第5話 その嫉妬さえも楽しい。
あの出来事を境に、咲村こころからの嫌がらせが、表面化してきた。
一つ一つは大したことはないのよ。
初回の、私にミスを起こさせようとして、沙也加に見つかってからは、プロジェクトに影響する嫌がらせはしてこない。
たぶんあれは咲村こころも、失敗したと思ったはずだよ。
だってあのまま進めたらたら、個人のミスで済む問題じゃなくなる。
プロジェクト全体に迷惑がかかるし、そのミスを取り返すための修正に時間がかかる。費用の問題とかもきっと出てくるだろうし。
だから、咲村こころは、プロジェクトに関わる嫌がらせではなく、私個人への嫌がらせをはじめた。
例えば、資料の一部を隠す。会議の時間やスケジュール伝達を遅らせる。
もー、すっげーみみっちい嫌がらせだよ。
だけど、こういうの、チリツモなんだよね。
「あー!! 会社行きたくなーい!! ストレスで吹き出物でちゃう~! ブスになる~! お肌に悪~い!」
兵吾と一緒にお風呂に入りながら、思わず愚痴が出てしまう。
「いいぞ。やめて俺の嫁さんになりな」
「専業主婦しろって?」
「家のことは軽い掃除だけでいいよ」
兵吾にもたれかかって、アヒル隊長を泳がせる。
「ロボット掃除機もあるし、洗濯はドラム式の洗濯機で乾燥までやればいいし、飯は俺が作るし。千束は趣味を仕事にすればいい」
小物作りかぁ。
そうすると、家から出なくなっちゃうんだよねぇ。
それにこのままで撤退するのもしゃくに障る。
私の状況が不利なら、撤退するのもありだよ。
今の状況って、悪い噂がバラまかれた私が不利に見えるし、他の人から見た咲村こころの心証は悪くないから、泣き寝入りするのは私の方に見えるけれどさぁ。
全然そんなことはない。
私にとっては、咲村こころが私への悪意を持って悪く言えば言うほど、私の有利になっていく。
負ける気が全くしないから、撤退する必要もない。
あとは私の意地かな?
それからここまで私に悪意を持つ咲村こころを、泣かせてやりたくてたまらないんだよねぇ。
「ひーくん、脇腹触らないで。くすぐったいよぉ」
「引っ越し先、風呂が広いところにするか」
「そうだねー。ってお風呂のことじゃなくってさぁ」
「風呂のことだろ? この風呂狭すぎ。くっつくのには、ちょうどいいけど」
言いながら、兵吾はうなじにキスしてくる。
くすぐったいっ。
「ちょっと、ダメだってばぁ」
悪戯してくる兵吾の手を掴む。
「あー、それにしても、なんであの子あんなに私のこと目の敵にすんの? 資料隠したり、スケジュール隠したり、会議の時間わざと教えなかったり。子供の意地悪みたいなことしてくんのよ。意味わかんない」
ぷーっと頬を膨らませると、兵吾が右手の親指と人差し指で私の両頬を掴んで、空気を抜く。
「嫉妬だろ」
「嫉妬ぉ?」
「広瀬衛が千束にちょっかい掛けてるんだろ? それが面白くないんだよ」
ちょっかい、ちょっかいって言っていいのかなぁ?
いま私にちょっかい掛けてるのは、兵吾だけど。
「そこがいまいちわからんのよねぇ。だって広瀬衛は、私だけじゃなくって、他の人にも声をかけてるんだよ?」
「じゃぁ、広瀬衛関連で、他の人と千束の違いが、何かあるんじゃないか?」
んー、心当たりといえばぁ……。
「プロジェクト初日のあれかなぁ? ひーくんが迎えに来てくれた日、あったじゃん?」
「あぁ、あの日か」
「うん。ひーくんから連絡きたすぐあと、広瀬衛に声かけられたんだよね。もしかして、あれを咲村こころは見てた?」
「もし見ていたんだとしたら、広瀬衛が好きな咲村こころは、ムカついただろうな」
そう言って兵吾は私の耳裏を吸ってくる。
だから、跡、ついちゃうってばっ!
「……はぁぁぁぁ。そーいうことー? チッ、めんどくせー奴らだなぁ。こっちを巻き込むんじゃないっつーの。めっちゃ迷惑」
「そろそろ俺に集中してほしいんだが? こっち向け」
んもー、我慢できないかー。
「跡つけるのダメだからね」
「わかってる」
そう言って顔を近づけてくる兵吾と唇を重ねた。
のぼせたっ!
お風呂から上がって、ソファーの上でぐてーとしてると、兵吾が棒アイスを口に入れてきた。
「ふぇああらふぁえはふはい(寝ながら食べたくない)」
なに言ってるかわからないと思ったのに、抱き上げて身体を起こしてくれる。
「引っ越し先の候補、いくつか出しておく」
「うん。ひーくんに頼りっぱなしだねぇ」
「気にすんな」
後ろから抱きしめてくる兵吾は、そのまま私を膝の上にのせて、テレビのスイッチをつける。
「今度の金ローなにやるっけ?」
「えーっとね、たしかお姫様を浚いに行く泥棒のアニメ」
「ミートボールスパゲティー作るか」
食べたくなるよねぇ。あのスパゲティー。
**********
兵吾との甘々時間で充電できた私は、翌日、元気いっぱいに会社に向かったのだが、なんか社屋に入ってから、ちらほらとむけられる視線。
おもに女性社員から。
なに?
良い感じがしない視線を受けながら、デスクに着くとやっぱりこっちを見てる。
見てくるのは、咲村こころだけじゃなくって、企画部の他の女性メンバーもだ。
気にはなるけれど、仕事でヘマをした覚えはないし。
もしそうなら、誰か何か言ってくるはず。
仕事関係じゃないなら……、咲村こころ、お前の嫌がらせか?
あ、駄目よ、千束。ちょっと待ちなさい。
そうやって、すぐに決めつけちゃうの、駄目だって言ってるでしょう?
ほら、前世では、思い込みで嫉妬してたこともあったよね?
決めつけは良くないのよ。そう、決めつけは。
これが咲村こころの嫌がらせだって、ちゃんと証拠を取らなくっちゃ、駄目じゃないの。
「萩原さんって、なんか贔屓されてる気がするの」
私の名を出す咲村こころの声に、思わず耳ダンボになる。
「話してる時とかも、必要以上に広瀬さんに、身体を密着させてるみたいに見えるし……」
「確かに」
咲村こころの話に追従するかのように、彼女とよく一緒にいる女性メンバーが、同意する。
そして、そこから話がエスカレートしていく。
「あの子、男受けいいよね」
「男性メンバーに対して色目使ってるように見える」
「待って、気のせいかもしれない」
自分から出してきた話題だってぇのに、話に乗ってきた相手に、咲村こころは止めに入る。
「だって、広瀬さんがそんな理由で、贔屓するとは思えないし……」
「こころ……」
「きっと、私の気のせいかもしれないわ」
へぇ~、頭使ってるじゃない、咲村こころ。
咲村こころと話してる女性メンバー、アレ全員、広瀬衛に気がある子たちだ。
だって広瀬衛に声を掛けられると、あからさまに目の色変えて頬を染めながら、わずかに声を高くして返事してる。
何かあると必ず広瀬衛の姿を視線で追ってるし、わかりやすいったらありゃしねぇな。
で、そんな子たちの嫉妬を煽るように、私の名前を出す。
連帯感、出るよね。
普段は広瀬衛取り合いで、足引っ張り合ってるけど、共通の敵一人を作って、排除しようとする。
咲村こころは、女どもが私に攻撃集中する隙を使って、広瀬衛に近づくことを狙ってるのかな?
私の排除は、自分以外の広瀬衛に好意を持ってる女性メンバーにさせようって?
自分の手を汚さずにやるって方法は、よく考えてる。
褒めてあげるわ。
咲村こころが自分の気のせいと言って、言い出しっぺの責任をうやむやにしようとするけれど、でも広瀬衛に気がある女性メンバーは、毒を仕込まれた状態だ。
「そ、そんなことないよ。だってあの子が男性メンバーから手助けして貰ってるのは事実じゃん」
「そうだよ。今回のサポートだって、きっと広瀬さんに近づくために、上の人間に取り入って、メンバーに入ったに違いないよ」
言ってろ言ってろ。
私が割り振られた仕事をちゃんとしてるのは事実だし、それで成果も出してるのも事実だ。
お前らのその行動は、他のメンバーが聞いたらやっかみだって思うよ。
なるほど、朝からのいい感じがしない視線は、これか。
恐らく、他の部署にもこんな感じで、「サポートメンバーなのに依怙贔屓されてる」って言いふらしているのだろう。
まぁ、ただそれだけなら、「サポートでも使えるから依怙贔屓してるんじゃないの?」って思われるだけだから、そこに他の要素も付け加えてるわけね?
つまり、私が男に見境がない系の話。
すると自然と話は混線する。
広瀬衛に依怙贔屓されてるって言うのが、今度は私が広瀬衛を狙っている。広瀬衛狙いで上司にゴマ擦ってプロジェクトに潜り込んできた。自分の容姿を武器にしてる。この辺の妄想を膨らませて、さも事実であるかのように言いふらしていくってわけね。
でも私だって、もうすでに種をまいてる。
こういうことは適度にしないとね。やりすぎは信憑性が薄れるから、私はあえて、必要な種まきしかしていない。
ふふっ、なんか楽しくなってきわぁ。
噂は徐々にエスカレートしていって、耳にした他のプロジェクトメンバーは、私に対して気まずい様子だ。
けれど、私のことをよく知ってる沙也加や、そして同期の村野くんや山本くんは、噂を耳にしているだろうに、気にした様子を見せなかった。
むしろ、気の毒そうな顔で、噂を流している咲村こころたちを見ている。
「あれさぁ、よくないよな」
「まぁな。でも自業自得だ。ほっとけ」
「まだ、自業自得になってないだろ?」
「遅かれ早かれだよ。お前、アレに便乗してない奴に、あいつらに乗るなって根回ししておけよ」
咲村こころたちとは違うひそひそ話をしてる、村野くんたち。
あいつら同期だけあって、私のこと知ってるからな。特に山本くんは私と同じ大学で、同じ専攻だったし。
同じサポートメンバーの笹木さんや葉山くん、長谷川くんも、噂のことを耳にしているけれど、沙也加同様、噂に振り回されている様子はなく、むしろ咲村こころたちを観察するかのように、じっと見つめていた。
そろそろ芽が出てくるかな~。
**********
「はー、今日もめんどくせー噂流されちゃったー」
夕食後、ソファーに寝っ転がって、ぐてーとしてると、兵吾が隣に腰を下ろして、プリンを差し出してきた。
「その割には楽しそうだな」
「楽しいよぉ。あっちが私の悪い噂を流せば流すほど、私の有利になっていくんだもん。でも、嫉妬するにもいまいち緩いんだよね。どうせなら、もっとこう、肌がびりびりしてくるような嫉妬すればいいのにねぇ。チマチマとせこいんだもん」
「千束の嫉妬はチマチマじゃなかったな。悪魔を呼び出して始末させたぐらいだし」
ん? あぁ、前世の私の話か。
兵吾には始末って、軽く言ってるけれど、実際はむごたらしく拷問させて、からのー、惨殺だったんだよねぇ。
今あれをやるのは、さすがに無理だってわかってるよ。
だって法治国家だもんね。
貴族が平民を虐げて問題にならなかったあの世界とは違うもん。
人を殺せば騒がれるし、捜査されるし、バレないなんて無理。
生まれ変わっても魔法が使えるんだったら、どーにかなったかもしれないけど、使えないんだもん。やっぱ無理無理。
だから、やるなら社会的な抹殺だよね。
「どれぐらい頑張ってくれるかなぁ? 評判を落とすって言うのもたかが知れてるし。やっぱり、あれかな? 私が大失敗するような罠をかけて、自分がその大失敗を完璧にフォローするっていう手を使ってくるのかなぁ? ひーくん、どー思う?」
思わず声を弾ませながら訊ねると、兵吾は口元に笑みを浮かべる。
「自分が破滅させられるかもしれないって言うのに、まったくへこたれないな」
「だって楽しいじゃん」
そして頭を撫でてくるので、一口食べる?とプリンを掬ったスプーンを差し出すと、ぱかっと口を開ける。
あ、牙。兵吾の八重歯って結構尖ってるよね。
「うひひっ、ひーくん可愛い」
餌をもらう小鳥みたい。
って言ったらプリンを取り上げられて、耳を舐められる。
「プリンよりも千束を食べてーな」
「……あ、ちょ、ダメだってばぁ」
耳を齧られて、ぞくっとする。
「もー、まだ明日会社ぁ」
って言ってるのに、そのまま首に唇を這わせて吸われた。
「最後までやんないからいいだろ?」
それはそれで拷問でしょ!
私が欲しくなっちゃうの!
で、どうなったかというと、有言実行で、最後までしてもらえませんでした。
うわあーんっ。こっちのストレスも溜まっちゃうよー。
ああ……、ああぁ……((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
こんなヤベー女に……なんて命知らずな((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル




