(出撃しねーで機械とずっと喋ってるヤツとかいそうだな。

 でも、このキャラクターにしてオッサン声とか我ながら笑うわ)

「あ、あ・・・え!」

 驚いたことに、マイクを通して出た声は自らがキャラメイク時にカスタマイズした声そのものだった。

(すっげー・・・神ゲー過ぎんだろ。あの声って声優じゃないのか。どんだけ金注ぎ込んでるんだよ。ゲームもここまで来たのか)

「えーっと・・・」

(うわっ、ヤッバ、俺の声、超可愛い)

「オペレーター。アラートはレベル1の初心者でもどうにかなりますか?」

 リアルタイムに音声化されている。

 ここ数年の音声認識技術には目を見張るものがあると思っていたが、ここまでとは想像もしていなかった。彼が喋る、次の瞬間には音声合成に変換されゲーム内に流れる。単純に見えて多少なりとも内情を知っている彼からすれば驚くべきことに思えた。コンピューターとゲーム業界にいた彼にとって、それがいかに驚異的であるかはすぐにわかった。


(神ゲー過ぎるだろ!この音質のクリアさからすると音域を単に変調しているっていうより、完全に組み替えている感じなんだけど・・・どうなってるんだ。まさかココまで来てたのかよ・・・ヤベー、これが標準仕様になったら余裕で音声チャット普通に出来るな)


 ゲーム内で流れている自分の声は非常にクリアで、音声加工ソフトにありがちな不自然さは微塵も感じられなかった。

(待てよ。でもこれってさ、音声で喋ったのをNPCはわかるのか?それってまた当然ながら別技術だろうし。あの検索ソフトですらある程度簡略化してしゃべらないと無理でしょ)

 カーナビ等は登録された命令なら今ではかなりの精度で聞き取れ判断出来るようになっている。彼もカーナビの操作は音声操作で済ませている。PCの音声オペレーションに至っては、ある程度ソフトウェア側のことを考えてクリアに喋るか喋らないかで全く認識率は変わる。その上で語彙を理解するとなると、更に先のステップであった。

 人間の会話はこうはいかな。無駄が多い。その中から、必要な内容だけをピックアップし解釈するのは全くの別次元のことと思えた。意味の解釈に加え、コマンドの実行、不実行、それに対する答え。それらは簡単に思えて膨大な処理能力と異なる技術を要した。


「レベル1装備でもクリアは可能ですよ」


(SUGEEEEEEEEEEEEE!

 謎技術。超技術。今ってここのレベルまで来てるんだ)


 確かにこの手の技術はブレイクスルーがあり実際ある程度まで目処はたっていることは彼も知っていたが、それはこの次元とは遠くおよぼないものであり、ましてや基本無料のオンラインゲームにここまでの技術を投入される理由が思いつかなかった。

(ここ数年イベントに顔出してないから何かあったんだろうな・・・これだから溝があくと困る・・・益々現役復帰は絶望的だな・・・)

 画面上のオペレーターは音声認識したばかりか、話の内容を理解し、挙句に極自然に返した。それはまるで人間そのもの。

「じゃあ・・・アラートやろうかな・・・」

「かしこまりました。では右の出撃口を出て装備を設定して下さい。詳しくは貴方専用のパートナーであるビーナス様がサポートしてくれると思います。いってらっしゃいませ」

「あ、ありがとう・・・」

(SUGEEEEEE!

 超技術すぎるだろ!

 もう、これだけでご飯三杯はいけるな。

 カッコイイいいいい!

 オペ子がまた可愛いいい。

 俺も可愛いいいい!

 なんだよこのゲームすごすぎるだろ。

 もうゲームがクソでもいいわ。

 ヤベ、鼻水が出た)

 出撃口に入ると光に包まれた。

 出ると、そこには自ら設定した専用オペレーターのパートナーが立っている。

 彼女の名前は昔好きだったアメリカのSFドラマからビーナスと命名した。

(やっべー・・・・興奮しすぎてオシッコ漏らしそう)

「出撃ですねマイマスター。何なりとお申し付け下さい」

「可愛いいな~さすが俺!」

 ここなら誰もいない。

 彼女もまた自分が設定した声で喋っている。

「そんな、恥ずかしいです」

「・・・パーフェクト」

 設定通り。

 顔、服装、種族、声、性格、名前、テンプレートは非常に多かったがサポーターもまた自分で全部設定した。ここまで来た時間の九割はオペ子の設定に費やしている。

「ビーナス、まーさーに、ビーナス!」

 女性型のアバターは長髪のブロンド。彼のアバターが黒髪を腰まで伸ばしているのに対し、彼女は肩甲骨あたり。艶やかな質感をもち、目はパッチリ。卵型の輪郭で肌は薄っすらと紫がかった白色。嘗て仲の良かった女友達を面影に作った。

 ビーナスは彼の声に頬を赤らめもじもじとしている。これも設定通りの動きだ。

(ずっと見ていられるけど、そうも言ってられんな)

「アラートって締め切りあるよね。後何分かな?」

「五分になります」

「自分の部屋で眺めたいな~」

「ギャラリーモードは戦果で開放出来ますよ」

 ビーナスは目線を反らし恥ずかしそうに言った。


「イエス!神ゲー!イエス!」


 彼女は彼の反応に驚きながらも笑っている。

(色々な意味で興奮がヤバイ)

「ところでさ、どう思う?俺がクリア出来るかな」

「申し訳ありません。マスターの戦績は不明の為、適切なアドバイスは出来そうにありません。失礼ですがミッションはやらないのですか?」

 ミッションで過去の戦役を体験出来る。

 コレは恐らくcoopモードみたいなものだろうと彼は考えた。

 ミッションでも戦果を稼ぐことは出来るようだが、それは実戦に比べ微々たるもの。それが引っかかった。過去の経験からも実戦で積んだほうが早い。

「ミッションは気が向いた時にやるよ。そうだな・・・質問を変えよう。フロントでオペ子が初期装備でクリア可能って言ったけど、本当なのかね?」

「可能です」

「そうなんだ。クリアする為に何かアドバイスあったら教えて欲しいんだけど」

「そうですね・・・あまり前へ出ない、という感じでしょうか」

「そっか。寄生しろってことね」

 彼はやや顔をしかめる。

「肝心なことですが、STGはダメージを受けると修理完了まで次の出撃は待機になります。とくに大破されないようお気をつけ下さい。ミッションを遂行しますと、こうした詳細な情報を得ることが出来ますよ」

「いや、ミッションはいいよ。それより今の話だけど、リスポーン時間が長いっこと?」

「程度によりけりですが、六十%の損壊で初期装備なら一時間になります。改造によって時間は更に増えます」

「はっ?・・・冗談でしょ。一時間って言った?」

「はい」

「うっそ、なんだよそれ。マジかよ・・・」

(なるほど・・・過疎の原因わかったわ)

「課金アイテム買えってことね・・・」

「いえ、例外を除き修理短縮は出来ません。ただし戦果で新しいSTGを配布することは可能です。その際は改造されていない新機体になりますが」

「えーなんだその仕様は・・・」

(運営馬鹿だろ・・・)

「戦果つかってゾンビアタックしろってことかね」

「いえ、大破すると該当の戦いに復帰することはほぼ不可能です。また必要な戦果は高く制限もあるため繰り返し攻めることは叶いません。何よりSTGのストックそのものに限界があります。・・・話を続けても構わないですか?」

「あー、頼む」

(こういう対応はいかにもNPCだな)

「一人のプレイヤーが三機以上のSTGをリクエストするにはアクティブプレイヤーの承認が最低で七十%以上必要になります」

「うっへ~何それ?誰がそんなシステム考えたんだ、ここでも糞なプロデューサーが神ゲーを殺しているのか?」

(本当にくだらない。なんなんだ日本のゲームは。ん?そもそもこれは日本のゲームなのか?そう言えば洋ゲーと和ゲーが混じっている感じだたけど。聞いたことのない開発会社だったよな・・・)

「これはプレイヤー皆様が考えたルールです」

「え?うっそ、このゲームってプレイヤーでルール変更出来るの?」

「はい」

「すっげ!・・・え、それアカンやつやん。それクソにしかならんでしょ。運営仕事しろよ・・・」

(大体がプレイヤーの言うことを正直に受けたってクソにしかならんだろ。最も、プレイヤーの意見聞いた体で改悪するのも最悪だけど。プレイヤーにニーズなんて無いって上司が言っていたけど、わからんでもない。余程開発者がゲームに惚れ込まないとわからんよな実際。そしてその時間と情熱は開発側には無いと・・・)

「せめてリスポーン時間どうにならんかの~」

「申し訳ありません。元々復帰時間は十秒でしたが」

「なんだよ!出来てたんじゃん。戻してよ」

「プレイヤー様の創意でこうなりましたので協議が必要になります。協議に参加するには一定の戦果で可能です」

「へっ?・・・あーもういいや。頭パンクしそう。とりあえず出撃するよ」

(どうせそうした協議に参加したことないし、興味もない)

「かしこまりましたマスター。いつでもどうぞ、このゲートにダイブして下さい」

「うわっ!カッコイイ・・・でも俺・・・閉所恐怖症なんだよね・・・」

 円形状のダストシュートのような穴が開いており、下へ向かっている。

 こうしたものは昔のアニメでよく見た記憶がある。

「では直接転送しますので、転送台にのって下さい」

「なんだ、出来るんだ」

「はい、これもプレイヤー様のご意見で取り入れた演出ですから」

(演出って言っちゃうんだ)

「あ、それと」

「はい、なんでしょう」

「マスターじゃなくて名前呼びにして」

「シューニャ・アサンガさまでよろしいですか?」

「シューニャで」

「かしこまりましたシューニャ」

「いいね~ユリユッリやで。いこうビーナス」

「イエス、シューニャ」


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