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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百七話 神隠し

 彼女は雲の上を跳ねるように、踊るように、隣の卵、また隣の卵へとステップ。

 反重力アシスト独特な動き。

 移動時間を最低限にしつつ立体的に対象を見るための動作。

 地上に足はついていない。

 彼女は文字通り浮いていた。

 痕跡を残さない為である。


” いた。”


 女性のヒトガタに成形されつつある。

 今まさにアバターをメイクしているユーザーがいるようだ。


” グリン様と同じパターンA。通称ラム。”


 誰しもが最初に見るヒトガタのアバター。

 彼女はとても人気が高く、このベースが採用されることは多い。

 服は着てない。

 アバターの服はヒトガタ整形後に形成される。

 どんどん胸が膨らんでいく。

 スーツのアイ・カバーがシャッターのように瞬いた。

 ビーナスが記録をとったのだ。

 身を引くと、バレエでも踊るように再び回廊を飛び跳ねていく。

 優雅なようで、その眼はどんな小さな変化も逃さないという決意を物語っているようだ。

 無駄なくあらゆる角度から見ている。

 彼女はグリーン・アイの痕跡を探していた。


” ない。”


 何も見当たらない。

 彼女のした動作と視野範囲から来る漏れ率を計算するも確実性は高い。

 ビーナスはプラントの中で故障している卵があると推測していた。


” ココのプラントでは無い? ”


 可能性はある。

 彼女達にとってもプラントの数と位置は不明だ。

 ココはあくまでも一つの可能性。

 シューニャのデータを元に推測している。

 搭乗員パートナーはマスターが生まれてからのあらゆる情報を保有している。

 今回予測するにあたり、アーカイブしたデータも紐解いた。

 ココへ来て他にプラントがある可能性は高く無いと判断出来る。

 稼働しているプレイヤー人数からいってもココだけで十分だからだ。

 グリンは”始まりの部屋”から持ち出したのでは無いのだろうか。

 そうした可能性が提議されたが判断不能と出た。

 情報が少なすぎる。


 二人が立てた仮説はこうだ。


 理由はわからないがグリーン・アイはプラントからヒトガタを幾つか拝借している。

 彼女達からしたらそれは無意味な行為だが、状況からするとそう考える妥当性は高い。

 彼女達は検証不能な事象は一旦棚上げし、現時点で判明している情報に元して検討した。

 プレイヤーは複数のアバターへ同時にログインすることは出来ない。

 パートナーのように完全にマルチタスクなら操作そのものは不可能では無いようだ。

 だが同じヒトガタでも搭乗員とパートナーは似て非なるものだった。

 そもそもパートナーは搭乗員にログイン出来ない。

 ログインには地球のシステムを介在する必要がある。

 そしてアバターを複数同時に活性化することは出来ない。

 一体を動かせばもう一体は抜け殻となり不活性化する。

 アカウントを凍結された時も同じだ。

 ウェイティングルームに格納されてないアバターは瞬く間にウィルスにより分解される。


 ビーナスが目線を落とす。


” そろそろね。 ”


 捜索に出てから一時間になろうとしている。

 スーツのエネルギーに問題はない。

 酸素もスーツが動く限り供給される。

 自身の稼働に必要なエネルギーも十分だ。

 排泄処理はコントロール出来る。


 問題はリスク管理だった。


 スタンドアロンの搭乗員パートナーが長時間観測エリアから出るのは解析不能の危険がある。そのリスクは過去にデータが無く、測定が不能なことから高い位置づけになっている。特に、ビーナスはマザーに消されかけたことがある。得られるメリットと比較しても一時間から三時間程度内に戻るのが良いだろうと結論づけた。


 マザーは常に全ての位置を把握していた。


 多くの部隊では位置情報の提供やマザーとのオンラインは入隊条件にもなっている。

 プレイヤー等の位置や存在確認はオンラインで自動的にされていたが、オフラインであっても映像を主とした形状分析、重量、行動習性、音声、波動、熱量等で認識され結果的には管理される。

 そのため、位置情報をプレイヤー側がオフにしても基本的に把握はされているのだ。それらは快適性や安全性の為のビッグデータとして使用されていたが、実際はソレ以外にも使用されることがあった。パートナーなら把握することであるが、搭乗員には問われない限り伝えられることは無い。


 基地内にある無数のカメラ。

 床だけではなく壁や天井にもある圧力センサー。

 加えて、搭乗員パートナーから提供されるマスターの癖、行動習性。

 それらが判定の基準になっている。

 ただし彼女達が知る限り、アバターをロストしたからといってマザーが何かをすることは無かった。単なる数値上の管理。ロスト日時やロスト期間、最終的な判断が記録される。問題点は蓄積され地球側の要望次第で反映される。


 パートナーは時々ロスト中のアバター、通称「神隠し」を捜索する任務も与えられていた。

 長すぎる条文にも書かれている。

 マスターがログインしていない間はマザーがパートナーを自由に動かしている。

 もっとも素体を動かすことは無いし、ホログラムで動き回ることも無い。

 マザーと並列接続し、不明物や神隠しを独自に電子の触手を伸ばし捜索するのだ。

 場合によってはそれらが動くこともあり得たが、その際は搭乗員に必ずマザーから許可を求められ戦果の見返りがある。断ることは勿論可能だった。

 彼女らはマザーにとって一つのナノマシンとも言える。

 

 マザーとのオフラインを希望するサイトウのような搭乗員はカメラを通し視覚的に管理される。

 そして抜き打ち的に重量チェック等様々な監視を受けた。

 抜き打ちを受ける基準が搭乗員パートナーから提供される基本動作から外れた場合。

 自身のパートナーはおろか他のパートナーも監視者となり動作を記録される。

 それらはマザーに送信された。

 本拠点内の安心安全の為に行われるとされていたが裏を返せば監視されていることには変わりがない。


 そうした裏事情を熟知しているビーナスはあるアイデアを採用した。


 自身が不在の間はVRホログラムで動かす。

 短時間で、行動規則に反しない限り詳細なチェックを受けることは無い。

 それを利用する。

 VRホロは通常のホロと異なり見分けがつかないスーパーリアル。

 その実体は装飾系のナノマシンを使った動くハリボテだ。

 触れられない限りバレることはない。

 もっとも搭乗員パートナーや部隊パートナーには通用しない。

 同じ部隊なら彼女たちは各個体が発する音声や生体波動、匂い等も含め全て掌握している。仮にターミネーターのような存在がいても瞬時に見分けられるだろう。


 対策としてビーナスはマイルームに寝かせることにした。


 搭乗員のマイルームに入れるのは許可されたフレンドかパートナー、例外的に隊長だけだ。

 ブラックナイト隊では隊長が隊員のマイルームに勝手に入ることは無いのが通例となっている。それはドラゴンリーダーからそうだったが、部隊によっては異なる。シューニャのマイルームに勝手に出入りするようなフレンドが居ないことも調査済。

 幸いにも、ビーナスは現在人間のように睡眠や休憩を取らないといけないことは隊員なら知るところ。主を失った彼女に話しかける者は無く、せいぜいエイジ、ミリオタ、ケシャに限定されている。


 ホロを置いていくにしても問題はあった。


 圏外エリアにいる場合、ホロを操れない。

 そこで静の協力を得る。

 ビーナスは自らのホロデータを静にカンコピさせ、静の制御でホロを動かす。

 マイルームで時折寝返りをうつビーナスをマザーは見ることになるだろう。

 寝返りに関しても個性がわかれる。

 そうした行動様式そのものも含めてコピーされた。


 それでも長時間のダイブは危険だというのが二人の結論だった。

 先述した抜き打ちは例外もありうる。

 特にビーナスはマークされている存在だ。

 どうあれ時間が経るほどにリスクは上昇する。

 その目安が一時間から三時間程度。

 マザーから見たら搭乗員パートナーや部隊パートナーのことはあらゆることを把握している。

 対して、彼女たちから見たらマザーのことは与えられた範囲内でしか把握出来ていない。


 彼女は歩きながら壁を入念に見渡した。


” 丁度一時間。”


 ビーナスは天井を見上げ、入ってきた穴を正確に視野に捉え、手を伸ばした。

 その時、ふと、シューニャとの会話が思い出された。

 手を下ろし、壁を見る。

 あれは今年の肝試しの時。

 無いはずの壁からお化け姿でシューニャが出てきてビーナスは両肩を掴まれた。

 性質上驚きはしなかったが、別な意味では驚いていた。

 あったはずの壁が無くなっていたのだ。

 その衝撃は人間とは違った意味で計り知れないものだった。

 率直に捉えると壁の中からシューニャは出てきたことになる。

 少し驚いている彼女を見てシューニャは言った。


「盲点を利用したんだよ。人間にもあることだけど、頭がキレル人ほど思い込みは強いからね。大した検証もせずに『絶対こうだ』って『簡単だ』って頭で考えて決めつける。それと同じで、君等は一瞬で地形を把握出来るじゃない? でもソナーを打っているわけじゃないよね。あくまで視覚的に計算してマッピングしている。能率の為に必要に応じて詳細を分析するよね。それが盲点を生む」


 その時に掴まれた自身の両肩を彼女は抱きしめた。


” マスター・・・。”


 掴まれた際の圧力値が今も残っている。

 壁に向かって歩く。

 スーツの目が緑に光った。

 走査線が照射。

 丁寧に、上から下、下から上と見る。

 壁にそって歩いていく。

 走査線の有効距離は長くない。

 見た通りの位置に壁がある。

 

 壁を半分も見ただろうか、ビーナスは立ち止まった。


” エラー・・・。”


 もう一度、上から下に見た。

 壁までの距離が判定出来ない。

 材質も不明。


” ココだけ違う。” 


 彼女は壁に向かって身構えた。

 左手を前に中指で壁を指す。

 攻撃姿勢。

 一秒、二秒、三秒。

 何も起きない。

 ビーナスは右手で顔を上から下へ撫ぜる。

 スーツの顔面部が透明化され顔が見えた。

 また下から上へななぞり顔が隠れる。

 左手を構えたまま、一歩、また一歩、すり足で近づく。

 左手を壁に当てた。


” 無い。”


 あるはずの壁に抵抗なく手が吸い込まれた。



*


(おかしい)


 ビーナスが帰ってこない。

 既に二時間が経過している。

 仮に片道一時間かかったとしたら今回は帰ってくる予定だった。

 何か見つかったのだろうか?

 マザーを欺くのはハイリスクだ。

 自分たちがする行いは、子供が親に悪巧みをする次元。

 時間経過と確率と悪巧みの精度次第で即刻バレてしまう。

 三時間というのはあくまでギリギリのライン。


 ビーナスと静はSTG国際連盟の決定から部隊ルームに居場所を限定されていた。


 部隊コアへの接続も許可されておらず、作戦司令室への立ち入りも禁じられた。

 まるで夢遊病者のように部隊ルームを巡回している。

 警備が主目的ならこうした動作には至らない。

 深夜三時はログインするプレイヤーも少なく暇を持て余している。

 普段なら仕事が無い場合はスリープするのだが、シューニャが居なくなってから何時でも迎えられるように稼働を続けていた。生身である素体を動かしているビーナスと違いアンドロイドがスリープするのは節電以外のメリットは特に無い。幸いにも、この部隊の戦果は膨大で二十四時間部隊パートナーが動き回ることなど何ら問題にならなかった。


 今は花を飾って回っている。


 シューニャが喜んだ行為だ。

 隊長が喜ぶことを実行するのが部隊パートナーの役目である。

 エイジに変わったにも関わらず彼女は続けていた。

 現隊長が花に関して何かを発言したことは無い。

「綺麗だね。何時もありがとう静」

 シューニャがよく座っていたテーブルに花を飾ると彼女の手が止まった。

 彼女が座っていた椅子に腰をかける。

「花も綺麗だけど、静も綺麗だね」

 シューニャの音声とビジョンを再生する。

 静はスッと立ち上がると後ろを見た。

 ケシャがコッチを見ている。

 彼女は遅い時間にも関わらずログインしていた。

 お辞儀をするが、ケシャはまるで見なかったかのように姿を消した。


 ビーナスが居ない間、彼女のことを尋ねられたことは一回だけ。

 ケシャ副隊長からだ。

 彼女は黙ってビーナスが眠る映像を見せた。

「可愛い寝姿ね」

 気のない様子で言うと、去った。

 一時間前のこと。


(不思議なお方・・・)


 どう最適な答えを模索しても未だに解決を見ない搭乗員。

 感情表現が無いかと思えば極端に感情的。

 何が琴線に触れるかは大別出来るようになっていたが、それでも理解出来ないことが多い。どうしても彼女に対しては可もなく不可もないノーマイライズされた態度になってしまう。ログインする時間帯も全くの不規則。何らかの心疾患を抱えている確率は高い。

 シューニャの言葉を思い出した。

「人間ってのは一+一が必ずしも二には成らないからね」

 簡単では無いといいたいのだろう。

 不確定要素が多い不安定な決定能力をもつ存在。

 それが人間。


(人間になったら私も彼女を理解出来るのかしら・・・)


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