後悔する侵略行為
魔が差しました。
玉座。しかし、そこに腰掛けるのはこの国の王族ではない。隣国の王子が玉座に座り、軍を指揮した将軍が横に立っていた。この国は戦いに負けたのだ。
これからこの場所にはこの国の実権を握っていた王妃だった者と、王と主だった貴族達を引き連れて服従を誓う儀式がある。そのためこの国の玉座に座って待っていたのだが、、、
…なんだこの事態!?
王子はひたすらに混乱し、将軍と顔を見合わせるが、勿論将軍にも訳がわからない。
確かに王妃と王、それに貴族たちにも欠員はない。戦で死んだものはいないが、戦場にいなかったか生き残った者は来ている。問題は、人物の顔(顔にも問題がある者もいるが)ではなく態度と服装にあった。
これが反抗的態度ならば、まだわかる。反対に従順に媚を売る態度でも、理解可能だ。王子と将軍とて人を束ねる地位にあるので誇りはある。侵略者に反抗的になるのもわかるし、早々に切り替えて従順になれば甘い蜜が吸えるかもしれないと考えるのもわかる。どちらの意図も、ある程度理解できるのだ。
この国はなんなのだ!?
王子はひたすらに混乱を堪能する(したくないかもしれないが)。
王妃はまだいい。多少派手で露出過多だが金のドレスとぬいぐるみを……いや!待て!他よりマシとはいえ、重要な儀式に金色に輝くドレスとぬいぐるみっておかしい!それがマシに見えること自体がもっともおかしい!
王にいたっては、首輪着用のレザースーツの上に、尻から紐を伸ばして、四つん這いのまま何事もないかのように四足で歩いてくる。その伸ばした紐は、王妃のぬいぐるみを抱えてはいない方の手に握られている。おまけに、あの王の表情!このような重大事にもかかわらず、なんとも晴れやかに笑いながら四足歩行している。王どころか、人としてのプライドがないのだろうか?
他にも、ドラム缶ほどのナニかを背負いながら、ひっきりなしに錠剤や液体、ナニかの肉を口に入れ続ける者(もう、やめておけ)。10人ほどの元高官をひん剥いて、パンイチのままで引き連れる笑顔が可憐な少女。その少女をフォロー?するように、時に談笑し、時に甘えてはいなされる着ぐるみの夫と、パンツを頭に被って堂々たる風格の舅(せめてこんな時は、妻と義娘に鞭打ちとロウ攻めを強請るな)。
全裸もかなりいる。全身タイツも、顔だけ覆面の全裸も、合体したまま移動してくる奴すらも、羨ましそうに気ぐるみと変態○面親父を眺める道着の一団さえいる。彼らは男も女も関係なく、思い思いの格好で服従の儀式に出向いたのd……
って、アホか!国を何だと思っているんだ、こいつらは!もっと侵略者に対して興味を持てよ!ナニ自分家みたい(イヤ、元は自分家だっただろうけど)にくつろいで、勝手に少女の司会まで立てて儀式を進行………
おいぃぃぃ!服従の誓いをなんだと思ってやがる!?司会進行は王子である私に決まっているだろうが!……ナニ、そのキョトン顔?空気読めない奴ってこれだから、やれやれ…みたいな顔、やめろ。
いつの間にか始まっていた服従の誓い。
本来のそれはこの国の者にとっては、悔しさと悲しさ、それに屈辱を感じる儀式。
厳かな雰囲気の中で、神官と隣国王子を主として粛々と進行される儀式に、この国に忠義を尽くす者は涙を流し、または無表情の中に感情を隠す。そんな雰囲気の中、王妃は青褪め、国王は覚悟を決め、貴族たちは戦々恐々としながら沙汰を待つ。
そんな想定をして同情心すら持っていた隣国王子だったが、今はイライラとストレスに身を焦がし、一々突っ込んでは空振りする。肩を落とし諦めた表情になっては、儀式自体が突っ込み待ちしているとしか思えず、またもやストレスが溜まっていき突っ込んでは空振り。儀式開始からわずか30分ほどしか経過していないにもかかわらず、その魔のサイクルのため王子は憔悴した顔になっていた。
儀式の初めでは本来なら王の役目だが、この国は王妃が実権を持っているので、王妃から隣国の王子に全ての権利と玉璽が渡される。玉璽とは、王を示す印鑑のことで勅命を発する場合には必ず押される王の証明の様なものだ。これを他者に渡すことは、禅譲といって王位をその他者に譲ることになる。過去には、無理やり禅譲を迫った英雄や有力貴族、他国の侵略者が居たし、この国の建国自体も前王国から禅譲で継承した始まりだ。禅譲してしまうと、場合によっては前の国の歴史がほとんど消えてしまう。だから可能な限りは抵抗し、自分も含めた国を残そうと禅譲した過去の王たちはぎりぎりまで粘った。最後には自分の身と捨扶持のみ(最悪殺されるが)しか残らなくなってでも、臣下と国民に一縷の望みにかけて再起のための行動の旗を守るために。
しかし、この国は違った。
戦争に負けたとはいえ、まだまだ余力があったのに降伏したのだ。そして占領していたこの国の第二都市に、降伏の使者が王子と将軍に目通りを願った。
いい年したおっさんが、鼻メガネで女性用ビキニ着用の上で、、、
当然目通りは叶わずかと思いきや、姿に似合わぬ能力を発揮したおっさんは、屁理屈に屁理屈を重ね、詭弁を弄し、情を絡めた巧みな話術で兵の心を掴み、一般兵だけでなく国の優秀な近衛兵たちすら心の扉を解き放ち、清々しい表情をして規範を犯し王子と将軍の前に案内させた。
詳しく説明すると、鼻メガネ付き女性用ビキニ着用のおっさん(しかもガリガリ!)を、心を開放され何故か河童の扮装をした『優秀』な衛兵たちが、王子と将軍の前に連れてきた。
もう一度更に詳しく言おう。
『鼻メガネ付き女性用ビキニ着用のおっさん』を『河童の扮装をした清々しい表情の優秀な衛兵たち、総勢16名』が敵国の『王子』と『将軍』の前に連れてきた。
異常にも程があるが、おっさんも衛兵達もにこやかに笑顔を浮かべ、、、若いとはいえ戦歴の豊富な王子と将軍を口車に乗せた。訳もわからず、何故かこの国の主城で降伏の儀式を行う事にサインをして、そこに向かう事になってしまった。
………確かに言われていた。この国に攻め入る者は後悔する、と。
陛下も宰相も、詳細は語らなかったがとにかく「攻め入るな!」の一点張り。当時の大将軍も含めた三人が、過去にこの国の併合を画策したことがあるとは調べがついていた。当時の大将軍はすでに隠居しているが、東の国境(この国は西の国境を少し超えた所)を預かる、生ける伝説的な存在だ。
内政を充実させ、外交でも敵を減らし、戦をすれば陛下と大将軍、そして兵站を担う宰相が戦略・戦術で周辺国を圧倒。感性で行動することが多々あるとはいえ、文句無しに英雄のたぐいである3人が揃ってこの国を恐れていた。三人がこの国に攻め入った記録は、公式にはない。国の歴史書に30年ほど前、2年ほど空白の期間があるがそれだけだ。
将軍である私と王子は、偉大な功績を残した三人の孫の世代に当たる。三人の英雄を乗り越えるために、王子と二人で様々な資料をあさり、空白の期間はもしかして三人の敗北を記してあった期間ではないか?当時の記録を分析すると、我が国の西にある国が怪しいのでは?では、三人を乗り越えるためには、西の国を攻略すればいいのでは?
今思えば、王子と私は偉大なる英雄達に、直接聞けば良かったのだ。口は重いだろうが、血族の中で有望視(願望も少し混じっているが)され、可愛がられていた私達だ。きっと粘れば教えてくれただろう。
ヤツラはナニカを超越した変態共だ!と。
しかし、もう遅い。自力で英雄たちを乗り越えようとした私たちの代償は大きかった。変態達の巣窟に乗り込み、鼻メガネ付きビキニのおっさんの口車に乗せられ、よくわからないうちに主城に招待され、全面ガラス張りの玉座の間で待たされ、降伏の儀式という名のクレイジーパーティーのゲスト(主催者ではなく!)にされている。
観察していると、この国の王も王妃も貴族達も、思い思いに歌い、笑い、鞭で叩き叩かれ、ロウソクをがぶ飲み(大丈夫なのか?)し、ぬいぐるみを項垂れている王子の頭に乗せる者、喜んだ様子で椅子(それもソファー的な三人組の椅子)になる者達、名状しがたいモノで形容しがたい異音を発生させる者、更には狂ったかのようにヤりまくる者達(ナニとは言わないが)。
この国の者達は正気にはとても思えないのに、表情自体は憂いもなく理知的。それどころかどこかのどかな空気すら感じる。唯一、と言っていいのかは分からないが、我が国の兵は一般兵・近衛兵・士官区別なく、全裸ライフを楽しんで正気ではない。幸いにも、そこにエロさはない。ただ見苦しい野郎の裸が並んでいるだけだ。
この状況を取り締まるべき我が軍の兵たちが楽しんでいる。儀式開始当初から、王子も私も次々に兵を呼んだが、近くにいるこの国の者たちが近寄ってナニカを囁くと、「ひでぶぅ!」と叫びつつ、何故か全裸になり、踊り狂うようになるのだ。精神を操作する魔法を疑ったが、最新の魔力探知機は沈黙したままだ。薬物に関しても、飲まされているような様子はない。原因もわからず、ただただ変態が増えるだけと悟った王子と私は、兵を呼ぶのを諦めた。
崩れ落ちそうになる体を支え、いつの間にか離れてしまっていた王子(この場で唯一、常識的な精神を持つ人!)と合流し、二人で打開策を検討しようというその時。
私と王子の恐怖の夜が始まった。
……もう勘弁してくれ。既に理解の限界は超えている。侵略したのは悪かったから、死者に鞭打つような追い打ちは思いとどまってくれ!
そんな祈るような願いが僅かに叶ったのか、いつの間にか目の前には腹心の将軍がいた。彼女とは儀式開始時に、あまりにもこの国の者がアレだったので衛兵を呼び、何故か変態が増える事態になったことで、手分けをして対処(無駄だったが!)しているうちに離れてしまっていた。
彼女は父王を超える算段を、二人で共にした戦友でもある。既に私は、精神的に崖っぷちから転げ落ちそうになりながらタップしていたが、無二の親友と合流出来たことで少しだけ余裕ができた。今回はアレだったが、この事態も彼女となら乗り越えていけるような気になり、お互い涙目なのは目を瞑って打開策を練り始めた。
二人揃っても、例えるなら「カラカラッ」と中身のない脳髄内での回転音がした。
……やはり、文殊の知恵は三人いないと駄目か。私たちは、疲弊の極みにあるせいで判断力・発想力がおかしな方向に行っているのかもしれん。
そんな愚にもつかない事を疲れた頭で考えている時。
私と将軍の狂った夜が始まった。
「レディース・アンド・ジェントルメン・アンド・ノンヒューマン」
「今宵、降伏の儀式、改め(勝手に改めるな!)ごめんなさい会にお集まり頂き(貴様らのためではなく我が国のためだ!)ありがとうございます!……黙れ」
「此度のごめんなさい会は、他国からのゲストもお迎えして(ゲストではない!)普段より盛大(少しは控えろ!)に開催しております!……通報すんぞ(どっちが逮捕対象だ!)」
「…ゲストの方たちも待ちきれない(待ってないわっ!)ご様子で大変結構です!それでは本日のメインイベント、ゲストを囲んで謝罪ループを(待て!待ってくれ!)……おや?何か気づかれてしまったようですね……服を着た者を逃がすな!!!」
うおおおおおおおおん!!!
それは、恐怖と狂乱と底抜けの明るさに満ち満ちた、儀式にはそぐわないが不吉さでは群を抜いた少女の司会だった。将軍と二人で孤立無援の戦い(精神的に)を繰り広げ、会話の切れ目には底冷えするような低音ボイスと不可思議なエコーで、マイナス『異音』を浴びる。何を言おうが、暖簾に腕押しで手応えを感じず(ツッコミ的な意味では手応えを感じたが)、儀式開始から叫び続けていたことで、ついに色々な限界を感じながらツッコんでいたら、不吉この上ない言葉が聞こえた。
メインイベント?
謝罪ループ???
言葉の意味はわからない。
しかし「ソノコトバ」が孕む異様な雰囲気は、この場にいる者でないと決してわからないだろう。
今宵のような狂乱の宴を楽しむ者達のメインイベント。対象が誰か不明な謝罪ループ。そして何よりも、気が狂ったような格好なのに理性をその目に湛えた者達に『囲まれる』、と?
隣の将軍と目を合わせる。
…彼女が涙目で首振るなんて初めて見た。こんな時になんだが、つり橋効果の影響か凄く可愛い。
それどころではない事態が迫っているのに、妙に冷静に思考できた。他人事のように思考しているが、おそらく私も彼女と同じような顔をしている事だろう。
ふむ(汗)
…
ふむふむ(滝汗)
……
………待て!待ってくれ!
続く「助けてくれ!」を言う前に、囲い込むように動く周囲が目に飛び込んでくる。
完全に囲まれてしまう前に、彼女の腕を引き玉座の間と言うか、この城と言うか、この国からの脱出を決断した。後ろから聞こえてくる「逃がすな!」という、完全にプロの仕事人のセリフを無視して、変態軍団(なんで我が国の兵も混じっているんだ!!)の雄叫びも聞こえないふりして、腰の抜けかけている将軍を抱き上げ、走りだそうとして、すっかりその存在を忘れていた元王妃の鞭に絡め取られた。
絶望とは奥深いものだな。
将軍とともに、元王妃の足元に倒れこむ時に実感したのは、そんなことだった。
「さて、それでは恒例の謝罪ループを始めようか」
その言葉とともに始められた事を、私は生涯忘れないと思う。
そして誰かにこの国で起こったことを話す気にもなれない。
二度とこの国に手を出すことはない。
それは将軍も同じだろう。
おそらく、父王を含めた三人の英雄たちも、この国で似たような目にあってしまったのだろう。今の私ならば尊敬する英雄とではなく、王とでもなく、父親との会話ができると思う。お互いの悲哀を湛えた表情で。
………ド畜生(泣)
ぐんにゃりした結末まで読んでくれて、ありがとうございます!
一応謝罪ループの中身は考えていましたが、書き終えて見直したら微妙にだったので削りました。
しかし、この話のジャンルはなんだろう?私は『恋愛』ジャンルのつもりで書いたけど、この先しっくりくるジャンルがあれば、そちらにする予定です。