第59話! 涙
では、お楽しみください。
宿に戻ってきたが、時間が時間なだけに……というかみんなが寝てから出てきたので起きているわけがない。
と思っていたのだが、
「おかえり。カズシよりも美味しくはないけど、紅茶入れたから飲んで。あとフウとの憑依は解除して!」
暗闇の中でカチャカチャやっているリルヒがいた。まだ憑依で女のままだったみたいだな。解除。
『私は読みたいものがあるから、屋敷に戻して欲しい。憑依が必要な時は引き寄せていいから』
『わかった。【転移】』
フウからの注文にも答え、転移で屋敷に返した。にしても、なんで起きてんだ?
「俺が夜出たりしても起きなくてもいいって言っといたじゃん。どうした?」
「カズシって何でもわかるのに、人の機微はあまり……人の機微もわかるけど、何ていうかどこか抜け……ううん違うわ。どこか壊れているわね」
は? 俺が壊れている?……どこが?
「待て、意味がわからん。しっかり説明してくれ。俺のどこが壊れているんだ?」
そういうと俺に近づいてきて、近くの机に紅茶を置き、俺の臭いを嗅いできた。
「お、おい」
「今回はしないわね」
「え?…………前回とかいうのはどんな臭いがしていたんだ?」
「血の匂いよ」
……? 血がついたときは浄化で消してるから、臭わないはずなんだがな。
「別に普通に嗅いでも臭わないわよ。なんて言うのかしら、吸血鬼はなんとなくそういうのがわかるのよ」
血を吸う吸血鬼特有の感覚か。それじゃわからないな。
「まあいい。それが俺が壊れていることにどう繋がる?」
「カズシって私達には優しいわよね」
いきなり何を言い出すんだ? こういうことを言い出すのは、ドラマとかだと別れの前とかだから、嫌なんだが。
「そりゃ、俺の女だからな」
一応奴隷のような契約(初めて会った時のやつ)はまだ続いている。切らないでと言われたからな。
「ブロンズ達やその嫁ツェリム、ルキナの母親、ガンスギルド長、円卓夫婦にも優しいわよね」
何を当たり前のことを言っているんだ?
「当たり前だろう? ブロンズ達は俺が生み出したんだし、部下でもある。その嫁の安全を確保するのも当然だし、その子が暮らした孤児院も同様。嫁の母親なんて当たり前だし、ガンスはお世話になってる。円卓夫婦は最初は敵対だったけど、勘違いだったし、いい奴らだ」
「そうね。とてもいいことだわ。その人達が罪を犯したり、カズシを殺そうとしり、私達を殺そうとしたら、どうする?」
「説得とか罪を犯す前に止める。なぜ殺そうとするのかを聞いて対処する……だな」
「カズシならできるでしょうね。なら、それ以外の人がカズシ……私達を殺そうとしたらどうする?」
「俺を殺そうとするなら、理由によっては殺す。お前らに手を出そうとしたら殺す……かな?」
頭を抑えて、紅茶を飲み始めたので、俺もそれに習って飲む。蒸らしが甘い。
「カズシって確か、ブロンズ達を作った当初は、極力人を殺すなとか言ってなかった? 敵対した人でも穏便に出来そうならそうしろって言ったわよね?」
そんな甘い《,,》ことを言ったかな? 覚えてねえや。
「そんなことを俺が言ったっけ?」
「言ったわ。フィーネを凌辱したオークキングに、痛みを与えるために手足を切ったりしたけど、ミアが声をかけた時にやりすぎたって言ったわよね?」
訴えかけるように聞いてきたが、うーん。やりすぎたっけ?
「やりすぎという感じはしなかった気がするが……ミアには見せないようにしたのかな?」
それを言ったらリルヒの瞳から涙が零れだした!?
「リルヒどうした!? 俺がなんかしたか?」
「違うわよ! あんたは確かにあの時やりすぎたと言って顔を顰めたのよ! ミアが、カズシがミアに対して発した言葉を記憶間違いするわけないもの」
いや、それはどうなのだろう? ミアなら有り得るな。ていうか、全て記憶してたんだな。ヤンデレに近い何かだけど、大丈夫だか? これで俺が言った言葉とかを別に書き留めていたら、やばそうだな……フラグくせえ。
「ミアが覚えてたことならそうなんだろうな。後みんなが起きるから、転移で場所を変える」
転移で何となく飛んだのは、この大陸の南の海岸。特に意味は無い。転移した事を気にも止めず、
「あんたは元々なんか危ない存在だと思ってたわ。危ないって言うのは危険って意味じゃなくて、壊れそうって意味よ?……何があったのよ! なんでそんなに平然としてるのよ! カズシはバスの移動の時に一度消えたわよね? あの後変に血の匂いが……女の血の匂いが濃かった。多分私達を守るために残虐に殺すなり、拷問するなりしたのだろうけど! 出会った当初のカズシならそんなことは平然とはしなかったわ! 何があったのよ? 何がそこまでして行き急がせるのよ?」
涙をぼろぼろ零しながら、訴えかけるように言ってきたが……わからん。何があったか? 何があった? 戦いくらいだよな。いつも通りだ。
「私達はカズシの行動の枷にしかならない。それはわかってるけど、話を聞いたりするくらいならできるのよ? なんで何も言わないで、溜め込んで、ボロボロになっていっちゃうのよ。それを察知出来なかった私が情けないわ」
わからないわからないわからないわからない。俺がボロボロ? 精神的な意味だよな? 別に辛いわけでもないし、痛いわけでもない。勇者の時に比べたら問題ない。
「…………お前達は枷に放ってない。お前達が……ルナやアルミエを含めたお前らがいるから、俺は精一杯生きているんだ」
「カズシはわかって……わからないの? カズシは私が言っている意味をしっかり理解出来てない?」
驚いたように聞いてきているが、普通わからんだろう? 今のシーンを小説にしても、多分わからない人が大半だぜ? 俺が壊れているとかそんなわけないよな?
「ああ、わからない。愛している人や大切な人以外は等しく無価値だからな。それを壊したって平然としているのは当たり前だろう」
「そんなことは会った時……なら、なんで事情がいまいちわかってなかったアーサーとガウェインを半殺し、もしくは殺人しなかったの? あの場面なら愛している人や大切な人に該当してないわよね?」
「そりゃ、ルナが祝福をした英雄だから「それは違う」……」
必死な顔で俺の発言に被せてきた。
「カズシがやろうと思えば、腕を切られて私達を転移させたら数秒と掛からず、相手を殺すことはできたはず。最初は誰だかわからなかったけど、アーサーとガウェインの呼び合いでわかったって、教えてくれたじゃない。なら、その呼び合いを聞くまではブロンズとカズシを殺そうとしたら、明確な敵だったはず。その名前が呼ばれるまでの間になんで殺さなかったの?」
覚えてない。言われてみれば、その時間は敵だからコロスのは当たり前だし……何でだ?
「カズシ……神聖国で何があったか、全部教えて。すべてを知りたいわ」
俺を押して地面に座らせ、その間にすっぽりと入ってきた。
「回復魔法……目が腫れているから治したよ。わかった、最初からもう一度話すよ?」
それから神聖国での出来事を話していった。
「………………で、その魔法陣を壊そうとしたら、この世界には存在しない生物、悪魔が出てきて、そいつを幽閉して、神に手渡した。で、「ちょっとまって」なんだ?」
ちょうど話の終わりらへんでストップがかかった。
「なんか悪魔のくだりが説明雑じゃない?」
そんなことはないと思うが。
「そんなことはないぞ?」
「だったら、悪魔について教えて?」
「は?」
「この世界には存在していない生物……この世界にはいないのにどうやってそこに現れたの」
……マールが送り込んだ。
「…………別に「良くない! 絶対にそれだもん」」
「なんで教えてくれないの? 男の人は秘密の一つや二つ、カズシならどっかの誰かを孕ませたとかあり得るかもしれないけど、きっと隠さないわよね? なんでそこを隠すの?」
なんかすげえ失礼だわ。孕ませるならお前らが先だろう。
「…………マールだ」
「マール?」
「俺は月の神の力を持っているだろう?」
「そんなことを言ってたわね。実際、夜になると魔力が使い放題だものね。神の領域だわ」
「俺はマールという神によって、大切な仲間や愛している人をなくしたんだ。それでもなんとかそいつを殺したんだが、生きていたんだよ」
そう言ったら、俺の足の間にいるリルヒが漏らしやがった。こいつのこの癖は良くないな。
「ご、ごめ……ん。でも……カズシ……今……殺意で……」
『カズシ! マールへの殺意が漏れてる! リルヒが死んじゃう!!』
やべえやべえ。殺意が漏れることなんてあるんだな。
「ごめん! 【浄化】なんか漏れてたな。お前も漏らしたけど」
痛い。脛を思いっきりグーパンするな!
「カズシはマールという存在が怖いんだね」
……
「は? おいおい、確かに怖かったさ。でも、俺はあいつよりも強い! それなのに何故怖がる必要がある? やめてくれよそんな冗談は。洒落にならないからな? てか、いくらあいつが生きてたって今の俺よりも……」
キスによって口を塞がれた。
「…………カズシさ、とっても震えてるよ?」
アハハハ。そんなわけないだろう?………………
「ああ、そうだな…………こええよ!! 怖いに決まってんだろう!!! トラウマだよ。恐怖の代名詞だよ。俺が一番恐れている存在だよ! 当たり前だろう? 俺が勇者だった時に、俺を愛してくれていたレミアもアルテシアも、俺に戦い方を教えてくれたアーレイバーグのおっさんも、陰キャラっぽいけど優しくていい人なナズールも、イケメンで食えない奴だけど一番みんなのことを考えているマルクも。それ以外にも俺達の旅の準備してくれた王国の王様も、姫様も、王妃様も、王子も、みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな! 全部マールに奪われたんだぜ? おっさんとナズールは俺達を庇った。レミアは敵に犯されたか、それともその前に自分の尊厳を守るために自爆。マルクと王族のみんなは異端扱いされて串刺し。アルテシアは俺の命を復活させるために石になった。それだけじゃない! 俺がマールを殺したばかりに、俺の親は事故死扱いにされて殺された! なんでだよ! なんで俺なんだよ! 俺はそんな悪いことをしたか? 力の素養があって、たまたま俺が召喚されて、世界を救おうとしただけなんだよ! その世界救済もすべて仕組まれたことだった! 人との巡り合わせも倒してきた敵も全て! 全てだ」
「それでも……それでもアーレイバーグとかいう人とナズールはいい人だった。マルクという人とは食えないけどいい人だった。レミアとアルテシアという人達とは愛し合っていた。それともそれも作り物だったと思う?」
「……ちげえ……それは断じてつくりもどじゃながったどいえる。ぐぞが……ああああああああああああ」
俺は何年か振りに泣いた。わき目も振らず泣いた。本気で泣いた。勇者時代後半の張りつめた綱渡りじゃない、安全な場所で過去を悔い、悲しみに泣いた。
お疲れ様でした。
ブクマが500人突破しました! いつも読んでくれている方々、ブクマや感想、評価をしてくれている方々。本当にありがとうございます。とっても励みになります。
内容ですが、書きながら少しだけ涙を溜めたりなんかしたりしていました。
でも、このカズシは完全に壊れた人間のような生物です。
次回、壊滅




