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水流の海  作者: 氷室冬彦
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9 諍いと認識の差異

一罪たちが宿にもどったとき、部屋には既に雪白鬼礼が帰宿していた。何事もないかのような顔でリアが持参した文庫本を読んでおり、一罪たちが帰ってきても何の反応も示さない。そんな鬼礼を見るや否や、一罪は彼に詰め寄って避難の言葉を浴びせた。


「おい雪白、てめえ今まで何処にいやがった。一人だけバックレやがって、てめえには常識っつうもんがねえのかよ!」


声を荒げる一罪だったが、鬼礼は例の如く怯まない。


「今夜はやけに騒がしいねえ」


「てめえのせいだろ!」


「で、浄水場に行ったんだろ? どうだったんだい。あそこの様子は。相変わらず見かけは綺麗な場所なんだろうね」


「この野郎……」


今にも殴り掛からんとする一罪と、本のページをぱらぱら捲っている鬼礼の間にリアが割り込んでくる。


「か、か、一罪さん、落ち着いてください」


鬼礼は持っていた本をリアのベッドに置くと、呑気に伸びをして息を吐いた。


「だって、今回の任務、あんまり強い敵もいないみたいで、楽しそうじゃないんだもん。討伐任務だって聞いたから来たのに、期待外れだなあ。ガッカリだよ」


しれっと言う鬼礼に一罪は顔をひきつらせる。困っている人を助けるために与えられた任務をこなすとか、そんな、リアや誰瓜などが言いそうな綺麗事を言うつもりは毛頭ないが、一罪とて、嫌々ではあったが仕事だからとここまで来た。与えられた任務を果たすために任務に来たのだ。おそらく、カナも誓南もルイもそうだろう。もしかすると、また別の思いを持って任務に挑んでいるのかもしれない。あるいは何も思っていないかもしれない。だが、それでもそれぞれ、仕事という意識を持ってここにいるのだ。


しかし、この男、雪白鬼礼が仕事をこなす動機は、他の者とは根本から違っている。この男はきっと、任務を任務と思っていない。


「この戦闘狂が」


自分が楽しめないなら動かない。この男が楽しいと思うことは「戦い」だ。彼は上司である礼から任務を課せられたからここにいるのではなく、戦いがしたいからここにいる。誰瓜たちは任務を完遂するための手段として戦闘を行うが、鬼礼にとっては戦闘そのものが目的なのであり、それ以外のことはどうでもいいのだ。鬼礼はもとより戦いを好む。來坂礼もその性質を理解しているため、彼にはカルセット討伐の任務ばかりが与えられている。


弱い敵と戦っても楽しくない。だから参加しない――ということだ。なんと自分勝手な話だろう。やはりこの男の考えは理解できない。


舌打ちをして鬼礼から離れ、ベッドの上で胡坐をかく。関われば関わるほど面倒なメンバーだ。


「自分がいなくて君が困ることはないはずだよ。戦わない君が何故、自分にそこまで怒るんだい? 意外と正義感が強いのかな」


「仕事すっぽかすような非常識なやつに責められる筋合いはねえ」


「君には今の言葉が責めてるように聞こえた?」


鬼礼は目を細めて薄く微笑んだ。


「そんなに一之瀬誰瓜が心配なのかい?」


一罪の目が鬼礼を睨みつける。


「んなわけねえだろ」


「冗談を真に受けないでほしいな。君との会話もつまらないや」


数秒の沈黙が流れた後、鬼礼がくすくすと笑いだした。


「まあ、なんでもいいけどね。もし君らに倒せないような敵が出てきたなら、そのときは――そうだね、気が向いたら自分も手を貸すよ」



*



「誰瓜、一罪と仲直りしなさいよ?」


誓南の言葉に食事の支度をしていた誰瓜の手が止まる。カナはベッドに横たえていた体を起こし、納得したような呆れたような声でああ、と言った。


「だから今日、一罪の前だとあまり喋らなかったのか」


「誰瓜、まだ怒ってる?」


「ほら、ルイまで心配してんのよ。あんたに落ち度はないと思うけど、ちょっとくらい歩み寄りを見せてもいいんじゃない? このまま意地の張り合いしてても仕方ないわよ」


「わかってる。それはわかってるの。でも……」


誰瓜は口ごもる。


「いざ喋ろうとすると、なんか……ちょっと、喋りづらくて」


「無理に今すぐ話す必要はねえけど、ちゃんと仲直りしろよな」


「……うん。わかってる」



*



鬼礼が窓から外へ出掛けていったので、部屋にはリアと一罪だけが残された。一罪はベッドに横になりそっぽを向いており、リアはしばらく本を読んでいたが、気まずい沈黙に耐えきれず、つい一罪に声をかけた。


「あ、あの……」


一罪の背中は動かない。いつもはコートを着用している一罪だが、今は黒のタンクトップ姿だった。鬼礼に対して怒った後なので上がった体温と熱くなった頭をクールダウンさせているのだろう。


「き、鬼礼さん、何処に行ったんでしょうね」


静寂。


「お、お腹……すきませんか」


「うるせえな」


一罪がこちらも向かずに短く返す。リアはすみません、と謝罪し、それきり黙り込んだ。


「気遣ってんじゃねえよ」


「え?」


ぼそりと呟かれた声に聞き返すと、舌打ちが返ってきた。


「俺に気ィ遣うなっつってんだよ」


「あ、い、いえ、あの、僕がちょっと、静かなのに焦った、っていうか、勝手に気まずくなっただけで、その……すみません、黙ります」


「そうじゃねえ。顔色を伺おうとすんな。俺が嫌いなのはわかるが、喧嘩の後の空気が嫌なら『空気を悪くすんな』って、そう正直に言えばいいだろ。このグズ」


「す、すみません」


でも――リアは言葉を繋げる。


「僕、別に一罪さんが嫌いなわけじゃないです。す、少しだけ、怖いなって思うことは、ありますけど……僕もカナもお世話になってるし、いつも感謝してます」


「……馬鹿が」


「ご、ごめんなさい」


「俺はお前が苦手で、正直に言うと嫌いだ。何でもないことですぐ謝るし、いつもオドオドしてて、男のくせに女々しくて、見ててイライラする」


「……いいんです、僕のことは嫌いでも。あ、だけど……カナのことは、よろしくお願いします」


話が逸れているように見えるが、空気が悪くてどうとかいう話を延々していても仕方ないので、一罪は急な話題の移り変わりについてなにも言わなかった。


「歳もちげえし、俺からすりゃ、あいつは友達(ダチ)っつうより弟みてえなもんだ。……そんな世話でよけりゃ焼いてやる」


「弟――ですか」


正確には妹なのだが。だが、カナの生活態度を見れば、妹より弟と言うほうがしっくり来るのだろう。事実、彼女は兄であるリアよりもよっぽど男前なのだから。


まさか今更、カナの性別を捉え違えているわけでもないはずだ。

次回は随時更新します。

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