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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百五十二話 分岐点

 武者小路が赤いスイッチに手を伸ばした時。

 真っ白なドームが警告カラーに染まった。


「緊急警報発令。

 本拠点内に敵宇宙生物が侵入。

 優先攻撃対象です。

 対象排除まで協議は延期されます。

 直ちに対応に当たって下さい」


 義母の声。

 向こう岸の空気が一変する。

 何故か多くがエイジを見た。

 D が緊迫した様子で叫ぶ。


「早く押すんだ!」

「待て! ・・・何が起きた? 何が起きている?」

「敵宇宙人って・・・本当なんですか? どうやって、どうして!」

「いいから、早く押せ!」


 向こう岸が慌ただしく動いている。


「お義母さん! 何があったんですか!」

「・・・」

「通知のみか。ココではマザーは介入できないようだ。部屋を出ないと」

「どうやって出るんですか?」

「知るか」

「押せ! 押すのが先だ!」

「聞こえなかったのか! そっちはどうだ、何かあったか? こういった場合、ココはどうやって出るんだ?」

「二人とも早く押して下さい! まだ間に合います!」


 ナビゲーターの女性も必死に叫んでいる。

 明らかに判断材料が足りない。

 しかし・・・。

 武者小路は眉を寄せた。

 強い違和感。

 何かがおかしい。


「武者小路さん、押さないと出られないんじゃ・・・」

「・・・」

「押せーっ!」


 対岸の多くが各々叫んでいる。


「前回はそうじゃなかった。

 そうだ、恐らく宣誓する必要があるんだ。

 エイジ君、延期を宣言しろ!」

「そっか! わかりました・・・・」

「まだ間に合う! 早く押すんだ!」

「いや、ちょっと待て」

「え?」


 武者小路は対岸を一瞥すると言った。


「質問がしたい!」

「いいから! 取り返しがつかない事になる!」

「二つ質問がある。一つは君達の本拠点がどうなってるかだ」

「だから、こちらの異常は無い。答えたぞ。押せ!」

「次に・・・これは、貴方達の、設定したイベントとは、違うのですか?」


 ゆっくりと、噛みしめるように言った。

 一瞬 向こう岸の反応が鈍ったように感じる。

 ナビゲーターがおずおず言った。


「イベントです。・・・が、これはランダム発生の特殊イベントなんです」

「ほお・・・それで?」


 武者小路の顔色が変わり、ボタンから距離をとる。

 A が明らかな苛立ちを見せる。

 ナビゲーターは D を見つめ小声で二言三言交わすと、了解を得たのか続けた。


「先ほどから何か勘違いをされております。が、説明を続けましょう。特殊イベントは一度始まると問題がクリアされるまで新しい選択が出来なくなります。つまり、ココから出られなくなるんです」

「新しい選択とは?」


 武者小路はゆっくりと椅子に座る。

 エイジは驚いたように武者小路を見る。

 向こう岸の緊張のボルテージが一気に上がった。


「部屋を出るとイベント受領を意味し、少なくとも特定のセンテンスが終了するまで現実に戻れなくなります。言うなれば・・・分岐点なんです」

「どうも意味が判らない。もっと詳しく、幼子を諭すように・・・」


 足を組み替える。

 再びアラートが鳴った。


「繰り返します。

 緊急警報発令。

 本拠点内に敵宇宙生物が侵入。

 優先攻撃対象です。

 攻撃対象排除まで協議は延期されます。

 直ちに対応に当たって下さい」


 赤黒い色がゆっくり明滅。

 武者小路以外のほとんど全員が天井を見上げる。

 警告音声は降るように響いている。

 音の聞こえ方が逐一違うのは意味があるんだろうか。


「君達の為なんだぞ!」


 D がまた叫ぶ。

(君達の為・・・か)

 武者小路は下を向く。


「武者小路さん、押して下さい。予定通り後は僕が・・・」


 それを言葉を手で払いのけた。


「どうして我々の為だと?」

「さっき言っただろ!」

「そうじゃない。私が言いたいのは、彼は残ると言っている」


 エイジを見た。


「どうして『君』では無く、『君達』と言ったのかと尋ねています」

「言い間違えだ。お詫びして訂正する」

「もう一度 伺います。この部屋を出ることで我々にどんなデメリットがあるのですか?」

「猿め・・・」

「そこ! 今、なんて言いました?」

「すまない。彼は外させる」

「これだから日本人は!」


 D が振り払うモーションをすると、男の姿が消えた。

 ナビゲーターの女性の膝が震えだし、呟いている。


「もう間に合わない・・・」

「押すだけで全てが判る!!」

「押すだけなのに!!」

「武者小路さん・・・」


 周囲の緊張に反し、武者小路は不敵に笑みを浮かべた。


「後悔するぞ日本人・・・」

「後悔だらけの人生だよ。・・・危ないところだった」

「・・・死んでもいいんだったな?」

「それは私じゃない」


 D がエイジを見る。


「えっ?」

「君が許可したんだ」


 武者小路を見た。


「私は許可していない」


 D がゆっくり手を上げる。


「えっ!?」

「大丈夫だ・・・」


 この場に不釣り合いな電子音がポーンと一つ鳴った。

 緑色に明滅。


「時間切れです。強制退出になります。

 停戦協定は脅威が排除されるまで無期限延期となり、

 違反の際は処分の対象となります。ご注意下さい」


「クソッ!」

「終わり・・・終わりだ・・・」

「まだ終わりじゃない」

「奴らと契約したのか! 言え!」

「・・・奴ら? 奴らとは何だ!」

「皆様お疲れ様でした。強制退出執行」


 その瞬間に暗転。

 一瞬の闇、明りがついた。

 元の部屋に居る。

 エイジは心臓がドキドキ。

 何が起きたか全く理解出来ない。

 ソロリと辺りを見渡す。

 座れそうも無い卵型の椅子が一脚。

 あれはイシグロが座っていた。

 彼の姿は無い。

 エイジの肩に強い衝撃。


「わっ!」


 驚いて振り返り身を縮める。

 武者小路だ。

 彼は深く息を吐いた。


「危なかった・・・」

「今、何が起きたんですか・・・」


 考える間も与えられず室内がゆっくり赤く明滅する。


「本拠点内に敵宇宙生物シューニャ・アサンガが侵入。

 優先攻撃対象です。

 直ちに排除して下さい」


「シュー・・・シューニャさん!?」

「どうして彼女が・・・。敵宇宙生物? どういう意味だ・・・」


 お構いなしに義母は続ける。


「現在地をマークしました。

 ブラックナイト隊メディカルポッドAブロックN3。

 治療を停止、ロックしました。

 催眠ガスにより昏睡状態にあります。

 処分の許可をお願いします」


 エイジが覚醒する。


「何言っているんですか・・・。しません! 許可しません! 絶対に!」

「排除する必要があります」

「必要ありません!」

「優先攻撃対処の排除は拒否出来ません。条約違反となります」

「条約・・・どういう条約だ?」


 壁がモニターになり、条約の該当項目が表示。

 そこには一度も目にしたことが無い条約タイトルと数千は超える条文が羅列。

 その一つにクローズアップされる。

 一瞬表示された締結年月日は七十年以上は前に読めた。

 武者小路は条文にかぶり付く。

 

「違反であろうと拒否します!」

「正式に拒否された場合、

 条約違反によりエイジ様は宰相を即時解任。

 エイジ様のアカウントは失効、永久追放となります。

 序列で繰り上がった次の宰相が任命され、命令が履行されるまで交代されます。

 宜しいですか?」

「そっ!」

「待て! 喋るな! とんでもないことが書いてあるぞ・・・それと見ろ!」

「武者小路さん?」


 モニターにはカウンターが出ていて徐々に減っている。


「エイジ君、彼女を尋問したい」

「武者小路さん!」

「それは危険です。現状なら安全に処分することが出来ます」


 エイジの口を咄嗟に塞いだ。


「危険は承知です。彼女は得難い情報を持っている」

「許可出来ません」

「理由は?」

「シューニャ・アサンガが本拠点に甚大な損傷を与える恐れがあります」

「最悪本拠点は放棄すればいい。それ以上に有益な情報を得られる可能性がある。今後の戦闘に多大な影響を与えるだろう。日本・本拠点を仮に失ってでも得る価値があると私は判断する。それを拒否する明確な理由があるのですか?」

「本拠点の安全を最優先に考慮しての提案です」

「お気遣いを感謝する。本拠点は最悪再建造できる。日本・本拠点はそれだけの戦果もあるだろう。ですが、情報は一度逃すと得られない事もある。彼女はそれほどの情報を得ていると考えられる。エイジ宰相、尋問が最優先と私は考えます」


 武者小路は手をおろしエイジを見つめる。

 エイジは感じ取った。


「・・・はい。そうですね。シューニャさ・・・。敵、宇宙人を尋問する必要が、あります」

「推奨は出来かねます」

「申し上げた通り、危険は承知です。今は情報が何よりも欲しい! 貴方なら判る筈だ」

「そうです!」

「宰相。では、ご決断を言葉に出して」


 頷いた。


「日本・本拠点の宰相として・・・・敵、宇宙人を尋問します」

「かしこまりました」

「それと!」

「なんでしょうか?」

「治療は再開して下さい」

「回復はリスクを上げる行為です。許可できません」

「負傷中では尋問に耐えられない可能性があり、何より倫理的に許されない・・・宰相はそう申し仕上げている」

「・・・そうです! だから出来るだけ迅速に、丁寧に、万全に回復させて下さい!」

「尋問に耐えられる程度、二割の回復を許可しました」

「それじゃ駄目です! 完璧に回復させないと!」

「つまり宰相は、体力が無いと充分な判断力を有せず、情報の正確性に欠ける恐れがあると仰っている」

「そー、です。そうです!」

「かしこまりました。七割まで許可致しました」

「だから!」

「宰相! 充分でしょう・・・」

「・・・・充分、です」

「かしこまりました。安全の為、ブラックナイト隊メディカルポッドAブロックを隔離、入室者をエイジ宰相様、武者小路参謀様に限定致します。装備Gのバトルスーツを解放。尋問の際は装着を推奨します。軽武装Sランク解放。本拠点での使用を許可。搭乗員パートナー以外に、本拠点パートナー二名の帯同を推奨します。なお、エイジ様のパートナーは天照に固定されている為、部隊パートナーの帯同を許可します。戦闘装束解放しました」


 カウントが止まった。


「止まった・・・」


 天井を睨みつけるエイジ。


「エイジ宰相、結構かと」

「・・・わかりました・・・」

 

 背中をポンと一つ小突かれる。


「えっと! それでやります。

 宰相として、敵宇宙人を尋問します」


 アラートが解除され、後ろの扉が開く。

 エイジは弾けたように部屋を出た。

 その腕を武者小路が掴む。


「落ち着け!」

「落ち着けません!」


 武者小路はエイジを両腕を掴むと揺さぶった。


「お前は腐っても本拠点の宰相なんだぞ!

 我々の命はお前の一言にかかっている!

 マザーと話す時は感情的になるな!

 交渉進展なしとして打ち切られる。

 それと発言には気をつけろ!

 覚えておけ!」


「・・・ごめんなさい・・・」


 その場にへたり込む。


「シューニャさんが帰ってきたんです・・・帰ってきた・・・帰ってきたんです・・・」

「・・・信用できるのか?」

「宇宙一信用出来ます」

「そう言われると、私は信用出来ないな・・・。そもそも何故彼女が敵宇宙人と呼ばれているんだ。何があった?」


 エイジが武者小路を見上げた。


「シューニャさんが居なかったら、今頃全員死んでいるんですよ」

「フェイク・ムーンの件か? あれはフェイクだろ?」

「違います。僕はオペレーターだから全部知ってます!」

「全部はあり得ない」

「僕は見てたんですよっ!」

「見ているから知っているとは必ずしもならない」

「・・・僕は踏みにじられてもいい・・・でも、シューニャさんは信じて下さい・・・」

「君の唯一の弱点はソレか・・・」

「シューニャさんを、人間を、ソレ呼ばわりしない下さい!」

「いいか、私はシューニャ・アサンガと面識は無いが、戦績や過去の発言、戦闘履歴はかなり調べた。だから君より詳しいかもしれない。故に疑いをもっている。マザーの戦果配布も裏取引があったとしか思えない。尋問したいのは本音だ。一人で止める等、理論的に起こりえないからな。明らかに何かが隠されている。もし本当なら、義母の言う通り・・・宇宙人という可能性は否定出来ない・・・」


 言いながら表情が凍てつく。


「まさか・・・地球人を売った可能性は無いだろうな・・・」


 エイジは身体を震わせ睨みつけた。


「シューニャさんを侮辱するのだけは許せません・・・」

「いいか、宰相たるもの、最後のその瞬間まで冷静に全体を見る事に務めろ!

 それが出来ないなら、譲るなり、放棄しろ!

 泣けば済まされると思ったら大間違いだぞ!」


「・・・何も知らない癖に・・・何も知らない癖に!」


 床を叩いている。


「じゃあ、お前は何を知っている? どうしてシューニャ・アサンガはマザーに宇宙人認定をされている。お前たちは何を知っているんだ! 何をやった! D が言った『奴らと契約したのか!』とは、どういう意味だ! お前なら知っているのか? 言え! 今、洗いざら、い・・・」


 武者小路が突然棒のように固まり、動かなくなった。

 背中から扉に無造作に寄り掛かると、床に崩れ落ちる。

 表情が無い。

 バタバタと手足が動いたが、止まった。


「武者小路さん?」


 声が聞こえてくる。


「誰だ! どうやって入った!」

「どうしたんですか?」

「エイジ君! ・・・逃げろ!」

「えっ?」

「今すぐ家を出ろ! 逃げろっ!」


 何かが崩れるような音が複数聞こえる。


「武者小路さん!」


 武者小路が消えた。

 ログアウトと表示。


「えっ?・・・」



 エイジが住むアパートを映すカメラ。

 サイキの電話が鳴る。

 ワンコールで出た。


「俺だ。・・・ああ。ああ・・・。わかった・・・」


 電話が切れる。

 サイキは天を仰ぎ、目を瞑る。

 沢山ある無線機の一つを手にした。


「俺だ。コードブラック、突入!」


 モニターに我先にと階段を駆け上がる黒服の男たちが映る。

 階段下に黒い大きなワゴン車一台が横づけ。

 サイキはモニターを凝視しながら別な無線機を手にする。


「シューニャの様子はどうだ?」

「寝ました」

「こんな時間に? 今日の動きは?」

「概ね何時も通りのルーティンです」

「おかしな点は?」

「今のところは特に」

「今日は STG28 をプレイしたか?」

「いえ。起動はしてますが、全く」

「そうか・・・何かあったら連絡しろ」

「わかりました」


 無線機を置く。


「シューニャ・・・」


 モニターでは黒服の男達が降りて来たのが見えた。

 視線を遮るように黒く大きな傘をさしている。

 乗り入れると車が動き出す。

 すると、その場所にもう一台の車。

 引越し業者のロゴが貼られたワゴン車。

 作業服を着た男性二人が段ボールを幾つかもって駆け上がる。

 五分もすると箱を持って降りて来た。

 次々に手際よく荷物を載せると、車は走り去った。

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