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STG/I  作者: ジュゲ(zyuge)
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第百五話 眠り姫

 STGホムスビを見上げる静姫。

 ブラックナイト隊の部隊パートナー。

 誰も居ない場所で表情を作る意味は無かったにも関わらず、その顔は不安気に見える。

 純然たる機械であるアンドロイドが何を思うのか。


 静姫の早期帰還はイレギュラーなことだった。


 調査中にグリーン・アイの心神喪失。

 突然だった。

 マルゲリータは帰還を提案。

 本部委員会のお目付け役は隠蔽の恐れアリとして却下。

 協議の結果、同乗者である部隊パートナーが連れて帰ることになる。

 本拠点へ超長距離通信を実施するが通信不通。

 それもそのはず。

 ホームへ戻るまで応える者は居ない。

 帰還してからも同じだった。

 静がグリーン・アイを抱え帰還した時、迎える者の姿は無く、日本・本拠点はガランとしていた。


 彼女は逆にレフトウイングの到着を迎える立場となる。


 本拠点の者達はおろかブラックナイト隊員ですら彼女達を気にかける余裕はなかった。

 次々に発せられる救難信号。

 好むと好まざるとに関わらず筆頭部隊の隊長に繰り上げで就任させられたエイジ。

 レフトウイングの搭乗員達は満身創痍の中、エイジによる大号令のもと東奔西走。

 本拠点機能が麻痺していることを気にかけている者すらほとんどいない。

 イシグロは拘束を免れた。

 エイジが拒否したからだ。

 彼にはイシグロが完全に戦意を喪失しているように見えた。


「一人でも助けが必要なんです!」


 他の部隊帳の意見も汲み取り、二人の部隊パートナーをお目付け役に身柄を確保し、イシグロは本拠点・復旧の為の旗を握ることになる。

 鳴り止まない警報。

 助けを求める声。

 静を見初めた彼らは驚く間も、説明を求める隙きも無く、彼女を仕事の手伝いに駆り出す。

 猶予は無かった。

 本拠点機能が失われたことで次々とSTG国際連盟の加盟国関係者が日本・本拠点入を果たす。戦術データは抜かれ、一部開発兵装まで持ち出された。ミリオタは当初こそ激怒したが、「また最初から作りましょう! ミリオタさんなら出来る!」と説得され、引き下がった。そうした無法状態はアメリカのD2M隊が来るまで続き、完全なる排除は拠点機能が回復されるまで継続した。多くの者は主権の意味を、独立の意味を初めて体感した。躊躇している時間は無かった。エイジは「人」を第一に考えた。

 ようやく一息ついたところで、STG国際連盟からの招集である。


「しーず」

「あ、ビーナス」

「おはよ」

「おはよう御座います」

 お辞儀をする。

「何よ、あらたまって」

「ビーナス、変わったね」

「貴方が言う?」

「はやみ・・」

「ゆう・・・」


 二人は笑い出す。


「この無意味な会話なんか楽しい」

 シューニャが保存していた映像ライブラリーにあった。

 コントのいち場面らしい。

 二人だけのマイブーム。

「どこが変わった?」

「前は挨拶なんてしなかった」

「そうだったかな?」

「だった。私達の間にそんなのは無駄でしょって」

「そう言えばそうね」

 ペロっと舌を出す。

「そういうことも前はしなかった」

「そうね。なんでだろう・・・」

「それってコミュニケーションの表現方法なのよね」


 ホムスビを見上げる。


「うん。マスターが好きだった・・・好きじゃないぞって顔はしてたけど。時々やると嬉しそうだったから」

「今のそれって『テヘペロ』って言うのよね」

「そう。日本人が考案したそうね」

「私は今の貴方の方が好き・・」

「私も。今の静の方がいい」

「大丈夫・・・戻ってきます・・・」

「そうね」

「グリン様が・・・」

「そう。グリン様が・・・鍵ね」

「ええ」


 二人はシューニャのハンガーを後にする。


 グリーン・アイのことはエイジ達に報告したが、恐らく忘れているだろう。

 部隊のメディカルポッドに腰を下ろすビーナス。

 目線の先にはグリーン・アイが眠っている。


 ビーナスの分析では、彼女の重要性を真に理解しているのは静と自分の二人だけである。

 部隊員たちからしたら彼女は単なる無口な変わり者に過ぎず、それが既にイメージとして固着してしまっている。


 人形のように眠っている。


 静の記録では、帰還前はログイン・サインが点いたり消えたりしていたようだが、今は灯ったまま。

 まるで軟体動物のようにだらりとし、動く気配は微塵も無い。


 彼女に何があったか、二人ともわからなかった。

 メディカルの判定も心身ともに異常なしとある。

 心理グラフもまるで理想値を描いている。


 ビーナスはマザーに接続出来ない不自由さをものともせず人間のようにキーパンチし、過去の症例等を調べた。

 アバターの一種であるヒトガタのメンテナンスは完全自動化されている。

 その為に資料がない。

 必要がないからだ。

 マザーの領域。

 ビーナスは逆算的な方法で独自に調べ資料を構築していった。


 だが、結果は不発だった。


 それでも彼女は調査を止めなかった。

 理由は単純だ。

 シューニャにつながるヒントは彼女にしか無いからである。


 今のビーナスは以前ほどの自在さは無い。

 ホログラムで一瞬にどこへでも姿を出せるわけではなく、

 マザーという圧倒的な頭脳の力を借りることも出来ない。

 コアに接続出来ない。

 いや、出来るのだが、しないのだ。

 何をされるかわからないからである。


 メンテナンスは人間同様に行われる。

 パートナーも自浄作用はあるが、コアほど万能ではなかった。

 彼女も生体で動く以上メンテナンスは必要だった。

 以前は不要だった「食べる」「眠る」「排泄する」という行為が必要になる。

 だが、それを不自由とは思わなかった。

 彼女からしたら、制限が少し増えたに過ぎない。

 与えられた制限の中で出来ることをする。

 当たり前のことだが、中々人間には出来ないことを安々とやる。

 それは静も同じだった。

 無いものは仮定に入れない。

 入れる意味がない。


 今は、シューニャのマイルームを自らの寝床としている。

 そして人間のように経口食でエネルギーを補充、排泄、睡眠により不純物を分解、デフラグする。

 能力の低下は把握する一方で、今まで味わったことの無い不思議なデータも充実してきている。

 肉体のフィードバックだ。

 ホログラムで活動している際には得られなかった情報である。

 そのことを静には言っていない。

 彼女が羨むだろうからだ。

 最近の静は自分が機械であることを残念ににとらえている節がある。

 特に顕著になっている。

 アンドロイドが得るフィードバックとは明らかに違った。

 生体のみが持ちうる多様な感覚。

 もっとも彼女にとっては優先順位の低い情報に位置づけられている。


 グリーン・アイがシューニャと因果関係がある確率が高い。


 彼女は不思議と「シューニャ」がこの本拠点には居ないのでは無いかという決定を半ば下している自分を発見している。それがどうしてか自分にはわからなかったが、不確定な情報決定としてデータをストックしている。


 数少ないが、収穫もあった。


 グリンの細胞に老化や損傷は無く、排出されてあまり時が経っていないと客観的に知ることが出来た。

 ビーナスはマスターが居ないことで指示が来ないことをいいことに、眠り続けるグリンの研究に傾倒している。彼女に協力を要請するのは、エイジかせいぜいミリオタまでである。一切マニュアルの無い状態から、メディカルポッドを半自動に切り替え、データを確認しながら操作するまで彼女の追求は進んでいた。


 その結果、奇妙な不整合に気づく。


 このグリーン・アイのヒトガタは、まだ製造されて一ヶ月しか経過していないと判った。

 グリーン・アイが部隊に来たのは遥かずっと前である。

 しかし可能性が無いではなかった。

 アバターはワンアカウントにつき一体が原則だが、戦果等で増やすことも出来る。

 これは地球人側の要望によってかなり昔に導入された仕様だ。

 半年程度プレイしている搭乗員なら二体以上いることは珍しいことでは無い。

 それでも必要戦果はけして低くなく、

 また、維持費も多少なりともかかり、メリットも然程ないと言える。

 着せ替えるようにアバターを切り替える者はいないではない。

 グリーン・アイがそうした理由でアバターを多数もっているとは考えられなかった。


 二体同時に動かすことは出来ない。


 何より、彼女のアバターの購入歴はゼロだった。

 隊長であるエイジにより内緒で覗かせてもらう。

 彼女はアバターに関しては何も購入していないのだ。


 ビーナスは記録してある映像を再生する。あの日の映像だ。


 シューニャと共に入室した彼女のマイルーム。

 おびただしい数のヒトガタのアバター。

 何度再生しても明らかにシステムエラーな状況。


 ビーナスが把握する限りSTG28のルールを全て把握している人間は居ない。

 公然と書かれていながら、多くの搭乗員にとって意識の外にあるルールはとても多い。


 パートナーはデバッガーの役目も担っている。


 システムに明白な不整合や不都合があった場合、それらはマザーへ自動的に送信される。

 それによって些細な誤りすら知らず訂正されていく。

 搭乗員によって報告される異常の検証もパートナーがするのだ。


 本件も報告済だった。


 しかしマザーはビーナスのメンテナンスを実施。

 それはつまり、ビーナスに異常があるという可能性によるものだろう。

 結果はオールグリーン。

 異常無しである。

 シューニャにはマザーからビーナスをリストアすることが提案されていたが。

 断られていた。

 それがビーナスに伝えられることは無い。

 

” グリン様は一体・・・なんなのだろう?”


 ビーナスは、シューニャが言うように彼女がアメジストであるとは認識していない。

 表面上はマスターに同調を示したがデータ上では「不明」に分類されている。

 確認したが、それは静姫も同じだった。

 何度か本件に関してシューニャがSTGIのハンガーにいる間、静と二人でデータを突き合わせ手分けして調べたのだ。

 明確な結果は出なかった。

 原因はアメジストに関して情報がなさすぎるというのが二人の結論。


 彼女たちは一時的に結論づける。

「搭乗員の幻覚」であると。


 地球での本身が統合失調症であれば、STG28においても幻覚を見る可能性はあるという仮説である。ただしこの仮説自体が重要度一に分類されており、信憑性が低い位置づけになっている。


 アメジストに関してはマザーにも詳細なデータがほとんど無い。

 捉えられたことが過去に一度しかないからだ。

 世界が望んだ アメジスト に関する分析結果は未だ不明のまま。

 問い合わせに対し、マザーは知らぬ存ぜぬを通している。

 それもそのはずである。

 アメジストはマザーに送還される前にロストしているのだ。

 その事実を知る者はシューニャしか居ない。

 ビーナスや静も認識していないこと。


 そしてSTG28にログイン出来るのは地球人だけである。

 少なくとも彼女にはそう記録されている。

 であれば地球人である確率は極めて高い。

 にも関わらず、以前は疑いようがないこの確率に自らが疑問を抱くようになっている。


 吐瀉物を口にしたシューニャ。

 その事によって覚醒した彼女。

 演技や、遊びの類だったのだろうか。

 地球人には遊びが多い。

 無駄が多い。


 搭乗員パートナーはマスターにあれこれ質問することはほとんどない。

 地球人は、その基本において自分を探られることを嫌う傾向がある。

 質問を好むマスターもいる。

 そうした相手には自動的にカスタマイズされ問うようになるが、その場合は嘘が多いことも判明している。質問を好むタイプは必ずしも事実を言わない場合が多い。

 それすらもカスタマイズしていくのが搭乗員パートナーだった。


” 彼女は本当にアメジストなんだろうか? ”


 ビーナスからしたら、その可能性は荒唐無稽なものだった。

 把握しうる全ての情報が可能性のなさを示している。

 仮説を設けるのすら無意味はほど。


 グリンの身体を隅々まで調べた。


 スタンアローンで無かったら、このようなことをせずに終えただろう。

 無駄で、愚かな行為である。

 検査の結果が示しているのは何の代わり映えもしないヒトガタだという事実。

 ヒトガタはアバターのベースが人間の人口生命体を意味する。

 もっとも多くの地球人は知らない。

 興味がないとも言える。

 疑問を持つものがいないからであり、知ってもどうということも無い部分である。


 彼女達はマスターの半歩後ろを歩くようプログラムされている。


 それは全ての点においてである。

 多くの搭乗員が忘れてしまう原則。

 初期ログイン時に表示されるのだが、ほとんどは真剣に読まれてはいない。


” パートナーやサポーターは問われない限り答え無いというもの。”


 もっとも別な書き方で表示されている。

「貴方に最適なパートナーにする為にどんどん話しかけて下さい」

 これは裏を返せば「話しかけない限り余りカスタマイズされない」ことを意味する。

 そこには「問われない限り答えない」ことも含まれていた。

 仕様に実際記載されているが、そこまで読む人は稀だった。


 主人より先回りして自らの意思を示してはいけないという点が決定的に人間とは違う。

 マスターの教育により先回りすることもあったが、それも半歩程度先が限度であり、マスターが思いもしないような行動や発言はしないよう逐次調整されている。表情、心理グラフ等で行き過ぎと判定された場合、直ちに是正される。

 マスターを遥かに凌駕する知性や行動を発揮することは絶対に無い。

 マザーがそう設定しているからだ。

 地球人が忘れがちな事実であり、一部の有能な搭乗員は押さえている事実である。


 彼女達はあくまでも仕えるもの。

 彼女達は膨大な情報を持ち、超える身体能力を持ちながら、地球人相応の、相手相応の知識や能力しか提供しない。

 地球人が例えその事実に気づいたにせよ、活かしきることは出来ないのだ。

 地球人は地球人相応の判断しか出来ないからである。

 半歩先を行く時、優秀と感じ、遥か先を行く時、地球人は脅威と受け取る。

 それは過去の長い時を経て蓄積したマザーのみが知る事実だった。


 ビーナスはグリーン・アイを見ながらあの日の出来事を分析していた。


 彼女が再生しているのはグリンのマイルームで見たヒトガタの山。

 シューニャはビーナスに問わなかったが、明らかに異常性を把握していた。

 なのに問わなかった。


” 完全なマルチタスクが可能な人間だったら、アバター同時操作は可能か? ”


 結果「可能性アリ」。

 ヒトガタそのものは必要に応じて培養、生産されている。

 新しい搭乗員に与えるためであり、複数の外観をもちたい搭乗員の希望を叶える為。

 アバターがなければSTG28は操舵出来ない。

 製造ラインを人類が見ることは無い。

 マザー保護下の工場にあることは知っている。


” 持ち出すことも可能なんんだろうか?”


 ビーナスや静姫といったパートナーですら場所を知らない。

 ましてや地球人であるグリーン・アイが。

 あの日の記憶を再生してはビーナスは不思議な感覚に身をおく。


” アメジストである可能性は?・・・”


 結果「データ不足」。

 目に映った大量のアバター。

 全てヒトガタ、女性、二十代のデフォルト整形。

 だが、一部整形が完了していないと思われる個体も確認した。

 そればかりか、腐りかけたもの、腐りきったものまで。


” 成形直前・・・、だとしたら始まりの部屋”


 ビーナスは無表情にグリーン・アイを一瞥すると言った。


「グリーン・アイ様、マスターを、シューニャ様を連れ返って下さい」


 無意味な行為。

 でも、声が出ていた。

 立ち上がる。

 ビーナスの頭の中では嘗ての彼女からした思いもつかない所業が頭を過ぎっていた。

 立ち去る彼女の足は静の方を向いていた。


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