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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
19/160

第十九話 ブラック・ナイト

”特別警戒警報を発令いたします”


 それは突然ロビーに流れた。


”ブラック・ナイトが第一防衛戦に接近中”


「ブラック・ナイト?なんだそのダークサイドに落ちたような格好いい名前は」


”全機出撃準備を願います”


「全機・・・ぜ、全機?なんで。強制なの?」


”出撃予定時刻は二十三時三十分 繰り返します”

 

「いきなりだな。プリンなんだその・・・プリン?」


 人が恐怖するとこういう顔をする。


 思い出した。

 見たことがある。

 俺の一つの生き方の方向性を決めた。

(誰かにこんな顔で見られるような人間にはなるまい)

 目が見開かれ、瞳孔が散大。

 意味もなく口が弛緩し、言葉の無い言葉を発しようとする。

 メドューサに睨まれたかのように不自然に固まる。


「プリン・・・どうした」


 急に震えだすと崩れ落ちた。

 生まれて初めて人が崩れ落ちる瞬間を目の当たりした気がする。

(違う。二度目だ)

 リアルならセクハラで訴えられ兼ねないことも忘れ彼女を支えようとするもそのまま落ちる。こんなにも人は人を支えられないとは。


「嘘・・・どうして、なんで・・・」

「プリン、どうした?プリン」

 ロビーを見渡すと静まり返っている。

 時が止まったかのような静けさ。


 静寂は絶望の声が破った。


「終わりだー!」


 身体がビクリとする。

 絶叫というのを初めて聞いたかもしれない。

 それを合図に津波のように爆発した感情がロビーを満たす。

 

「え、なんだ!なんだ!何がどうした!プリン!プリン!」


 反応がない。

「嘘、嘘、嘘・・・」

 うわ言のように繰り返すだけ。

「プリン?・・・(駄目だパニックから離れないと)」

 人が次々とログアウトしていくのが見える。

(どうして?)

 緊急警報とまるで逆のことをしている。

 出撃指示が出たのにログアウト。

(落ち着け・・・落ち着け・・・)

 ダメだ。

 そうだ、こういう時は落ち着こうとすると余計にパニくる。

 えっとなんだっけ・・・。

(そうだ!)

 親指の爪の横を一方の親指と人差し指で揉むと強制的に副交感神経が優位になって落ち着くんだ。急性で甲状腺をやられた時、自分の意思とは無関係に強制的にパニックが起きたことを思い出す。そうとは知らず、あれはもう心の傷、トラウマとして刻まれてしまう。スイッチが今でも時々入りそうになることがある。心の構えで避けられない時の最終手段がこれだった。これは呼吸法や他の方法より覿面に効いた。

(二十秒だっけ、三十秒だっけ、そんなに長くない、これに呼吸法を加え)

 左手の爪の横をつまみ、ゆっくりと一秒に一回のペースで揉む。


「ふー・・・っ、よし」


 落ち着いた。

(やっぱり肉体は素直だ)

 まずはプリン。

(ロビーからフレンドのマイルームへと・・・)

 空間にホログラム表示するオープンモニターに、フレンド・入室を選ぶ。

「プリン、入室承認を頼む、プリン?」

「帰りたい・・・帰りたい・・・」

「帰ろう、だから承認して」

「お母さん・・・」

(駄目だ)

 ルームマスター承認を得てないと入室出来ない。

「仕方ない」

 マイルームに移動する。

 ベッドに横たえる。

「タケ・・・マミちゃん・・」

「プリン・・・ログアウトした方がいいよ、プリン」


(ダメだ聞こえていない)

 ベッドのシーツをかける。 

「ブラックなんとかって、まずは状況を確認しないと。ビーナス」

「お帰りなさいマスター」

 戦果導入しておいた良かった。

「うん。(まずは人間に聞くか)プリンをしばらく頼む」

「マスターはどちらへ?」

「ロビーに」

「かしこまりました」


 ロビーにとんぼ返り。


 近くで呆然とする見知らぬプレイヤーに声をかけた。

「あの、ブラック・ナイトって何?何が始まるの?」

「うるせーよ・・・」

 その獣人アバターは泣いている。

「うるせー・・・うるせー・・・」

 駄目か。

 こういう時こそ情報が命。

 出来るだけ運営のフィルターがかかっていない、純粋なプレイヤーの。

「ちょっと!ちょっと!」

 走っている男性アバターの肩を無理矢理つかむ。

 彼はまるで俺が親の仇のような形相で見返す。

「邪魔だ!」

「ごめん!なんで大騒ぎしているの?」

 彼は俺の全身を舐め回すように見ると、少し冷静になったようだ。

 我ながら魅力的だよな。

「新兵か・・・地球が終わりなんだよ」

「どうして?」

「ブラック・ナイト。ヤツが防衛戦を突破したら地球は即終わりだそうだ。恐怖の大王って聞いたことある?」

「う~ん、ちょっとわからない」

「そっか。そういう存在なんだ」

「え?どういう・・・」

「宇宙人らが警告する最悪の敵。コイツが来たら打つ手が無いって聞いた」

「え・・・じゃあ、なんで皆ログアウトしてるの?」

「だから、打つ手が無いからだよ」

「でも強制参加なんでしょ?」

「違う。任意だ」

「え!」

「ゴメン、俺もう行かないと」

「あ、ごめん。ありがとう」

 彼は急に血相をかえて走り出すも、直ぐに立ち止まり戻ってくる。

「君、悪いことは言わない。ログアウトした方がいい。君の手に負える相手じゃないことはわかる。最低でもレベル八はないと時間稼ぎにもならないそうだから。君のは近づくことも出来ないだろう」

「そっか・・・アドバイスありがと」

「それとゴメン・・・君は中の人は男性?女性?」

 震えている。

「悪い・・・男なんだ」

「寧ろ頼みやすい」

「え?」

「抱きしめてくれないか・・・震えが止まらないんだ・・・」

 普段なら考えられない。

 男を抱きしめるなんて。

 彼女ですらろくすっぽ抱きしめなかったのに。

 例えゲームでも冗談じゃない。

 でも俺は彼のアバターの表情を見て咄嗟に強く抱きしめた。

 全身が小刻み震えている。

「ありがとう・・・ありがとう・・・」

 消え入るような声。

「じゃあ」 

 別れ際、彼はさっきとうって変わって勇猛な、そして爽やかな表情を向けると、大きく手を降る。そのまま出撃カウンターにつく。

「一体何が起きようとしているんだ・・・」

 ロビーのホラグラムモニターに出撃準備者リストが並ぶ。

 今の男性アバターの登録も出た。

 冷静に見てみると俺のように事態が飲み込めていない輩も多いようだ。

 パニックに完全に煽られている。大量のログアウト者もそういうことかもしれない。

 飲み込めているプライヤーもどうするか決め兼ねているようで、彼方此方で輪を作って話し合っている。動きが素早いのは部隊に所属している者だろう。部隊としての方針を明確に打ち出せば動きは自ずと早い。

「あ・・・」

 レベル七。

「あんなこと言っておきながら・・・」

 出撃数はお世辞にも多くない。

 こんなんで倒せるのか。

 そもそも無理なのか。

 本当に?


「ビーナス!」

 マイルームに戻るとプリンは眠っていた。

「お帰りなさいマスター。異常ありません」

「率直な意見を聞きたい。ブラック・ナイトの戦いに出たい。俺が出て意味はあるか?」

「ありません」

「なぜ?」

「マスターの船体レベルでは近づくことも出来ないでしょう」(証言と一致する)

「それでも索敵とか、ディフェンスとかあるだろ?」

「ブラック・ナイト戦では索敵の意味はありません」

「なんで」

「敵宇宙生物は単騎でかつ巨大です」

「なら・・・ディフェンスは?」

「申し上げた通り、巨大ですので、無意味です」

「そんな大きいのか?」

「全長でSTG28の凡そ三十倍になります」

「無理ゲーだろ・・・。難易度設定おかしいぞ運営。何考えているんだ?・・・隠れレイドボスみたいななもんか?イ、イベントボスか?まあいい。ダーク・ナイトが防衛戦を全て突破したらどうなるんだ?」

 知っているが敢えて聞く。

「地球は滅びます」

「絶対なのか。百パーセントか?そこから第二シーズンとか無いのか?」

 彼女はキョトンとした。

「計算上では」

「パチンカス確率じゃないだろうな。だったら承知しねーぞ」

「その確率の意味を正確には認識出来ませんが、構造的意味において、そうした手法の計算式ではありません」

「そもそもブラック・ナイトには勝てるの?」

「現在のSTG28ではブラック・ナイトを攻撃する方法はありません」

「はあ?・・・なんだそれ」

「STG28にはターゲットに有効な装備がありません」

「なんで!」

「不要だったからです」

「だったらなんでこうなったんだよ」

「マザーにとっても彼の動きが想定外だった為と思われます。恐らく未知な能力がそうさせたのでしょう」

「そんなん言い訳にならねーだろ!」

「仰る通りです」

「今からでもどうにか出来ないのか」

「ブラック・ナイトに対応した改造を施すことは本施設では不可能です」

「なら、どうするんだ・・・」

「戦闘に出て一定の満足を得るか、ログアウトして最後の時間を過ごすに相応しい状況を用意されては如何でしょうか?」

「出て・・・意味あるの」

「戦果は得られませんが、一定の満足は得られるかと」

「そうじゃない!何か出来ることはあるのかって聞いているんだ」

「ありません」

「くそ!くそくそ!もういい・・・出て行け」

「ありがとうございましたマスター」


 ビーナスは消えた。


 彼女のAIは実験も兼ね、学習を都度リセットしている。

 先日リセットしたばかりだ。

 デフォ対応が余計にムカついた。

 落ち着かないと。ビーナスは必要だ。

「ビーナス」

「なんでしょうかマスター」

 変わらぬ様子で現れる。

「ブラック・ナイトに有効な方法を立案してくれ」

「ありません」

「本当に何もないのか?」

「申し訳ありあせんが」

「なぜ無いんだ?」

「それはSTG28に有効な」

「違う。そうじゃない。・・・質問を変えよう。何か有益な情報はないか」

「・・・」

 ビーナスは少し考える仕草をする。

「ブラック・ナイトへの攻撃は効果がありません」

「他に?」

「・・・」

 また少し考える。

「我々はブラック・ナイトを注視してきました」

「それを聞きたい」

「常に位置を把握し、必要なSTGに必要な改造を施してきました」

「ちょっと待て。改造は出来ないと言っただろ」

「それはSTG28の本拠点施設に限った話です」

「どういう意味だ・・・」

「つい先日まで彼はSTG20の宙域に存在していました」

「・・・意味がわからん。STG20ってなんだ?」

(初耳だ)

「地球と同じような知的生命体の住む惑星に対して配備した20番目の装備です」

「なっ!・・・地球以外にもあるのか・・・」

 28・・・28の意味ってそういうことだったのか。

 てっきりSTGの特化系統が28種類あるのかと思ったぞ。

「STG20には対ブラックナイト用の装備を支給し、交戦」

(頭が破裂しそうだ、これが知恵熱か?頭が熱い・・・痛い・・・割れそうだ)

「死滅」

「死滅?だってお前、昨日まで確認って」

「はい。先日死滅しました」

「し・・・めつ」

「その後、ブラック・ナイトが消失。次に確認されたのが今です。この行動はこれまでの彼の行動予測、能力を遥かに上回るものでした」

「なんで急に・・・」

「わかりません」

「対応した装備がある輩がやられてんなら・・・俺たちどうなるんだよ・・・」

「何もすることは無いかと思います」

「簡単に言うなお前・・・他人事だと思って・・・」

「申し訳ありあせん・・・」

 表情がついた。

 学習したんだ。

 その申し訳なさそうな表情が余計に癇に障る。

 彼女の行為には何も精神的な裏付けはない。

 単なる情報の累積と選択。

 睨み返すと、目線を外し、モジモジとする。

(敵意を落とすための仕草か)

 何をコンピュータ相手に苛立っているんだ。

「どうされますか?・・・」


 何も出来ない。


 無力。


 死。


(でも・・・)


「ブラック・ナイトが全防衛戦を突破し地球に到達するのはどれくらいだ?」

「二十四時間です。彼が未知の能力を使って移動しない場合の推測になります」

「一日か・・・」


(生殺しだな。いっそ一時間後なら・・・いや、そうとも言えないか)


 母の顔。


 父の顔。


 甥や姪達。


 恩師。


 辛うじてつながっている友人。


 親戚の伯父さん。伯母さん。


 同級の親戚。


 よく行った店の店員。


 時折すれ違う顔なじみだけで喋ったこともない人たち。


 顔が次々と浮かんでは消える。


「死にたいんじゃなかったのか?」

 声が聞こえた。

 あれは何時の出来事だっけ。

「二十四時間後、地球はどうなる?」

「消滅します」

「地球上にいる人間は・・・生き物は」

「死滅します」

「・・・じゃあ”STG28地球防衛軍”は第一シーズンが終わりは確定として・・・第二シーズンは何時から開始される?」

「第二シーズン、ですか?すいません意味が理解しかねますが・・・」

「だから地球防衛戦の第二シーズンだよ」

「申し訳ありません。これで終わりです」

(『これで終わり』ふうん・・・あくまでも白を切るか。俺は騙されねーぞ・・・絶対嘘が。演出しても度が過ぎるぞ!)

「その後・・・お前らはどうするんだ?」

「撤収されます」

「どこに?」

「次の派兵先へ向けて」

「次はどこだ?」

「決まっておりません」

「行き先はあるのか」

「はい」

 彼女は声を抑え、目線をあまり合わせず淡々と言った。

(滅んだら次・・・滅んだら・・・次か・・・そうやってこれまでどれほどの知的生命体を巻き込んできた。・・・巻き込んできた。俺たちは巻き込まれたのか。関係のない戦争に。これはまさか代理戦争なんじゃないのか?何をやらせたい、どんな得がある?これは巧妙に地球を・・・駄目だ。情報が少なすぎる)

「・・・」

 静かになった。

 騒がしかった俺の意識は早朝の湖面のように波紋一つたたない。


 サラリーマン時代。

 目の前が真っ暗になったことがある。

 あの時もそうだった。

 絶望の底に降り立つと。

 開き直れる。


 時計が見える。


(時間がない・・・)


 ロビーではまだ緊急警報がコールされている。

 集合時間まで、後十分。

 勤め人時代の慣性で、十分前になると意識が慌ただしくなる。

 五分前には揃いたいんだろう。

 やれやれ抜けないもんだな。


「出撃する」


「よろしいのですか?」

「ああ。装備は・・・諜報装備Aで」

「かしこまりましたマスター」

 ビーナスは笑顔で敬礼すると消えた。

(なんで諜報装備なんだ俺・・・)

 どうせ敵わないのなら情報だけでも記録したいと思ったのだろうか。

 この事実を。

 この歴史を繰り返さない為に。

(俺は戦国時代に生まれたら歴史家にでもなったのだろうか)

 第二シーズンの為に。

 諜報装備Aは情報収集に重点を置いたものだ。

 ただしケシャの影響かサブウェポンを近接武器。シャワー・ガンマにしている。


 意味があるんだろうか。


 わからない。


 生きていることに意味があるのか。


(宇宙人も万能じゃない)


 そうだ。


 宇宙人と称する連中も全てをお見通しってわけじゃない。

 ブラック・ナイトは彼らにとっても想定外な存在なんだろう。

 そもそも想定内の存在なんかあるのか。

 それともブラフか。

 地球にもいるだろ、想定外の存在。

 プリンは寝息を立てている。

(そうだ・・・サイトウってヤツだ)

 メモ用紙に書く。


「起きたら直ぐにログアウトしろ。二十三時から二十四時間後に地球は滅ぶらしい。プリンありがとう。君のお陰で。元気で」


(元気で、か・・・)

 つい書いてしまった。

 後がないのに。

 サイトウ。

 そうだサイトウは何をやっている?俺と同性の何者か。

 プリンが信奉する、そのサイトウとやらは何やってるんだ。

 救世主とやらは、何をしている。

(頭が痛い)


 死が迫っている。


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