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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百五十四話 錯綜

「ゲームだったんですね・・・」

「真田はそう判断したか」

「・・・隊長は違うんですか?」


 来訪者は “暁の侍” 武田と名乗った。

 リアルで会うのは初めて。

 想像とまるで異なる外観。

 彼が武田隊長であるという証拠は何も無い。

 でも、少し言葉を交わしただけで確信した。

 本人であると。

 彼はカーテンにへばりつくように立ったまま話を続けた。


「腑に落ちない」

「何がですか?」

「例えば、あの選択肢」


 彼等には今後のこととして三つの道が提案されている。


 その一。サイトウの探索に協力する。

 その二。プレイヤー救出に協力する。

 その三。その一、二、何れかの作戦が終わるまで残る。


「選択肢があるように見せて無い。外部との連絡も禁止。至る所に監視カメラ」

「でも、仕方ないのでは。機密保持契約がされてますし。手伝わないのであれば事件が明るみになるのを恐れ、隔離したいと考えるのは自然では?」

「軍の作戦じゃないんだ。これじゃ軟禁されていると言っていい」

「実は軍が絡んでいるとか」


 武田は眉をピクリとさせる。


「軍がネットショップで買えるような監視カメラを使うだろうか? 大層なギャランティを払う被験者に、オンボロの廃ビルのような場所で、野戦病院のようなチープなベッドを並べ、こんな申し訳程度の布切れを羽織らせ。どうして銃を持っている? 何もかもがおかしい」

「それは・・・どこかでコスト削減しないといけないから。何より緊急事態だったからでは。銃だっては我々を護衛する為だそうですよ。そうだ! 軍関係ですよ」

「軍、自衛隊か? 自衛隊に支給されている銃ではないし、あの対応や動きは自衛隊のそれとはまるで違う。せいぜいサバゲー好きの素人」

「ほら、自衛隊は表だって動けないから・・・。アメリカ軍がらみでは?」

「どうして古いロシア製がほとんどなんだ?」

「・・・バレると困るからでは? いざという時に擦り付ける為とか。それらは契約書に書かれていたんじゃないですか?」

「契約書は読ませようとしなかった」

「私は読みましたよ?」

「サインのある最後のページだろ? 本文は?」

「読んでません・・・」

「読ませて欲しいと言ったが、時間が無いことを理由に断られた。後で見せると言われ、それっきり」

「数を熟さないといけないですからねぇ・・・」

「本当に我々が実験の参加者なら、権利として読ませないのはおかしい」

「こういうのって人手が限られてますから」


 人の生きざまは様々な部分で知らず表出される。


「あれは極めて重要な選択だ。その判断材料である契約書。それを読ませないのは意図を感じる」

「考えすぎなんじゃ・・・。普通に考えると彼らの言っていることの方が全うです。石が、隕石や、星が、意思をもって攻撃するなんて、どう考えても有り得ない。ゲームだからこそ成立する話です。だから、これはゲームなんです!」

「生命の源である塩基やアミノ酸は隕石や惑星に含まれる」

「仮にそうだとしても、自由意思をもって攻撃するなんて、SFですよ!」


 武田は僅かに考えを巡らせると言った。


「我々は恐らく拉致された」

「拉致? まさか! ここは日本ですよ? ゲームしていただけなのに拉致?」

「寝る前のことを憶えているか?」

「えーっと、本拠点で今日の準備をしていたら・・・急に眠くなって、寝落ちしました」

「俺もだ」

「ほらっ!」

「俺は寝落ちしたことは一度も無い」

「じゃあ今回が初めてってだけじゃないですか」

「眠らされたと思う」


 武田はカーテンを少しだけ開け外を見る。

 静かに閉めると、自分の裾をまくり上げた。

 思わず真田は仰け反る。

 鍛え上げられた肉体が露わに。

 ビルダーというより、実務で鍛えられた筋肉であることが感じられる。

 筋骨隆々とした肉体美への妬みと襲われるという恐怖が一瞬交錯する。


「勘違いするな。これを見ろ」


 真田は脇腹に近い示された箇所を恐る恐る見た。


「・・・注射の後ですか?」

「吹矢だ。落ちる少し前、何か刺さった感覚があった。見たら吹矢が刺さっていた。意識を失ったのはその直後」

「吹矢?」


 突拍子も無い話。

 この平和な日本で。ましてや吹矢なんて。見た事すら無い。

 考えが追い付かない。

 でも、隊長は何か思い込んでいるように感じる。

 現実を信じたくない理由がある。


「矢はどこに?」

「お前には無はいか?」

「無いと思います。いや・・・なんて言うか、それは元からあったんじゃないですか?」

「無かった」

「・・・武田隊長は自分の肉体を隅々まで判っていると?」

「少なからずこの程度を見逃すことは無い」


 今度は真田が逡巡する。


 どう言っていいか。

 ゲームをしていれば寝落ちは普通にあること。

 たった一回の寝落ちで「吹矢で麻酔を受けた」なんて考えるなんて。

 そんな発想、どうして抱ける。


 何かを察したのか、武田の表情が変わる。

 そして何事もなかったように袖を通すと、カーテンに再び同化。


「ソッチにつくわけだな」

「ソッチ?」

「救出作戦への参加希望じゃないのか?」

「まだ決めてませんが、選ぶならそうですね。武者小路さんもまだアッチにいるそうです。スタッフに耳打ちされました。救出作戦志望の場合、第一目標はエイジ宰相と武者小路参謀だそうです」

「私は聞いてない」


 真田は驚きと喜びが入り混じった顔を向ける。


「ますます妙だ・・・」

「どうして?」

「いや、いい。判った。俺はココに残って機会を待つ」


 真田が眉をひそめる。


「・・・隊長は何時も待つのですね」

「動くべき時じゃなければ動かないさ」

「それはやらない言い訳なんじゃ・・・」


 武田は表情を変えない。

 STGアメリカとの交渉の後。

 暁の侍で紛糾した会議でも武田は「待つ」選択を通した。


「長いスパンで見た時、続くこともある」

「彼も言ってますよ。隊長って結局は動かないんじゃないかって・・・」

「武者小路か。思うのは自由だ」

「・・・今、決めました。私は救出作戦に参加します」

「判った。お互いベストを尽くそう。目的が同じならば、何れ交差することもあるだろう。ありがとう」


 こういう所もそうだ。

 武田隊長は素っ気ない。


 武田は手を差し出したが、真田はその手を掴まない。

 彼は歩み寄って真田の肩を叩くと出て行った。


「ゲームなのに・・・」


 鉱物が動くなんておかしい。

 子供でも判りそうな理屈。

 きっと武田さんは隊長という地位を守りたいんだ。

 だからSTG28が終わってしまうことを恐れている。

 武者小路が言う、その辺の政治家と同じじゃないか。

 利権を守りたいだけで問題を解決する気なんて無い。


「失望した」



 数字とはどの角度で照らすかで様相が一変する。

 事実も同じ。

 光の当てる側で全く違う話になる。


 薄暗い車内。

 窓は塞がれ外は見えない。

 それでも僅かに漏れてくる光から、陽射しが強いことが感じられる。

 密閉性が高いのか、外の音もほとんど聞こえない。

 柔らかく伝わる振動が心地いい。

 老人は誰に言うとでもなく呟いた。


「人間なんて言葉を使う猿と考えた方が判りやすい。

 高尚な何かと勘違いする必要はねえ。

 だからこんなことになる」


 思考の矢が放たれた瞬間から勘違いが生まれる。

 全体像が見えない限り、断ずるのは危ねぇ。

 全てを括弧仮にしておく必要がある。

 一人の人間ごときが判る筈がねえんだ。

 理解する前に死んじまうからな。

 その程度の生きもんなんだよ人間なんて。

 何かを理解するには一生は余りにも短い。

 その時点で推して知るべし。

 人類はその場凌ぎの嘘で生きているようなもんだ。

 全ての理由は後付け。


 だからシューニャよ。

 犠牲を出すのを前提に進むしかねえ。

 生者に出来ることは、少しでも犠牲に報いる形で決着をつけることぐらいだ。

 なあ、シューニャ。

 聖人が殺され、悪鬼が見逃され、その時点で人間なんて糞だろ。

 小賢しく大層に考えるこっちゃねぇ。

 旨いもん食えて、好きな女とやって、大切な連中と語らい、雨風凌げて眠れれば天国だろうが。

 馬鹿共の手先となり殺し合うより遥かに健全だ。

 地球人が死滅したところで悲しむ必要すらねえ。

 悲しむヤツがいなくなるからな。

 その時点で成立しねーんだよ。

 この終わり方は悪くねぇーぞ、シューニャ。


 車の速度が遅くなった。


 だけどよ、宇宙人共や地球のアホ共に好き勝手やらせるのも面白くねぇからな。

 踊るアホ~に、踊らされるアホ~。そして留めに見るアホ~。


 車が止まった。


 日本人は昔からキレたらこええぞ。

 我慢してる分な。

 シューニャよ。

 俺のやり方は判ってるな。

 目指す先は似たようなもんだろ?


 ドアが開く。


「着きました」


 老人は目を開けた。

 黒いスーツの屈強な男が頭を下げる。

 薄暗い。

 地下駐車場のよう。

 車がビッシリ止まっている。


「おう」


 老人が降りようとすると男が手を差し伸べる。


「よせや。男の手なんぞ握りたくもねぇ」


 スルリと降り立つ。

 ステテコに雪駄。

 上は孫の趣味なのか、ヒーローの写真とロゴがプリントされたTシャツ。

 一見すると何処にでもいる好々爺。


「今日は死ぬのに最高の天気だな」


 外は見えなかった。



 それは奇妙な現象。

 エリア28 外縁部。

 STGトーメイト、搭乗員マルゲリータ中隊長。


「見えない壁・・・」

「壁では無いマッシュ。構成要素からSTGは普通に通過できマッシュる」

「じゃあ、何これ?」

「空間に別な物質が満ちているけど見えない、みたいな」


 センサー上では明らかな壁が存在する。

 それはエリア28に沿ってあった。

 何をどうすればこんな事が可能なんだろうか。

 こんな広大な宇宙空間を謎の物質で満たしている。

 何のために、誰の仕業?

 まるで宇宙規模の見えない万里の長城。

 索敵特化型の中でも最高装備のセンサーでなければ観測できない層。


「あるのに見えない・・・。もし通った場合、抵抗? みたいなものはあるの?」

「あるマッシュ。でも、巡行速度程度なら感じない程度の抵抗かな」

「ダメージは?」

「ないマッシュ。シールドは素通りするけど、外壁に影響なし」


 物理的に越える事に支障は来たさない壁。

 でも、それは確実にある。

 薄いヴェールのような。

 いや、薄くは無い。

 計測値からしても、その層は厚さ十キロはあった。

 

「マッシュちゃん、この層はどういう可能性が考えられるそう? ここから先に行くな!的な警告? 通過できるなら閉じ込められている訳じゃ無いんだよね?」

「一つの可能性として言えるのは、逃げた泥棒にカラーボールを当てたら色がついて落ちないみたいな。そういう効果はあるマッシュ」


 彼女が愚痴ったアルバイト先での出来事を例にマッシュは例えた。


「サンゴちゃんを匿った時もあったのかな・・・」

「あの時はこのセンサーを積載していなから何とも言えないマッシュ。でも、ちょっと待って」


 センサーは外に向いている。

 マッシュは内側にも拡張し自機を含めた。

 食い入るように見るマルゲリータ。


「あっ・・・」

「ついているね」


 反応があった。あったどころの騒ぎではない。

 まるで蛍光塗料の入ったバケツにすっぽり入れ、取り出したような反応。

 センサー上でSTG全体が光って見える。


「どうなるの・・・コレ?」

「判らないマッシュ。少なくともエリア28は出ていないマッシュる」


 マッシュの知識に本部で回収したエリア28という概念が追加。


「サンゴちゃんにもべったり?」

「多分」

「どうしよ・・・」

「センサー配布ペースが目標を下回ってます」


 本船コンピューターの音声。

 画面に達成率が表示される。


「・・・・もう! マッシュちゃん、続けよ!」

「OKマッシュ!」


 STGトーメイトは青い炎を従え、飛んで行った。



 考えてみれば当然だ。

 私は抹殺対象なんだから。

 医療ポッドに顕現すれば鴨葱というヤツ。

 馬鹿か俺は。

 でも、何故俺を殺さない。

 麻痺させられ、眠らされた。


 にしても命とは本当に危うい。

 この一瞬を奇跡の中で生きているとはよく言ったもの。

 僅かなボタンの掛け違いが命運を分ける。

 今迄生きてきて今ほど実感している時はないな。

 普通なら死んでいる選択だったのだろう。


 目を開く。


「ココは・・・」


 懐かしいという感覚が身を覆う。

 まるで肉体が「お帰りなさい」と言っているかのよう。

 満たされていく感覚。

 全身に電気が流れ接続されていくような。

 上半身を起こす。


「地球・・・」


 辺りを見渡し、二の腕、服装を見て、無意識にさする。

 そして頬に触る。

 立ち上がろうとすると、よろめいた。


 感覚がまるで違う。

 重い。

 大地に引っ張られる。

 重力。そして重量。筋肉。骨。


 地球の重力は力強いな。

 愛されてる。

 文字通り重い。

 ありがとう地球。愛してるぜ。


 感覚を確かめるように足を踏みしめ、軽くジャンプ。

 玄関前の姿見に身を晒す。

 自然に笑みが零れた。


「よう、俺・・・元気だったか? サイトウ」

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