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過考文「ネギ式充電器」

作者: 吟遊蜆
掲載日:2026/06/17

人には貸せる物と貸せない物があるが、借りたら借りたでそれ借りていったいどうするんだという物もある。


先日、近所のスーパーで買い物を済ませた帰り道、路上で一人の少年にいきなり声をかけられた。品の良いポロシャツにハンチング帽をかぶり、足もとを七分丈のパンツで浮かせたその姿はいかにも育ちの良さそうなお坊ちゃんという印象である。年の頃は小学校高学年くらいだろうか。


そんな彼が、通りすがりの僕と目が合うなり、唐突に「充電器ありますか?」と尋ねてきたのである。


近所への買い物帰りだった僕は、当然ながら充電器など持ち歩いてはいない。なので正直に「ごめん、持ってない」と答えると、彼はとても残念そうな表情を浮かべて素直に引き下がってくれた。


しかし僕の自宅までは、そこから歩いてわずか一分ほどの距離である。どうしても必要だと言うのなら、一度家に戻って充電器を取ってくるのは面倒だが時間はそんなにかからない。あるいはもう少しきちんと事情を聴いたうえで貸してあげても良かったのではないか……。そんな刈りたてのうしろ髪を引かれるような思いが、帰路につく僕の頭の中を巡りはじめる。


声をかけられたその現場は、よく見れば一階にゴルフの室内練習場が入っているビルの前であった。つまり少年は単に品が良いというだけでなく、まさにゴルファーの格好をしていたということだ。しかしそんな練習の段階から、皆がそこまで紳士的な格好をしているのかどうかはわからない。だがこういう場にはその場にふさわしい文化というものがあるのだろう。


だがそのような場所で、しかも人々が通りすぎてゆく路上で、少年はなぜ僕に声をかけたのか。その状況をひとつひとつシミュレートしてみると、「充電器を貸す/借りる」というわりと普通にありそうな行為が、思いのほか複雑な問題を孕んでいることが見えてくる。


そこでまず第一に持ち上がってくるのは、時間の問題である。もし少年が充電器を借りることに成功したとしても、充電という行為には相応の時間がかかる。たとえば彼は車で迎えにくる親御さんと連絡を取るために、数分間通話できる程度の数%ぶんの充電をするつもりで声をかけているのか、それとも借りたからには先のことも考えてみっちみちにフル充電しておこうというつもりであるのか。単にゲームの続きをプレイしちだけであるのかもしれない。


たとえば僕が充電器を持っていたとしてその場で貸した場合、彼が満足な充電を終えるまでの十分や二十分、あるいは一時間という時間を、僕はいったいどのようにして過ごせば良いのか。逆に一時間レベルの長さであれば、いったん家に帰ってまた一時間後に来る意外に選択肢はなさそうでありがたいくらいだが、たとえば十分や二十分で充分となった場合、僕はその間何をしているのが正解なのか。


少年とて別に充電器がスマホに電気を注ぎ込む様子を睨み続けるわけだはないだろうから、そうなると僕は室内練習場で球を打ちはじめた少年を背後から見守るくらいしかやることがなくなってしまうが、こちとらゴルフにはまったくもって興味がない。だがもしもそういうシチュエーションになった場合にはやはり、「ナイスショット!」のひとことくらいは言っておかないとむしろ怪しまれるのだろうか。そうなると鞄の中にあるサーモンの刺身が傷んでしまうのも気になってくる。


あるいは彼で彼でこちらに気を遣った結果として、充電を終えるまでゴルフの練習はせずにいてくれるのかもしれない。だがそうなったらそうなったで、僕は見知らぬ小学生といったい何を話せば良いのか。せめてゴルフ好きという共通点があれば話は持つかもしれないが、だとしたら彼はもっとゴルフが好きそうで、彼と同じような格好をした人間を選んで声をかけるべきではないのか。少なくともTシャツとジーンズにエコバッグ代わりのダッフルバッグから立派なネギをはみ出させた僕のような人間に声をかけるべきではないだろう。あるいはネギがゴルフクラブに見えたというのなら話は別だが。


だが一方でその食料品の詰まったそのバッグの豊かな膨らみこそが、彼の勘違いを誘った可能性は否めない。それはサイズ感から言えば旅行者にふさわしい持ち物でもあるわけで、単なる近隣住民よりも遠方から来た旅行者のほうがバッグに充電器を忍ばせている可能性は遙かに高いはずであるのだから。とはいえ、旅行者のバッグからネギがはみ出していることは滅多にないとは思うが。


それ以前にゴルフの室内練習場に通うほどの財力があるならば、近所のコンビニで充電器を買ったほうが手っ取り早いのではないかとも思うが、そこはむしろ安易に買って済ませたりはしない小学生らしい金銭感覚があるほうが好ましくはある。


しかし改めて出会いのシーンにまで戻って考えてみると、少年はあくまでも「充電器ありますか?」と訊いてきたのだということにハッとする。つまり実際のところ彼はそれを、「貸してくれませんか?」とまで言ってきたわけではないのだ。それどころか彼は「いま持ってますか?」とも言ってはいないのだから、それを家に所持している僕はもしかすると「ある」と答えるべきであったのかもしれない。だがいまどき充電器を家に一台も持っていない人間などなかなかいないはずだから、わざわざそんな質問をする意味はなんなのかという話にはなってくるのだが。


あるいは単純に、バッグからはみ出したネギに人を引き寄せる力があるのかもしれない。そう考えてみれば、バッグからネギをはみ出させている泥棒はいないような気もしてくる。今度あの道を歩くときは、バッグから充電器のケーブルをはみ出させて歩いてみようかと思う。あるいはネギ式充電器さえあれば。

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