第百六十話 混乱
あたかも突然それは現れた。
「緊急警報発令。
アメリカ本拠点防衛宙域において、敵宇宙生物が補足されました。
条約に則り、日本・本拠点は直ちに迎撃に向かって下さい。
繰り返します」
そして同時多発的に始まる。
メインロビーに次々と搭乗員がログイン。
モニターを囲んだ。
彼らは本部委員会に属さない小規模の小隊か野良プレイヤー達。
重大案件が発生した場合、情報交換の為にメインロビーのメインモニター周辺に集まるのが慣習となっている。
不安を抑える無意識もあるだろう。
始まりは独り言。
隣になった者同士が自ずと話だす。
黙って耳を傾けているだけの搭乗員も少なくない。
「各国からの救援要請が凄い・・・何があったんだ?」
「どこに行けばいいんだよ・・・」
「えっとね、救援要請は国際連盟のものだから任意。マザーのは指令! 正当な理由無しに出撃しないとペナルティを受けるから!」
「でもワールドマップ見て! 真っ赤だよ!」
「そもそもおかしくねーか? さっきまで何も反応が無かっただろ?」
「バグじゃねーの?」
「このゲームでバグって聞いたこと無いぞ」
「日本本拠点の防衛エリアは反応なしって、あり得る?」
「でも、現に来てないでしょ」
「国際連盟だって無視は出来ないんじゃないの? 同盟国も多いのに」
「同盟のフレンドと連絡がつかないんだけど誰か理由知ってる?」
「遮断されているよ。理由は知らないけど国際連盟からコンタクト停止食らってる」
「フレンドなのに!?」
「本拠点からブロックされたら全部遮断だから」
「優先順位の問題だ」
「指令が最優先だから、国際連盟の要請には応えない。最終的にはそれで問題ないはず」
「マザー、国際連盟の要請は無視でいい?」
「国際連盟との取り決めに関して私共は関与しておりません。本拠点の防衛エリアはその規模や強度によって決まっており、守る能力がある範囲を我々が割り当てております。防衛エリアに関しては我々との条約で義務を負います」
「ほらー!」
「え、どういう意味?」
「周りくどい言い方だな」
「国際連盟の問題は自分達でなんとかしろってこと」
「どの防衛エリアだろうと、突破されたら終わりだろ?」
「・・・じゃあ無視できないじゃん」
「でも防衛出来るエリアを割り当てられるから大丈夫って、アッチでマザーが言ってたみたいよ」
「それ聞こえたけど言ってないよ。割り当てているって言っただけ。防衛出来るかどうかは本拠点の頑張りでしょ。毎回必死なんだから。割り当てがおかしいのよ!」
「防衛エリアに関しての疑義や提案はお申し出下さい。直接でも本部委員会経由でも構いません」
「やりませんよーだ。提案したってテンプレで返されて無視されるだけなんだから。バカバカしい」
「やったことあんの?」
「あるに決まってるでしょ! 言いたくないけど、私、こう見えて大戦の生き残りなんだから。昔からオカシイのよ! 日本・本拠点ばかり重責を担わされて!」
「大丈夫だよ、今までだって平気だったんだから」
「それって根拠になってる?」
「考えすぎだって」
「こんなこと初めて・・・。今までワールドマップで三拠点以上同時に責められたことはほとんど無いのよ!」
「知らないだけなんじゃない?」
「調べたんよ以前。世界同時に攻撃されたら私達は詰んでるのに、どうして同時に攻めてこないのか? 疑問で。でも、事実過去に同時攻撃ほとんど無かったの。前回の大戦ですら同時に責められたのは八拠点。しかもね、八割が日本の防衛エリアに集中していたんだから! 他の本拠点は暇してたし援軍にすら来ていない!」
「バルトークが来てなかった?」
「そうだ。ハンガリー本拠点のSTGIは助けに来てくれた」
「じゃー俺達も要請に応える必要ねーじゃん」
「ゲーム的都合ってヤツじゃない?」
「やっぱりかー・・・」
「そもそもゲームバランスとしては悪すぎるから」
「運営仕事しろ」
「ゲームじゃなかったらどうするつもりなんだ?」
「いや、ゲームだって、現実なら出鱈目過ぎる」
「寧ろ現実の方が出鱈目だろ」
「ゲームならもっとちゃんと作らないと売れないからおかしくない?」
「このゲームは売ってないでしょ」
「そっか・・・」
「出鱈目なゲームなら腐るほどあるじゃん。テストプレイしたのかコレみたいな」
「あるある」
「無課金ゲーとしたら神ゲーだぞ。俺なんかパートナー無しにもう人生考えられない。パートナーの為に戦闘しているようなもんだ」
「課金も出来るじゃない」
「いやいや、あの程度の課金じゃ運営は出来ないって。サーバー維持にかかる費用だけでも恐ろしいぞ」
「じゃあ、なんで運営出来ているの?」
「わからん」
「STG七不思議だよね」
「兎に角! ゲームでもリアルでもなんでもいい。どうするんだよ!」
「ゲームだから好きにやればいいんじゃない?」
「リアルなら?」
「まあ・・・詰んでる」
「マザーの指示優先が安牌じゃねーの」
「それな」
「アメリカ本拠点に恩を売っておいて損は無いし」
「俺達を突然襲ってきて、その直後に助けて―だからなギャグかよ」
「いや、アメリカから要請は来ていないよ」
「緊急警報聞こえてる?」
「あれはマザーからの指令で、アメリカ本拠点からの要請じゃない」
「そなの?」
「アメリカは攻撃されていないぞ」
「嘘、じゃなんでマザーの警報なってんのよ」
「てか、何時まであの警報鳴るんだよ。委員会仕事しろ」
「本拠点の要請じゃなくて、マザー判定の指令みたい」
「アメリカさん何やってるわけ?」
「さー」
「アメリカ本拠点の動きが全く判らないのにヤレって無謀じゃない?」
「なんで助けに行くのにブロックされているんだよ」
「アメリカとはまだ交渉の途中で停戦中って出てる!」
「どこに?」
「本拠点同士の相関図があるでしょ」
「そんなのあった?」
「えーっ? 益々意味わかんねー!」
「委員会は何をやっているんだ! なんでログインしてねーんだ!」
「いや、いるでしょ」
「少なすぎだろ」
「今委員会に動いているのって補助委員だぞ。見てみろ」
委員会リストを表示させると、名前の先頭に「補」とついている。
「ストライキかね」
「ストライク?」
「野球じゃねーって」
「寧ろ温泉旅行にでも行ってオフパコしてるんじゃねーの」
「今の委員会は過去一で仲が良いらしいね」
「3連休か!」
「クッソ羨ましい!」
「それなー!」
「俺はマザーの指令に向かうわー。誰か一緒いかねー?」
「んー・・・俺も行く。ちょっとソロはヤバそうだ」
「私も行く」
「一緒していい?」
メインロビーの大画面を見つめていた搭乗員達は次第に三々五々散り出す。
*
ブラックナイト隊の作戦司令室。
アースに狼狽える様子は無かった。
知らねぇ~ヤツは全部殺せってか。
下手すりゃ取返しがつかねぇってのに。
「おっかさん。結果の尻拭いはしてくれんだろうな?」
「合意に基づく発令です」
「尻拭いはするのかって聞いているんだ」
「行為の責任を意味するのであれば当方にはありません」
「言えるじぇねーか。尻拭いはしねーと」
マザーは責任をとらない。
これは過去の事例を照合してもハッキリしている。
複雑怪奇な条約に則り、条件に合致した際に指令を出しているに過ぎない。
条約を破っても厄介、言われるがまま安直にのっても厄介。
選択肢があるかに見せた一択。
責任は行為者である地球人に降りかかる。
かちかち山だ。
泥船に乗りながら待つしかねえ。
俺達が出来ることは泥船を飛び出すタイミングだけだ。
「イイダ、手は出すな。距離をとれ。記録を続けろ」
「リョ!」
「マホガニー隊は待機」
「リョ!」
「イカルス隊は出撃準備」
「リョ!」
「カラクリ、初期装備の五機編成で最大限広域索敵可能な装備を提案し、イカルス隊に送れ」
「かしこまり」
「イカルス隊はダウンロード後、即刻出撃しろ。許可はいらん」
「リョ!」
「他の連中は本拠点内の調査続行」
モニターに各部隊長から承認のマークが一斉に灯る。
「出撃命令がマザーから出てるんすけど?」
学徒兵か。
「無視だ」
「ペナルティが出るの嫌なんだけど」
「部隊コア、大隊の初期メンバー以外のダイレクト通信を全てブロック」
「ブロックしました」
馬鹿に説明をしているほど暇じゃねえんだ。
マザーの判断は単純。
疑わしきは攻撃。
倒せなくてもいい。
データは手に入る。
その上で責任を負わない。
行為の責任は地球人に全て負わせる。
出撃しなければ条約違反だが、ペナルティの方がまだマシだ。
殺されはしない。
「カラクリ、本件に関わる条約ってヤツを纏めろ」
「かしこまり」
パートナーの本来の役目は通訳みたいなもんだろう。
同時にコイツらは敵の弁護士のようでもある。
最低限必要な情報しか開示しない。
自分達に不利な情報は言い逃れ出来ない限り出さない。
人間と違うのは、問題の核心に触れた時、情報を開示する。
「求めよ、さらば与えられん」ってか。
「地球人を舐めてるねぇ」
*
本部委員会は混迷の中にいた。
「リア電が繋がらない!」
「何で誰も出ないの?」
「知らねーって、俺に聞くなし!」
「あんたになんか聞いて無いから!」
「そもそもリアルなんて誰も知らんしょ」
「普通は知っているでしょ?」
「なら連絡入れろよ」
「だから出ないんだって、聞いてる?」
「ウザ」
「どっちが!」
「だから委員会の補助委員なんか嫌だって反対したんだ!」
「今更言うなって」
「ゲームぐらい好きにやらせてよ」
「なんでゲームにリアル性持ち込むんだよ~」
「リアリティがあるから面白い側面はあるでしょ」
「これはやり過ぎだって、そもそも面白く無いし!」
「じゃ~なんでプレイしているんですかね~」
「暇つぶし!」
「テンポ悪いんだよね~このゲーム。運営仕事しろって」
「コレは現実だから運営なんて居ないんだって」
「出たよ・・・リアル原理主義・・・」
「なんでわからないんだ」
「本部経験アリの引退したプレイヤーにも連絡してみる!」
「アカウント無いんじゃ意味ないでしょ」
「アカはある。プレイしていないだけ。パートナーには会いに来ているから」
「幽霊部員じゃん。役に立たないって」
「とんでもない! 名の知れたプレイヤーだったんだから」
「嘗てだろ? 今ならお荷物だよ」
「過去の名誉に縋るのウゼー」
「学徒兵マジ勘弁」
「昔と仕様は全然違うからな~・・」
「本当の古参になるとパートナーすら居なかったらしいよ」
「ほらー、役に立たないって」
「最早化石」
「ていうか老害」
「居ないよりマシでしょ!」
「背中から撃たれるのはマジ勘弁」
「頼むからこれ以上 下手糞を増やさないでくれー」
「そういう言葉を使う奴ほど…」
「数は必要だから」
「・・・俺も連絡する」
「ブラックナイト隊に凄い人達がいるんでしょ? 何しているの?」
「委員会にコンタクトが制限されている」
「動向もわからん」
「連絡してみて!」
「だから出来ないんだって。制限されているから」
「なんで?」
「しらね」
「嫉妬だよ。凄い成績出していたから」
「くそ委員会が! 今回少しは真面かと思っても結局はコレかよ!」
本拠点の中心メンバーが不在。
今本部にいるメンバーは補助委員。
通常時は業務を担うことは無い。
本部委員会の仕事が重なる際にヘルプとして呼ばれ、一定の義務を担う。
*
戦果獲得のチャンスと捉えた部隊は一気呵成の如く出撃開始。
多くの搭乗員はマザーに促されるまま、迷いながら、慌ただしく戦闘準備に入る。
賢明な搭乗員は考えうる最善の準備に取り掛かりながら、本部の方針を待ち、他方で情報の収集に全力を注いでいた。
「此方、部隊 鬼子母神アルファ、出撃要請、本部の認可を求めます!」
「マザーによる緊急警報の為、自動承認されます」
「ほんとだ・・・。ママ、本部の作戦は?」
「現在設定されておりません」
「立案中なの?」
「私達が役に立ちそうなポジションを立案して欲しいんだけど」
「仮プランでいいからダウンロードしたい」
「作戦がそもそも立案されておりません」
「・・・どうして?」
「作戦を要請しますか?」
「して! 取り敢えず私達は出撃するから」
「ご健闘をお祈ります」
「最短航路設定。アメリカ防衛エリアの権限確認」
「クリア」
「緊急向けプランセット、えーっと、伝説のマゼランQ681で行こうか!」
「アッパシオナート!」
「完了!」
「皆、行くよ!」
七機の小隊がロケット鉛筆のように真っ直ぐドッキング。
最も基礎となるフォーメーションだ。
光の列車となり飛んでいく。
一方。
「こちらシェイク大好き隊、該当宙域に到達」
「どう苺?」
「ターゲットの反応なし」
「ココに結構な小隊が集結しているんだけど。マリンカ隊いるかなー」
宙域モニターから、多数の小隊が存在していることを意味する。
「敵さん居なくない?」
「センサー狂ってる?」
「そんな訳無いでしょ~」
「てか、マザーさん間違った?」
「マザーの誘導だから」
「聞いてみる。マザー、緊急ターゲットってココで良いの? センサー壊れてない?」
「戦闘宙域です」
「居ないんだけど」
「ブリーフィング無しで出ちゃったからなぁ・・・」
「私たちより先にバナナ・フレーバー小隊が出たよね?」
「出た。マンゴー・フレーバー小隊も先だったはず」
「宙域モニターに名前出ているよ」
「マザーさんさ、この対象の迎撃目標が不明の敵宇宙人としか出てないんだけど、隕石型宇宙人とちゃうの?」
「不明です」
「え、隕石型宇宙人以外の可能性もあるの?」
「そりゃ~いるでしょ。隕石が宇宙人なぐらいだし。しらんけど」
「え、何それ! マリリン知ってる?」
「知らなーい」
「マザー、不明な相手をどうやって倒せって話。てか、そもそも居ないし」
「居ります」
「どこに?」
「ソナーマップをご参照下さい」
「そのソナーマップに存在しないのよ」
「また、迎撃方法も含めてご検討下さい。可能な限り情報の収集を願います」
「随分な丸投げだな~」
「どこのブラック企業だよ」
「このゲームってほんと不思議。自由過ぎてこういう時は本当に面倒くさい」
「この面倒もいいんだよ。昔のRPGなんて方眼紙で迷路を書いてだな・・」
「そこのオジサン煩いでーす」
「今は令和です」
「でも、この程度の不自由は楽しまないと」
「今は、コスパ、タイパの時代」
「コスパ! タイパ!」
「コスパ! タイパ!」
「それならこのゲーム向いてないよ」
「それなー」
「わかる~」
次々に小隊が集結している。
*
「変な感じ・・・」
エリア28外縁部。
索敵ポッドを配布し終えたマルゲリータの船。
大輪の花のように船体を開いている。
マルゲは何度も深部索敵を繰り返していた。
本来であれば予定された合流ポイントに飛ぶ時間。
「間に合わなくなるよ?」
パートナーのマッシュ。
ホログラムになり、マルゲの肩に乗った。
「間に合わない時はスターゲートで潜るから、このままだと気になって・・・」
セオリーとして索敵特化型はスターゲートを不要とする。
足の速い索敵特化は逃走を得意とし、ゲートを使う危険性を回避する能力に長ける。
ゲートは万能では無く、寧ろ様々な点でリスクがあった。
新人プレイヤーが時折やらかすことはあっても、パートナーから必ずリスク説明がある。
それでも毎年事故は絶えない。
「変な感じって具体的にはどういう?」
「さっきから時々エラーになるの」
「最高感度だと、どうしてもノイズを拾いやすいから。感度を下げればエラーは無くなるよ」
「知ってる。それだと意味が無いの。普通はエラーになってもログを見ると、原因が出てるでしょ。それが出てないの。それにエラーが出たり出なかったりする」
マルゲは手際よくモニターを操作。
「報告案件かな~」
「なのかなー・・・でも、何か変なの」
「マスター達の“何か”っていうのは何時も難しいね」
彼女のSTGは索敵に特化した機体。
今の装備は ST28 において限りなく最高峰と言って良い。
カバーする範囲は広く、通常の索敵装備では叶わないデータの収集と分析が可能。
索敵ポッドも最上位で、より複雑な指令を出し、データを回収することが出来た。
索敵専用機体には護衛をつけるのが通例だが、彼女の強い要望で単騎での出撃となった。
それには理由もあったが、彼女は敢えて言わなかった。
索敵型でソロを好むユーザーの機体は速度を重視している傾向がある。
彼女も本来はそうだ。
今回は索敵性能に振り切り、速度をある程度犠牲にしている。
それでもアタッカーと同等からそれ以上の速度を維持。
緊急回避的な意味合いでスターゲートも最大可能数積載していた。
彼女はプラネタリウムのように大きい天球型コックピットに浮いていた。
姿勢補助の装置は無く、重力制御により概ね中央に位置している。
太いケーブルが一本だけ腰に接続されており、さながら子宮に宿る子供のよう。
天球コックピットに描かれる小さく無数の光と、データを眺めている。
全てはこの船がキャッチしている情報だ。
幾つも色分けがされており、それらはグループと階層に分かれ描画。
緊急性の高いものは赤。特殊な案件は紫。通常は白ベース等。
索敵特化には、この画面を自在に扱える、ある種独特な才能が必要だった。
それでもパートナーに基本管理を任せればほとんどのプレイヤーは扱うことが可能だ。
マルゲはコミュニケーションのズレが煩わしいからとの理由で、バックグラウンド処理にしかパートナーを使っていない。
「本部から緊急警報」
「うそ!」
「僕たちは対象エリア外だから関係なさそう」
「何があったの?」
「アメリカ本拠点の防衛エリアで敵宇宙人を補足。本拠点の搭乗員はその迎撃に迎えって」
「アメリカは何しているの?」
「その点はデータが無いね。公式情報はアメリカ本拠点からブロックされているから判らないし、国際連盟からも遮断されているから。何か緊急事態があったんだと思う」
「攻撃しておいて助けて、なのにブロック・・・」
「政治は複雑だからね」
「本部の皆は何だって?」
「連絡は無いマッシュ」
マルゲは緑のログインリストを開いた。
「うそ・・・ほとんどログインしていない!」
「珍しいね」
「じゃあ、本部は義母が運用しているの?」
「うん。でもログインしているメンバーもいるから」
「この『補』ってどういう意味?」
「本部の補助委員だね」
「どうして・・・」
緊急警報の情報を捲っていたマルゲの顔が見るみるうちに強張った。
「マッシュちゃん! コレ、どういうこと?」
「何が?」
「この要請ポイントを見て。クロスリンクが認められた緩衝地帯だから私達の広域索敵網の範囲にも入っているはずよ」
「アース大隊の小隊がアクティブソナーを使ってマーキングしたポイントだから、日本・本拠点のクロスリンクは関係ないよ」
「そうだけど、違うの! この緩衝地帯は双方の索敵が有効だから、何かあったら必ず本拠点でも捉えているの。アース小隊のアクティブソナーで先に捉えられたってこと自体がおかしいの。ほら! ログからも本部による緩衝地帯の索敵反応はさっきまでグリーンだった。アクティブソナーで初めて補足になっている」
「補足出来ない宇宙人だったからじゃない?」
「え・・・それって尚更変・・・」
「何が変なの?」
「だって、居なかったのに、本当は居たってことでしょ」
「アメジスト型の例もあるよ」
「これはアメジスト型じゃない」
「うん。でもアメジスト型以外にも隠蔽の優れた敵宇宙人はいるでしょ」
「ヒスイとかオーロラとか七色でしょ? それは動けばオーラ判定で本部でもわかるじゃない。でもコレは違う。動いているのに不明になってる」
「ブラック・ナイトって言いたいの?」
「違う。それならマザーがブラックナイトって言っている」
「現実的には七色を警戒した方が良さそうだね。確率的には低くないよ。補足が難しいから」
「七色とも違う。アレはオーラ判定がチカチカするだけ。動いた状態で完全に隠蔽は出来ない。何か変。おかしい! 何かおかしい!」
「落ち着いて。国際連盟各国から救援要請が出たマッシュ! 凄い数だよ!」
モニターに一斉に要請本拠点と部隊名、要請数等がリスト化し表示された。
マルゲは別なモニターを捲った。
「ワールドマップアラートに反応ない・・」
「国際連盟からの情報は遮断されているからかな?」
「でも、要請があったのにブロックっておかしいよね。ほら、加盟国以外のワールドマップも反応が無いよ」
メインモニターに目を戻すと、マルゲはリストにある加盟国以外の要請をタップした。
画面を上書きするように索敵結果エラーと表示。
「リトライしますか?」と表示が切り替わる。
「しない。これまでの索敵結果で得た情報からエラーの原因を分析して」
「かしこまりました」
本船コンピューターの反応。
モニターを捲ると言った。
「日本・本拠点は異常なし」
援軍要請を受けた場合。
自国本拠点が攻撃を受けていない場合に限り、国際連盟に加盟していれば要請に応じる義務が生じる。
自国防衛エリアが攻撃を受けている場合はその限りではない。
理由無く要請を無視した場合、連盟の定例会議でペナルティが議論される。
しかし、ほとんどの場合、連盟国の力関係で決まってしまう。大きな加盟国はほとんどペナルティが課されなかった。
それらを知るプレイヤーはほとんど居ない。
「アメリカ本拠点は?」
「わからないマッシュ。情報はブロックされているから」
マザーとの通信は切断されたまま。
義母との対話はリアルタイムデータ無しだから仮の話にしかならない。
マルゲは知らなかったが、仮の状態時、義母が何を言ってもその発言の責任は基本的に負えないことになっている。
マザーの決定は常にオンラインである必要がある。
それは初期に接触した人類との取り決めにより確定していた。
「マッシュちゃん忙しくなるけど御免ね! 隠蔽レベルの対象を私達の中隊を除く全対象へ変更。日本・本拠点の本部委員会の公式情報以外は全て表示から隠して報告も無し。確実性が高てく優先順位の高い情報だけを知らせて」
「それだと孤立しちゃうよ!」
「いいの、孤立したいから!」
シューニャさんが言ってた。
信じられなくなったら、信じられる範囲に絞ればいいって。
仮にそれが間違いだったとしても自分のせいだから納得が出来る。
もしもの時は次に活かせばいいって。
「今度は逃げないから」
「マスター・マルガリータ。結果が出ました」
「言って!」
「妨害行為の可能性が高いと推測します」
「やっぱり・・・誰から? 何処から?!」
「詳細は不明です。あくまで理論的な整合性の結論です。妨害エリアは相当な広範囲と推測されます」
「エラー範囲を推定でいいから描画して!」
メインモニターに描かれる。
範囲はアメーバのように常に動いている。
そして、マルガリータの STG にギリギリ届いていた。
推定四〇%だが、本拠点にまで届いている。
「私の装備でジャミング出来る範囲を重ねて」
描画されたそれは遥かに狭く、点のよう。
「こんな広範囲を妨害出来るってあり得る? マッシュちゃんどんな可能性がある?」
「本拠点クラスなら可能かな~。でもクラスA以上。それ以下だと出力が足りないマッシュ。全出力をジャミングに充てるとクラスAでも可能かな」
「本拠点にクラスなんてあるの!」
「あるよ。サイズや出力や出来ることが違うから」
「知らなかった・・・。本拠点の最高って?」
「現存する本拠点の最高はSクラス」
「保有しているの?」
「アメリカ、日本の二拠点。Aクラスは十拠点」
「え・・・」
「先の大戦で再建された拠点はクラスダウンしているから」
「アメリカ本拠点の位置ってわかる?」
「判らない。ブロックされているから」
マルガリータの顔が青ざめた。
「まさか・・・嘘でしょ・・・」
「どうしたの、大丈夫?」
「マスター・マルガリータ、メンタルバランスが低下しております。休憩をおすすめ致します」
マルゲは両手で顔を覆った。
次第に握り拳の形になる。
「分析結果をもとにアンチジャミングを編成して! 他に有効な分析結果を出せる索敵組み合わせの提案も! 多分、私達の位置は補足されて妨害されている。ポッドの再配布の時間は無いから、自動最適化を有効にしておいて」
「かしこまりました」
「どうしたのマルゲちゃん? 休んだ方がいいよ」
「休まない! 今休んだら、後悔する」
マルガリータは手元にある無数のサブモニターを忙しなく捲りながらタッチ。
「マルゲ中隊の皆に強制通話開始! 日本・本拠点の本部委員会にも同時配信。それと、これまでの索敵結果とリアルタイム索敵データを送信開始して!」
「わかったマッシュ!」