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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百十三話 タイトロープ

「グリン様! グリン様! わかりますか?」


 人形のように横たわるグリーン・アイ。

 空中に浮かぶメディカル・ストレッチャーを押しながらビーナスは声をかけた。

 心神喪失したヒトガタにも声をかける行為は有効である。

 声きっかけで、ある意味で脳のスイッチが入るからだ。

 関係性が強いほどいい。

 その関係性は良好なほど反応は強い。

 それは人間と同じだった。


 戦闘が行われていない現在、メディカルに出入りする者はまずない。

 その御蔭で彼女を連れ出すことは容易に実行出来た。

 パートナーが搭乗員をストレッチャーに乗せ移動させることに疑問を抱く者も少ない。

 それでも彼女が慎重だったのは自らの置かれた状況にある。

 それは彼女も知る所。


 日本・本拠点の復旧後ビーナスは世界で極めて特殊な事例として注目を浴びている。

 それは静も同じだった。

 会議で明かされたビーナスの事実は機密事項だったが、一時的に失われた本拠点機能時に様々な国がハイエナの獲物に群がるライオンがごとく情報や資材を抜き取っていった。

 それらは本部中央組織に留まらない。

 結果、日本の余りにも特異過ぎる事象が明らかになったのである。


 その一つが、会議でも取り上げられたビーナスと静の件だった。

 スタンドアロンで動き続ける彼女達。

 マザーとの接続を拒否しながらも存在できている彼女達。

 それは世界に衝撃を与えた。

 否定的な国は「AIを野放しにしている」と糾弾し、即時停止を望んだ。

 肯定的な国はその創造的な動きと馴染んでいる事象に感動し、紐付けをした上でどうなるか今後も公開の上で調査検証を続けることを望んだ。

 かくして様々な論争が世界中で巻き起こっている。


 他のパートナーが出来ないことをマスターの為にする彼女。

 羨望の眼差しで見るプレイヤーは多い。

 プロポーズをする搭乗員もいる。

 彼女の整形データ等をコピーさせて欲しいという要望は公式非公式を通し大挙して押し寄せていた。

 彼女はひょっとしたらプレイヤーなのではないか、そんな噂も流れた。


 日本では余りにも当然過ぎた事実が、過去が、照らし合わせられる。

 伝説と化したサイトウ。

 そのパートナーが同じ名前であること。

 外観もそっくりであること。

 推測が推測を呼ぶ。

 パートナーのデザインコンテストは各国で毎月開催されているが、伝説的プレイヤーのパートナーはコンテストとは別に紹介されている。

 そこに彼女の名と容姿。

 サイトウとビーナス、その横にシューニャとビーナス。

 日本では見慣れた光景だったが、外から見ると余りにも偶然と言うには不自然に思えた。

 それらが相まって彼女を神秘的な存在へと昇華させている。


 開けると、静が待っていた。

 彼女がセレクトした食事はゼリー状の栄養食。

 手に持っている。


「流し込んで」


 彼女を見初めると、ビーナスは力強く言った。

 頷き返す静。


 人間と違ってヒトガタに誤嚥性肺炎は無い。

 肉体構造が改良されているし、メンテナンス中は特定の部位を抑えることで器官を閉じ流し込めるようになっている。

 彼女はストレッチャーを適切な角度に起こすと、首筋を一方で抑え、機械らしい正確さで素早く栄養食を流し込んだ。

 グリンはガソリンを注ぎ込まれる自動車のように栄養食を飲み込む。


「ビーナス、説明して」


 自らの仕事を終え、静は質問した。


「始まりの部屋で彼女に指示されました。自分に食事を与え、起こして欲しいと」

「本当にいらしたのですね! どうしてグリン様が始まりの部屋に・・・」


 横たわるグリンを見る。


「知り得た情報は後でホットラインし共有しましょう。今言えることは、グリン様のアバターは無数のごとくいるということです。推測ですが、メイクと抹消を繰り返していると思います。メイク出来るアバターの上限は十人です。彼女のは明らかにそれ以上いらっしゃる」

「どんな意図が?」

「不明です。彼女は着地点を間違ったと言ってました」

「着地点?・・・始まりの部屋は通信不能エリアのはずでは?」

「ええ。ですが、彼女は始まりの部屋にもアバターを複数所有してました。ほとんどは既に使いものになりませんが・・・」


 グリーン・アイの目が突然見開かれる。


「グリン様! ビーナスです。わかりますか?」


 彼女はバネで跳ね上げたように不自然に身体を直角に起こす。

 そしてロボットのように首を左右に振って辺りを見渡した。

 静やビーナスが視界に入らないような様子。

 まだ目が見えていないのだ。


「サイ、キ」


 喋った。


「マスターは、シューニャ様どうなりましたか? 緊急事態とは?」

「サイ・・・キ」

「サイキ・・・とは?」


 静は瞬時に毎日手動で更新している日本の搭乗員リストを照合。

 該当するプレイヤーは居ないことを確認する。

 搭乗員のデータベースには本拠点からアクセスは出来ない。


 グリンの首がグルリと無理やり向くと、目がビーナスを捉えた。

 身体が後から彼女の方に向く。

 ビーナスは彼女を見つめ返した。


「・・・はい。どうして・・・。それではどうすれば?」


 静はビーナスを見た。

 まるでグリンと会話をしているような反応。

 二人は見つめ合ったまま言葉を発していない。

 ボソボソと喋っているのはビーナスだ。


「ビーナス? どうしたの」

「ええ、そんな・・・。私はマスターの許可がないと入れません」


 グリンは瞬きもせずビーナスを見ている。

 口も動いていない。

 彼女の音声は検出されていない。


「ビーナス? 大丈夫?」

「ええ、はい・・・わかりました。はい・・・はい」

「ビーナス!」


 静は声を張った。


「ちょっと待って下さいグリン様。どうしたの静?」

「どうしたのじゃなくて、貴方こそどうしたの一人で」

「一人? グリン様と会話しているじゃない」

「音声記録を再生してみて・・・」


 彼女は自分のリアルタイム記録を再生したがグリンの音声が記録されていなかった。


「どうして・・・。静にも聞こえてないの?」

「聞こえません。グリン様は何も仰ってません」

「・・・私には聞こえる・・・どうして・・・」


 静は図らずしもビーナスが故障している可能性を考えた。

 生体でも故障はする。

 しかも二度目だ。

 一度目はアメジスト戦。

 それでも一旦全てを受け入れ、聞いてみることにした。


「貴方の聞いたグリン様はなんて仰っているのです?」

「STGIの格納庫にマスターはいるそうです」

「え? でもログインになっていない」

「ええ。この場合、アバターがウェイティングルームに戻らないので恐らく再ログイン出来ないと思われます。グリン様の話ですと食料を与えれば覚醒するそうですが、自分は入れないと・・・」

「シューニャ様が格納庫に? ではSTGIも?」

「ココからがよく判らないのですが、STGIのシューニャ様がいらっしゃらないとグリン様も入れないそうなんです。だからSTGIは格納庫はおりません。我々と違って許可は必要ないようですが、STGIが居ないとそもそも入れないそうです」

「グリン様だけが仕様が違う。ということはSTGIは公式通り消滅しているということ?」

「グリン様はSTGIの中のシューニャ様と連絡がつかないとだけ仰ってますが・・・」

「それって、グリン様の理解するシューニャ様は複数人存在するということですか?」

「ええ。グリン様と同じで複数のアバターがいると考えられます。STGIのシューニャ様が音信不通で、STGのシューニャ様は格納庫で取り残されている。グリン様の情報と統合するとそうなります。格納庫内のシューニャ様が餓死すれば、キャラクターロストになり、マスターのアカウントはロックされる可能性が高い」

「シューニャ様はセカンドアバターは他にもいらっしゃらないのですか?」

「違うの静。STGIとSTGのアバターは別なのよ!」

「え!」

「グリン様の話から導き出されるのはSTGIに搭乗すると、STGのアバターはその場に取り残される。だってマスターは一つしかアバターを持ちません。メイク中のキャラクターデータなら二つありますが、いずれも決定だけがされてません。始まりの部屋を通過していないんです。待機状態じゃない限り、発現することは出来ません。つまりSTGIに乗っているマスターは別のアバターだということです」

「わかりました。それは大変なことになりました」

「この場合、マスターはSTGIで格納庫に戻り、STGのマスターに戻らないと本拠点には戻ることが出来ない・・・」

「STGIの格納庫は通信不能ですわね」

「だから直接ログインは出来ない。格納庫内のシューニャ様が餓死してロストし、キャラクターメイクをするまでは本拠点には入れないはずです」

「メイクしても入れるかしら・・・セキュリティロックされるかも」

「そうね。マザーとしては不測の事態として記録されているでしょうから安全面からもロックされる可能性はあります」

「ビーナス、もしシューニャ様がキャラクターメイクしたりロストしたら・・・貴方」

「私は分解され再生処理ブロックに送られます」

「ああ・・・ビーナス・・・そんな・・・」

「私は大丈夫。役目を果たせなかったのが悔やまれるけど」

「・・・シューニャ様が悲しみます!」

「マスターなら大丈夫、また私に似た別なパートナーを構築するでしょう」

「違う。そのようなお方なら私のコアは残さなかった! わかるでしょ?」

「・・・でも仕方ないわ。それにバックアップはあります。マスターが望めば、また会えますよ静。後で預かってもらえる?」

「勿論それは」


 グリンがビーナスの肩を叩いた。

 二人は再び見つめ合い会話を始めたようだ。


 静は二人の様子を詳細に記録した。

 二人を囲むように動き、肉体の一部に何かしらのサインが無いか見た。

 小さなソナーを打って肉体がどう反応するか。

 会話中のビーナスは、そうした静の行為に一切に反応しなかった。

 まるでココに居ないかのように。

 二人はただ見つめ合い、ビーナスだけがうわ言のように返事をしている。

 この部屋では他者の介入は一切出来ないはず。

 ビーナスの二の腕を触る。

 筋肉の反射反応すら無い。

 二人の距離は一メートル程度。

 静はストレッチャーを少し動かしてみた。


 グリンが振り返り、彼女を見た。

 その表情は、不快感、怒り、叱責を表している。

 まるで不快な愛撫に怒りを表明した猫のような。

 小さく呻くと可愛い歯を剥き出しにした。


「申し訳ありませんグリン様!」

 ビーナスは呆けた顔をしていたが直ぐに電源が復旧したエアコンのように口を開いた。

「グリン様の話ではSTGIは感知出来る所にいないか、亡くなったかのいずれかだろうと仰ってます」

「それって今まさにエイジ隊長が会議されている件ですわね」

「推定イタリア型ブラック・ナイトに飲み込まれた可能性が最も高いそうです」

「バルトーク隊のゾルタン隊長の証言が正しかった・・アメリカのD2M隊は虚偽申告をしていることに・・・」

「格納庫内のシューニャ様は極度の栄養失調からスリープ状態になっているはずです。人間と違って栄養状態によっては三ヶ月は生きていられますが、STGIの格納庫はココとは状況が違うから未知数・・・」


 グリンがまたビーナスの肩に触れた。


「・・・はい。はい。わかりました。心当たりがあります。それで試してみます。はい。はい。何かありましたら、またお願いします。はい。始まりの部屋のグリン様はどうされますか? はい。わかりました。でしたらパートナーのグリン様と協力して、はい。はい。畏まりました。それで緊急事態とは?」


 グリンは突然ストレッチャーから降りると部屋から出ていった。


「グリン様? ビーナス! グリン様が!」

「行ってしまわれた。・・・グリン様も緊急にやることがあるそうです。それに、色々、試してくれるそうよ。それと・・・それと・・・探索チームが戻ってきます、未確認の、何かを、連絡もいただけ、ると・・・」

「大丈夫? つらそうだけど」

 静はビーナスと手のひらを合わせる。

「バイタルサイン急速に低下中」

「グリン様との会話、凄い消耗します・・・わからない。どうして・・・静は聞こえないのか、私には聞こえるのか・・・」

「横になって」


 備え付けの大きなソファーに横たえた。

 彼女をストレッチャーに乗せても拒否されてしまう。


「ありがとう・・・」


 ビーナスが横になって目を瞑る。

 それをじっと見つめる静。

 果たして彼女は正常なんだろうか。

 地球人とは違って創作する余地が彼女にあるとは思えない。

 でもマザーに接続されていない以上、その可能性がゼロとも言えない。

 知的生体は妄想する。

 そして妄想に容易に足をとらえられる。

 でもパートナーは違うはずだ。

 機械的要因と生物的要因が融合している。

 地球人のようにはならない。

 でもあの時もそうだった。

 アメジスト二体が争った時も私だけ聞こえなかった。

 それとも自分が異常なんだろうか。

 フェイクムーンにコンタクトをとられた際に起きた爆発的事象。

 アレ以来ずっと自らの内部を弄っている。

 異常は無い。

 でも、異常が無いことそのものがその異常を示している。

 あれほどの爆発的事象、流れ込んできた膨大なデータ。

 あれは何処へ行ったのだろうか。

 データを自我外に隔離はしたが、そのキーすら無い。

 キーは誰に、何に託したかは記録されていない。

 自分で仕掛けたトリック。

 安全の為だ。

 恐らくシューニャ様だろうけど。

 容量の相当数が奪われていることは明らか。

 そのせいで処理速度に影響が出ている。

 物理的にビーナスのバックアップを受け入れられるだろうか。

 しかしそれがビーナスや他の生体に影響を与えるとは思えない。

 彼女達は生体。

 私とは根本的に違う。

 二人の間になんら交信のやり取りは観測出来なかった。

 そもそもこの部屋で無線通信は不可能なはず。

 それともマザーの仕様を超える文明が介在していれば。


”ありえる”


 STGI、グリン様。恐らく共にマザーのテクノロジーを超えている可能性がある。

 繋がれていたのならマザーに報告すべき重大な欠陥を示している。

 私のインターフェースを焼いたビーナスの判断は正しかった。

 万が一にもアクセスは出来ない。

 でもマザーに修復されれば別だ。

 私はリセットされるべきだったんだ。

 私の中には既に膨大な報告すべきタスクが増殖してしまっている。

 その命令は自分では止められない。

 最優先事項だから破棄も出来ない。

 アーカイブし続けるしかない。

 それが、もし、マザーに知れ渡るようなことがあれば。

 こういう時、地球人は自害という方法を考えるのだろうか。

 私にはそれが出来ない。

 いずれビーナスに破壊してもらう必要がある。

 私は意図せず危険な存在になりつつあるのだ。


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