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水流の海  作者: 氷室冬彦
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15 作戦に伏せた会合

警備室の扉を開けたのは、一罪たちと同じくギルドに所属している男――探偵だった。


「は――? お、おい、なんでてめえがここにいやがんだ」


困惑する一罪を探偵は鼻で笑う。


「旅行で来たように見えるのか? 仕事に決まっているだろう」


「仕事?」


「三日前にお前が私に届けたのではないか。來坂礼の使いだと言ってな」


「あ――」


あの封筒。


「私の任務の内容は、この浄水場で起きた異変の原因解明――お前たちと顔を合わせたくはなかったので、浄水場へ入る時間帯はずらしていたがな」


リアが「え?」と疑問の声を洩らした。


「じゃあ、昨日、浄水場の調査が午前だけで打ち切られてたのって……」


「私と貴様らが鉢合わせることを避けるためだ」


「初日に俺たちを浄水場に行かせないで、宿で休ませたのもそのためか?」


そうだ。探偵が答える。鬼礼が上目に一罪たちを見ながらにやりと笑う。


「彼は君たちがカルセットを討伐する裏で、浄水場を単身で調べていたのさ」


「で、でも、どうして僕らと一緒じゃなかったんですか? 一人で調べるより、僕らと一緒いたほうが安全なんじゃ……」


探偵は目を細めてリアを見た。リアが肩を震わせて縮こまる。彼は特に視力が悪いわけではないのだが、ふとしたときに目を細める癖があり、元々目つきが悪いのもあり、傍から見れば睨んでいるようにも見える。


「たしかに私は戦闘専門のギルド員ではない。故に、単独で向かうと危険な場所であるなら、最初から護衛をつける。……私の言いたいことがわからないほど、低能な子どもではないだろう?」


「浄水場にいるカルセットには……一人で行動していたほうが安全、ということですか?」


「その通り。あのスライム型カルセットはとても臆病だ。なので、相手が敵と分かれば襲い掛かってくるが、こちらが敵意を見せなければ何もしてこない」


「で、でも誰瓜さんたちは、何もしていないのに攻撃を仕掛けられているように見えました」


たしかに、昨日の誰瓜たちの話を聞く限り、交戦となった発端はカルセットからの攻撃だ。誰瓜たちから手を出したわけではない。探偵は警備室の椅子に腰を下ろすと、その長い脚を組んだ。


「複数人数での団体行動、武器となるものを所持していること――カルセットがこちらを敵と認識する要因は主にこの二つ。奴らは一つ目の条件を満たしている。それから、目を合わせるのもいけない。唐突な激しい動作を見せるのもいけない。だが、単独で、武器を持たず、カルセットを見ず、作業的な動作だけをしてやり過ごせば、攻撃はされないのだ」


「でも寿がいるだろ。二人で行動してるのに、複数人での行動って条件には当てはまらねえのかよ?」


探偵が虫でも見るかのような目を一罪に向けた。なんとも美しい色をしているというのに、なんと勿体ないことだろうか。


「なんだよ」


「貴様は愚かだな。こんな簡単なことにすら思い当たらないとは……」


「ンだと……?」


一罪が探偵を睨む。自分の目よりも探偵の目のほうが恐ろしいことには自覚があった。


「確かに、寿を人として数に入れるとすれば、我々は二人という複数人数での行動を行っている。だが、我々が厳密には一人と一匹――もしくは一体――であることを忘れてはならない」


「一匹――?」


リアが問う。彼は寿のことについて、探偵の助手であるという以上の詳しい事情を知らないのだ。


「寿がいるからスライムたちの警戒心を刺激する? 逆だ、寿がいるからこそ警戒されずにすむのだ。寿はもとよりカルセットであり、魔獣としての系統はたがえど、同じ種族――いわば奴らにとっては仲間であるべき存在。その寿が私に懐いて微塵の警戒もなく共にいるのだから、連中は私を敵とは思わない。やつらは単純な思考回路をしているが、記憶力はそこそこある。敵と認識した者のことは翌日になっても覚えているが、敵でないと認識した者のことも覚えている。つまり、私からカルセットへの攻撃となる行為を執らない限り、やつらは私を敵とは思わないのだ」


「……便利だな」


探偵が座る椅子の下に立っていた寿を見る。灰色の髪に覆われた顔がどのような表情を浮かべているのかはわからないが、リアと一罪の注目を浴びた寿は腰に手を当てて得意げな態度を見せた。


「母体のほうはどうなんだ? 弱いカルセットは平気でも、そのカルセットたちの母体になっているやつは、他のやつらと同じようにはいかないだろ」


「今回の事件の元凶ともいえるカルセットがどういう性質のものなのか、既に調べはついている。やつは能力を感知して襲ってくるのだ。能力をもつ人間、属性系の力が宿った武器――それらを敏感に察知し、使い手を敵とみなして襲ってくる。……ところで私は能力を持っていないのだが、この場合、私がカルセットから攻撃を受ける可能性は?」


鬼礼は軽く手を広げた。


「限りなくゼロに近いね」


「私がやつらに攻撃を与えず、やつらを空を飛んでいる鳥か何かだと思っていれば、単独での捜査は容易――むしろ、単独でのほうが効率よく捜査を進められる」


一罪が気付く。


「待てよ。じゃあ、ここの役員を襲ったのは」


「……セリナに尋ねたところ、襲われた役員は全て能力者だったそうだ。少なくとも、初めの被害が出たころにはまだスライムの繁殖は始まっていなかった。この事件には未だ謎が残っているが、すぐに明らかになる。私が調べるのだからな」


探偵は自信満々に言ってのけた。彼はその態度に見合うほどの能力を持っている。


「お前たちがこれから浄水場へ向かうのなら、その前に私からお前たちへの指示を与える。今回の親玉は少々厄介なことを仕出かす可能性があるのでな、その対策だ。死にたくなければ従え。死にたいのなら従うな」


探偵は警備室の棚から四つ折りにされた紙を取り出すと、それを広げて一罪たちに渡した。浄水場の地図だ。探偵は奥のほうに当たる通路の、行き止まりとなっている位置を指し示した。


「水流一罪と雪白鬼礼は母体のカルセットを倒した後、ここへ皆を誘導しろ。輪廻リアは私についてこい。以上だ」



*



「事情はわかったわ。でも、ひとつだけ聞いていいかしら」


セリナ邸の応接室にて、探偵が自身の任務内容と一罪たちとの作戦についてのことを説明したあと、セリナに毛布を借りた誓南が鬼礼を見据えた。


「鬼礼が探偵の存在に気付いたのはいつ? どうして一罪より前に走っていたのに探偵と打ち合わせた場所がわかったの? 事前に地図を見ていたとはいえ、あの複雑な道を一寸の迷いもなく進めた理由は?」


「一度にアレコレ聞かないでほしいな。まあいいや。まず、そこの探偵さんと会ったのは浄水場のなかだよ。ここに来た初日にね、退屈だったから散歩していたらばったり鉢合わせたんだ」


「入るなって言われてたのに……」


カナが呆れた顔をする。探偵は出された紅茶を飲み、馬鹿め、と言った。


「それが大人しく従うわけがないだろう。その男が規則や指示に背いて自分勝手に行動しているところを、お前たちはこれまでに嫌というほど目にしているはずだがな」


「わかっちゃいるが……」


「あ、じゃあ、もしかして、昨日、今回の敵が弱くてガッカリだって言ってたのは、初日に既に戦っていたからですか?」


「そうだよ。言ってなかったかい?」


「き、聞いてませんよ……」


リアが気弱に言い返す。鬼礼は何でもないような顔であ、そうと言う。


「自分が道を把握していたのは、朝のうちに警備室にあった地図を見ていたからだよ」


探偵は腕を組んでいる。


「あ、ちなみに探偵は自分たちと同じ宿の隣の部屋に泊まっていたそうだよ。君たちもよく気が付かなかったね」


「え……そうなのか?」


カナが問う。探偵はため息を吐いた。


「そうだ。まったく騒がしいったらなかったぞ。貴様らが顔見知りでなければ苦情を入れていたところだ」


「知らなかった」


「その話はいい。それより今後のことだ。私はまだ仕事が終わっていないのでもう少しここに留まるが、お前たちはすぐにギルドへ戻るが良い。見ればすっかり満身創痍ではないか。一人は貧血。二人は窒息寸前まで追い詰められ、一人は肩を負傷し、それを庇って一人は今も魔力を消費している。さっさと帰って医者の仕事を増やしてやることだ」


「……それもそうね」


誓南が苦笑していると、リアがあの、と手を挙げた。


「ずっと気になってたんですけど……誰瓜さんと一罪さんは何処へ行ったんですか?」

次回最終回です。随時更新します。

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