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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「こんにゃく問答」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/08/24


落語声劇「こんにゃく問答(もんどう)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約35分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎(はちごろう):江戸で渡世人(とせいにん)していたが食い詰めてしまい、さらには悪い病(やまい)を

    引き受けてしまった為、友人がカンパしてくれた金を持って草津(くさつ)

    へ向かうが、途中で会った飯盛女(めしもりおんな)に貢(みつ)いですっからかん。

    危うく野垂(のたれ)れ死ぬところを六兵衛(ろくべえ)に救われる。


六兵衛(ろくべえ):上州(じょうしゅう)は安中(あんなか)のとある村でこんにゃく屋を営む男。

    かつては江戸で兄(あに)いだの親分だのと呼ばれたほどの人物だが、

    わけあって今はこんにゃく屋のおやじ。

    昔取った杵柄(きねづか)であちこちに顔が利(き)く。


権助(ごんすけ):木蓮寺(もくれんじ)の寺男(てらおとこ)。

   わりと八五郎(はちごろう)と馬が合うようで、なまぐさものを八五郎(はちごろう)と共に

   いただきまくっている。


沙弥托善(しゃみたくぜん):越前国(えちぜんのくに)は禅宗(ぜんしゅう)の総本山(そうほんざん)、永平寺(えいへいじ)から来た僧(そう)。

     木蓮寺(もくれんじ)の戒壇石(かいだんせき)を見て問答(もんどう)をするべく訪(たず)ねてくる。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


八五郎:

六兵衛:

権助・語り:

沙弥托善・枕:




枕:昔は今じゃ考えられないような馬鹿馬鹿しい話というのは、いくらも

  あったそうです。

  とりわけお寺が絡んでくる話なんというのは、ずいぶんのんきな噺(はなし)が

  多いです。

  田舎の方へ参りますてえと、無住持(むじゅうじ)なんという住職(じゅうしょく)が不在の寺があり

  まして、そういうところでもって誰か住職(じゅうしょく)になってくれないかなと

  思っていると、素性(すじょう)の知れない者が入ってきてそのまま住み着いて、

  いつの間にか住職(じゅうしょく)に収まってる、なんということがよくあったとか。

  だからイロハのイの字を見て、「これは牛の角だろう」なんて言った

  人がいたそうで。

  それで結構(けっこう)世の中まかり通っていたというから面白(おもしろ)いもんです。


語り:上州(じょうしゅう)の安中(あんなか)にこんにゃく屋の六兵衛(ろくべえ)て人がいた。

   この人は若い時分(じぶん)に江戸でもって親分とか兄(あに)いとか言われてた人で

   、ちょいと訳(わけ)があって江戸にいられなくなり、安中(あんなか)へ引っ込んで

   今では堅気(かたぎ)のこんにゃく屋さんでございます。

   たいへん男気(おとこぎ)がある人でして、面倒見(めんどうみ)がとてもいい。

   村の者達もたいへん頼りにしていた。

   それだけではなく、昔なじみの江戸を食い詰(つ)めた道楽者(どうらくもの)なんどが

   来るってえと、嫌な顔一つせずにいろいろと面倒(めんどう)を見て、帰る時に

   は小遣(こづか)いの銭(ぜに)を持たせてやる。

   だからちょくちょく頼ってくる者がいるのだが、中にはこんな男も

   いるようで。


六兵衛:八公(はちこう)!おい八公(はちこう)、いねえのか!?


八五郎:へい、いやすよ。


六兵衛:ちょいとこっちへ来い。


八五郎:へえ、なんでしょう?


六兵衛:おう、そこへ座れ。

    どうだ、体の具合(ぐあい)は。


八五郎:いやぁ、ありがとうございます。

    おかげさまですっかりよくなりやして。


六兵衛:そうか、そいつはよかった。一時はどうなるかと思った。

    村はずれでもって行き倒れがあるって聞いて、

    駆けつけてみりゃあなるほど、往来(おうらい)に汚ねえ乞食坊主(こじきぼうず)がひっくり

    返ってやがる。

    息があるのか確かめようと思って近づいたら、いきなり目を開け

    て「おやぶーん!」てしがみついてきた。

    そいつがおめえとの出会いだったな。

    それでおめえ、俺んとこへ来てどのくらいになる?


八五郎:どのくらいですかねえ…早いもんで、昨日今日と思ってやしたが

    かれこれ、え~~~…三月(みつき)は過ぎてやすね。


六兵衛:百日も食いつぶしちゃ、田舎(いなか)も飽(あ)きるだろ。


八五郎:ええ、もう飽(あ)きちゃってね、あくびしても追っつかねえくらい

    飽(あ)きちゃってますな。


六兵衛:なんでェ飽(あ)きちゃったってな。

    そうでもありませんくれぇの事は言え。


八五郎:そうすか?そうでもありませんがね。


六兵衛:いま言うなよ…。

    まぁそれはいい。

    で、どうだ、飽(あ)きたところですることもねえんだから、そろそろ

    江戸へ帰ったらどうだ?


八五郎:いえね、こんなこと言うとおんぶに抱(だ)っこで申しわけねえんです

    がね、助けてもらった曰(いわ)くを話すとね、勝手なこと言えた義理じ

    ゃねえんですよ。

    悪い病(やまい)を引き受けてって言ったら、友達ってのはありがてえや、

    銭(ぜに)ぃ集めてくれて草津(くさつ)へ行って来いって言ってくれた。

    持った病(やまい)がゆえに途中の飯盛女(めしもりおんな)にすっかりはたいちまって、

    危なく松の肥(こ)やしになる所、親分に助けてもらって今日があるっ

    てのにはね、本当に命の恩人、ありがてえと思ってるんです。

    どうでしょう、面倒見(めんどうみ)ついでにもう少しおいてやってくれやせん

    かね?


六兵衛:いや、いるのはかまわねえんだけどね、おめえ、何もしねえじゃ

    ねえか。ブラブラブラブラしてっから評判悪いんだよ。

    あすこに風来坊(ふうらいぼう)がいるってな。

    だからよ、おめえなんか仕事をしたらどうだ?


八五郎:はあ、仕事ね。

    嫌ですよ。


六兵衛:嫌じゃねえんだよ。

    人手(ひとで)が足りねえからこんにゃく売りな。


八五郎:こんにゃくぅ?ははは…ありゃ色気(いろけ)がねえからよしときますよ。


六兵衛:なんだとこの野郎。


八五郎:ぁいやいやいや、そういうわけじゃねえんですけど、もっと何か

    ありませんかね?


六兵衛:何かってなんだよ。


八五郎:だからね、乙(おつ)ななりしてさ、村じゅう見回って歩いてさ、

    銭(ぜに)が儲(もう)かって女にモテるなんてのはないですかね?


六兵衛:ったく、よくそういうこと言いやがんな。

    もてるってツラか、頭見ろ頭を。すっかりハゲ上がって毛のねえ

    …あ、そうだ、毛のねえおめえの頭ァ見て思い出した。

    この村に木蓮寺(もくれんじ)っつう空(あ)き寺(でら)があるの知ってるだろ。


八五郎:うん。うん、うん。うん。


六兵衛:いや、何度も返事しなくたっていいんだよ。

    あすこは先代(せんだい)の和尚(おしょう)が死んじまってな、権助(ごんすけ)がひとりで寺守(てらもり)を

    してるんだ。

    けど寺があって坊主(ぼうず)がいねえってのは、雑煮(ぞうに)の中に餅(もち)が入って

    ねえようで半端(はんぱ)でいけねえ。

    坊主(ぼうず)のなり手(て)がいたら世話してくれって頼まれてるんだ。

    どうだおめえ、その頭の余分(よぶん)な物をもうちょいとツルっとやって

    、坊主(ぼうず)になったらどうだ?


八五郎:へえ、坊主(ぼうず)ねえ。

    坊主(ぼうず)はまる儲(もう)けって言うけどね。


六兵衛:そんなに儲(もう)かるわけじゃねえが、まあ、食いっぱぐれはねえな。


八五郎:ふーん、そうですか。

    義理はねえですな。


六兵衛:坊主(ぼうず)に義理なんてのはねえよ。


八五郎:あ、そうですか…へえぇ、なってもいいけどさ、何すればいいん

    で?


六兵衛:あぁ、こまごましたのは権助(ごんすけ)がやるから、黙って座ってお経(きょう)でも

    読んでりゃいいんだよ。


八五郎:お経(きょう)なんて読んだことねえや。


六兵衛:だったら、いろはにほへととかをそれらしく読んどきゃなんとか

    なるよ。

    袈裟(けさ)ァ着て、「ぃ~ろぉ~はァ~にィ~ほぉ~へェ~とォ~」

    とかなんとかやりゃいいんだ。ごまかしだよ。


八五郎:へえ…それで足りなかったら?


六兵衛:足りなかったら、沖(おき)の暗いのに白帆(しらほ)が見えるでもなんでもいいん

    だよ。「ぁあ~れぇ~はァ~紀(き)のォ~国ぃ~みかぁん~ぶねェ~

    」ぽくぽくぽく、ってなもんだ。


八五郎:かっぽれじゃねえですか。

    で、そいつが引導(いんどう)の代わりってやつかな。


六兵衛:引導(いんどう)ってほどのものじゃあねえし、そんなの来ねえだろうけど、

    都都逸(どどいつ)とかでもやっとけばいいんだ。

    都都逸(どどいつ)は知ってんだろ?


八五郎:えぇそりゃもう腐るほど知ってやすよ。

    「あだ名(な)立膝(たてひざ)鬢(びん)掻(か)き上げて、忘れしゃんすな今のこと」

    なんてのはどうです?


六兵衛:そりゃおめえ、ちょっと色っぽすぎるなぁ。

    もっと他にねえのか?


八五郎:そしたら、

    「雨の降る日と日の暮れ方は、江戸も田舎も同じこと」

    てなどうです?


六兵衛:つまらねえ都都逸(どどいつ)を知ってやがんな。

    他にねえのか?


八五郎:じゃ、「刺身(さしみ)で一杯(いっぺぇ)呑(の)みてぇーーー喝(か)ぁーッ!」

    なんてのは?


六兵衛:いやダメだろそういうのは。

    というか都都逸(どどいつ)じゃねえだろ。

    せめてもうちょっと分かりにくいのにしろよ。


八五郎:あ、そうすか。

    まぁまぁ、なんとかなりやすよ。


六兵衛:そうかい、じゃあまあ、それでいいけどよ。


八五郎:それで、どうするんで?


六兵衛:どうするんでって、おめえは今日から坊主(ぼうず)だよ。


八五郎:じゃ、名前は?


六兵衛:あ、そうか名前か。

    たしかに名前がねえとおかしいな。


八五郎:だから何か名前付けてもらいてえんだけど、どうです?

    武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)とか。


六兵衛:そりゃ昔いたじゃねえか。


八五郎:ですから、二代目を襲名(しゅうめい)しましたってことで。


六兵衛:ダメだよ。別のにしな。


八五郎:あ、そう…じゃ、熊谷蓮生坊(くまがいれんしょうぼう)とか。


六兵衛:よせよおい、弁慶(べんけい)の時代の熊谷直実(くまがいなおざね)じゃねえか。

    んー…じゃあ、弁慶(べんけい)の弁と、蓮生坊(れんしょうぼう)の生(しょう)を取って、弁生(べんしょう)ってのは

    どうだ?


八五郎:弁生(べんしょう)ねぇ…逆さにすると小便になっちまわあな。


六兵衛:いいじゃねえか、誰も逆さまにするわけじゃねえんだから。

    弁生(べんしょう)でいけ。


八五郎:わかりましたよ。

    じゃ、なりました。


六兵衛:おう、じゃさっそく寺へ行くか。

    権助(ごんすけ)に話を通しとかなきゃいけねえ。


語り:なんてんでさっそく木蓮寺(もくれんじ)行って、権助(ごんすけ)とも話した末(すえ)に八五郎(はちごろう)は

   にわか坊主(ぼうず)になった。

   …なったんだが、生来(せいらい)がこんな性分(しょうぶん)の奴だから、袈裟(けさ)を着て

   日々行いすましているなんてのはこれっぽっちもありゃしない。

   朝から衣(ころも)を引っかけて茶碗酒(ちゃわんざけ)を喰(く)らっているという有様(ありさま)。


八五郎:権助(ごんえすけ)ェェーーーッ!!

    権坊(ごんぼ)ォーッ!


権助:…へぇい、なんだべ?


八五郎:なんだべじゃねえ。

    おう、おかわりおかわり。


権助:へえへえ。


八五郎:ぁ~、しかし寺は陰気だな。


権助:んだ、陰気だ。

   陽気に火でもつけるか?


八五郎:なに言ってやんでェこんちきしょう。

    陰気すぎるんだよ、まったく。

    もっとこう、盛り上げろィ!


権助:盛り上げろったって、どうすればいいべ?


八五郎:だからよぅ、弔(とむら)いの一つもねえってのがおもしろくねえ。

    弔(とむら)いがありゃ、こっちもワーとかガーとかやって喋(しゃべ)れるけど、

    この寺ァ弔(とむら)いを断ってるって言うじゃねえか。


権助:いやぁ、断っちゃあいねえだよ?


八五郎:じゃぁなんで来(こ)ねえんだよ?


権助:先代(せんだい)の和尚(おしょう)様の時ァまあまああったけんど、あんたの代になったら

   はたと途絶(とだ)えたべ。

   まぁおらが思うに、あんたには弔(とむら)い運がねえだな。


八五郎:うるせぇこんちきしょう。

    なぁにが弔(とむら)い運だ。

    ~~なにかねえかい?


権助:何がだね。


八五郎:何がって、患(わずら)ってる奴のいる家(うち)の一軒や二軒あるだろ。

    「いかがでしょう、今のうちでしたらお安くしときます」とか、

    団体様ですと割引になりますとか。


権助:ぇぇ~そんた事ォ言ったらダメだべ。

   

八五郎:うるさいよ。

    どっかねえのかい?


権助:あ~~……蛙(かえる)ヶ池(いけ)地蔵尊(じぞうそん)の字(あざ)ミミズ川のーー


八五郎:なんだそりゃ。


権助:そこのばば様がええか。

   身体(からだ)の塩梅(あんべ)ぇが悪いって聞いたな。


八五郎:あるんじゃねえか!

    行け行け、そういうとこへ!

    顔を出して、「いかがでござんすか、なんでしたら今のうちに…

    」とかなんとか言ってりゃむこうだって情(じょう)がわくから、でしたら

    そちら様になんて事になるんじゃねえか!

    そういうもんなんだよ!


権助:おらもそうだべなぁと思って行ったんだ。

   したらこれが一昨日(おととい)ぽっくりーー


八五郎:逝(い)ったか!?


権助:治った。


八五郎:…あのな、「ぽっくり」ってのは治ったほうに使うんじゃねえよ

    。


権助:いんやぁ、そうでねえだよ。


八五郎:はあ?そんなことねえだろ。


権助:そうでねえだよ。

   「ぽっくり」ってったら、「ぽっくり生き返った」だの、

   「ぽっくり治った」、「ぽっくり良くなった」て言うべ。


八五郎:…変なとこだな、おめえのは。


権助:…あとは「ぽっくり飯食うべ」だの。


八五郎:そりゃ嘘だろ。

    まぁいいや、ひとつ酒でもかっ喰(く)らうかァ。


権助:ダメだぁ、酒てのは良かねえべ。


八五郎:なんでだよ、おめえだって呑(の)むだろ。


権助:おらだって呑(の)むけんど、酒っつうのはダメだべ。

   そうだ、あんたに寺の符牒(ふちょう)を教えるべ。


八五郎:おぅそうそう!

    じゃ酒はなんてんだ?


権助:般若湯(はんにゃとう)だべ。


八五郎:般若湯(はんにゃとう)な、なるほどな。

    まだあったな。マグロの刺身(さしみ)は?


権助:赤豆腐(あかどうふ)だべ。


八五郎:ほうほう、赤豆腐(あかどうふ)な。なるほど。

    あ~あとはなんだ、卵は?


権助:あ~、あれは御所車(ごしょぐるま)だべ。


八五郎:ん~いいね、御所車(ごしょぐるま)かい。

    で、なんで?


権助:中に君(黄身(きみ))がおわします。と言うな。


八五郎:ふーん、たしかまだあったよな?


権助:あ~サザエが拳骨(げんこつ)、アワビが伏せ鐘(がね)、タコが天蓋(てんがい)、かつ節(ぶし)は巻紙(まきがみ)

   ドジョウは踊(おど)り子だべ。


八五郎:あっははぁ、踊(おど)りっ子にゃあちげえねぇや。

    よし、踊(おど)りっ子の鍋(なべ)こしらえようじゃねえか。御所車(ごしょぐるま)も

    放りこんでよ!


権助:そしたらなんとか支度(したく)させるべ。


八五郎:おう、おめえもどんどん呑(の)め!


語り:なんてんで二人とも酒をしたたか呑(の)んで、やがて出来(でき)あがった

   踊(おど)りっこ鍋(なべ)…もとい、ドジョウ鍋(なべ)をつついてすっかり酔っぱらいの

   出来(でき)あがり。


八五郎:お~ぅ、どんどん呑(の)め!


権助:あぁはぁ、ええ心持(こころも)ちになってきたべ。

   これ以上酔っぱらうと目の前にいるやつ張り倒したくなるべ。


八五郎:なんでぇこの野郎。悪い酒だなおい。


権助:ははは、ウソだべ。


八五郎:あたりめぇだ。


権助:よぉし、ただ呑(の)んでても面白(おもしろ)くねえから、

   ひとつ踊(おど)りでも踊(おど)るべぇ。


八五郎:ぃよッ!【手を叩く】

    踊(おど)りってなァいいね!何やってくれるんだい?


権助:んだなぁ、寺に付き物の踊(おど)りだべ。

   湯灌場踊(ゆかんばおど)りて言うべ。


八五郎:な、なに?いんかんば…?


権助:死んだ死んだで湯灌場踊(ゆかんばおど)りて言うべ。


八五郎:ぇぇ…よそうやそんなもの。

    他にねえのかい?


権助:穴掘り音頭(おんど)だなぁ。

   「穴を掘るべや地獄の穴を、掘れさ掘れ掘れ、掘れ掘れ地獄や」


八五郎:やだよおい!

    あぁもういいよいいよ、俺が何かやるよ!

    俺がやるから、三味線(しゃみせん)持ってこい!


権助:三味線(しゃみせん)はねえだよ。


八五郎:他に何かねえのか?


権助:木魚(もくぎょ)ならあるべ。


八五郎:木魚(もくぎょ)かよおい!

    しょうがねえ、持ってこいよ!


沙弥托善:頼(たの)もうッ!


     頼(たの)もうッッ!!


八五郎:ッぉッとっとちきしょう!

    なんでェ、外に誰か来やがったぞ。


権助:どれどれ、おら行ってくるべ。


   はぁぁ弔(とむら)いだべか?たまにはねえと穴掘り賃(ちん)にもならねえで、

   おらの小遣(こづか)いがなくなっていけねえべ。

   あぁよかったよかった……あれ?こらァダメだべ。

   知らねえ坊(ぼう)さま来たよ?

   寺さ坊(ぼう)さま来てどうなるったら共食(ともぐ)いでねえべか。

   あ~…どちら様だべ?


沙弥托善:…愚僧(ぐそう)は越前国(えちぜんのくに)永平寺(えいへいじ)は沙弥托善(しゃみたくぜん)と申す。

     諸国行脚(しょこくあんぎゃ)、雲水(うんすい)の身。

     このたび門前を通行のみぎり、戒壇石(かいだんせき)に「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」

     とあり。

     まさしく禅家(ぜんけ)の御寺(みてら)と存じ、大和尚(だいおしょう)ご在宅ならば、

     ひと問答(もんどう)いたしたく推参(すいさん)つかまつった。

     御前(ごぜん)よろしくお取次(とりつ)ぎを。


権助:へ、へえ、と、とりあえずそこでお待ちくだせえ…!


   【二拍】


   て、てえへんだべ!えれぇ事になったべ!


八五郎:なんだなんだ、ケンカか?


権助:寺にケンカはこねえだよ。

   ぁ、あの、ぁ~…何かきたよ。


八五郎:なにが?


権助:しょ、諸国(しょこく)、諸国(しょこく)はん…諸国(しょこく)般若(はんにゃ)の面かぶって歩く稚児(ちご)さん。


八五郎:諸国(しょこく)般若(はんにゃ)の面かぶって歩いてるってなんだ?

    飴屋(あめや)か?


権助:あぁいや、そうでねえ、問答(もんどう)の坊(ぼう)さんだべ。


八五郎:なんだ問答(もんどう)の坊(ぼう)さんって。

    とりあえず一杯(いっぱい)呑(の)ませてやれ。


権助:いやいや、そうでねえべ。

   先代(せんだい)の和尚(おしょう)の時はままあった事だべ。

   寺の本堂で向かい合わせになって、「なになにとはこれいかに!」

   て訪ねてきた方がやるべ。

   それさ和尚(おしょう)が「なになにのごとし!」と答えとっただ

   。


八五郎:何でェ、それを俺がやるってのか?

    やだよ、うちはそういう問答はやらねえって、そう言ってきな!


権助:それがそうはいかねえだ。

   寺の表(おもて)に問答(もんどう)やりますて看板が出とるで。


八五郎:バカだな、そういうは取り込んどきゃ良いんだよ!

    これからそーっと行って、その看板取り込んどけ!


権助:それがおいそれとできねえだよ。

   石造(いしづく)りの塔だでな。


八五郎:作り付けかよおい!

    しょうがねえな。

    もし負けたらどうなるんだ?


権助:もし答えられねえと、如意棒(にょいぼう)て鉄の棒で頭(あたま)ァ張り倒され

   て、唐傘(からかさ)一本で寺ァ追(お)ん出されるべ。


八五郎:誰がそんなこと決めたんでェ。


権助:いや、誰が決めたって、昔からこの寺の宗旨(しゅうし)はそうなんだべ。


八五郎:じゃあ向こうが「いろはにほへと」っつったら、俺が「ちりぬる

    を」とか返しゃいいんだろ。


権助:いやそうでねえべ。お釈迦(しゃか)様の事とか聞かれるべ。


八五郎:よせよ、お釈迦(しゃか)様の事なんざ分からねえよ。

    お釈迦(しゃか)になったってなら分かるけどよ。

    俺に分かることっつったら賽(さい)の目くらいだ。

    それじゃなにか、勝ち目はねえのか?


権助:ねえべよ、こっちはお経(きょう)が「いろはにほへと」だもの。


八五郎:うるせぇよ。

    こういう時ゃ、留守(るす)だって事にすりゃあいいんだよ。

    いるとは言ってねえんだろ?


権助:奥(おく)行って聞いてくるって言ったべ。


八五郎:バカだな、いねえって言いやぁいいんだよ!

    それっきりになるんだから。気のきかねえ野郎だな。

    どれ、俺が行ってくる。


権助:いや、鉢巻(はちまき)したままだべよ。

   そりゃまずいべ。


八五郎:おっとそうだった。

    このまんまじゃかっぽれ歌ってるみてえだ。


    どうも、いらっしゃいやし!


沙弥托善:愚僧(ぐそう)は越前国(えちぜんのくに)永平寺(えいへいじ)は沙弥托善(しゃみたくぜん)と申す。

     諸国行脚(しょこくあんぎゃ)、雲水(うんすい)の身。

     

八五郎:あぁそうそうそう、雲水(うんすい)ね。

    そういう顔だよお前さんのは。

    いやあせっかく来てくれたんだけどね、

    和尚(おしょう)は今ちょっと旅に出てるんだ。

    じゃ、そういうことでーー


沙弥托善:【↑の語尾に喰い気味に】

     お帰りまで、お待ち受けいたす。


八五郎:いや、お帰りまでったってね…二、三日は帰らねえんだけどね。


沙弥托善:二、三日の事ならば、お待ち受けいたす。


八五郎:お待ち受けいたすったって…五、六日は…


沙弥托善:五、六日の事ならば、お待ち受けいたす。


八五郎:い、いや、五、六日で帰ってくりゃいいけど、

    もしかしたら一年…いやぁ、うちの和尚(おしょう)は気まぐれ

    だから、ちょいと湯に行くみたいにして出かけちまうからね。

    事によると生涯(しょうがい)ーー


沙弥托善:【↑の語尾に喰い気味に】

     戯(たわむ)れを…!

     一年が二年が十年が二十年。

     修行のためとあらば、命のあらん限りお待ち受けをいたす。

     門前(もんぜん)に旅籠(はたご)もある。これに宿を取り、明朝(みょうちょう)推参(すいさん)つかまつる!

     では…!


     【二拍】


八五郎:な…な…っ勝手にしやがれッかんぷらちんきィこんちきしょう!

    我利我利(がりがり)亡者ァ!バカァーーーーーッッ!!!

    ちきしょう面白(おもしろ)くねえなァ!

    明朝(みょうちょう)来るっつったか…!?


権助:あぁ来るべ。

   執念深(しゅうねんぶけ)えんだ。どうするべ?

   問答(もんどう)やったってかなわねえべ?

   いろはにほへとーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    うるせぇこんちきしょう。

    いいよ、あくまで留守(るす)って言い張ってやるよ。


権助:いねえったって、物騒(ぶっそう)だからこの寺ァ預(あず)かるとか言われたらどうす

   んだ?


八五郎:冗談言うねェ、俺が和尚(おしょう)だってことは六兵衛(ろくべえ)の親分だけーー


権助:バカ言うでねェ、村の皆が知っとるでねえか。

   あっちゅう間(ま)にバレて問答(もんどう)するべぇ言われるべ。

   問答(もんどう)できなかんべ?

   いろはにほへーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    また始まったよこんちきしょう!

    ぅぅ~~~~じれってェなァ!なんとかならねえのかおい!


権助:じゃ、おらぁ勧(すす)めるわけではねえけど、こうしたらよかんべ。

   おらの故郷は信州丹波(しんしゅうたんば)だが、おらの村さ来(く)ればええ。

   村の寺さあんたを和尚(おしょう)として入れるように、おらが上手(うま)くやるべ。

   そこで暮らすべ。

   もしそこさ来たら、またこっちさ戻ってくればええべ。


八五郎:なに、おめえんとこの村に寺がある?

    行く!

    寺の掛(か)け持ちなんざ乙(おつ)なもんだよ!


権助:そうと決まったら、ここに置いてある物をそのままにしとけば、

   あの坊さまの物になっちまうべ。

   だからこれらを売っぱらって、二人の路銀(ろぎん)にしたらええべ。

   まぁ勧(すす)めるわけではねえけどもな。


八五郎:さっきからずいぶん勧(すす)めてるじゃねえか。

    じゃ、善は急げだ。

    道具屋呼んで来いよ。


語り:なんてんで道具屋を寺へ呼んで、銅鑼(どら)がいくらだの、燭台(しょくだい)がいくら

   だのとやっていると、表(おもて)から入ってきた者がいる。


六兵衛:おう、ごめんよ。


八五郎:あっ、あ、ろ、六兵衛(ろくべえ)の親分…へへ…。

    すっかりご無沙汰(ぶさた)しちまって。

    ちょくちょくうかがわなきゃいけねえとは思ってたんですけど、

    もう毎日忙しくて忙しくてーー


六兵衛:なにを言ってやんでェ、嘘つけこの野郎。

    忙しいわけがねえだろうが。

    ほんとに、おめえはそういう所が良くねえんだ。

    一度でも二度でもいいから、ちょいと義理立(ぎりだ)てに顔を見せるもん

    だ。

    ばあさんなんざ大変に心配して、事によると患(わずら)ってるんじゃなか

    ろうかってんで、俺が見に来たんだ。

    見たとこ、体は良さそうだが…なんでェその格好(かっこう)は。

    鉢巻(はちま)き持って尻をはしょってよ、かっぽれでも踊ろうってのか

    ?


八五郎:っあぁいやぃや、そ、そういうわけじゃねえんで。


六兵衛:お?珍しいな。おめえでも掃除(そうじ)はするのか?

    結構結構(けっこうけっこう)、少しは掃除(そうじ)してーーん?道具屋じゃねえか。

    何でここにいる?


    は?これらを買ったァ?


八五郎:わーっ、わーっ、だだだダメダメ!


六兵衛:ふうん…なるほど、だいたい事情は分かった。

    とりあえず金は返すからこいつらを置いて帰ってくれ。


    【二拍】


    おいッ八公(はちこう)ッ!こっちこいッ!!


八五郎:あ、え、へへへ…いいお天気で…。


六兵衛:うるせぇ、何がいい天気だこの野郎!

    おめえやりゃあがったな?ええ?

    なに寺の物を勝手(かって)に売り飛ばそうとしてやがんだ!


八五郎:ま、ままま、そう頭ごなしに怒らねえでくれ親分。

    これにはちょいと訳(わけ)ありなんで。


六兵衛:何でェ訳(わけ)ありってな。

    そいつを話してみろ。


八五郎:あのですね、越前(えちぜん)に永平寺(えいへいじ)てとこがあるんだそうですな。


六兵衛:あるんだそうですなっておめえな、この寺の総本山じゃねえか。

    しょうがねえな、そのくらいの事は知っときな。

    で、それからどうしたんだ。


八五郎:そこから問答(もんどう)の坊主(ぼうず)ってのが来やがりましてね。


六兵衛:!あーはぁはぁはぁ、そうか、来たか。


八五郎:ええ、来たんですよ。

    あっしァ何も知らなかったんですが、問答(もんどう)に負けると唐傘(からかさ)一本で

    追(お)ん出されるそうじゃねえですか。

    冗談じゃねえや、追いだされるくれえだったら、こっちからとん

    ずらしちまった方が

    がいいってんで、権助(ごんすけ)の村の寺に行くことになったんで。

    いずれむこうの様子(ようす)は手紙で知らせるつもりだったんで。

    それでここの物は置いといても向こうの物になっちまってつまら

    ねえから、売り飛ばしちまおうと、こういうわけなんで。

    ま、長いことお世話になりやしたがーー


六兵衛:【↑の語尾に喰い気味に】

    おぉいちょちょちょ待て待て。

    よくもまあそういう事を次から次へと勝手にしやがるな。

    てめえの物にされてたまるかバカ野郎!

    ここにある物はてめえの物でも俺の物でもねえんだ。

    村から俺が預(あず)かってるんだぞ。

    俺の顔をつぶす気かてめえらは、えぇ?


八五郎:あ、あはは…いやぁ…。


六兵衛:で、その問答(もんどう)の坊主(ぼうず)、また来るって言ったのか?


八五郎:くるどころじゃねえ、命のあらん限り来るっつってやした。

    悪い坊主(ぼうず)に見込まれましたよ。


六兵衛:禅宗(ぜんしゅう)の坊主(ぼうず)だ、そのくらいの事は言うだろ。

    俺も先代の住職の時に一度見た事があったな。

    いや、それをおめえに言うのをすっかり忘れてた。

    こいつァ俺のドジだな。

    よし分かった。

    代わりに俺が問答(もんどう)をやってやる。


八五郎:え、問答(もんどう)やるんで?こんにゃく屋の親分が?

    大丈夫ですかね?

    よした方が良くないですか?唐傘(からかさ)が二本に増えるだけですよ。


六兵衛:話はしまいまで聞け。

    その坊主(ぼうず)が来るだろ、俺ァ和尚(おしょう)の格好(かっこう)して構(かま)えて、何にも言わね

    え。ひとっこともものを喋(しゃべ)らねえんだ。

    聞かれたら、唖(おし)で口がきけねえって言いやいいんだ。

    じゃあ字を書いてっつったら、盲(めくら)で見えねえって言いやいい。

    おまけに聾(つんぼ)だと言(い)やあいい。

    唖(おし)で盲(めくら)で聾(つんぼ)の三点張(さんてんば)りだ、完璧だろ。

    これでもしまだぐずぐずぐずぐず言うようなら殴れ。

    ただ殴るんじゃ面白(おもしろ)くねえから、裏の墓場から角塔婆(かくとうば)引っこ抜い

    てきてぶん殴れ。

    ケンカなら負けねえんだろ?


八五郎:え?えぇそりゃあもう、ケンカなら負けやせんよ。

    ぺーんとやっちゃいますよ、ええ。

    死んじまったって構(かま)うこたあねえ。埋める場所ならいくらでも

    裏にあるんだ。


六兵衛:権助(ごんすけ)、おめえも見てることはねえからな。

    なんかやれ。


八五郎:そうだ、おめえも手伝え。


権助:じゃあ、おらはひとつ釜に湯でも沸(わ)かして、ぶっかけるかぁ?

   坊(ぼう)さま湯掻(ゆが)いちまうべ。


八五郎:おういいね、やれやれ。

    向こうが何か言って来てもこっちは言わねえ、しつこく言うよう

    ならやっちまうと、へへへ。

    それで親分、その坊主(ぼうず)また明朝(みょうちょう)早く来るって言ってやした。

    後手(ごて)ェ喰(く)っちまうといけねえから今日はここへ泊(とま)ってくだせえ。


六兵衛:おうわかった。

    よし、とりあえず権助、酒ェ買ってこい。


語り:なんてんで、三人寄れば文殊(もんじゅ)の知恵…というには物騒(ぶっそう)な相談が

   まとまりまして、空が白むまで呑(の)み明かしと相成(あいな)ります。


八五郎:おっ、空が明るくなってきやがった。

    いつまでも呑(の)んでるってえといけねえ。

    一番鶏(いちばんどり)が鳴きやがったんで親分、そろそろ支度(したく)にかからねえと

    。

    権助(ごんすけ)ェ!湯はどうしたァ!?


権助:ぐらぐら煮えとるで。

   なんならひとつ掛けてみるべか?


八五郎:よせよおい。

    そりゃ問答(もんどう)の坊主(ぼうず)だけにしとけ。


六兵衛:そうだ、いいか、坊主(ぼうず)がしびれを切らして帰らねえようなら、

    八公(はちこう)、おめえが角塔婆(かくとうば)で坊主(ぼうず)の向(むこ)う脛(ずね)をかっ払(ぱら)え。

    権助(ごんすけ)、そこへおめえがすかさず湯をぶっかけてやれ。

    そうすりゃ二度と来ねえだろ。

    よし、まず衣(ころも)を持ってこい。

    …ん?

    おい、袈裟(けさ)のここに付いてる輪(わ)っかァどうした?


八五郎:あ、あぁそれァ象牙(ぞうげ)で出来てるってんで、売って酒代(さかだい)の足しに

    しちまいやした。二分(にぶ)で売れたんで。


六兵衛:二分(にぶ)で売れたって…バカ野郎。

    それでこの錆(さ)びた輪(わ)っかはなんだ?


八五郎:蚊帳(かや)の吊(つ)り手をくっつけたんで。


六兵衛:しょうがねえな、ったく。

    じゃ、「もうす」持ってこい。


八五郎:え?何ともうす?


六兵衛:ふざけてるんじゃねえ。

    頭にこう、被(かぶ)る頭巾(ずきん)のことだ。


八五郎:あぁ!とんがり頭巾(ずきん)!


六兵衛:なにがとんがり頭巾(ずきん)だよ、早く持ってこい。


八五郎:ぁー、へへ…どうぞ。


六兵衛:おう…うん?なんだ、ずいぶん焼け焦(こ)げができてねえか?


八五郎:そうなんで。

    こないだボヤ起こしちまった時、火掛(ひが)かりしちまったんで。


六兵衛:坊主(ぼうず)が火掛(ひが)かりなんぞするんじゃねえ、

    ったく…。

    おい、払子(ほっす)持ってこい。


八五郎:え、なんです?


六兵衛:バカ野郎、払子(ほっす)くれえ覚えとけ。

    持つところが朱塗りになってて先っぽにこう、毛が付いてるやつ

    だ。


八五郎:あぁあぁ、達磨(だるま)の毛叩(けばた)きだ。


六兵衛:なんだよ、達磨(だるま)の毛叩(けばた)きって…っておい、なんで便所の戸を

    開けるんだよ。


八五郎:あぁ、便所の叩(はた)きに使ってたんで。


六兵衛:よこせバカっ。

    あぁあぁ、ずいぶん毛が短く少なくなっちまって。

    ったく、なに仕出(しで)かすかわからねえ野郎だ。


    …よし、これでどうだ。


八五郎:ぃよッ!【手を叩く】

    できたよ。

    おい権助(ごんすけ)どうだいこれァ!

    いいねェ、様(さま)になってやすよ!

    どっから見ても大和尚(だいおしょう)だね!

    ってあっダメだ、腹掛(はらが)けが見えてるよ、親分!


六兵衛:めんどくせえな。

    もと職人とか言っときゃいいだろ。


八五郎:じゃあじゃあ、本堂の方へ行きやしょう。


沙弥托善:頼(たの)もうッ!


     頼(たの)もうッッ!!


八五郎:そらおいでなすった!

    来た来た、親分、来やしたよ!


六兵衛:おう、そっちも上手(うま)くやれよ。

    抜かるんじゃねえぞ。


八五郎:っへへ、昨日のようにはいかねえ、今ならこっちのもんでござん

    すってな、へへへ。


    ぃよォッ!ご苦労さんで!

    ゆんべ遅くに帰ってきやがってね、あんたが来たって事を伝えた

    ら喜んでねェ。

    しばらく問答(もんどう)してねえから溜飲(りゅういん)が起こっていけねえってね。

    良い問答(もんどう)をしてえってんで本堂で待ってんだよ。

    いやぁ良かった良かった!


沙弥托善:…それは重畳(ちょうじょう)。

     して、大和尚(だいおしょう)の法名(ほうみょう)は何と申される?


八五郎:ほ、ほ、ほ、法名(ほうみょう)??


沙弥托善:名前は?


八五郎:え?名前はこんにゃく屋の六(ろく)べーーげふんげふん!

    っこ、こんにゃく、こんやくぅ、こうやーーー

    ッ高野山(こうやさん)の弘法大師(こうぼうだいし)ってんだ!


沙弥托善:これは戯(たわむ)れを。

     弘法大師(こうぼうだいし)は真言宗(しんごんしゅう)の座主(ざす)であろう。


八五郎:え?真言(しんごん)?あぁそう、そうね、真言(しんごん)とくりゃあね、うん。

    真言(しんごん)もいいよ。四(し)ん五(ご)んも三六(さぶろく)も三一(さんみち)もいいんだけどね。


沙弥托善:??


八五郎:ま、まぁまぁまぁ、入って入って!


語り:八五郎(はちごろう)たちにかような企(たくら)みある事つゆ知らず、

   沙弥托善(しゃみたくぜん)は案内(あない)に連れられ門を入り、竜のひげを踏み、

   玄関の熊笹(くまざさ)を分け、幅広(はばひろ)の障子(しょうじ)を左右に開く。

   寺は古いが広(ひろびろ)々としたもので、高麗縁(こうらいぶち)の薄畳(うすだたみ)は雨漏(あまも)りのため茶色と

   変じ、狩野法眼元信(かのうほうげんもとのぶ)の描(えが)きしかと謳(うた)われたる格天井(ごうてんじょう)の一匹龍(いっぴきりゅう)は、

   鼠(ねずみ)の小便のために胡粉地(ごふんじ)のみとあいなり、金泥(きんでい)の巻柱(まきばしら)は剥(は)げ渡(わた)り、

   欄間(らんま)の天人(てんじん)は蜘蛛(くも)の巣に綴(と)じられ、幡天蓋(はたてんがい)は朝風(あさかぜ)のために翩翻(へんぽん)と

   翻(ひるがえ)る。

   正面には釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)、左の方には禅宗(ぜんしゅう)の開山達磨(かいざんだるま)の僧(そう)。

   一段(いちだん)高きところには法壇(ほうだん)を設(もう)け、一人の老僧(ろうそう)。

   頭には帽子(もうす)をいただき手には払子(ほっす)をたずさえ、

   まなこ半眼(はんがん)に閉じ、坐禅観法(ざぜんかんぽう)寂寞(じゃくばく)として控(ひか)えしは、

   当山(とうざん)の大和尚(だいおしょう)…とは真っ赤な偽(いつわ)り。

   なんにも知らない蒟蒻屋(こんにゃくや)の六兵衛(ろくべえ)であります。


沙弥托善:一不審(いっぷしん)もて参る。

     そもさん!

     法華経五字(ほけきょうごじ)の説法(せっぽう)は八遍(はっぺん)に閉じ、松風(しょうふう)の二道(にどう)は松に声ありや、

     松また風を生むや。有無(うむ)の二道(にどう)は禅家悟道(ぜんかごどう)にして、いずれが

     理(り)なるやいずれが非(ひ)なるや。

     これ如何(いか)に!

     如何(いか)にッ!


六兵衛:………。


八五郎:【つぶやく】

    よし、こっからならよく見えらァ。


権助:【つぶやく】

    ……いいところで湯掻(ゆが)くかァ…?


沙弥托善:そもさん!

     東海(とうかい)に魚(うお)あり。尾も無く頭(かしら)も無く、中の支骨(しこつ)を絶(た)つ。

     この儀(ぎ)や如何(いか)に!

     お答えを!

     お答えをッ!!

     説破(せっぱ)ァッ!!!


六兵衛:【つぶやく】

    けっ、何がラッパだ。なんとでも言ってろィ。

    なぁに言ってんのか、こちとらァちんぷんかんぷらちんきでェ。


沙弥托善:……。

     お答えなきところを見るに、禅家荒行(ぜんかあらぎょう)の無言(むごん)の行(ぎょう)と察(さっ)す。

     我また、無言(むごん)にて問わん。


八五郎:【つぶやく】

    はァ?無言で問答(もんどう)になるってのか…?


権助:【つぶやく】

   さあ?坊主(ぼうず)の考えることはよく分からねえべ。


沙弥托善:……ッ!


八五郎:【つぶやく】

    ぉぉ?坊主(ぼうず)が両手で小さい丸を作ったぞ…?


六兵衛:!

    ………むッ!


八五郎:【つぶやく】

    おや?今のが分かったってのか?

    さすが親分、両手ででけぇ丸(まる)を作ったよ。


沙弥托善:!!

     ははァーーーッ!!


八五郎:【つぶやく】

    ッなんだなんだ!?

    坊主(ぼうず)の野郎がいきなりひれ伏したぞ?


沙弥托善:【つぶやく】

     し、しからば……ッ!


八五郎:【つぶやく】

    なんだァ?

    坊主(ぼうず)の野郎、今度は指を十本突き出しやがった?


六兵衛:!!

    ………んむッ!!


八五郎:【つぶやく】

    さっすが親分!これもわかったんだな?

    片手の指を五本突き出したぞ。


沙弥托善:!!!

     はっははァーーーッッ!!


八五郎:【つぶやく】

    !坊主(ぼうず)がひれ伏した!

    これも親分の勝ちだな!

    ザマぁ見ろィ!


沙弥托善:【つぶやく】

     い、いまひとつ……ッ!


八五郎:【つぶやく】

    坊主(ぼうず)の野郎、あきらめが悪いったらねえや!

    今度は片手の人差し指と親指で丸を作ったぞ?


六兵衛:【つぶやく】

    ぉっこの、野郎ォ……ッッ!!


八五郎:【つぶやく】

    え、お、親分!?

    ありゃ、あかんべえかァ…?


沙弥托善:!!!

     ははァァーーーーッッ!!

     恐れ入りましてございます!!


八五郎:!!?っおぉいおいおい!ちょちょちょっと待ちなよ!

    え、なんだか狐拳(きつねけん)みてえなことやってたけど、なにが一体どうな

    ったんで?


沙弥托善:恐れ入りました…!

     当山(とうざん)の大和尚(だいおしょう)は博学多才(はくがくたさい)、

     とうてい愚僧(ぐそう)の及ぶところではございません…!


八五郎:へえぇおい本当かい!?

    え、どんなやり取りしたんだい?


沙弥托善:はじめ二言三言(ふたことみこと)お尋(たず)ねいたしましたるところ、何のお答えも

     なく、これは禅家荒行(ぜんけあらぎょう)のうち無言(むごん)の行(ぎょう)と心得(こころえ)ました。

     それで、「大和尚(だいおしょう)の胸中(きょうちゅう)は」とお尋(たず)ねいたしましたるところ、

     「大海(たいかい)の如(ごと)し」とのお答え、誠(まこと)に恐れ入りました。

     次に「十方世界(じっぽうせかい)は」とお尋(たず)ねいたしたところ、「五戒(ごかい)で保(たも)つ」

     との仰(おお)せ。

     愚僧(ぐそう)、及ばずながらもう一問答(ひともんどう)と存(ぞん)じ、「三尊(さんぞん)の弥陀(みだ)は」と

     お尋(たず)ねしたところ、「目の前を見よ」とのお叱(しか)りを受けました

     。

     とうてい愚僧(ぐそう)の遠く及ぶところにあらず、もう二、三年、

     修行して出直して参ります…!


八五郎:へへへ、あぁ帰んな帰んな、あァら帰んな帰んなァ!

    ぁそうだ、おぉい、その辺で他(ほか)の坊主(ぼうず)に会ったら言っときな!

    問答(もんどう)なんざ仕掛(しか)けたってダメだってよ!

    うちはスゲェんだ、問答(もんどう)の縄張(なわば)り持ってんだからよ!

    帰(けぇ)れ帰(けぇ)れ、こんちきしょう!


権助:さすが六兵衛(ろくべえ)さんだべ。

   おらの湯もあんたの角塔婆(かくとうば)も使わなかったべ。


八五郎:いいじゃねえか!手荒(てあら)な事しねえで済(す)んだんだ。


    ぃよッ、どうも、お疲れさまでした親分!


六兵衛:バカ野郎、なんだってそのまま帰しちまったんだ!?


八五郎:えっ、なんだってったって、謝(あやま)ってやしたよ?

    は、白菜だか野菜だかなんとか。


六兵衛:なに言ってやんでェ、アレなんだって?永平寺(えいへいじ)から来たって?


八五郎:そそ、越前(えちぜん)の永平寺(えいへいじ)とか言ってやしたよ。


六兵衛:いやぁとんでもねえ。

    アイツぁきっとこの辺をうろついてる乞食坊主(こじきぼうず)に違(ちげ)ぇねぇ。


八五郎:え、そうなんで?


六兵衛:だってよ、はじめパクパク口を動かしてやがったが、

    俺が黙ってるもんだから前の方へずっと出てきて、俺のツラぁ

    まじまじと見やがった。

    こんにゃく屋の六兵衛(ろくべえ)だってわかったんだろうな。

    今度は悔(くや)し紛(まぎ)れに、「おめえのとこのこんにゃくはこんなに

    小(ち)っちぇえだろ」ってやってきやがったから、

    「こんなに大きい奴だ」ってやってやったら

    ぺっこり頭ァ下げやがった。

    次に「十丁(じゅっちょう)でいくらだ」ってきやがったもんだから、

    高(たけ)えなァと思ったが「五百だ」って吹っ掛けてやったんだ。

    そしたらまァしみったれた坊主(ぼうず)だよ。


    「三百にまけろ」ってきやがったから「あかんべえ」してやっ

    たんだ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

古今亭志ん朝(三代目)

柳家小さん(五代目)

柳家小三治(十代目)

桂歌丸



※用語解説


・上州(じょうしゅう)

群馬県の旧国名である上野国(こうずけのくに)の異称。


・安中(あんなか)

群馬県(ぐんまけん)の西部。


・飯盛女(めしもりおんな)

主に江戸時代を中心とする)日本の宿場に存在した娼婦である。

宿場女郎(しゅくばじょろう)ともいう。


・風来坊(ふうらいぼう)

どこからともなく現れてはどこへともなく去っていく人という意味の

放浪者や旅人のような人物を指す言葉。


・沖の暗いのに白帆(しらほ)が見える、あれは紀(き)の国みかん船

江戸時代に紀州(現在の和歌山県)から江戸へミカンを運び、大成功を

収めた豪商、紀伊国屋文左衛門の伝説に登場する有名なフレーズ。

特に大嵐の中、紀州から江戸へミカンを満載した船が向かう様子を歌った

かっぽれの歌詞。


・かっぽれ

俗謡、俗曲にあわせておどる滑稽な踊り。漢字表記は「活惚れ」。


・都都逸(どどいつ)

俗曲の一種。 都々一、都度逸、独度逸、百度一などとも記す。

歌詞から受ける印象によって「情歌(じょうか)」ともいう。

江戸末期から明治にかけて愛唱された歌で、七七七五の26文字でさえ

あれば、どのような節回しで歌ってもよかった。


・熊谷蓮生坊(くまがいれんしょうぼう)

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将、熊谷直実が出家

した後の法号。平家物語で描かれる平敦盛を討ち取った経験から、

戦の世の無常を感じ、出家して法然上人の門に入り修行に励んだ。


・符牒(ふちょう)

合図のための隠語。合言葉。


・湯灌場(ゆかんば)

かつて寺院などに設けられた、故人の体を洗い清めるための場所のこと。

特に江戸時代は地主や家持ち以外は自宅で湯灌をすることが許されなかっ

たため、湯灌場を利用していた。


・戒壇石(かいだんせき)

禅宗や律宗の寺院の 山門前に建てられる石碑。

多くの場合「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」と

刻まれる。


・不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)

葷(臭いの強い野菜、例えばニラやニンニクなど)や酒を山門内に持ち込

むことを禁じる」という意味。


・雲水(うんすい)

雲がどことさだめなく行き水が流れてやまないように、諸国を修行して

歩く僧のこと。行脚(あんぎゃ)僧。


・禅家(ぜんけ)

仏教の宗派のひとつ、禅宗。


・旅籠(はたご)

宿屋のこと。


・かんぷらちんき

調子のいい男のこと。


・我利我利亡者(がりがりもうじゃ)

自分の利益ばかりを追求し、他者への思いやりがない人を指す言葉。


・路銀(ろぎん)

旅費のこと。


・唖(おし)、聾(つんぼ)、盲(めくら)

左から順番に、口がきけない、耳が聞こえない、目が見えないを

意味する言葉。現在は差別用語として使われていない。


・角塔婆(かくとうば)

角柱状の卒塔婆のことで、年忌法要や寺院の落慶式などで墓地の傍に

立てられる。板状の卒塔婆(板塔婆)よりも大きく、五輪塔を模した形状

をしている。


・二分(にぶ)

にふんではない。

昔の貨幣価値で一分(いちぶ)は二万円相当なので、

二分は約四万円。

昔は四進法なので、二分が二枚で一両は八万円相当なーりー。


・火掛(ひが)かり

火事の際、消火作業をすること。


・もうす

帽子と書いて”もうす”と読み、中国の宋代に禅宗から始まり、

鎌倉時代の日本でも臨済宗・曹洞宗が伝わった際に伝来したと言われるも

の。各宗派によって扱いの異なる物。


・腹掛(はらが)け

日本の伝統的な衣装で、胸からお腹にかけて覆う肌着のこと。

「はらがけ」と読み、地域によっては「どんぶり」や「寸胴」とも呼ばれ

る。


・溜飲(りゅういん)が起こる

本来は不満が解消するという意味での「溜飲が下がる」という使われ方を

するが、談志師匠的には反対の意味を込めて、不満がたまっているという

意味で使った(作った)のではないかと思われる。


・弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代初期の僧である空海(くうかい)の諡号(しごう)【死後に贈られる尊称】

真言宗の開祖。


・真言宗(しんごんしゅう)

弘法大師空海(774~835年)が開いた仏教の宗派で、密教を基盤として

いる。

宇宙の根源である大日如来を本尊とし、身体の修行である身密、言葉の

修行である口密、心の修行である意密の「三密修行」によって「即身成仏

(生きながらにして仏になる)」を目指すのが特徴。


・座主(ざす)

仏教寺院で一座の指導者として学徳に優れた僧侶を指す言葉ですが、

特に天台宗の最高位である「天台座主」を意味することが多い。


・そもさん

主に禅問答の際にかける言葉で、問題を出題する側が用いる表現。

「さあどうだ」といった意味合い。


・説破(せっぱ)

そもさん、に対して答える側の使う一般的な返答。


・東海に魚あり。尾もなく頭もなく、中の支骨を絶つ

「魚」という漢字から両端の「尾」と「頭」の部首をなくすと「田」に

なり、さらにその中の「支骨」にあたる部分をなくすと「口」という漢字

になる、という文字遊び。

文字の形と意味を掛け合わせた、とんちが利いた問答として使われた。


・愚僧(ぐそう)

僧侶の一人称。


・狐拳(きつねけん)

江戸時代に広まった「キツネ」「猟師(鉄砲)」「庄屋」の三すくみで

勝敗を決める拳遊びで、じゃんけんの元祖とも言われる。

遊び方は、向かい合って座った二人がそれぞれのポーズをとり、

キツネは庄屋に勝ち、庄屋は猟師に勝ち、猟師はキツネに勝つという

ルール。藤八拳、庄屋拳、東八拳などとも呼ばれ、お座敷遊びとして流行

した。





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