第2話 今世の幼馴染みで恋人(仮)。
兵吾とは、それこそ小学校上がる前からの付き合いだ。
男女の違いもあるし、年頃になれば付き合いも遠のくかと思ったんだけど、そんなことはなく、今でもこうやって、一人暮らしをしている私のお世話を焼きに来る。
私の方が年上なのに、世話を焼かれるのは私の方。
まぁ……、兵吾からは、昔から「好きだ」「大きくなったら結婚して」と口説かれていたわけなのだけれど、私は小さい頃に前世の記憶を思い出して、恋愛に嫌な記憶しかなかったから、兵吾に好きだと言われても、まともに取り合っていなかった。
それにこの手の幼馴染みとの結婚の約束ってさ、大きくなると「あー、そんなこともあったね」って、小さい頃の可愛い思い出の一つになるのがお約束じゃない?
その時は子供心ながらに、真剣だったと思うけど、大人になっての将来を見据えてのものではないのよね。
だけど兵吾は、幼稚園児の頃も、小学生の頃も、中学生の頃も、高校生の頃も、大学生になって就職して社会人になった今も、現在進行形で口説いてくる。
前世のことで恋愛に対して嫌な思いをしていた私だけど、兵吾は違うかな?と、絆されているのだ。
兵吾もなかなかにイケメンなので、思春期の時の中高生の頃にね、兵吾のことが好きって言ってる子たちと、ガチンコでやり合ったこともあった。
それで、その時、兵吾に八つ当たりしたのよね。
お前に惚れてる女に嫌がらせされるから近づくなって。
完全に八つ当たりだから、すぐに謝ったけど、兵吾は怒ってなかった。謝りもされなかったけど。
そりゃそうだ。兵吾が謝る必要ってないもん。
あの頃の兵吾は、女子から告白されても「幼馴染みの千束が好きだからお付き合いとか無理」って、片っ端から断わってたんだよね。
ついでに「俺に振られた腹いせに、千束に手を出したら、女でも許さない」とも言ってたわけだから、ちゃんと相手の告白を断ってる時点で、兵吾が悪いってわけじゃない。
前世の私と同じ。我慢できなくて、相手に嫌がらせした女の方が悪いわけだし。
むしろ、兵吾から好きだって言われてるのに、それに応えないでずるずる幼馴染みって関係のまま引き延ばしてる私が悪かったと思う。
兵吾のことが好きな子は、私が兵吾の気持ちに応えないなら、チャンスがあるって思うだろうし、私のこと邪魔だって思うのは当然だ。
その頃の私は、ずーっとブレずに私を好きでいてくれる兵吾に、絆されつつあったから、葛藤してたのよ。
だって恋愛したら、また前世と同じことしそうじゃん。
これでも私はちゃんと学習したのよ。
恋愛すると見境なくなるから、そうならないように気を付けようって。
兵吾相手にそうなるとは限らない、でもならないとも限らない。
もし兵吾の気持ちを受け入れて、付き合うことになって、それで前世と同じようなことして嫌われたら、ショックどころじゃないわよ。
二度と立ち直れない。
そう思うぐらいには絆されてたのよ。
だからって、いつまでもうじうじするのは、私じゃないの。
恋人になって嫌われるよりも、幼馴染みで関係が疎遠になる方が、まだショックも和らぐから、前世の記憶があることを兵吾に話したのよ。
前世の私がどんな女の子で、なにをして、どんな目に遭って、死んだのか。
全部話せば、頭がおかしい奴だって思われて、幻滅されるかもしれないけど、まぁ、その時はその時って思った。
半分やけくそだったのかも。
私の前世の話を、最初から最後まで黙って聞いた兵吾は、言ったわ。
「なんか、ムカつく。その王子と俺は違うんだから、一緒にすんな」
えーって思ったよね。
感想、それぇ? もっと他に言うことないのーって。
「王子は千束……いや、公爵令嬢のこと、婚約してたのに好きじゃなかったんだろ? でも俺は千束のこと好きだし結婚したい。俺と王子は違うだろ」
それはそうなんだけど、私が一番伝えたかったことは、そこじゃなくって、そうやって恋愛に夢中になって、相手を思いやれないようになるんじゃないかって、ことなんだよ。
あと前世の話なんて、そんな簡単に信じるものなのかとも思ったね。
兵吾は前世の話について、安易に「信じる」なんて言葉は使わなかった。
「記憶があると千束が言うなら、あるんだろう。俺の告白を断わるための口実に、そんな話をするよりも、恋愛感情は持てないから付き合わないって、お前なら言うし」
って言って、前世のことは肯定してくれた。
でもその前世のことは、兵吾にとってはどうでもよくって、私が兵吾と付き合うかどうか、恋人になるかどうか、ってほうのが重要だったみたい。
「俺は千束に束縛されるような恋愛感情を向けられても構わないし、むしろ嬉しいけど、お前はそうなる自分が嫌なんだろう? なら、千束がおかしくなりそうなときはちゃんと叱るし、なにが悪いか言うから心配すんな。安心して俺と恋人になれ」
そう言ってくれたんだけど、でも、恋愛で見境なくなってしまう自分が怖いって気持ちは拭えないのよ。
素直にそう伝えたらさ、兵吾は言った。
「ならリハビリ」
「リハビリ?」
「恋愛しても見境なく気持ちを押し付けないように、俺でリハビリすればいい」
「他に好きな人ができたら、どーすんの?」
「恋愛したくないって言ってるのに、好きな奴できるのかよ」
「そーじゃなくって。いや、それもそうなんだけど、ひーくんに好きな人ができたら?」
「今、俺の目の前にいる」
「だからぁ、私以外に好きな人できたらって話だよ」
「千束以外に好きな人はできない」
兵吾は昔から照れも臆することもなく、私に好きだと言うから、それは本当のことなんだろうってわかるんだけど、どうしてもあと一歩が踏み出せなくって、イエスの返事ができなかった。
「なんか……、それって、私だけ都合良い気がする」
「なんで? 俺は千束と恋人になれるんだから、俺にだって都合良いだろ」
「そうだけどー」
「いいじゃん。千束の良いところも悪いところも知って、それでも好きなのは俺しかいない」
そうやってはっきり言いきってさ、他に好きな人ができたらどうすんのよ。
まぁ、葛藤してる時点で、答えは出てるんだけど。
ずっと好きだって言ってくれた兵吾のこと、嫌いじゃない。
いや、はっきり言えば、好きだ。
優しいし、お世話してくれるし、構ってくれるし、事あるごとに、私のこと好きだって言ってくれるし、そういうのキュンとする。
気持ちがふわ~ってなる。
「じゃぁ、今日から俺が千束の恋人な。千束は――、まだ誰かと恋愛するってことに抵抗ありそうだから、内面では幼馴染みの延長でいい。ただ表向き、誰かに聞かれたりしたら、俺が恋人だって言えよ。あと頑張って俺に惚れてくれ」
兵吾はそう言って強引に――いや、煮え切らなくって躊躇ってる私を完全捕獲した。
そこまで言われちゃったらさ、もう逃げられまいよ。
前世の話をした日、私と兵吾は恋人(仮)になった。
表向きは幼馴染み兼恋人。でもまだまだ兵吾の気持ちに応えきれないところもあるから、恋人に(仮)が付いてる状態。
もうすぐこの(仮)が取れるかも、と思った矢先に、前世の婚約者だった王子との遭遇よ。
あー、なんかムカつくー!!
王子に再会してしまったことというよりも、忘れつつある存在を思い出してしまったことに、腹立たしくなる。
だってあともうちょっとすれば、きっと忘れられた。
前世の私を死に至らしめた奴なんだから、完全に忘れることはできないかもしれないけど、「あー、そういや、そんなのもいたわね」って感じに無関心になれたはずなのよ。
私の中の憎しみが、再び起き上がってしまった。
ご飯を食べた後、一緒にお風呂に入ってイチャイチャタイムに突入して、そのあと、髪を乾かしてもらいながら、兵吾が冷静に私を分析してくる。
「へー、王子と再会ね。で、千束の機嫌が悪いってことは、王子と再会できて嬉しいって感じではないんだな」
「あたぼうよ! 私に処刑を言い渡した奴なのよ。もう二度と会わないと思っていた相手で、一生会いたくなかった相手と再会しちゃったんだもん」
「でも気になると?」
「“気になる”ってのとは、ちょっと違う。前世の私が可哀想でムカつくのよ。そりゃぁ悪かったのは、前世の私だってわかってるわよ? 可哀想だったのは王子と、前世の私に虐げられた子たちだっていうのもね。でもね、王子だって態度悪かったもの。無理やり婚約を強要した相手なんだから、好きになるのは難しいけれど、婚約するって決まって、将来の結婚相手なんだから、歩み寄っていいじゃない。けどあいつ、事あるごとにケチ付けてきやがった」
前世の私が嫉妬深くて我儘だったのもあるけれど、でも王子の周囲にいた令嬢たちに執拗に嫌がらせをしていたのは、王子が婚約者である前世の私に、婚約者らしい態度を取ってくれなかったのも、原因の一つだと思う。
あの頃のことを思い出して、心中が嵐のごとく吹き荒れていたけど、ハッと正気付いた。
「……ごめん。こんな話聞きたくなかったよね」
一応とか、(仮)が付くけど、私と兵吾は付き合ってて、恋人同士なのに、過去の好きだった人の愚痴を聞かせるなんて、やばくない!?
デリカシーなさすぎだわ!
「いや、面白いから続けて」
「面白い!? おもしれー女扱い!?」
「そうじゃない。言い方悪かった。興味があるから続けて」
「え? こんな話に興味があるの?」
「千束が――、前世の出来事とか、元王子のことをどう思っているのか、興味がある」
ときめいた! いまトゥクンってなった!!
あーっ! なんで前世の私の傍に兵吾がいなかったのよ! いたら絶対王子なんかじゃなくって兵吾に惚れてた。夢中になってた。
「悔しい~っ!」
「そんなに殺されたのが、悔しかったのか」
「違うっ。なんで前世の私、ひーくんを見つけなかったのよっ」
「……ちー、こっち向け」
昔の呼び方されて、またときめいたっ。
チューする? しちゃう?って思ってたら、ドライヤーを片した兵吾は、今度は私の顔のスキンケアをしてくれる。
甘やかされてる~。
大きくて、肉厚で、ごつごつした手で、化粧水をパッティングして、いろんな美容液と保湿クリームで整えられて、最後にチューされた。
きゃーっ。
「エッチする? しちゃう?」
「明日は俺、朝シフトなんだよなぁ。まぁいいか、千束は明日明後日休みだし」
そのまま姫抱っこでベッドまで運ばれて、翌日は半日ベッドから起き上がれなかった。
これで(仮)って、なんなん? ┐(´∀`)┌




