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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百三十九話 黒歴史

 詳細は取り巻きの白Tが語った。


 老侍のペナルティポイントが上限に達してしまい発言権を奪われたからである。

 初回ログインとはいえ、警告は何度もあった。

 その醜態は、凡そ策士とは思えない印象を与える。


 初期の制限は時間と共に文字数で回復するが、驚いたことに、首謀者である筈の老侍は発言権剥奪に気づくと白Tの肩を叩きログアウト。

 誰も止める暇も無く、彼は委員会のメンバーを一瞥すらせず忽然と消えた。

 会議中にログアウトする行為そのものが前代未聞だ。

 本部の動揺に対し、彼らは静寂を守っている。


 白Tは、栄誉あるスピーチの順番が回ってきたと言わんばかりに語り出す。


 その内容に委員会メンバーからは何度となくどよめきが上がる。

 それが燃料であるが如く、彼は意気揚々と喋り続ける。

 時折上がる疑問の声やヤジにも似た声すら燃料にして最後まで語った。


 スピーチの内容は信じ難いものだった。

 武者小路が後に纏めた報告が判りやすい。

 当時は誰しもが混乱し正確には把握出来ていなかったことに気づかされる。


 発端は元ブラックナイト隊の隊長だったドラゴンリーダー。

 彼は現在凍結中のプレイヤー。

 STG28のログインサーバーが彼の会社の傘下。

 取り巻きや兵士達は彼らがスカウト。

 ここにいる者達は招待メールが届いたメンバー。

 他にも訓練中の同僚がいる。

 全員が、地球では模擬シミュレーターにより訓練中。

 プレイ環境は最新のXR技術を駆使したコアと呼ばれる施設で行っている。

 費用は全てドラゴンリーダーの会社から拠出。

 彼らは契約により給料を払われている。


 唐突にそんな情報を聞かされたのだ。

 クーデターを企てた連中に。

 混乱しない筈がないし、信じられるわけがない。


 そして、とどめに告げられた老侍の正体。

 数多のオンラインゲームで伝説的な成果を示したプレイヤー。

 日本にその人ありと恐れられた軍神であると。

 それが老侍のアース。

 取り巻きの二人は彼の自称信奉者らしい。

 彼は最後にこう締めくくる。


「よって指揮権を譲るのが妥当である」


 全てを真に受けるとするならば説得力がある提案かもしれない。

 軍神と恐れられた文字通りの神プレーヤー。

 彼によって訓練され、統率された兵士。

 強固なバックアップ体制と卓越した操作環境。

 これ以上ない条件が揃っている。

 

 しかし、委員会の反応は鈍かった。

 混乱していたとも言える。


 主だった理由は、白Tの言説は大ボラ吹きにしか思えなかったからである。

 彼が話し終わると、様々な感情が綯い交ぜなった反応が噴出する。

 宇宙で戦い続けている彼らからすると、地上での事象は全くの門外漢。

 話は余りにも突拍子も無く、それでいて複雑で情報の洪水。

 事実であれば、これ以上ない好条件に思えたが、一方で大多数のプレイヤーにとっては釈然としないものが残る。

 その感情を理解できないプレイヤーが多かったが、会議中の不満でイシグロは直感する。


 彼らが給与をもらっているからだ。

 他にも、それほど優秀なら立場を追われるのではないかという恐れ。

 嘗ての職を思い出し、彼は一人不愉快に浸る。


(所詮人間なんて最後の最後までこうなんだ・・・私利私欲)


 老侍が軍神アースであること対し、本部委員の反応は一部を除いて弱いものだった。

 アースを知る者は勝利したかのような喜びを見せる。

 そして、周囲に軍神の凄さを語り出す。

 だが、逆の反応もあった。

 その代表格がイシグロである。

 冷静な者達は「果たしてこれらは事実なのか」と疑問に囚われる。


 当然、会議は大きく荒れる。


「何故地球人にそんなことが可能なのか?」

「これは宇宙人のシステムでは?」

「やっぱりこれはゲームだったのか」

「ドラゴンリーダーは反逆者だからアカウントを凍結されたのでは?」

「これは罠ではないか?」

「大嘘だ」

「ペテンだ」と。

 枝葉末節な議論から根本的なものまで噴出。

 流れで武者小路が会議を仕切ったが整理できないほどである。

 エイジはただ一点のみを考えていた。

「アースは敵か味方か? シューニャならどう考えるか」である。

 問いただしたい本人達は居ない。

 ミリオタは借りてきた猫のように緊張に包まれ静か。


 彼らの言説を即座に証明する方法は無かった。


 リーダーは凍結されたままだし、その理由すら知らない者達が大多数。

 ドラゴンリーダーの凍結に関してはエイジらによって情報が訂正される。

 それでも疑念の種は成長をし続ける。

 圧倒的に肯定する者、圧倒的に否定する者、考えを放棄する者、判断を放棄する者。

 主要な態勢は二極化が進む。


 なぜクーデターを起こしたのか。

 この答えは直ぐに得られたが、やはり証明は出来ない。


 曰く、地球では情報を読める形にするには解析が必要で、タイムラグがあるとのこと。

 改良中ではあるが、現時点ではリアルタイム解析は出来ていない。

 その為、ブラックナイト隊が本拠点の中央になったことをログインしてから知った。

 時間が無いというドラゴンからの情報で、このような行動に出た。

 当初の計画ではブラックナイト隊で主導権を握り一気に部隊を拡張。

 本部を制圧し、本拠点の主権を握ってやり易いようにと計画されていたようだ。


 目的だけ聞いたら丸っきりの味方だが、それでもやったことはクーデターである。


 情報はどれも突飛で俄かには信じられない。

 リアルでネット検索をしていた委員会メンバーの一人は彼らの言説を証明する情報を得られなかったと伝える。

 地球にログインサーバーがあることすらほとんどの搭乗員は認識していなかった。

 情報認識の格差は埋め難いほど広く、本部委員会は武者小路の提案から会議メンバーを絞ることから始まった。


 やはり第一印象がやはり悪すぎた。


 作戦も短絡的かつ横暴に思える。

 それに対しては「効率がいい」と、白Tは反論する。

 更に「バカほど会議が好きだからねぇ」と取り巻きのエロコスは付け加え、反感を買う。


 アースを知らないプレイヤーが多かったのは彼らの思惑外だったのではなかろうか。

 しかも彼に対する評価は真っ二つに割れる。

 イシグロは普段自ら口を開かないタイプだが、この時ばかりはアースがしてきた無秩序と素行の悪さ、被害を暴露する。

 そのやり口はまさに今しがたの老侍を彷彿とさせるもので、中立に近い作戦メンバーの心象を悪くする。


 工程派は具体的な作戦事象を述べ反論。

 ネットで調べると実際にあった戦いだとわかった。

 エイジを含め若い世代のプレイヤーにはゲーム名程度は知っているぐらいのタイトル。

 多くのプレイヤーにとって何があったか等は全く知らない。

 後に、この会議で検索を担当していた彼は情報分析班に推挙される。

 当時のプレイヤーの認識では、それら作戦は肯定的な見解で占められていたと知る。

 イシグロは裏側のグロテスクな人間模様を暴露し反論。

 エイジは度毎に肝心なことを繰り返し確認した。


「それで勝ったんですか?」


 イシグロは明言を避けたが、勝利は間違いないようだ。

 彼が弁解をすればするほどアースが勝利に貢献したようにエイジには思えた。

 思わずイシグロは「勝てば何でもいいのか!」と言いそうにった。

 それは完全にブーメランである。

 そこに気づいた時、彼の言説は勢いを失う。


「お二人は何が目的なのですか?」


 何度目かの中座を経て、エイジは取り巻き二人に率直に尋ねる。

 理由は絵に描いたような回答だった。

 しかも、この会議の流れを受けてである。

 「金」「スリル」「暇つぶし」とテンプレ通りのもの。

 でも、白Tから聞いた老侍の動機だけは違った。


「アース様は『シューニャに会いたい』と仰っておりました」


 紛糾の果てにエイジの最終決断は「皆が良ければ宰相を譲る」というもの。

 圧倒的ブーイングに包まれる。

 ほとんどの部隊から反対票が投じられ否決。


「その考えは危険だ!」

 今回の立役者でもあった武者小路にも注意される。

「私は君だからやったんだ! あんな奴らなら私は下りる!」

 あの場で根回しをした彼の決断と行動力に救われた。

「ごめんなさい。わかりました」

 だからこそエイジも彼の反対を受け入れる。


 最終的な条件をすり合わせる段になると、老侍が丁度ログインする。

 その場にいる全員に緊張が走った。

 武者小路が条件を言い渡す。

 アースは目を瞑ったまま聞き入ると、言った。


「わかった。解散!」


 武者小路は否決されると思っていた。

 その前提で弁節を用意していたのだ。

 しかも老侍はその場でログアウト。

 隊員もあっという間に会議室から出ていく。

 取り巻きの白Tは小隊の手続きに入ったようだ。

 部隊ステータスの動きで判る。

 エロコスは艶美な笑みを本部委員に向けると一人悠々と出ていく。

 部隊員は分隊ごとに移動を開始。

 武者小路がすぐさま反応し、手を耳に当て何やら指示を出している。

 真田に分隊の監視を提案。

 マッスル長男は白Tを睨むように見ている。

 目線に気づくと、彼は冷たい目で応えた。

 憤怒の表情で長男の大胸筋がパンプアップ。


「何もやらない? ・・・何を企んでいる」


 イシグロの大きな独り言が聞こえる。

 彼は武者小路に「否決するだろう。その時に何かやるつもりだ、気を付けろ」とアドバイスしていた。

 本部委員達は全てが思惑外の事象に混乱し、ストレスの溜まった北極熊のように同じ場所をウロウロしている。


 彼は偽物なのか?

 そもそも全てが嘘なのか?

 金で雇われているだけだからドライなのか?

 別のアプローチで来るのか。

 閉会の合図が無い中、会議は終わったと判断したプレイヤーが出て行こうとする。

 それに気づき、武者小路が言った。


「ちょっといいかな? 有志だけで構わない」

「エイジ君・・・」

 その時、エイジは天井を見上げていた。

「あ、はい!」

「いや・・・いい。君は少し休んだ方がいい」

「いえ、大丈夫です!」

「そうか?・・・わかった。すまないがもう少しだけ詰めたい」

「わかりました!」

「丁度いい。私もまだ話がある」

 イシグロも続く。

 彼らは別な会議室へ伴って行く。

 エイジはその時、ミリオタが居ないことに気づいた。


*


「この豚ぁ!!」

 プライベートルームに鳴り響く声。

 ココでは外には聞こえない。

 そればかりか一切の監視から開放され、入退室の記録だけが残る。

 女はミリオタの頬を叩いた。

 あの取り巻き、エロコスだ。

 ミリオタは何故か半裸で正座をし、呆然とした表情で項垂れている。


 彼の紅く染まった両頬。

 音と見た目ほどダメージは無い。

 傷つけられるのは身体の痛みよりもプライド。

 身体へのダメージは退室時に観測され、場合によってはペナルティや審議の対象になる。

 彼女はまるで既に知っているようだった。


 女は紅いヒールの爪先で彼の顎を上げる。

 スラリと伸び引き締まったアスリートのような足。

 ミリオタの眼から絶望が零れ落ちている。


「なんで私の股間を見ないの? お前の好きなアングルでしょ?」

 生気がない眼。

「ブヒブヒ言いながらシャブリついたの忘れた? 達観したふりしてもリアルではフル勃起なんでしょ? それともまさか、忘れたなんて言わないよね?」

 ミリオタの両眼から涙が静かに流れ落ちる。

「何か言えーっ!!」

 また頬を叩いた。

 今度はリズミカルに!

 でも彼はなんの感情も見せない。

 叩く度に大きな胸が揺れる。

 音楽を奏でるように叩きながら女は一人興奮。

 それも次第に冷めていく。

「今更友情に目覚めちゃったとか言わないよね? それとも色気づいた?」

「・・・」

「マルゲリータだっけ? 毛玉ちゃん」

 彼の眼に意思の光が灯る。

「まだ帰ってこないわね~。どうしたのかしら~?」

「・・・何かしたのか?」

 派手に頬を叩かれる。

「何も。したのは猫ちゃんの方」

 少しの空白の後、みるみる彼の眼に力が込みあがって来る。

「どうして・・・どうやって・・・」

「毛むくじゃらのマルゲリータとか言う餓鬼にしても、ケシャとかいう電波にしても。貴方本当に趣味悪いわね。あの電波女、正気なの? 普段、宇宙服みたいなの来てるのよ? 知ってたぁ?」

「なんで・・・どうして・・・」

「こっちではケシャだっけ?」

 ミリオタは立ち上がり吠えた。

「何が目的で!」

 意志が完全に戻っている。

 女は再び頬を思いっきり叩く。

「豚の分際で立つな! 礼儀を知れ! 豚らしくよつん這いになれ!」

 彼は素直に従う。

 女はその背中に乱暴に座った。

「いい時代になったわね~。XRがなんだかんだで、リアルで動いた通りに出来るんだから。これでナニが出来ればリアルなんて心底クソね。要らないわ。真っ先に導入すべきでしょ。CDドライブが普及したのってエロパワーのお蔭よね。知ってたぁ? 偽の倫理観の仮面を被った豚どもがペナルティシステムとか作ってるようだけど、邪魔よねほんと。仮想なんだからやり放題でいいじゃない。ねぇ」

 彼は固まったまま何も言わない。

「分かってるわね?」

「・・・」

 彼の上で反動をつける。

 呻きと共に背中がしなる。

「約束が違うんじゃないの?」

 女は声色を変える。

「地球なんて、人類なんて滅びた方が良いんだったよね? 『俺はあの国だけは許せない!』って言ってなかったぁ? 裏切るの? お前みたいな、汚い、臭い、豚を。忘れた? 忘れたのなら見せて上げようか? そうだ、せっかくだから彼女達にも見てもらいましょう。一緒に見ましょ。興奮するでょ?」

 ミリオタは苦悶の表情を浮かべると声を上げ泣いた。

 四肢が震える。

「豚あっ!! 役目を果たせ!!」

 太腿をしたたか叩く。

 乾いた音が慟哭に混じって響き渡った。

「貴方は逃げられない。裏切ったらネットの皆さんにも見てもらいましょう。自分がクズで、下衆で、裏切り者の、汚い豚だってこと」

 彼は動物のような声を上げた。

「豚らしくなってきた。相変わらずいい声で鳴くのねぇ。アース様は降臨された。もうシューニャ・アサンガなんて必要ない。直ぐよ。計画の前に前祝でもしましょ。人類の終わりに、私たちの来世に。明日、家に来なさい。色々と溜まってるでしょ?」

 女はラメ入りのピンクの唇をぐるりと舐めた。

「貴方も、私も、地球も終わりなの。お互い辛い人生だったんだから、最後ぐらい楽しみましょ、ね」


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