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水流の海  作者: 氷室冬彦
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12/19

10 夜を跨いで引き続く

翌朝、一罪が目を覚ました時に宿に鬼礼の姿はなかった。髪の毛の赤い部分を指でいじりながらそのことを尋ねると、リアは「僕が起きたころにはもう」と苦笑いした。


「クソッ、あの野郎。本気で手伝わねえ気か。おい、報告書には『雪白鬼礼は一切仕事をしませんでした』って濃い目の字でデカく書いとけ」


一罪が睨みをきかせるとリアは肩を竦めて身を固くした。


「ひっ、わわ、わかりました」


「おーい、一罪ァ起きたか?」


扉がノックされ、廊下からカナの声が響いてくる。起きてらァ、とその場で答えると扉が開き、カナとルイが部屋に入ってきた。


「たった今起きましたって感じだな。……って、あれ? 鬼礼はどうした」


「それが……僕らが起きたころにはいなくなってたんだよ」


「なんだと? 相ッ変わらず自由奔放な野郎だなあ。ったく、何処行ったんだよ」


カナが眉を八の字にして高い声で言う。若干女のような声だった。


「あ、僕、捜してくるよ。連れてこれるかどうかは……わからないけど」


「そうか。んじゃ、一罪もついてってやれよ」


「はあ? なんで俺が」


「この街のことロクに知りもしねえリアが一人で、道に迷わず街を歩けるかよ。オレたちは先に浄水場に行ってるから、そっちは頼んだぜ」


「……しゃあねえな。おい、もし俺とはぐれたときは一人でなんとかしろよ。捜さねえからな」


手早く髪を結い、さっさと着替えを済ませてから外に出る。宿を出た瞬間に眩しい朝日が目に刺さった。鬱陶しそうに目を細め、幸福に満ちた街へ不幸者は目を向ける。街を縦横に流れる水路に魚が泳ぐのを一瞥し、二人は賑わい始めた大通りに出た。


たった今開店したらしいパン屋で朝食を買い、去り際に店員に尋ねた。


「なあ、今ちょっと人を捜してんだけどよ、銀髪に青い目、白いシャツに赤いネクタイを締めて黒のベストを着た男を見かけなかったか。真っ白な肌で、歳は俺と同じくらい。とんでもねえ美男子だ」


女はふっくらとした頬をぽりぽりと指で掻き、いや、と言った。


「アタシは見てないねェ。今までずっと奥で店の準備してたもんだから。……それよりアンタの顔、なんだか見覚えが――」


「そうか、ありがとよ」


顔を背け、さっと会話を切り上げる。リアは早足に歩いて行く一罪とパン屋の女を交互に見、女に頭を下げて一罪を追った。焼きたての温かいパンをさっさと食べてしまうと、一罪とリアは鬼礼の目撃情報を求めて道行く人々に聞き込みを開始した。鬼礼ほど存在感のある男ならば、人通りのある道を一度でも通っていれば大抵誰かが見ているし、ひと目見ただけでも印象に残りやすいのだ。


しかし、思いのほか情報は集まらず、また、鬼礼本人を目にすることもなかった。



*



「――で、一罪とリアは鬼礼を捜しに行った。見つかり次第こっちに合流するそうだから、そのうち追いかけてくると思うぜ。まあ、問題は鬼礼がそう簡単に見つかってくれるかどうかなんだが」


「一罪がいるなら道に迷う心配はないでしょうね。あいつが『水の宮殿』で無傷のままでいられる保証はないけど、リアと鬼礼がいるなら大丈夫でしょ」


出掛ける準備を済ませ、宿を出ながら一罪たちの事情を説明する。結局、昨日と同じく今日もこの四人での任務になりそうだ。


「前日の下見で浄水場の様子はわかったことだし、今日で終わらせるつもりで行くよ」


誰瓜の意気込みにカナも頷いた。



*



しばらく町中を捜しまわったが、結局鬼礼は見つからなかった。捜索を開始してからもう随分と時間がかかっており、ろくに休憩もせずに歩きとおしていたため、足首のあたりが少し痛い。リアが控えめな声で「見つかりませんね」と言う。


「もう捜せる場所は捜したぞ。マジで何処行きやがったんだ、あいつ」


セリナの屋敷を訪れ、鬼礼が来ていないことを確認した後で一罪が言った。屋敷の主であるセリナも留守らしく、なので今は客人が来ても門前払いにしているらしい。


「行き違いになったんでしょうか……一度、宿に戻ってみますか?」


「まだ当たってねえ場所といえば、浄水場くらいだ……が、つまらねえって言ってたからな、あそこにいるとは思えねえ」


「あの……」


リアが足を止めたので、つられて一罪も立ち止まる。


「鬼礼さん、浄水場の敵が弱いってこと、どうして知ってたんでしょうか」


――今回の任務、あんまり強い敵もいないみたいで、楽しそうじゃないんだもん。討伐任務だって聞いたから来たのに、期待外れだなあ。


「た――」


たしかに、そうだ。


何故あの男はそのことを知っていたのだろう。


「あれ、一罪くん?」


突然声をかけられ、振り返るとそこにいたのはセリナ・ウォールだった。


「何してるの、こんなところで?」


「あ、セリナさん。あの、鬼礼さんを見かけませんでしたか?」


「鬼礼くん? ああ、あの子だったらずっと浄水場の警備室にいるよ」


「警備室?」


「うん。多分まだいると思うけど……」


「ありがとうございます。一罪さん、行ってみましょう」


「あ、ああ」


セリナに一言礼を言い、浄水場へ向かう。距離はそう遠くなく、五分も走れば到着した。正面の門から施設の敷地内に入る。大きな両開きの扉が目に飛び込んできたが、出入口に続く小道を逸れ、裏の方へ回った。小ぢんまりとした小屋は「水の宮殿」の通称を持つ浄水場と並べて置くにはあまりにも粗末な出来だった。


警備室にはセリナの言った通り、雪白鬼礼の姿があった。浄水場のなかを映す監視カメラの映像を見ながらつまらなさそうにしている。一罪とリアが来たことに何の反応も示さない。


「こんなところにいやがったか」


舌打ちをしながら中に入る。室温が異様に低い。扉の前でリアが「何してるんですか」と弱い声で問いかけた。鬼礼はカメラの映像から目を離さず、しばらく黙り込んでいたがやがて頬杖をつきながら息を吐いた。


「頑張ってるみたいだねえ。そんなに骨のある相手かなあ、そうは見えないんだけど」


視線の先を追う。液晶の中で誰瓜たちが例のスライム型カルセットと戦っているところだった。はぐれたのか、意図的に別れたのか、傍にはルイしかいない。別のモニタを見るとカナや誓南もきちんといた。


隅の方から画面を覗き込んでいたリアが心配そうな顔をする。


「か、数が多いですね……いくら個々の力が弱くても、こうたくさんいると、大変なんじゃ……」


さあな。と一罪は画面をひと睨みしてから鬼礼を見た。


「おい雪白。お前、まさか本当に何もしないつもりじゃねえだろうな。さっさとカルセット全部倒して終わらせてくれや。それに、塵も積もればナントカって言うだろ。今こいつが言った通り、弱いカルセットでも大量に集まれば結構な戦力になる。お前でもそれなりに楽しめるんじゃねえのかよ」


一罪の主張を鬼礼は鼻で笑う。


「わかってないねえ。弱い敵がいくら集まったところで弱いことは変わらないんだよ。塵も積もれば? そりゃ、見た目には大きな山に見えるかもしれないけどね、強さは一切変わらない。変わったように思うならそれは錯覚だ。いくら積もろうと塵は塵だよ」


蒼白色の美少年は涼しい顔でそう言ってのける。彼が強者であるからこその言葉だ。一罪たちが危惧する「数の暴力」などというものは、彼にとっては何でもないものなのだろう。


「でも、いい加減カメラ越しに観戦してるのも飽きてきたし、この国は退屈だからねえ。これ以上長居するのも嫌だし、あれらで遊んであげてもいいかな」


この男からすると、カルセットとの戦いは所詮暇つぶしのお遊びなのだ。鬼礼は立ち上がって伸びをするが、思い出したようにああ、と言った。


「そういえば、待ち合わせをしていたんだった」


「待ち合わせ?」


「うん。もうそろそろ来るころだと思うんだけど」


その時、警備室の扉が開いた。

次回は随時更新します。

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