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水流の海  作者: 氷室冬彦
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8 撤退とかかる制止

浄水場の裏にある小屋は警備室となっているようだった。大量の液晶画面に囲まれた部屋は大人が五人並んで座れる程度の広さしかなく、外から見ているだけでも窮屈なのがよくわかる。


「もっと設備充実させろよ」


「私もそう思ったんだけど、あまり大きくても目立つだけだからって役員の人たちが」


「あっそ」


素っ気なく返し、画面に向き直る。


「今写ってるのは現在の施設内の映像よ。……あら?」


「ど、どうかしましたか?」


セリナの隣に立ち、モニターを見ると、先に浄水場へ入った誰瓜たちがスライム状のカルセットと戦闘しているところが写っていた。カルセットはぶにぶにした柔らかそうな状態で地を這っていたかと思うと、急に体に棘のようなものを生やして攻撃体勢に入る。そのまま誰瓜たちに襲いかかるが、個々の力は誰瓜たちのほうが強い。


「交戦中みたいね。でも、こんなカルセット、私が見たときは写ってなかったのに……」


「つい最近出現したってことか?」


「わからないわ。いつから浄水場に……」


「あの、水中に潜んでいたなら、カメラの映像には写りづらいと思います」


「それもそうだな。……とりあえず、過去の映像を見せろよ。よく見りゃ何か写ってるかもしれねえ」


「わかった。すぐ写すからちょっと待ってて」


ひとつだけ何も写っていなかったモニターの電源を入れ、映像が再生されるのを待つ。すぐに画面に浄水場が映された。二週間前の映像よ、とセリナが言った。リアと二人で画面の前に座る。


そこには、あたりを見回しながら通路を歩いている男が写っていた。浄水場の役員だ。男がカメラの端まで歩き、画面内から見切れると、すぐに男を追尾するように映像が切り替わる。そのまましばらく男は施設内の見回りをしていたが、あるとき、突然足を滑らせたように転んで水路に落ちた。


映像が切り替わる。別の日のものだ。先ほどの男よりもやや細身で背の高い役員だった。水路に降り、水と共に流れ込んできたゴミなどを拾っているらしい。腰のあたりに引っかけた袋の中に、水中で捕まえた海藻などを押し込んでいく。淡々と慣れた手つきで仕事をこなしていた男が、いきなり水の中に沈んだ。ただ転んだのではなく、男はしばらく溺れたように水の中でもがいていた。すぐに他の役員が駆けつけ、救出される。


その後もいくつかの映像を見たのだが、役員を襲ったらしいカルセットの姿は写っていなかった。



*



結局、その後しばらくは浄水場のなかを探索していたが、ひっきりなしに現れるカルセットの相手をするばかりで、まともな調査は出来なかった。ひとまず撤退して広場に出ると、先に一罪とリアが休んでいた。合流し、お互いの状況を報告する。


「敵の数が思ったより多くて、あまり奥の方までは調べられなかったけど、今のところはスライム型カルセット以外はいないみたいだったわ」


誓南の言葉にカナが頷く。


「カルセットの姿は水の中だとほとんど見えなくなる。体を変形させることができるみたいだったし、役員を襲ったのはあのカルセット思っていいだろうな」


カナの言葉の後、ルイが脚に穴の開いたぬいぐるみを前に突き出す。そして珍しく自分から長台詞を喋った。


「ひとつの個体の体液を呪いの素にして術を使ったら、他の全ての個体にも術が効いた。そこから考えるに、あのカルセットたちの成分や遺伝子は全て同一だよ。つまり、浄水場に発生したカルセットはもともとはひとつの個体で、そこから分裂して数を増やしている可能性が高い」


一罪が眉間にシワを寄せながら腕を組んだ。


「なんだそりゃ、デタラメなやつらだな。……ひとつの個体が分裂できる回数が決まってんのかどうかは知らねえが、とにかく、浄水場にいるカルセットを一匹残らず討伐しねえ限り、これからも増え続けるってことか。面倒な話だな」


俺には関係ないがな、と後から付け足す。気が遠くなりそうね、誓南は頭を押さえる。


「そもそも、なんであのスライム型カルセットが発生したのかもわからないのよね。街が騒ぎになってないってことは、外から入ってきたわけではないはずでしょ。それに、あんな弱いカルセットがセリナみたいな栄えている街に近付くなんて、本来あり得ないことだわ」


外から侵入したのではない。ならば。


「あの浄水場の何処かに、そのカルセット共の発生源である母体がいる――ってことか?」


一罪が尋ねるとカナがだろうな、と同調した。


「多分、大量発生してるカルセットは弱くても、この街の中心に入り込んでくるほどだ。母体になってるカルセットのほうはそれだけの強さと凶暴さを持ってるはずだぜ。役員を襲ったのが母体かスライムのほうか、それは分からないけど……まあ、どっちでもいいことだな。とにかくオレたちは、あの浄水場の中にいるカルセット全部をどうにかしない限り、ギルドには帰れないんだ」


「そいつは大変だな。……ああ、一応言っておくが、カメラのほうに大した情報はなかったぜ。ま、そんなに大変だったなら、ついて行かなくて正解だったみてえだが」


「大した情報はなかった――って、どういうこと? 何も写ってなかったの?」


誰瓜が問う。リアが申し訳なさそうにはい、と答えた。


「何度見ても、怪しいものは何も……」


「いいさ。犯人の特定はそれほど重要なことじゃないんだからよ。オレたちは討伐さえきっちりやればいいんだ。事の真相がわからないままでも、帰った後、礼に提出する報告書になんて書けばいいのかでちょっと困るだけだろ」


「たしかに、そんなに細かい調査や推理は私たちの仕事じゃないわね」


釈然としない感じはあるけど――言った後、誓南は一罪を見る。


「そういえば、鬼礼はどうなったのよ」


「んな簡単に見つかるわけねえだろ。あいつがどういう場所を好むとか、そんなもん俺は一切知らねえぞ。居場所なんて見当もつかねえ」


「なんだよやっぱりか」


カナは残念そうに言う。


「四人だけだとちょっと大変だったから、出来ればあいつにも協力してほしいんだけどな」


仕事のために来たんだから、言えば手伝うでしょうよ。夜になれば宿に戻ってくると思うし、それまで気長に待ちましょう。それより、浄水場の水路からカルセットが抜け出す可能性を考えて、街の見回りもしたほうがいいんじゃない?」


誓南が提案すると、誰瓜が首を横に振った。


「見回りはこの街の警備の者に任せた方がいいと思うの。私たちだけでは明らかに人員不足だし、皆はこのあたりに土地勘がないから、あまりバラバラになって行動するのも少し心配」


「どっちでもいいがよ、セリナのやつが浄水場の調査の続きはまた明日にしろって言ってたぜ」


一罪の報告に、ええっ、と皆が不満そうな声をあげる。


「まだ昼過ぎだぜ? もう撤退かよ。オレはまだまだ動けるってのに」


「でも、依頼主にそう言われちゃ、勝手に続けることもできないわね。……仕方ないわ、今日はここまでにしましょう」

次回は随時更新します。

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