第百二十二話 漂流
緊張の面持ちをしたマルゲリータ。
頭髪は後ろで纏められ、顔が完全に見えていた。
彼女のモニターには流れ行く星々が見ている。
先程の出来事を思い出していた。
緊急で引き返した彼女は作戦書をダウンロード、説明を受けた。
それがシューニャの作戦であることを聞いた時、笑みを浮かべる。
その瞳はこれまでに無いほど力強く輝く。
ミリオタが顔を曇らせる。
彼女は中隊メンバーを集めると司令室の分室、作戦室で会議を始めた。
その様子はこれまで寡黙で引っ込み思案な彼女とは思えないほど力強いものだった。
その中にビーナスや静の姿も。
エイジは二人の姿を見て肩を落とす。
ビーナスと静は当然中央に在籍しフォローしてくれるものと思っていたからだ。
二人を必要だと言ったのはマルゲリータだった。
エイジもまた二人を喉から手が出るほど欲していた。
寧ろ、宰相である以上、当然自分に従うものと思いつつあった。
出鼻を挫かれたのである。
そして彼女の言うことには一理あった。
作戦の大前提である索敵。
しかし急造の中隊はほとんど新人で構成されている。
誰もヤリたがらないからだ。
集まっただけでも幸運である。
勧誘に一役かったのは、河童と雌猫の働きが大きい。
河童は話術に長けるようで、新人の代表として、索敵の重要性や意義を演説。
それが功を奏した。
マルゲリータは索敵環境を整えるには二人の協力が不可欠であることを言い、エイジがそれを飲むことなる。
彼女の迫力に気圧されたと言っていい。
エセの言ったように、索敵は行動起こすの前の最低限の達成項目である。
重要性は彼なりに理解出来た。
日本・本拠点においては慢性的に索敵機は不足している。
彼女は五人小隊を多数編成すると、下準備の為に現行座標における主要目標の観測に向かわせる。
ビーナスや静はその性質上同時に指示が出せることからマルゲリータ小隊以外の全てを統括することになる。
彼らが新人であることは有益にも働いた。
部隊や搭乗員のパートナーという本来は圧倒的下の立場であるはずの存在が統括することに何の抵抗も示さなかったのだ。
何せ彼らは何も知らない。
また、そうした者だけが残っていた。
同時に彼女たちが数々の偉業を成し遂げていたことも影響を強く与えていたのだろう。
寧ろ新人達にとっては彼女たちに指示されることを誇りとさえ感じた。
彼女らの出撃時、見送りに出たミリオタにエイジが声をかける。
「だからあの時に言えば良かったのに」
「馬鹿ヤロー。戦う前から勝ち目ねーんだよ・・あの目見ただろ」
「でも必ず言って下さいね。スッキリしますから・・・」
「うるせーわ・・・」
「さっ、我々は我々で始めましょう!」
「おうっ!」
モニター上に幾重にも波紋が描かれている。
「おかしい・・・」
「何が? マルゲちゃん」
河童が言った。
日本限定の特殊アバター。
あのまま彼女の中隊に自ら希望して入隊していた。
名を「コジマー」と言った。
由来を聞くと、尊敬する河童イラストの代名詞である小島功より命名したと言う。
「本拠点を出てから該当情報が無いんです。星の記録がないの・・・」
「それがおかしいの?」
雌猫が割って入る。
彼女は獣人アバターの猫型をベースにしている。
名は「ミケ」。
自身が飼っている三毛猫の名前に由来する。
彼女もまた入隊した。
獣人型は走る際によつん這いになる設定も出来る。
「本拠点の周辺はある程度の観測が終わっているんです。それが該当なし。私が個人的に観測したデータにも全く当たりません・・・それは、ありえないんです」
河童は両手を頭の後ろで組むと言った。
「でも、それって全然違う場所ってことちゃうの?」
「そんな・・・」
マルゲは目を見開く。
聞き及ぶブラック・ナイトとの戦闘。
爆発的事象。
マザーとのオフライン。
(まさか・・・)
本拠点がもし動いているとしたら。
(いや、流されていると言った方がいい)
それはマザーと繋がっていなければあり得る話だった。
「わー、何これ綺麗っ!」
「お、どうした~?」
「見て見て! えっと、私のモニターを皆に共有するには~・・」
マルゲリータは画面を幾つかタッチする。
共有モニターとしてミケの索敵ポッドの情報が反映される。
回収はできる用に紐付けをし、加えて超長距離仕様にしている。
索敵ポッドを本部の許可なく配置することは禁止されていた。
これはアメジストに悟られない為だったが、ほとんどの搭乗員は知らない。
今の日本・本拠点では索敵ポッドを配置することで敵に察知される可能性に対し神経質になっていた。
設置時に警告が出る。
反応したのはミケに配置させたポッド。
モニターに映る。
「おっほ! すげーなマルゲちゃん! これ何だぁ?」
それを見たマルゲリータが絶句している。
我に返ると素早く指示書データを作成している。
「・・・コジマーさん、ミケちゃん、今から至急本部に引き返して。そして、この観測情報と本拠点が流されている可能性の話を伝えて。それとこのデータを渡して」
コジマーのモニターでメールのアイコンが表示される。
河童はタッチするとダウンロードを選んだ。
「いい、けど・・・どったの?」
彼女の顔は強張っている。
何やら慌ただしくタイプしている。
「ポッドは全部回収してね」
「マルゲちゃんはどうすんの?」
「私はまだ、やることがあるから・・・」
「だったら私らも行くよ?」
何やら一人忙しそうだ。
度毎に眉をしかめたり、目を見開いたり、のけぞったりしている。
「駄目! 駄目なの・・・こっから先は・・・船のLvが八は無いと・・・。お願い。急いで・・・」
息が苦しそうに見える。
「大丈夫か?」
「コレと関係あるの?」
「急いで!」
彼女は今まで自然に大声を上げたことが記憶に無かった。
ファイクムーンの時、以来である。
「・・・うん、わかった、けど」
「そっだな・・隊長だしな。聞かないと。じゃあ、先行ってるよ」
河童は猫にウィンクをする。
猫は黙って頷く。
「おっけ」
「気ぃーつけるんだぞ~」
「何かあったら呼ぶのよ!」
「・・・ありがとう。・・・(元気でね)」
最後の声は届いていない。
小隊は逆噴射し減速すると、マルゲリータ一人を残し宙域を離れていく。
この小隊での副隊長はミケだ。
帰還を見守るマルゲリータ。
「私が引き付けないと・・・」
マップを埋め尽くすほどの大量の隕石型宇宙人。
距離が遠すぎてタイプの識別は出来ていない。
それでもコンドライトなら一足飛び。
一日とかからずに本拠点にたどり着く。
そうなったらお終いだ。
まるで魚群が方位を変えるように大挙して押し寄せてくるだろう。
その様を想像し、マルゲリータの手が自然に震えた。
「ソナー停止。超長距離航行へモードチェンジ・・・」
「ソナー停止で超長距離航行へモードチェンジしたよ」
彼女は手元に窓をつくり、ホログラムモニターを表示させると、忙しなく手を動かす。
作戦ブロックの繋ぎ代えを行っている。
ほとんどの作戦は基本行動のブロックをつなぎ、ツリーのような構造をしている。
それらを予め設定しおくことでSTG28の本船コンピューターは、作戦に基づいた行動を自動的にとる。
作戦の間を埋めるのは搭乗員パートナーだ。
マスターの個性に合わせてチューニングを自動的に行う。
搭乗員も操縦桿を握っているが、搭乗員の操舵はあくまで行動指針を示しているに過ぎない。
言い換えると意思を与えている。
搭乗員の意思決定に基づき最適な動作を本船コンピューターとパートナーのフォローによってなされる。彼らを抜きにSTG28を安全に動かすのははほとんど不可能だった。
搭乗員パートナーが居なかった時代は彼女たちがしている微調整を搭乗者本人がする必要があった。それはサイトウを始めとした特殊な人材でない限り困難だった。当時は、プレイヤー自身が予め決めた基本方針をプログラムし、それに基づき動作した。そのプログラムを充実させることで、高度な戦術が可能であった。しかし多くの搭乗員は復座式にし、二名で操舵することで回避していた。
行動プログラムによる自動処理は細分化するほどに即応可能だ。
一方で宇宙での戦闘において予測通りということは稀である。
その為、通常は超長距離索敵のような場合で無い限り大雑把にしか決めていない。
車で高速道路を自動運行する場合と、市街地でするケースの違いと言っていい。
このシステムのお陰で隊長は誰でも出来た。
作戦も同様なツリー構造で出来ている。
過去の優秀なプログラムツリー、言い換えると作戦ブロックを使うことで誰でも出来る。
例えば「総出撃中三十%以上大破したら撤退」といった大雑把な決め方でも良いいのだ。
ゲーム世代である彼、彼女らにとっては慣れたものである。
ほとんどの小隊長はこうした基本セットで動く。
本拠点の宰相も同じだ。
首の挿げ替えが繰り返されるのも、それが理由になっている。
厳密には違う。
優秀な搭乗員の代わりは早々いない。
各部隊には十八番となる得意な作戦やフォーメーションが作られ個性が分かれる。
それらは経験値とセンスによっては門外不出となり価値を生んだ。
STG28ではこうした情報も交換が可能。
戦果で取引がされている。
同時にスパイ行為が日常的に横行している理由にも繋がる。
通常のオンライゲームでは体験入隊は盛んに行われているが、STG28に関して言えば、古参の部隊はまず招待制だ。
中の人が知り合いであったり、古参部隊員の紹介じゃない限り入ることは出来ない。
今では古参になったブラックナイト隊だが、安易に新参者を入れる部隊は極めて稀だった。
それは先々代のドラゴンリーダーから引き継がれている。
地球でのプログラムと違い、バグは無い。
矛盾は即座に修正される。
しかも修正は本船コンピューターやパートナーとの対話型で可能で誰でも出来た。
お任せといったオートプログラムも出来る。
しかし、そこには思わぬ落とし穴があった。
” 搭乗員が意図した作戦とは違う行動を結果的にとる ”
そうしたトラブルがあった。
それは人間側に問題があった。
搭乗員が想像した作戦と指示内容がバラバラである為である。
搭乗者パートナーの解釈ミスによる場合もある。
一時、搭乗者パートナーの暴行が横行したのもそうしたトラブルが発端だった。
現在は搭乗者パートナーへの暴力はペナルティの対象になっている。
いずれの場合も「人間側」が理解していないことが本質的要因である。
意図しない行動した場合、搭乗者はキャンセルが可能だ。
しかしその間のSTG28は完全に無防備になる。
その為に搭乗者パートナーに委ねられる場合が多い。
サイトウのようにパートナー抜きにそれらが出来たパイロットは少ない。
マルゲリータは手を止めた。
「ナスちゃん・・静ちゃん、シューニャさんをお願い・・・」
モニターの「承認」をタップすると、ホログラムモニターが消える。
「今の本拠点が・・・もし仮の座標通りだったとしたら、防衛ラインはどうなる?」
画面には地球の防衛ラインにほど近い位置に敵宇宙人群が居ることを示した。
「・・・うそ」
首を振った。
「ありえない。コジマーさんの言う通り流されているんだ! でも、だったらココは何処なの? アレは何処から? 何もかも準備が整っていないのに・・・時間が欲しい・・・」
顔に力が漲る。
「STGトーメイト、最大船速で彼らの最前線を掠めて。出来るだけ沢山、出来るだけ長く彼らを引っ張ります!」
「マスター待って! それは生存確率が低い行為だよ!」
彼女の搭乗員パートナー、マッシュがホログラムで姿を現すと言った。
姿形はそのままマッシュルームである。
ゲームに出てきそうな愛らしい外観をし、目鼻口はあるが、手足は無かった。
身体を揺すって警告している。
「知ってる。でも、引き付けないと・・・」
「駄目! コンドライトがいたら追いつかれる。一瞬で貫かれて終わりだよ!」
「でも・・・そうしないと・・・皆が・・・」
「シューニャ様が仰ったよね。マルゲちゃんは希望の星だって。死んじゃ駄目なんだよ」
「でも、そのシューニャさんが居ないんだから・・・」
「帰ってくるって! 何時だって帰ってきたじゃない。もし、シューニャ様がご帰還された時、マルゲちゃんが居なかったら悲しむよ! 忘れたの?」
搭乗員パートナーは危険な行為を避けるために最善と思われる言動をとる。
「・・・じゃあ、どうすれば」
「シューニャ様が仰ったじゃない! マルゲちゃんは索敵が凄いって! 天才だって! マルゲちゃんには索敵が出来る! 最大限安全を担保しながらも索敵は出来る!」
「帰ってくるかな・・・」
「コレを見て、凄い帰還率だよ。会いたくないの?」
「会いたい・・・」
モニターにシューニャの活動実績が表示された。
標準を遥かに上回るのは生存率だけ。
それ以外は十段階評価の4~6だった。
それを見つめる彼女の眼に光が戻ってくる。
「・・・わかった! 長距離索敵モードに変更。マッシュちゃん、タコパ始めるよ!」
「おっけ~!」
STG28トーメイトが縦に割れると、魚卵のような半透明の球体が鈴なりになって幾つも尾を引いた。
その様はまるでイカのようだ。
「コンドライトの索敵範囲を上限設定、いつでも最大船速で離脱出来るように頭は閉じよ!」
「やるよ~!」
二つに別れた円錐の下部が各々伸びると葉巻型になった。
こうした行動はこれまでの度重なる学習によって事前にプログラムされたからである。
通常、新人のSTG28にはこうした作戦ブロックがデフォでしかインストールされていない。
しかしブラックナイト隊ではこのバリエーションを補完しており、異例なほど多かった。
それでも搭乗員がそれらを理解していない限り発揮されることは無かった。
ベテランと新人の差は埋めがたいほど大きかった。
その点、彼女とマッシュは阿吽の呼吸の域に達している。
「長距離索敵プランVライン159セット、緊急発進!」
「了解! イエーイ!」
大きな青い光を一度放つと、STG28トーメイトは宇宙という大海原を泳いでいった。