11 先立つ鋒に迫る冬
浄水場のなかには昨日と同じく大量のスライム型カルセットが蔓延っていた。それらを片っ端から討伐しながら最奥部を目指す。もちろん、そこに何かがあると決まったわけではないが、一番奥までずっと進んで行くうちにこのスライムたちの母体が見つかるかもしれない。
スライムたちが変形するのはイガの姿ばかりで、それ以外の形に変わる様子はなかった。威嚇体勢に入ったイガ状スライムを、変形前の状態のスライムを容赦なく斬り捨てながら、誰瓜の先導の下、通路を駆ける。
横の水路から飛び出してきた六体のカルセットを薙ぎ払い、振り返って後ろを走るルイと誓南を見た。その時、ルイが濡れた床に足を滑らせた。思わず立ち止まる。誓南が咄嗟に体を支えたおかげで転倒まではしなかったが、その一瞬の隙をついて二体のスライムが誓南とカナに突進した。
あまりの衝撃に二人は水路に落ちる。すぐさま起き上がり、スライムに刀を突き刺した。誓南も素早く攻撃を繰り出し、スライムを撃退したが、彼女にぶつかったのはイガに変形したものだったらしく、周囲の水に赤が広がった。左肩から出血している。
「誓南、カナ! 大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど、誓南が怪我をしてる」
肩を押さえる誓南を自ら引き上げる。
「へ、平気よ、これくらい……」
呻くように言う誓南はどう見ても平気なようには思えない。刺が深く刺さったのだろう。左腕は動かせないらしい。そうしている間にも襲いかかってくるスライムたちを誰瓜が斬りつけ、応戦する。
「大丈夫じゃない、強がらないで!」
誰瓜が言う。カナは誓南の前に屈んで、左肩を強く掴んでいる彼女の手をそっと退かす。相当の激痛に右手が震えているようだった。肩にはスライムの棘の形に五つほどの穴が開いており、そこからとめどなく血が流れ出していた。
「誓南、正直に言ってくれ。そのままで動けるか?」
「あ、あんたたち、残したままで、戻るのは嫌よ。傷……、傷口縛れば、まだ戦えるわ」
「戦意喪失ってわけじゃねえんだな。わかった」
そう言うとカナは左手を出し、誓南の肩にそっと触れる。その瞬間、手首の腕時計がまばゆい光を発し、光は誓南とカナを包み込んだ。暴力的なまでの強い光は数秒で収まり、カナが手を離すと誓南の肩の傷は衣服の穴や流れた血もろとも消えていた。
「勘違いすんなよ、治したんじゃねえ。傷を負う前の状態に戻しただけだ」
これはカナの持つ能力のひとつ、時空士の力である。
時空士とは時空を歪める力を持つ者のことだ。珍しい能力だが、カナのほかにも何十人かの時空士が世に点在している。時空士の能力とは、大まかに言うと「時間を操る力」で、カナは対象物の時間を巻き戻す、あるいは停止させることのできる力を持つ。それ以外でも、自分の中の時間を巻き戻す、あるいは進めることのできる時空士や、一定範囲内の空間の時間を操る者なども存在する。余談であるが、世界の時間を操るような、完璧な時間停止を扱う時空士と、時間遡行――いわゆるタイムスリップ――が出来る時空士は、未だかつて現れたことがないとされている。
カナの力――対象物の時間を操る力――は物だけでなく生き物にも適用でき、カナは誓南の体を「傷を負う一分前」の状態で停止させたのだ。見た目には傷が回復したようであるが、似ているようで全く違う。カナが術を解けば、停まった時間は進み、誓南の傷は彼女の体に再び戻ってくる。つまり、負傷するのを先延ばしにしただけに過ぎないのだ。少なくとも、浄水場のなかにいる間は傷が戻ることはない。
問題は、この術がギルドに着くまで持つかどうかだ。
武装系の能力などとは違い、時空士の力は――カナの場合は――消耗が激しい。一度術を使うと、それを解くまでじわじわと使用者の体力を奪っていく。つまりここからカナはカルセットとの戦いだけでなく、仲間のための持久戦をも強いられることとなるのだ。持久力にはそれなりに自信があるほうだが、いつまで持つかはわからない。
「ごめん。ありがとう、カナ」
誓南はすっと立ち上がると、誓南とカナに襲い掛かろうとしていたが、ルイに動きを封じられていたカルセットを全て狩り尽くした。完全復帰だ。
「は、いいね。さっさと終わらせようぜ」
「あまり一箇所に留まり続けるのはよくない。皆、走れる?」
誰瓜が確認の声をかけた。ルイの様子見る。頬から流れる血液が止まる様子はない。カナの視線に気付いたルイは私は大丈夫、とぬいぐるみを抱いた。ぬいぐるみは何度も足を釘で刺したらしく、少し引っ張れば千切れてしまいそうだ。可愛らしい少女のぬいぐるみだったのに、疵の隙間からはみ出す綿が痛々しい。
「カナも無理しないでね。つらくなってきたらこの術、解いていいから」
「安全に治療できる場所に着くまでは解かねえよ。限界超えたって耐えてやる」
「……頼もしいわね」
そして一同は最奥部を目指して走り出した。
*
警備室を出て浄水場の方へ向かいながら、一罪は後ろを歩く鬼礼に昨日カナたちと話した、今回の任務に関する推測を伝えていた。
「……で、あのスライム型のカルセットが分裂して数を増やしている場合、一匹残らず倒さねえ限り、俺たちの仕事が終わったとは言えねえ。それから、そのスライム共が発生した原因だが、カルセットの性質のことを考えると外から水路を伝って入ってきたわけじゃねえ。それなら街のほうにも発生してるはずだからな」
「浄水場の何処かに母体がいるってことだろ?」
「ああ。だから今回の任務の終了条件は、浄水場に大量発生してるカルセットと、そいつらの母体である親玉をぶちのめすことだ」
「つまり一匹残らず殺せってことだよね。わあなんて楽しそう。こういう任務は頭を使わずにただ狩りを楽しむだけでいいから楽だね。」
綺麗な顔をして物騒なことを言ってのける鬼礼に一罪は嫌悪感に近い物を感じた。ただ恐れているだけかもしれない。絶対に敵には回したくない男だ。
一罪が浄水場に続く扉に手をかけたところで鬼礼が頭の後ろで組んでいた腕を下ろした。
「君、喧嘩は得意なんだろ? 先に言っておくけど、自分の身は自分で守ってね。君がカルセットに襲われても自分は助けたりしないから」
「得意なわけじゃねえ。……だが、いくら能力無しだからって、てめえに守られるなんざ御免だな。こんなのに借りをつくるくらいなら死んだ方がマシだ」
「あ、そ。ならいいんだ」
鬼礼は上機嫌そうに笑うと一罪を追い越して浄水場のなかへ入って行った。
次回は随時更新します。




