彼女の目の前にいる者は「ずるい」と言ってはいけない
※パロディネタあり
※コメディー
※暴力表現あり
※なんでも許せる人向け
カーコルド伯爵家に生まれた私、サンタマリアには妹がいる。
特徴的なのは、この言葉だ。
「お姉様、ずるい、ずるい!」
妹、カミーユはよく『ずるい』と言って私の物を奪っていく。
乳母はいたものの、母親が幼い頃に亡くなったせいか、妹の我儘をなかなか叱れない環境が続き、我儘に育ってしまったのだ。
お父様もついつい妹に甘くなってしまうようで、なかなか厳しくできない。
うんと幼い頃は、まだそのことにも可愛げがあった。
お気に入りのリボンやぬいぐるみが奪われるのは、もちろんショックではあったけれど。
それでも、妹だから。私も姉だから。
我慢できる範囲ではあったのだ。
だけど、成長するにつれて、カミーユの『ずるい』欲しがり要求は一線を越えるようになってきた。
仕立てたばかりの流行りのドレス。宝飾品。
一つ、二つ程度なら、やはりまだ許容範囲だったのだろう。
しかし、カミーユは私が持つ物すべてを奪わないと気が済まないのか。
強欲の片鱗を見せ始めていた。
「お姉様の婚約者のシャルル様って素敵ね!」
「…………」
「私にも、あんなに素敵な婚約者がいればいいのになぁ」
匂わせるような言葉に、私はひやひやとしたものだ。
流石に婚約者は物ではない。奪おうなんて思うのはおかしいと。
カミーユだってわかるはずだと、私は自分に言い聞かせるように考える。
「ねぇ、マリアお姉様。お姉様の婚約者、私にくださらない?」
「……冗談でも言ってはいけないことがあるわね」
ただ、それだけを返した。
道理を説明する気も起きない。当たり前のことだからだ。
ここで変に理屈を並べたってカミーユには通じないと思った。
「……そう」
睨みつけてくるような妹の表情に、私の胃はキリキリと痛む。
その日から、欲しいとまでは言わなくなったけれど。
家でシャルル様と交流がある日は決まってカミーユが割って入ってくるようになった。
いつも、どこから嗅ぎつけてくるのか。
決して私を二人きりになどさせまいとするように。
「このままじゃダメだわ。私の胃が保たない……」
ストレスだ。
耐え難い日常を発散する必要があるし、私の精神も健全に保ちたい。
それにいつか、どうにかカミーユを撃退できる自分になるように。
お父様と同じで、私も妹であるカミーユには甘かった。
愛情だってあったのだ。
しかし、度が過ぎている。
また被害に遭うのが、もっぱら私だったこともあり、その愛情は急速に冷えていく。
対策を講じながら日々を過ごす。
本当の、本当に一線を越えたと思ったのは、ある日のことだ。
「シャルル様! 私、お姉様よりも貴方をお慕いしております!」
…………。
その日は、シャルル様と婚約者として交流する日だった。
朝から何故かいそがしく、それも妹の尻ぬぐいのことばかりが多く、奔走していた。
少し待たせてしまった、と。そう思っていた。
だが、おそらくそれはカミーユが、私がシャルル様に会うのを遅らせるための策略だったのだろう。
告白しさえすれば奪えると思ったのか。
「すまないが、カミーユ嬢。俺は君に対して、そういう感情は抱いていない。それに姉妹だからといって婚約者をすげ替えるような真似はできない」
その言葉にホッとする。
私への愛情ゆえというより、常識的な考えでカミーユの願いを跳ねのけたのだ。
それは裏を返せば、カミーユのことも問題にしているのは愛情ではない、つまり惹かれてすらいない、という意思表示に他ならない。
そのことがカミーユの矜持に傷をつけたのだろう。
怒りと羞恥で顔を真っ赤にし、シャルル様や私を睨みつけながらカミーユは部屋に帰っていく。
「シャルル様、妹が申し訳ございません」
「いや、こちらこそ……ただ誤解のないように……」
ひとしきりシャルル様と話して、その日はどうにか無事に済んだのだった。
カミーユの『ずるいずるい』は、さらに苛烈になった。
手に入れられると思っていたシャルル様を得られず、それがストレスになってしまったのだろう。
暴れ回るような勢いの妹は、とにかく私の物を奪おうと虎視眈々と狙うようになった。
私のストレスもより加速していく。
今や“日課”しているストレス発散法がなければ、もっと辛かっただろう。
「マリア、いつもすまないな……」
「いえ、お父様……」
お父様に執務室に呼び出され、まず謝罪された。
普段のカミーユの振る舞いは報告されているのだ。
「何度言い聞かせても懲りないのだ」
「ええ」
「彼女が生きていれば違ったのだろうか……」
「お父様」
お母様を亡くし、お父様は一人身になって私たちを育ててくれた。
きっと私の知らない大変なこともたくさんあったのだろう。
お父様を責める気にはなれなかった。
むしろ、こんなお父様に愛情を向けられながら、いつまでも我儘で変わらないカミーユに呆れと苛立ちが向く。
どうしてあの子はああなのか。
私たちはどうしてやればよかったのだろう。
「詫びと言ってはなんだが。今日はマリアに手土産がある。婚約者からの贈り物と被らなければいいのだが……」
お父様がそう言いながら差し出してきたのは手乗りの小箱サイズの何かだ。
小箱の蓋を開いてみると、そこには宝石が収まっている。
「ピンクダイヤの宝石だ。小ぶりだが、マリアに似合っているだろう。どうか、これをつけて、これに合うドレスでも買えるように手配を……」
「ああああああッ!!!」
ビクッ! と。親子二人してその大声に反応してしまう。
声の方向に視線を向けると、今まさにカミーユが扉を勢いよく開いて部屋に踏み入ってきたところだ。
「お姉様にだけ宝石をおくるなんて! そんなの、そんなの……!」
あ。
まずい。
私はそう思った。それは本能的な……。
「──ずるい! ずるい、ずるい、ずるいぃいいッ!!」
私は、その言葉を聞いて、妹のカミーユに向かって。
「チェストォオオオオオッ!!」
「!?」
「へ……ぶぼぁっ!?」
バキィッ!
勢いよく放たれたのは私の拳。視界はひどくクリアだ。
鍛錬の成果が出ていると感じさせられる。
ドン、ゴロゴロ、ドン!
「ぎゃひっ!」
カミーユは殴られて、体を支える暇もなく転がって、壁にぶつかった。
「……は? はっぁああ!? な、なな、何をしているんだ、マリア!?」
「…………」
お父様が何か言っているのを、私は遠い場所で聞いているような感覚になる。
だが、私はそれに応えなかった。
「マ、マリア……!?」
「…………」
二撃目は放たれない。
それは、おそらくカミーユが『ある言葉』を口にしていないからだろう。
今の私は、ひどく透明な存在になっている。
とても清々しい気分だ。
伊達に毎晩、自己暗示をかけて、ストレス発散に勤しんでいたわけではない。
私は、カミーユを甘やかさない強さが欲しかった。
妹だから、姉だから、家族だからと、あの子を厳しくしてこられなかった後悔がある。
それに自分の物を奪われたくなかったのだ、これ以上。
だから、カミーユにノーと言える自分になりたかった。
そしてストレスが溜まっていた。
すべての物を奪われる日々は、私の心をひどく蝕んでいったのだ。
だから、そのストレスを発散するため、私はカミーユに見立てた"砂袋"を毎晩、殴るようになった。
次こそは。
もし、カミーユに奪われそうになった時は、彼女を叱る。怒る。
奪われないために抗う。敵を……潰す。
この時の私は貴族令嬢ではない。
格闘大会のチャンピオンか、はたまた極悪の不良令嬢にでもなるつもりで。
「い、痛いですわ! なんですの、なんですの! お姉様ばっかり! ピンクダイヤは私にこそ相応しいんですわ!」
「お、落ち着け、カミーユ。君にもきちんと別の宝石を贈ったあとだろう? マリアより先に与えたのに、どうして!」
「ピンクダイヤが欲しいんですの! お姉様の宝石が欲しいの! だって……ずるい!」
再び。
妹の口から『ずるい』というワードが出た。
それをスイッチとして、自己暗示によって鍛えられた屈強な私が顔を出す。
「チェストォオオオッ!!」
「ぎゃっ、また!?」
「マリア! 待て、やめろぉお!?」
混乱する室内。元から部屋にいた執事長に騒ぎを聞いて、すぐにやってきた使用人たちが部屋に殺到してくる。
「誰かマリアを止めてくれ!」
女性の使用人がどうにかして私の体を止める。
だけど、私はまっすぐにカミーユに視線を向けた。
「まっすぐ行って、ぶっ飛ばす。右ストレートで、ぶっ飛ばす」
「なんか怖いこと呟いてますのよ!?」
「まっすぐ行って、ぶっ飛ばす。右ストレートで、ぶっ飛ばす」
「ひぃいい!?」
「マリアお嬢様、お目覚めください! 元に戻って!」
私はストレスを砂袋に向けて毎晩、打ち込んできたのだ。
いつか腹の立つ妹をぶっ飛ばしてやるために!
そのために自分の中で何度もシミュレーションして、ストレス発散をしてきた。
強い自分になるために自己暗示もかけてきた!
今こそすべては、この時のために!
「ぶっ飛ばす!!」
「ひぃいい!?」
「マリア、やめろぉおお!」
◆
そのあと。
どうにか騒ぎが落ち着いてから事情を問われることになった。
私が毎晩、砂袋を恨みを込めて、ストレス発散のために殴っていたことも。
病んだ状態で、愚直に繰り返してきたおかげで『ずるい』のキーワードに反応して、人が変わったようになってしまった。
たぶん、私は催眠とかにかかりやすいタイプなのだろう。
自己暗示の影響が、これでもかと出た次第だ。
原因がわかったところで、流石のお父様も本腰を入れて問題の解決に動き始めた。
甘やかしてしまう自分たちを戒めるために外部の手も借り、また私とカミーユ、双方に精神的な治療者、カウンセリングとやらが付けられることになった。
そうして数年が経ち。
私は、十七歳になり、王立学園に通う二年生になった。
あの時の発作のような状態は、あれからなっていない。
カミーユの方も、あの一件で私への恐怖が刻まれたせいか、私の物を欲しがることがなくなった。
お母様のいない寂しさもあって、彼女にも心の傷があったのだろうとカウンセリングの先生には言われている。
とにかく、どうにか。
どうにか、私たちの家の問題は、私たちの心の問題は解決に向かったのだ。
シャルル様との関係は今も継続している。
家での内側の問題で済んだことだし。
私も今では学園の生徒会に入れるほどになっている。
「マリアさん、こちらをお願いね」
「はい」
「会長、どの資料から手をつけますか?」
「そうだな。まず、累計の資料から──」
あ。
※幽〇白書ネタ
この小説を読んだ者は決して……




