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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

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短編集

鉄と金色、夢幻のはて

作者:
掲載日:2025/12/16

 私の人生は、ただの鉄の塊だった。

物心ついた頃から、この自由みたいで不自由な戦場で、私は道具として扱われてきた。

感情なんて、錆びて使い物にならない。

とっくに捨てた機能だ。


 敵兵は数えきれないほど斬ってきた。

血の臭い。肉が断たれる感触。最期の声。

全部、日常。いつしか心は一ミリも動かなかった。


でも、一人だけ倒しきれなかった相手がいる。

「金色の薔薇」

両陣営では、そう呼ばれていた。


 彼女が戦場に立つと、空気が変わる。

冷たく、研ぎ澄まされるのに、どこか優美で、緊張がきれいに張り詰める。


 姿を見たのは数えるほどだ。

交戦しても、彼女は私の剣を紙一重でかわし、いつも撤退していく。

戦場に咲くには不釣り合いなくらい、美しい女だった。


 金色の髪は、鉄の塊の中でひときわ目立つ。

凍てついた青い瞳が、私の奥の奥まで見透かしてくる気がした。

見るたびに、忘れていた感情の欠片が、喉の奥に引っかかるみたいに浮かびかける。

私は、振り払うみたいに剣を強く握った。

思い出す前に、壊すために。


 血と硝煙にまみれた日々の中では、珍しく静かな夜だった。

私は眠っていた。

戦場で手に入るのは浅い眠りばかりなのに、その夜は珍しく深く沈んでいった。

そして、夢を見た。


 暗闇に、金色の薔薇が立っていた。

鎧じゃない。柔らかな薄布をまとって、夜空の月みたいに淡く光っていた。

彼女は音もなく近づいてくる。

凍てついた青い瞳で私を見つめるのに、その目には憎しみも殺意もない。

そこにあるのは、深い愛情だけだった。


「綾」


 名を呼ばれた瞬間、鉄で覆われた心臓の奥が小さく震えた。

細くて、冷たい指先が頬に触れる。

武器を持たない触れ合い。

それだけで、私の中の何かがほどけそうになる。

そして唇が触れた瞬間、体中の血が温かい波になって脈打った。


 愛されている。守られている。

彼女の腕の中にいると、戦場の音も、血の匂いも、全部遠くなる。

私は久しぶりに、道具じゃない、一人の人間として満たされる感覚を思い出した。

「安らぎ」なんて言葉が、錆びた蓋を押し開けて溢れ出すみたいだった。


 朝の光と一緒に、夢は消えた。

それでも目覚めたあとも、体には温もりの残り香がへばりついていた。

愛された記憶が、皮膚の内側に残って離れない。

胸の中に、殺意と渇望が同居する。

敵として殺さなきゃいけないのに、もう一度、あの腕の中に戻りたい。

自分の中で、二つの命令が噛み合わずに擦れる音がする。


 私は道具だ。

道具は、主人の命令を実行するだけ。

そう言い聞かせて、剣を握り直した。


 数日後。

それは、数時間の激戦の末、味方も敵も押し黙った一瞬の静寂の中だった。

私は、瓦礫と化した教会の祭壇の前で、彼女と対峙していた。

吹き抜けの天井から差し込む夕焼けの光が、埃と硝煙の粒子を照らし、二人だけの舞台を作り出している。


彼女はいつも通り、完璧な構えを取っていた。

だが、その青い瞳の奥に、私は確かに諦めのような寂しさと、そして微かな期待を見た気がした。


「…また会いましたね、綾」彼女の声は、戦場の喧騒には不似合いなほど静かだった。


「その名を呼ぶな」


 私は一歩踏み出し、愛用の太刀を構えた。

夢の記憶が、私の剣を持つ右腕の神経を麻痺させようとする。

彼女の指先が頬に触れた、あの冷たい感触が、手のひらの柄の硬さと混ざり合う。

私は首を横に振り、雑念を振り払おうとした。


「私は道具だ。私の役目は、貴様を殺すことだ」


 彼女は小さく息を吐いた。それは、溜め息にも、微笑みにも聞こえた。


「それが、あなたの願いなら」


 戦いが始まった。


 私たちの戦闘は、もはや殺し合いではない。

それは、互いの存在を確かめ合う、狂おしいほどの剣舞だった。


 私の初太刀は、殺意を込めた垂直の斬撃。

だが、夢で私を抱きしめた細腕は、それを信じられないほどの柔軟さで躱した。

金属が()れる耳障りな甲高い音。

彼女の剣先は、私の喉元をかすめ、わざと浅い傷を残す。


 なぜ、本気を出さない? 私を道具に戻せ!

私の心臓が、久しぶりに激しく鼓動する。それは恐怖ではなく、彼女が私に残してくれた感情の再確認だった。

私は一気に間合いを詰め、太刀を突き出した。

彼女はそれを身を反らしてかわし、私の胸板に、寸止めのように剣の腹を打ち付ける。


「綾、あなたは…人を殺す道具ではないでしょう」彼女の吐息が私の耳元をかすめた。


その言葉で、私の脳裏にあの夜の夢がフラッシュバックした。

私を愛し、私の名を呼んだ彼女の顔。

カッと頭に血が上る。道具である私に、人間としての感情を植え付けた彼女が、それを否定する権利があるのか?


「黙れ!私は敵を…敵を壊す道具だぁ~!」


 私は感情のままに剣を振り上げる。それは、戦術も技術も無視した、ただの破壊衝動だった。

次の瞬間、彼女の反撃が来た。流れるように美しく、隙のない水平斬り。

私は反射的に太刀で受け止めたが、衝撃で体勢が崩れる。


 彼女は、その崩れを利用して、さらに一歩踏み込んできた。

彼女の金色の髪が、私の目の前で揺れる。

剣を握る彼女の白い指が、鮮明に見えた。

彼女の剣は、私の心臓に向かっていた。


 ああ、これで終わる。夢の続きだ。そして人に戻れる。


 私は、全身の力が抜けていくのを感じた。心の中で、殺されることを受け入れていた。

だが、彼女は直前で剣の角度を変えた。


 キン!


 剣先は、私の心臓をかすめ、胸当ての金属を弾いただけだった。

その一瞬の躊躇(ちゅうちょ)、私を生かそうとした一瞬の逡巡。それこそが、彼女の致命的な隙となった。

私の思考回路は、その躊躇を感知した瞬間、道具としての私の本能が、一瞬で主導権を取り戻す。


 私は体勢を立て直し、ただひたすらに、目の前の敵を討ち倒すというプログラムに従い、渾身の力を込めて太刀を突き出した。

狙いは、胸元の心臓。彼女は、それを避けなかった。

私の刃が、彼女の体を貫通する。固い鎧の下の、柔らかい皮膚、そして心臓を貫く、鈍い感触が手に伝わった。

ドバッと鮮血が噴き出し、私の顔と鎧を赤く染める。

熱い液体が視界を覆い、私の世界は血の色に染まった。


 彼女は一瞬、苦痛に顔を歪ませたが、すぐに私に向かって静かに微笑んだ。

その顔には、夢で私に愛を囁いた、あの安らかな表情があった。


「…ありがとう、綾」


 最後の囁きと共に、彼女の体は力を失い、私の太刀にもたれかかるように倒れ込んだ。

その金色の髪が、石畳に広がり、夕焼けの血の色と混ざり合う。

そして、その直後だった。


 その時、轟音とともに、周囲の喧騒が突然静まり返った。

どこからともなく、荘厳な鐘の音が鳴り響き始めた。

そして、風に乗って、幾重にも反響する男の声が、戦場全体を覆うように響き渡る。

音源は不明だが、その声は全てを支配していた。


「…両陣営間の戦闘行為は、ただ今をもって全て停止される。終戦が宣言された!」


 私の耳に、その言葉は届いている。

だが、私の視界には、剣で貫かれたまま横たわる、彼女の亡骸しか映っていなかった。

剣を抜き、彼女の冷たくなった体を抱き上げた。

夢で感じた温もりは、どこにもない。血と土の匂いがするだけだ。


 戦争は、終わった。私は、道具としての役割を終えた。

しかし、私は、今、半身を失ったと感じていた。


 私が取り戻したばかりの、人間としての感情の全て。

温もりも、安らぎも、そして愛という名の渇望も、全てが彼女とともにあることを知った。


 私が殺したのは、敵兵ではない。

私を道具から解放し、私に人の心を取り戻させてくれた、たった一人の愛しい人だった。


 私は、ただただ、亡骸を抱きしめ続けた。

彼女のいない世界で、私はこれから、何を目的として生きていけばいいのだろうか。

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