第3話 いきなりサポートメンバーに選ばれた!
「今日もこっちに泊まるから、欲しいものあったらトークアプリに連絡入れて」
「うい~っ」
大きな手で頭をぐりぐり撫でられて、額にチューして、兵吾は朝早く仕事に出かけた。
えへへへっ。気持ちいこと、いっぱいしてもらっちゃったー。
最近ずっとお預けだったから、兵吾も溜まってたみたいで、なかなか放してもらえなかったけど、気持ちよかったから、それでよし!
女なのにエッチ好きってビッチなのかとか、なんで恥じらいがないんだとか、言うなよ。好きな相手とのエッチだから好きなの。
女だってエッチしたいって思う時あるもん!
それに兵吾は上手いからね。もっとしてーって強請っちゃうのは仕方がないのよ。
まぁ、その代わり、起き上がれなくなるんだけどさぁ。
あと体力削られて、もうずっとウトウト状態だ。
今日は土曜日で、久しぶりに創作活動しようと思ったのにな。
こないだ買った服、アレに合わせたアクセサリー。レジンで作ろうと思ってたんだよね。
んで、それつけて兵吾とデートしたかったけど、まぁいいや。
今日は起き上がれないから、ベッドの中でごろごろしながら、スマホを操作して動画見たり、SNS巡りしたり。いつの間にか寝落ち。それの繰り返し。
目が覚めて、ちょっとお腹すいたから、よろよろしながらダイニングキッチンに行って、冷蔵庫開けたら、フルーツサンドが入ってた。
おぉ~、すごいよ兵吾。お店のやつみたい!
フルーツサンドとアイスティーで小腹を満たして、そのあと夕食用のごはんをタイマーセット。
ドラム式洗濯機に洗濯物突っ込んで、ついでに軽くお風呂掃除して、再びダイニングキッチンに戻って、ソファーの上に横になる。
横になるならベッドに戻ればいいじゃんって思うけど、ベッドだとまた寝ちゃいそうだし、そうしたら体内時間狂いそうだから。
ソファの上でスマホいじったり、ダラダラしてたらあっという間に日が暮れて、兵吾が帰ってきた。
「何だ、フルーツサンドしか食べなかったのか」
「だってお腹空かなかったんだもん。今もあんまり空いてない」
なら軽く食べられるものといって、野菜たっぷりのトマトリゾットを作ってくれた。
兵吾、やっさしー。
「あぁ、そうだ。千束、月曜日から、俺が前にあげた指輪つけていけ」
指輪……?
「えー、どのやつ? 付き合ってすぐの頃にくれたやつ? ひーくんが就職した年に、誕生日に買ってくれたやつ? それとも、ペアで買って贈りあったの?」
「誕生日に買ったやつ」
「おっけー」
むふふ~。これはもしかして、兵吾ってば王子の話聞いて、独占欲出してくれたのかしら?
兵吾が誕生日に買ってくれた指輪は、デイジーの花がモチーフになってる、めちゃくちゃお洒落で可愛いデザインだ。
すごくお気に入りで、失くしたりしたくないから、普段使いはしてなくって、デートの時につけてる。
「アレお気に入りだから、失くしたらやだなー」
「次は婚約指輪と結婚指輪買ってやるから、ちゃんとつけろよ」
やだー、婚約指輪に、結婚指輪だってー!
照れちゃうじゃーん。
そのあとも兵吾といっぱいイチャイチャして夜を過ごした。
まぁ、さすがに二日連続は、気持ちよくても身体がつらいので、致しませんでしたけど!!
でも、王子のことは兵吾も気になるみたいで、何かあったらすぐに連絡入れるようにと、何度も念を押された。
んもー、私の方が年上なんだよー。たかが一歳差だけどさ。
**********
月曜日になって、出社したら会社のエントランスで同僚と顔を鉢合わせになって、一緒にエレベーターに乗って部署フロアの階で降りる。
「あれぇ? 千束、その指輪。もしかして結婚するの?」
おっ、目ざとい。見つかってしまったか。
「えへへっ。彼氏にね、せっかく買ったんだから、ちゃんとつけろって言われたのー」
「えーなになに彼氏って、例の細マッチョのイケメン?」
途中で他の同僚たちと合流する。
「千束ちゃんの彼氏、めっちゃでっかいよな。身長何センチだっけ?」
「えーっと百九十、越えてたっけ? でもそれぐらいだったはず」
小学生の時はさ、私の方が大きかったんだよね。中学生ぐらいからどんどん身長抜かれて百六十センチジャストの私とは、今や三十センチ差よ。
「いいなー、あんなカッコイイ彼氏。羨ましー。しかも指輪つけろなんて、明かに予防線でしょ?」
「茉莉だって、それ婚約指輪じゃん。羨ましー」
「うっ、え……、ば、バレた?」
「バレてるよー。でも何も言ってくれないから、みんな聞くに聞けなかったんだから」
「そこは聞いてよぉ!」
みんなでワイワイ喋りながら、部署フロワーに到着して、自分のデスクに付くと、大河内課長に声を掛けられた。
「萩原さん、ちょっといいかしら? 来月から一時的に企画部のサポートに入ってほしいのよ」
「サポート、ですか?」
事務職の私がぁ?
そして企画部と聞いてすぐに思い浮かべてしまったのは、前世で私を死に至らしめた王子こと広瀬衛よ。
あいつがいる部署のサポートだぁ?
土日、兵吾とイチャイチャして幸せ充電したのに、一気に目減りした気がする。
なんかイヤーな予感、イヤーな感じがする。
でもなー、大河内課長だって、人事から言われたから、こっちに振ってきたんだろうしなぁ。
私が所属しているのは庶務課で、総務部内のセクションのひとつだ。
でもアットホームで居心地がいい。それは、課長である大河内課長が、私たちが仕事しやすいように気を配ってくれているからなんだよね。
普段色々お世話になってる課長に、迷惑をかけるわけにはいかないかぁ。
くぅ~っ! 奴が企画部にいなかったら、即答で了承したのに。
「わかりました。お手伝いさせていただきます」
「そう、ありがとう。萩原さんが抜けるとこっちも大変なんだけど、名指しで指名なんて、人事はいったい何を考えてるのかしら。でも、応援は他の部署からも要請されているし……」
ぶつぶつと呟いていた大河内課長は、すぐにはっとして、笑顔を向ける。
「もし、企画部のサポートで、無理難題を押し付けられそうになったら、すぐに報告してちょうだい。人事に掛け合うから」
「はい、ありがとうございます。でも庶務課代表として、恥じないようにかんばります!」
お得意のスマイル0円で、答えた。
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大河内課長から打診を受けたひと月後、とうとう例のお手伝いの日がやってきた。
今回企画部内で新プロジェクトが発足されて、いろんな部署からサポートが入ることになっている。
プロジェクト終了まで、サポートメンバーはそっちに集中するようにお達しが出ていて、元の仕事はしなくていいそうだ。
企画部は花形部署だから、なんかいろいろ優遇処置が施されてるんだよね。
そしてそんなところのサポート。期間限定とはいえ、選ばれるメンバーは精鋭たちばかり。
え? あっ! 沙也加がいる! 村野くんや、山本くんも。
沙也加は元庶務課で、1年前に経理部に引き抜かれたバリキャリの同期だ。
村野くんや山本くんも同期で、確か二人は情シスと技術に行ったんじゃなかったっけ?
心強い同期の姿を見て、ちょっとだけほっとする。
一人一人自己紹介をして、最後に名乗ったのは、企画部のメンバー。
「咲村こころです。よろしくお願いします」
名乗ったその女性は、薄茶色のゆるふわウエーブ髪を流行りのヘアアレンジした、フェミニンぽい服装の人。
そこにうっすらダブって見える、もう一人の姿。
あれ……、あれは――。
王子の傍にいた男爵令嬢じゃん!!
お前もいるのかっ!!
イヤな予感、当たった!!
「今回のプロジェクトの貢献次第では、企画部の移動打診を考えてる。みんなよろしく頼むよ」
今回のチームリーダーである広瀬衛が、女性社員を魅了するような、優しげな表情で告げる。
はぁ? 私、移動なんかしたくありませんがぁ?
なに、企画部移動がご褒美みたいな言い方してんの? みんながみんな、それに食いつくと思ってんのかいっ!
奥歯を噛みしめて、でも絶対に不満ですって表情には出さねぇ。そんな輪を乱すようなヘマをして、そこからチクチク突っつかれるような隙は見せないからね。
百匹の猫を背負って、傍にいる子と「わ~、すごいねぇ」って、小声で話す。
クッソぉ~。広瀬衛だけならまだしも、あの男爵令嬢こと咲村こころもいるのかよ。
あー、イライラするわ~。
咲村こころは、王子の傍にいた男爵令嬢と、雰囲気がよく似てる。
小柄で小動物タイプって言うの? 前世の頃は貴族令嬢なのに、ミディアムボブの髪の長さで、平民感丸出しだった。
いや、今の私は一般市民だし、平民って言ってバカにしてるわけじゃないのよ?
ただあの頃、私たちがいたのは階級制度があった貴族社会だったのよ。
男爵令嬢が、男爵家の当主が愛人に産ませた子なのか、それとも子供がいなくて孤児院から引き取られた子供だったのか、そこのところはわからない。
ともかく平民から貴族に引き取られたわけよ。
そうしたらさ、貴族のマナー叩き込まれて、貴族令嬢としてとしてやっていかなきゃいけなかったわけ。
貴族の令嬢や婦人は、髪を短くするなんて言語道断で、短くしても肩より上にはしないし、短い髪を隠すようにまとめ髪にする。
でもあの男爵令嬢、そんなことは全然気にした様子もなく、短い髪を揺らして、元気よく駆け回っていた。
だから貴族のマナーをどこ置いてきやがった! お前ちゃんとマナー教わったんじゃないのかよ!!って、顰蹙買っても仕方がないと思うわけ。
前世の私は王子ラブで、王子の傍に近づく年頃の女は片っ端から気に入らなかったから、排除しようと躍起になってたし、立場的に注目されていたから、私だけが目の敵にしてるって思われてたけど、あれ、他の令嬢からだって顰蹙買ってたからね?
ラノベのヒドイン令嬢のように、王子や高位貴族の令息たちを侍らせていたわけじゃなかったし、婚約者がいる令息に粉をかけていたわけではなかったけどさ、異性に対して距離が近かった。
王子やその側近たちにも、馴れ馴れしい態度だった。
なんかさぁ、そういう態度がさぁ、男どもは自分の婚約者――自分の知ってる貴族令嬢と違って、気取ってなくって新鮮。同性のような感覚で、気楽で付き合いやすいって思ってたんだろうけれどさぁ……。
じゃぁお前、コルセット付けてドレス来て、一か月生活してみろや! あと貴婦人用のマナー講習してみろ!って言いたいよね。
だいたいさ、貴族の女性に貞淑さを求めてたのは、お前ら男の方でしょ!
奔放は良くないとか、男を立てろとか、貴族の妻なのだから慎ましやかな態度で、とか言って、それを望んだのは男の方じゃない!
なのに、「婚約者はいつもすましていてつまらない」「あの男爵令嬢は気楽で付き合いやすい」「自然体でそこが可愛い」なんて、貴族マナーがなってない男爵令嬢を持ちあげてからに!
あの婚約者だった王子も、前世の私に言ったのよ!!
「君は自分のことばかりで、私のことなど一切考慮しない!」
ここまでは、わかる。前世の私、自分のことばかりで、王子への配慮なんてありゃしなかった。
「彼女に意味のない嫉妬をするな! 彼女はただ、私の話を聞いてくれているだけだ! それこそ、まるで長年の同性の友のように!」
知るかぁぁぁぁぁ!!
同性の友のようにって、なんじゃ!
実際は女だし、異性だろうが!
あの男爵令嬢が、王子を落とすために、性別を意識させない気安い関係を演出してただけじゃろがい!!
愛らしさを保ちつつ、親しみやすさを前面に出す。でも悩み事や悲しい事があると、そっと寄り添ってくる……。
あれよ、愛らしい、でも賢い小動物ペット。あれと同じじゃん!
そんなのにまんまと嵌って、鼻の下伸ばしてたんだろ!?
元平民の男爵令嬢とどこまでいってたかは知らんけど、クッソ甘えた声で引っ付かれて悪い気はしなかったんだろ!?
ちょっとだけ、先っぽだけならイケるかもって、思ってたんじゃねーのか!?
でも婚約者がいる身だから、不貞がバレるのは悪いって頭働かせて、浮気と受け取られないように、本番行動は控えてただけじゃねーか!
あー、ムカつく!
いや、でも前世で嫌がらせをしていた分、悪いのは私?
男爵令嬢IS咲村こころと、今世でなんかあったわけじゃないし。
って言うか、前世の私を死に至らしめた広瀬衛のことは、どうしても同一視してムカつくけど、咲村こころは今日顔合わせしたばっかりだし、今まで全く接点なかった。
前世の行いで見れば、私の方が彼女に恨まれても仕方ないかもしれない?
……様子見だね。
あの二人が、私のように前世の記憶があるかどうかもわからないし、仕事だから関わることもあるだろうけれど、基本は当たらず障らずってスタンスでやっていくか。
前世の私は王子に関すると、全方位に喧嘩売りまくってたけど、今の私はそうじゃないからね。
理性、ちゃんと芽生えてるから。あと、兵吾に愛されてる余裕よ。
んもー、兵吾に溺愛されてるから、満たされてるのよねー。
あれから兵吾が、しばらく一緒に暮らすって言ってきた。
王子IS広瀬衛がいる、企画部のプロジェクトにサポートはいることになったって話したら、珍しく難しい顔してさ。
プロジェクト終わるまで、一緒に暮らすって。
もともと近々同棲しようって話は出てたから、その話しを詰める必要もあったんだよね。
次の賃借更新前に、新しい部屋に引っ越そうって話し合ってて、物件のチラシとか、不動産屋のホムペ見たり、休日は不動産屋さんに相談したりしてた。
私の要望は、できれば趣味の小物づくりができるスペースが欲しい、あと今の通勤距離とそんなに変わらないのがいいってこと。
兵吾は私の条件プラス、DKでもLDKでもどっちでもいいけど、キッチンが広いのがいい。それと最寄り駅が近い場所がいいそうだ。
まだ婚約はしてないけど、結婚してもそこで住める場所がいいって話してる。
だけど、いま私が企画部のプロジェクトサポートに入って、通常業務じゃなくなってしまったから、引っ越しはもう少し先の話になるかなぁ。
とにかくそんな感じで、兵吾が私の部屋に泊まり込んでるんだ。
毎日イチャイチャだよぉ。
だからさぁ、私のストレス源の広瀬衛と咲村こころと一緒の仕事でも、なんとか耐えられるはず。たぶん。
初日はメンバーの自己紹介とプロジェクトの説明。そして各個人に割り振られる仕事の通達。それから、親睦ミーティングで、メンバー同士の交流を図って終了だった。
本格的な始動は翌日からだ。
でも私は、もうすでに疲労困憊。
兵吾からめいっぱいの甘やかされて、愛されたくってたまらない。
プロジェクト終了まで持つのかなぁ。
業務が終わって、しおしおになった野菜のようになって退勤する。
社屋から出るとスマホがピロンと鳴った。
この着信音はトークアプリの音。
スマホを取り出し、アプリを立ち上げると、兵吾からメッセージが入ってる。
え~、なになに? 前を見て?
メッセージに従って前を見る。大通りの車道。
その向こう側にあるのはチェーン展開をしてるカフェ。
日が暮れ始めて、店内の明かりが灯り、大きな窓ガラスから店内が良く見え――、兵吾!!
「萩原さん、今帰り?」
うぉっ!!
いきなり後ろから声をかけられて、びっくりした。振り向くと、そこにいたのは広瀬衛。
声かけてくんな!
だけどここは百匹の猫を召喚!
「あ、広瀬さん」
にっこり笑って答える。
「はい、そうです。今日は早く帰れてよかったですよ」
「そうなんだ。僕もいま帰りなんだ。よかったら」
「今日は皆さんと話せてよかったです。明日からよろしくお願いしますね。お疲れ様でした」
被せてそう言ってお辞儀をすると、さっさと背中を向けて歩き出す。
お前に構ってる暇はない!
私は今、一刻も早く、兵吾に癒されたいんじゃ!
向こう側に行く信号にたどり着くと、もうすでにカフェを出て信号待ちをしてる兵吾の姿が見えた。
信号が変わって、人混みをかき分けながら、兵吾に駆け寄る。
「ひーくん!! 迎えに来てくれてありがとー!!」
飛び込むように抱き着くと、兵吾はよろめくことなく私の身体を抱き留めてくれた。
まぁ、ペット枠と処理係が一緒ってことは、なかったはず ( ˘•ω•˘ )
Mに今もスマイル0円があるかは知らない。




