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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百十八話 青天の霹靂

 最初に気づいたのはイシグロだった。


 ブラック・ナイト戦後、誰しも彼はトンズラすると思っていた。

 これまでの本部委員会がそうであったように彼も逃げるだろうと。

 しかし彼は当然のように居た。

 事実、彼を含め元本部所属は五人しか残っていない。

 四人は彼が残るよう説得した。

 擁護する信者は少なからず居たが、その声は圧倒的大多数によりかき消される。

 そして擁護した者達も居場所を失いログアウトしていった。


 ありとあらゆる登場員から罵詈雑言を浴びせられたが彼は沈黙を守った。


 本来、罵詈雑言はペナルティー対象になるが、様々な要因で許容量は上下する。

 本部委員会メンバーは容量が最も高く、事実上の免罪符。

 他にも、本拠点への投資戦果値や、部隊ランキングや戦果、階級ランクや戦果で変わる。

 最も低いランクのプレイヤーはペナルティー対象一言でも上限に達し、発言権は事実上翌月まで消失する。

 以後の言動は下手すればアカウント凍結へまっしぐら。


 本拠点開放は事実上のリセットだ。


 あらゆる社会的信用や権利が一瞬で消失する。

 それは彼らが思っていた以上のことだった。

 乗り込んだ様々な他国の部隊により様々な武装や資源は奪われた。

 それに抗う術はない。

 リセットされた場合、社会的には何ら権利を有さない。


 それでも日本・本拠点は幸運な方だった。


 バルトーク隊のゾルタン隊長の指示で乗り込んだハンガリーの主力部隊や、振興のある台湾本拠点、東南アジア諸国連合、北欧連合、ドイツといった様々な本部部隊が続々と乗り込んでからは彼らが守ってくれていた。

 拠点の日本人プレイヤーはその理由をほとんど知らなかったが、それはサイトウによる過去の活躍による部分が大きい。彼らはサイトウにより守られた。それを語り継いでいたのだ。一方で日本を頼みの綱にもしている。サイトウが何れ戻るであろうと誰しもが信じて疑わなかった。


 アメリカやロシア本拠点は最も支援が遅かったばかりか、寧ろ本部所属のD2M隊等は真っ先に強奪に加わったことは知られている。今正にSTG国際連盟による会議で議論している案件だ。彼らは対大型宇宙人向けに開発中だったサテライト・アローの設計図や、武装そのものを収奪している。曰く「元々は我々が考えていたものだ」と主張している。


 本拠点の権利が消失と同時に本部委員会は解散され免罪符は消える。

 これまでの本拠点への投資戦果もリセット。

 残るのは自身の所属する部隊の威厳と、自身の階級や戦果のみ。

 しかしイシグロの部隊は規定条件を満たさず自動的に解体された。

 ブラック・ナイト戦の失敗は重く、階級は最低ランクへ。

 今残された彼の実績は個人の所有戦果のみ。

 それをいいことに容赦ない言葉を浴びせ、ロビーを歩いているとストリートファイトを申し出られ、ロビーを横断することすら困難をようした。


 エイジは当初、彼に対して憎悪にも似た感情を抱き、忙しさからもそうした行為を目撃しても「自業自得」と無視していたが次第に自身の姿と重なっていく。

 何度目かの目撃時に気付かされる。

 自分が憎んだ同級生達と同じことをしていることに。


 その時ほとんど衝動的に彼を本部委員会のメンバーに起用していた。

 一時的に暴力から守る為の措置。

 無法状態での宰相の権限は強く、議会を通す必要すら無い。

 即時発動である。

 ペナルティは相手と社会での相関関係でも上下する。

 本部委員会に所属した時点でランクが一気に上がり、罵詈雑言は多大なペナルティになった。

 そればかりかエイジは重要な役職を与えた。

 拠点防衛長官と事務次官である。

 これで事実上彼に対してストリートファイトを申し込む事は出来ない。

 エイジは暴力が止むのを見て、何も言わずにその場を去った。

 イシグロもまた何も言わなかった。

 頭を下げることも無くその場を悠然と歩く。


 拠点防衛長官とは実質名ばかりの役職だ。


 本来は極めて重要な役だったが、ココではゼロかイチの仕事だ。

 寧ろゼロに傾いている。

 防衛部隊が働く時、このSTG28においては地球の最後と言っていい。

 本拠点は見つかったら終わりという認識だった。

 本拠点の改修や建造は可能なことから、ほとんどは効果的な装備は検討されていない。

「また作ればいいだろう」そういう認識なのだ。

 それは先の大戦で偶然にも半ば証明されてしまった。

 戦果の多くはSTG28や本部委員会の攻撃装置に費やされる。

 もっとも名ばかりの役職となった理由の大半は彼らが逃げ出したからに起因している。


 本拠点の事務次官は手続きがメインで誰もやりたがらないジョブだ。


 重要な仕事である為、無視は出来なかったが、有能な者ほど避けた。

 大多数の者にとって面白い職ではない。

 彼らはゲームをしに来ている。

 何が悲しくて現実の延長線上のことをやらねばならぬのだ。

 そう思った。

 しかし偶然にも彼は事務次官を先のシーズンでも兼務している。

 手続きの煩雑さは地球ほどではなかったが、それでも対宇宙人との規則を理解するには些か時間も要する。大変さの割に得られる戦果も多くは無い。

 今は壊滅的なダメージを受けた本拠点の改修に必要な手配をほとんど一人でこなしている。ある意味では最適な配置だった。

 エイジは全く他意なく、無知が故に部下をつけていなかったが、イシグロは何も言わなかった。彼のパートナーはロストしたままで、仮にいても凍結されている。彼でなかったら恐らく回らなかったであろう。


 しかしイシグロの就任に気づいた全員が反対した。


 それでもエイジは「取り敢えずだから」と繰り返し、受け入れられない大多数も、否決の為の評議員会を開く暇は彼らには無かった。「裏切り者がよくもまあ」といった陰口を叩くのがせいぜいで、それはSNS警察のように湧いたが、イシグロは淡々と働き、大多数の新任委員も、無駄口を続ける余裕は無かった。


 イシグロは一先ずの仕事を終え、一人ぼんやりと巨大なドーム型モニターを見ている。

 巨大モニターには、この拠点でのあらゆる情報が表示されている。

 それは五百人規模の入場が可能な大きなプラネタリウムを想起させる。

 任意の情報を大きく表示させることは出来たが表示される情報は多く、ジャンルに分け百以上の情報が枠ごとに表示されている。

 プラネタリウムでも見るように全体を眺めている。

 ある本部委員は言った。

「すご~い、SFみたい!」

 その程度である。

 表示される内容に意味はあったが、その全てを知る者は最早誰も居ない。

 嘗てはいたが、この暫くの激しい流出で完全に居なくなった。

 彼ですら、その全てを理解してはいない。

 担当官は良くて自らのセクションに目を通すぐらいである。

 意味を理解すらいない者が多い。

 それは正規に引き継ぎが行われなかったからでもあり、

 同時に以前からそうだった。

 彼らはゲームをしに来ているのである。


 それは重要であるが故に、視線に近い下の方にあった。

 イシグロはある違和感に気づく。


(何かがおかしい・・・)


 予感めいたものがある。

 見慣れた景色のはず。

 立ち上がると、集中して目を走らせた。

 多すぎて見つからない。

「気のせいか・・・」

 席に座ると、何も映っていない、宇宙だけが映っているモニター枠が正面になる。

 それを見るとはなしに見ている。


(このモニター枠はなんだ?)


 ふと、疑問に思った。

 何を意味するかは右上に統一して表示されている。

 誰に言うとでもなく声に出して読んでいた。


「フェイク・・ムーン・・・監視、映像・・・」


 再びリクライニングにし、目を瞑り、寝そべりかけたが、その動きが止まった。

 ハイバックを元の位置に戻すと、静かに立ち上がる。

「・・・フェイクムーン監視映像を拡大!」

 大きく表示される。

 茫漠たる宇宙が表示されている。

「フェイクムーンはどうした!」

「不明です」

 本拠点コアが応えた。

「マザー! フェイクムーンが消えた! 何があった!」

 返事がない。

「マザーはオフラインです」

 コア・コンピューターの音声。

「マザーに再接続!」


 おかしい。

 STG28ならともかく、本拠点でオフラインになったことなど聞いたことがない。

 マザーはあらゆる点で必要だった。


 少し間があった。


「接続しました」

「マザー! フェイクムーンが映っていない。何があった?」

 ノイズが聞こえると、別な音声に切り替わる。

「・・・」

 轟音が聞こえた。

「#$%&’()=~=)&%$」

 音楽とも違う音が一瞬聞こえたが途絶えた。

「オフラインです」

 同時に、ドーム型巨大モニターの枠が幾つかが赤く灯ったことに気づく。

 赤に反転しているのは危険や不足、緊急事態を意味する。

 本部では混乱を避けるために音は鳴らない。

 本部で音が鳴る時は致命的な事態に限られる。

 イエローは注意を意味。

 常にイエローは幾つかついているが、レッドは無いのが普通だ。

「レッド・モニターから順に大きく並べて整列表示!」

 見ると、

 マザーとの通信状態。

 隕石型宇宙人の資材モニター。

 定期便の運行情報。

 中継ステーションとの通信状態。

 この四つが赤。レッドだ。


 続いてイエローになったモニターが少し大きめに表示。

 STG28の生産計画。

 本拠点の改修状況。(これは元から)

 STG28の残機数。(これも元から)

 他に幾つか。


 イシグロは何かを直感する。


「オフライン前に聞こえた音声を翻訳!」

「言語として解析しますか? 音声は不十分です。言語を絞らない場合は意味が反転する可能性もありますが、構いませんか?」

「やってくれ!」

「不足分の可能性を高い順から埋めますか?」

「ああ!」

「意味が通じる範囲では次の結果が最有力です」


『ステーション壊滅』


「以上です」

 イシグロは一瞬絶句したが、直ぐに叫んだ。

「・・・本拠点、連隊長以上の搭乗員全員を本拠点作戦会議室に招集!」

「了解。本拠点キャパシティー拡張します。本拠点宰相と副宰相はSTG国際連盟の会議中です」

「緊急事態だ。アラートを届けてくれ!」

「了解。・・・アラートが切られました」

「何度でも! 出るまで!」

「了解。本拠点に警戒警報は流しますか?」

「流さなくていい」

「了解。・・・リトライ中・・・リトライ中・・・5、6、7、モニター接続の要求あり」

「つないでくれ!」


 モニターにミリオタが映る。


「イシグロ! いい加減にしろ! 嫌がらせのつもりか! コッチは国際連盟の会議中だぞ!」

「フェイクムーンが消えてる!」

 スピーカーだったようで、周辺の参加国がザワついたのが見える。

「・・・どういう・・・監視はお前の仕事だろ! 何やってたんだ!」

「本当ですか? イシグロさん!」

 エイジが顔を出した。

「マザーがオフラインで再接続出来ない!」

 答えずに次の情報を流す。

 議場のざわめきが波紋のように広がっていく。

 二人は動揺してスピーカーであることを忘れているようだ。

「マザー?・・・まさか、今もですか?」

 日本の代表の周辺部から慌ただしく動き出している。

 議長が何かを叫んでいる。

 イシグロは答える代わりに更に情報を付け足した。

「輸送中の貨物船がロスト! 恐らく中継ステーションが機能不全に陥っている」

 壊滅とは言わなかった。

 喧騒のボルテージが急速に上がっているのがモニター越しに伺える。

 各国の代表が離席しだし、ホログラムが消えていく。

「わかりました。議長からも緊急事態発生で議会を閉じるようです。直ぐに向かいます!」


*


「何が起きてるんだ・・・」


 ミリオタが誰に言うでもなく呟いた。

 その光景は理解出来るものからしたら凡そ最悪な状況を意味した。


 もっとも二人は当初こそ理解出来なかった。

 無理からぬことである。

 代表になってから休む暇も無く事にあたっている。

 モニターをどう読むかすらわからない。

 それはエイジも同じだ。

 彼はポカンとモニターを見つめたが、四つの赤いモニターの意味がもう一つことの重大性として理解出来ずにいた。

 それでもイシグロの初めて見た強張った表情からただ事では無いことを理解する。

 同じく理解していないミリオタが吠えた。

「この赤いモニターがなんだ? こんだけあるんだ、少しは赤くもなるだろ。この程度のことでいちいち呼ぶな! こっちは国際会議だぞ!」

「待って下さい。説明を聞きましょう・・」

 エイジが止めた。


 意味を理解した時、彼は絶望のどん底に叩き落されたのだ。

 イシグロは説明の最後に「凡そ考えうる限り最悪の事象が重なってます」と言った。


 真っ赤に光るモニターを静かに見つめる人々。

 理解し得た者は真っ白になっていた。

 何かを考えていたわけではない。

 何をしていいかわからない。

 これからどうなるかもわからない。

 絶望のタールに首まで浸かっていった。

 一方で理解し得ない者達は「それの何が問題なんだ?」や「また生産すればいいだろ」とか「マザーなんて別に居ても居なくて関係なくね?」といった言葉を発し、同士を見つけてはゴソゴソと会話している。


 緊張を破ったのは理解し得ぬ者の声だった。


「あのー。これで終わりならもう帰っていいですか?」

 イシグロが冷めた目で声のする搭乗員を見ると、エイジに視線を移す。

「・・・取り敢えず、残りたい人だけ残しましょう」

 彼は頷くとミリオタを見た。

 本来はミリオタの役目である。

 彼はモニターを見たまま固まっている。

 イシグロは代弁した。

「帰りたい者は帰っていいという許可が出ました」

「はーい」

 質問をした新参の搭乗員は悪びれた風もなく帰っていく。

 それを見た他の者達もやや遅れて退出して行く。

 波が途切れる前に、別な声が上がる。

「えーっと、この後何かありますか?」

「会議をします」

 エイジに聞くまでも無く彼が言った。

「いた方がいいですか?」

「加わりたいのであれば」

「じゃ、すいません。ちょっとこの後に用事あるので」

 帰っていく。

 彼女の動きに応じるかのよう大勢が退出していく。

 気づけば本部付きの委員会メンバー達ですら三割り程度は帰っていた。

 他には両手で数えられる程度の連隊長が残った。


(これが現実だよ。エイジくん)


 イシグロは思った。


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