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水流の海  作者: 氷室冬彦
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7 水場に潜む異形

翌日の朝、立ち入り禁止のテープに囲まれた浄水場の前には既にセリナ・ウォールと数名の、彼女の部下らしき役員が待機していた。セリナは八人全員のギルド員が揃うとおはよう、と優しく微笑んだ。


「皆揃ってるみたいね」


「なんでここにいるんだ。お前も調査に同行するのか?」


カナが問うとセリナは首を横に振った。


「いいえ、今の私は戦うことができないから、皆と一緒にはいけないわ。ただ、浄水場に入る前に何か、ここについて聞いておきたいこととかないかなって思って、念のためね」


「聞いておきたいこと? ……いや、オレは特にないな。誰瓜たちはどうだ?」


「何かわからないことがあったとしても、これから中に入って調べればいいんじゃないのかい?」


面倒くさそうに口を挟む鬼礼に、誓南がそれもそうね、と同意した。一罪は煙草を口から離して、セリナを呼び止める。


「なあ、浄水場の中の監視カメラの映像は残ってんのか?」


その言葉に誰瓜たちが振り返った。


「あら、一罪にしては気の利いたこと言うじゃない」


「うるせえな。……で、どうなんだよ」


「あるにはあるよ。私も一度見てみたけど……映像は裏の小屋で見ることができるんだけど、確認してみる?」


セリナに言われ、一罪はちらりと一同を見た。その時、あることに気付く。


鬼礼がいない。


「あ? おい、雪白はどうした」


「え……本当だ、いなくなってる! 今さっきまでそこにいたのに」


「あの野郎、バックレやがったな!」


大きく舌打ちをする。油断も隙もあったものじゃない。


「ああ、くそッ。……俺はカメラの映像を見た後、必要なら追いかける。お前らは先に行ってろ」


「わかった。ついでに鬼礼のやつも探してきてくれ。誰瓜、それでいいか?」


「……うん」


何処か力なく返事し、それきり黙り込む誰瓜。昨夜からずっとこの調子だ。場にやや沈んだ空気が流れそうになったとき、リアが焦ったように手を挙げた。


「あ、えっと、じゃあ僕、一罪さんと一緒にいます。一人だと何があるかわからないし……」


「おう、頼んだぜ。一罪がサボらないようにしっかり見張っといてくれ」


「ばかやろ」



*



「誰瓜、まだ一罪と喧嘩してんのか?」


浄水場の通路を歩きながらカナが問う。誰瓜はむくれた顔をふい、と逸らした。


「別に」


別にも何も、明らかにまだ怒っているだろう。


青色の石材で出来た空間は物音がよく響いた。足音が、声が、水音が、誰かの息遣いが、すべての音が反響し、高い天井に抜けていく。水面が水路の底に取り付けられた照明にライトアップされ、ゆらゆらと輝いていた。輝く水の淡い光が天井や壁に水面の模様を写している。静かな青色の空間は確かに美しく、なるほど観光地にもなるはずだ。光り物に大した関心のないカナですら、任務で来たのでなければここでゆっくりしていたいと思うほどである。


「喧嘩しててもなんでもいいけど、仕事に支障をきたさない程度にしてよね」


言いながら誓南が足を止め、周囲を注意深く観察しながら鉄製の扇子を構えた。


「もう気付いてるだろうけど……何かいるわよ」


誓南に続き、ルイが胸に抱きしめていた女の子のぬいぐるみを左手に持ち替え、空いた右手に大きな黒い釘のようなものを取り出す。


「……一体じゃない。多い」


ルイの呟きに誰瓜が周囲への警戒を高め、両手を低く構えた。その手のひらに小さな光が現れたかと思うと、光はそのまま線のように伸びて白い円を描き、銀色の刃に変わった。誰瓜の武装系の能力によって召喚されたチャクラムだ。


カナも腰に差した刀に手をかける。そして、四人の警戒に応えるように、数体のカルセットたちが水の中から姿を現した。蒼色でスライム状の、はっきりとした形のない塊であるが、水の中を跳ね、地面を這いずり回っていた。


スライム型のカルセットたちは敵の気配に勘付くと途端にぶるぶる震え、突如地面を跳ねあがり、表面をゲル状から棘のような鋭い突起に変えて体当たりをしてきた。


イガになって突っ込んできたスライムにルイが投げた釘が刺さり、やや速度が落ちたところにカナが刀で斬りかかったが、刃は金属質な音を立てて弾かれた。カナが舌打ちし、武器を構えなおす。


「もうちょい強く斬らねえと駄目か」


仕留め損ねたスライムがもう一度カナに向かって来ようとしたところに、横から一瞬、白い線が過ぎった。誰瓜のチャクラムだ。ブーメランのように投げられたチャクラムが回転をつけてスライムを切り裂き、使用者のもとへと返っていく。誰瓜はそれを慣れた手つきでキャッチし、勢いを殺さずぐるりと体を捻り、背後のスライムを斬りつけた。倒したカルセットはその場で水滴を飛ばしながら弾けて消える。


それとは別に、三体のスライムがイガに変化して誓南に飛びかかった。誓南が扇子を横に振る。先端のほうから細く薄い銀の刃が銃弾のように発射され、カルセットたちを貫いてその先の地面に突き刺さった。


初めに出てきた分のカルセットを片付けた矢先、次々にスライムたちが姿を現す。誓南が顔にかかった水滴を拭う。


「……地味で静かな調査、ってわけにはいかなさそうね」


「ああ、こりゃあ、思ったより長引きそうだ」


誰瓜が両手のチャクラムを前方のカルセットに向けて投擲とうてきする。手から武器が投げ出された瞬間に彼女に襲い掛かったスライムをカナが斬り捨てる。それらが弾けた瞬間に飛び散ろうとした液体を、ルイが手に持っていたぬいぐるみにぶつけ、吸水させた。


「ルイ?」


「気にしなくていい。武器を作っただけ」


直後、水に潜んでいたスライム九体ほどが同時に飛び出した。空中で瞬時に棘を生やし、向かってくるカルセットにカナの反応が遅れる。


「動かないで」


ルイは唱えるようにそう言うと、先程濡らしたぬいぐるみの右脚に釘を突き刺した。その時、九体のカルセットすべての動きが空中で停止した。いや――完全に止まったわけではなく、よく見ると小さく震えている。


口兄ルイの持つ、呪術系の能力だ。おそらく、あのスライム型カルセットが弾けた際に飛び散る水――カルセットの体液――をぬいぐるみに付着させることで、呪術をかける対象をそれらに定めたのだろう。藁人形に呪いをかける相手の髪や名前を付けるのと同じ原理だ。


ルイの術で止まったカルセット全てをカナが真っ二つに斬り裂いた。ルイがぬいぐるみの脚から釘を引き抜いたとき、彼女の額から流れている血の量が急激に増えた。顎まで伝った血液がぽたぽたと石の床に落ちる。


「おい、大丈夫なのか」


「平気。少しすれば元に戻る」


「元に――って、元から血ィ流れてただろ。……貧血で倒れる前にちゃんと言えよ?」


「わかってる。そこまで無茶をする気はないから」


誓南の鉄扇が頭上を過ぎり、扇から飛び出た刃がカナとルイを攻撃しようとしたスライムを射抜いた。


「二人とも、お喋りはいいけど体も動かしなさい。隙だらけよ」


誰瓜がカルセットを斬りつけながら目だけでこちらを見る。


「どう、このまま四人で進める?」


「オレはまだまだ余裕だぜ」


「無論ね」


「なんでもいい。従う」


カナは武器をしっかりと構え、前に踏み出した。


「満場一致だな。そんじゃ、キツくなったら引き返すってことで!」


次回は随時更新します。

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