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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百二十三話 気づき

「やはり器の残骸だけか・・・」


 サイトウは慎重に観察すると円筒に侵入していく。

 吸い込まれる気配は無く、自らの意思で中心部まで進む。

 STGIホムスビはまるでゴムボール内に固定された玩具のようにそこにあった。


「搭乗員に告げる。転移法で位置を入れ替える。備えよ」


 反応は無い。

 コックピットに黒い塊が鎮座して見える。

 まるで泥で出来た人形だ。

 動いていない。

 筒の反対側から差し込まれる光で、物体であり、立体であることが見てとれる。

 内側は全く光が通らない。

 泥人形の分析結果に数値は出ておらず、恐らく不明を意味した。

 形状から人間であり、男性の可能性を想起させる。


「本船コアにコンタクトは出来ませんか?」


 コックピットが赤く明滅。


「出来ないか・・・ミラーなのに。となると、ロックされている可能性が高そうだ」


 オレンジに明滅。


 基本的に要注意を意味するが、複合的な意味をもつ。

 船体に危機が迫った際、物理的にも電子的にも内部へ侵入させない為に搭乗員がロックすることがある。

 つまり、この船体は危機的状況にある。

 その上でブラック・シングの只中。

 中に入ることは到底愚かな行為に思える。


「条約上、提供者であるアダンソンに回収義務があるわけですが、動けない。だから代わりに回収を委ねたで間違いないですね」


 強く青く明滅した。


「これは借りですから」


 青く明滅。


 このまま地球防衛圏外を漂流しているのは条約違反になる。

 地球はそのものは同盟の括りには居ないが、義務が全く無いわけではない。

 STG28を扱う以上は知ろうと知るまいと一定の義務と責任を伴った。

 その為に彼のような者が選ばれていた。

 遵守しなければ関係性は遠ざかり、すれば近づいていく。

 それ以外は個別案件。


 どうして母星の連中に頼まないんだ。

 アダンソンらしいと言えばらしいが。

 独立独歩だからな。

 わざわざ言葉が通じないヤツをよこしたということは余程余裕が無いらしい。

 ロックの原因はなんだ?

 この黒い搭乗員か?

 それともウィルス的何かなのか?

 侵入者か?

 意図的にブラック・ナイト化を防ぐ為の措置なのか・・・。


(どれもありそうだ)


 STGIプラスマターが落ちないのは器の因子がマイナス・マターだからだろう。

 もしくはブラック・シングを媒介に動力を伴うプラス・マターという可能性も。

 見ようによってはブラックホール・エンジンに近いか・・・。

 もっともアダンソン型では聞いたことがない。

 連中の仲はお世辞にもよくない。

 敵対的協合なのだろうか?

 目的は全く違うように思っていたが。

 そもそも天の川銀河では禁止されている。

 どう転んでも重度の条約違反。


(マブーヤが噛んでいる可能性がある)


 使わせろと主張していた。

 連中のブラックホール・エンジンなら地球圏まで一足飛び。

 でもコイツはどう見てもアダンソンの船。

 搭乗者による夢の体現。

 加えて随分と具体的。

 明確なビジョンがあるだけでなく、恐らく自らスケッチし、細部に渡って趣向を凝らしたのが伺える。そうでない限りココまで具現化されない。

 アダンソン型なのにブラック・シングに吸収されるでもなく、抗っているでもない。

 ただ浮いている。

 水に包まれた油のように。

 馴染むわけでもなく、強く反発するでもない。

 いずれにせよ・・・


「彼も選ばれし地球人・・・」


 それにしても困った。

 私の意識が無い間に何が起きてたんだ。

 どうしてブラック・シングが太陽系に比較的近い宙域まで流れてきている?

 マブーヤの仕業だろうか?

 STG16を引き上げたのも彼らの進言だと聞く。

 末期を迎えた文明星が全て同じ道を辿っているのは今の所は事実だ。

 終末期を無視するのは一定の妥当性があると言えば言えなくもない。

 少なくとも28は、末期の入り口は越えている。

 このまま地球圏は捨てるのか?

 それとも事の大きさからして天の川銀河全てなのかもしれない。

 まさかSTG全てを引き上げたいのか?

 連盟の意思なのか、マブーヤ単独か、マザーは知っているのか?

 アダンソンは結局何をしたかったんだ?

 マザーはどうして地球を選んだ?

 この状況は最悪に見えて、打破する為の切っ掛けを与えられていると言えなくもない。

 マブーヤが地球の保護に乗り出すことだけは有り得ないが。

 アダンソンがもう少し話の出来るヤツだったら良かったが。

 連盟で孤立の道まで選んで、何をしたいんだ連中は。

 何れにしても隕石型の本格的進行が始まったら終いだ。

 抵抗の術はない。

 今は29が標的になっていると聞く。

 何者かの気まぐれでターゲットが決まる。

 連盟は犯人探しをする気がないし。

 抗えなければ死滅。

 遅いか早いかの差。

 もっとも宇宙単位で見れば充分な時間なのかもしれない。

 ほっといても地球人は自滅するシナリオしか見えない。

 だからマザーも手を拱いているのだろう。

 可能性の手が地球から伸びない限り手を引くつもりなのは間違いない。

 彼女らは冷静かつドライだ。

 アダンソンはその後で自らの食用星として地球を欲しいのだろう。

 連中は貪欲だ。

 文明星の中では地球人同様に食にこだわる。 

 連盟における地球の評価は信用出来ない文明星。

 ファースト・コンタクトが不味すぎた。

 可能性を示さないと・・・私達が意味がある存在だという・・・。


 眼前のホムスビが青く光った。


「よし。転移法始動」


 コックピットが青く明滅する。


「アダンソンが戻ってきたら伝えて欲しい。私のSTGのアバターをどうにかして再配給願います。現在本拠点に入れない。それとSTGIのアバターも予備が必要です。現行STGIアバターは心身喪失につき機能していない。また、STGIマイナス・マターは何者かの侵食を受けコントロールを奪われています。彼が命名したジェラスを放置するのは我々にとって危険です。仲間も既に集結しつつあり、ブラック・シングも彼女らが纏ってきた可能性があります。地球は条約に加盟してはおりませんが、これを見過ごしたのは連盟内において明確な義務違反です。連盟が対処すべき案件と考えます。地球側のいち管理官として正式に抗議いたします。以上」


 ゆっくり青く強く明滅した。


 STGIホムスビと向かい合っていた黒い飛翔体はくるりと船首を反転すると後退した。

 飛翔体の船尾がホムスビの船首に接触する。

 衝撃は発生しない。

 まるで映像がピントを合わせるように重なっていく。

 そして完全に重なった。

 刹那、STGIホムスビが消えた。

 そこには円筒状の闇とホムスビの形で撃ち抜かれたような穴だけが残った。


*


 サイキとの会話は毎度のことながら収穫が多い。

 彼から伝わる恐怖心からいって私自身が何かしたのだろう。

 記憶が完全に途切れた僅かな間。

 彼がそれを黙っていたことからも、敵か、味方か判断をつきかねたのだろう。


 彼の口が饒舌なようで次第に重くなっていったことが思い出される。


 帰り、ボタンをとめる際に上着からチラリと見えた。

 彼のことだ、モデルガンじゃないだろう。

 そしてアタッシュケースに見えた針のついた銃。

 あれはスタンガンじゃないのか?

 ワイヤーは伸びていた。

 あれは恐らく撃った後だ。


 同行したヤマザキもカタギじゃない。

 明らかに顔が違う。


 私の身体か、周囲に何かが起きたのだろう。

 それで私を怖がってる。

 彼が失禁したのは、私が意識を失っている間に何かをしたからだろう。

 あの誤魔化しようが無い反応。

 圧倒的な恐怖心。


 私はマザーが言うように地球人の敵になってしまったのだろうか。

 確かに肉体がおかしい。

 元気過ぎる。


 あれは小三の頃。

 毒でももられたように疲れて動かなくなっていく肉体。

 歳を追うごとに悪化する疲労感。

 増える免疫疾患。

 医者に行っても治らず、大袈裟と言われた。

 当時は免疫疾患という言葉すら無かった。

 皆には怠け者と罵られ。

 原因がわからない疲労。

 子供にしてこの身体は壊れていると確信した。

 大人や医師達は「絶対に治る」と叱咤したが、「絶対に治らない」と理解した。


 それが今は違う。

 羽でも生えたかのように軽い。

 マグマが溢れ返るように何でも出来そうな肉体感覚がある。

 根拠の無い自信が湯水のように湧いてくる。

 サイキさんに殺意を込めて睨まれても全く怖くない。

 逆に秒速で倒せそうな気さえする。

 恐らく三日ぐらい寝なくても平気だろう。

 実際のところ全く疲れていない。

 何かが起きている。

 俺の身体で。


 これまで眠ることだけが唯一の開放だった。

 食事をすると倦怠感は増す。

 眠気も増す。

 だから食事は苦痛だった。

 眠ることだけが救い。


「救いなのか?」


 子供の頃から夢はリアルだった。

 わけのわからない何かと何時も戦っていた気がする。

 毎日、毎日、来る日も来る日も。

 地底であったり、空であったら、宇宙だったり、時々海だったり。

 そう言えば、一人乗りの宇宙船のコックピットが割れて宇宙を漂流したこともあった。

 あれは凄まじい恐怖体験だった。

 普通、夢の中では死なないらしいが、何度も死んだことがある。

 改造人間になったこともあった。

 入眠した途端に改造中。

 でも、それらも終いには慣れた。

 何せ物心ついてからずっとだ。

 夢のくせに何一つ思うようにならない。

 あの夢は傑作だったな。


 夢に入った瞬間にポップカラーの宇宙船の中にいて、自分もマントなんか羽織ってて「あっ、コレ夢だろ!」って言った瞬間にレーザーピストルでヒロイン風の美女に心臓を撃ち抜かれた。不機嫌な顔でだ。でも俺は「夢だから平気だも~ん」って笑い返す。キャップが不愉快そうな顔をして腕を振るんだ。もうお終いだと言いたげに。そして次の瞬間には地下にいる。俺が地下を嫌いなことを知ってやがる。嫌がらせだ。巫山戯やがって。でも結局は俺が最後まで見抜いて連中が呆れて目が覚める。ある意味で俺の勝ちだ。夢主催者は何が気に入らないのか、その度にステージを変えて俺を苦しめることにご執心だった。


 どれもこれも勝ち目の無い戦いばかり。

 夢なのにスーパーパワーも使えない。

 ヒロインとイチャコラも出来ない。

 全てが全て敵。

 なのに自分はモブ中のモブ。

 夢の中ぐらい自由にさせろって。


 子供の頃は恐怖でしかなかった。

 永遠に続くトイレの中で汚物に塗れながら銃撃したこともあった。

 人生であれほど怖い夢は見たことがない。

 入眠と同時に空中に放り出されたこともあったっけ。

 羽があるのにハリボテで羽ばたかず、地上まで落下したことが何度もある。

 夢での死は何も面白く無い。

 単なる無。

 だから途中で自分を覗けるようにした。

 死の直前に見ている側にすげ替える。

 自身の亡骸に「酷いことをする」と憐れむ。


 最終的には夢の中でどれだけ制御出来るか実験するようになった。

 エンターテイメント化させていった。

 こんな糞みたいな夢のパレードでも倦怠感が無いだけましだった。

 救いだった。

 あれは生き地獄だ。

 経験したものじゃない限りわからない。

 そして克服した。

 克服したか?

 今も続いているわけだが。


 黒い人影、雷雲のような人間、人魂のように浮かぶ黒い塊。

 あれも夢なんだろう。

 昔から奇妙な夢ばかり。

 起きている間には会えない連中。


 時々、シリーズものや、同じ搭乗人物もいた。

 言い換えれば夢のレギュラー。

 ずっと忘れていたのに、今は絵にも描けるぐらハッキリ記憶している。


「おかしいな・・・覚えているぞ」


 夢なんか覚えていても意味が無いのに、割と覚えている。

 ただ、それでも断片だった。

 今はハッキリと再生するように覚えている。

 楽しい夢なんて一割にも満たないのに。


 あの夢もそうだ。

 覗き込んだシューニャ・アサンガ。

 俺がデザインしたアバター。

 夢の中で幽体離脱したことはある。

 でも彼女は俺とは別の人格として自立して動いていた。

 あの経験は初めてだろう。

 影と喋っていた。

 STG28に関係することを。

 リアルの延長線にある夢も割と見るから不自然には思わなかったが。


 ビーナスに質問をしたことがある。


「パートナーは夢を見るの?」

「地球人で言うところの夢は見ません。脳のデフラグのことですよね?」

「人間の夢はそうらしいね。記憶の断片を無理矢理つなげて、取り敢えずでっち上げた結果の産物。だから意味不明だし飛ぶ」

「人間の脳は主にストーリーにして格納する傾向がありますからね。私達の記憶はコンピューターに近いので、インデックスをつけてバラバラに格納されます。その際に共通部分は削除され圧縮されます」

「人間も圧縮するらしいね。だからゴッチャになる。君等からしたら圧倒的に情報量が多い割に意味の無い我々の発言や行動の数々は性格相性を上げる為のカスタマイズ材料となるんでしょ。その辺りの保存や判定はどうなっているの?」

「さすがマスターご存知でしたか」

「いちをプログラマーもやっていたからね。なんとなく想像した」

「判定した後はマザーに一時材料としてプールされ、私達の中にはありません。何時でも取り出せますので」

「ということはオフラインになるとストックしない?」

「寧ろオフラインの方がストックせざるおえないですね。マザーに預けられないので。一定期間プールされ、重要度判定の材料になります」

「どれくらいの期間?」

「一年です」

「断定ということはルールか」

「はい。情報量の如何によらず一年で選別されます」

「なるほど、さすが能率がいい。溢れるぐらい多かった場合は?」

「重要度や時系列に応じて上書きされます。類型化されるので三十年以上は溢れることはありません」

「ぶっちゃけ本当に重要な情報と比較したら、それらの情報ってどれぐらい占める?」

「99%以上ですね」

「はは、やっぱり多いな。君等からしたら私らは馬鹿以外の何者でも無いんだろうね」

「そんなことありません。私は好きです」

「・・・で、改めて聞くけど、夢は見るの?」

「見ません」

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