落語声劇「こんにゃく問答」
落語声劇「こんにゃく問答」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約35分
必要演者数:4名
(0:0:4)
(4:0:0)
(1:3:0)
(2:2:0)
(3:1:0)
(0:4:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
八五郎:江戸で渡世人していたが食い詰めてしまい、さらには悪い病を
引き受けてしまった為、友人がカンパしてくれた金を持って草津
へ向かうが、途中で会った飯盛女に貢いですっからかん。
危うく野垂れ死ぬところを六兵衛に救われる。
六兵衛:上州は安中のとある村でこんにゃく屋を営む男。
かつては江戸で兄いだの親分だのと呼ばれたほどの人物だが、
わけあって今はこんにゃく屋のおやじ。
昔取った杵柄であちこちに顔が利く。
権助:木蓮寺の寺男。
わりと八五郎と馬が合うようで、なまぐさものを八五郎と共に
いただきまくっている。
沙弥托善:越前国は禅宗の総本山、永平寺から来た僧。
木蓮寺の戒壇石を見て問答をするべく訪ねてくる。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
八五郎:
六兵衛:
権助・語り:
沙弥托善・枕:
枕:昔は今じゃ考えられないような馬鹿馬鹿しい話というのは、いくらも
あったそうです。
とりわけお寺が絡んでくる話なんというのは、ずいぶんのんきな噺が
多いです。
田舎の方へ参りますてえと、無住持なんという住職が不在の寺があり
まして、そういうところでもって誰か住職になってくれないかなと
思っていると、素性の知れない者が入ってきてそのまま住み着いて、
いつの間にか住職に収まってる、なんということがよくあったとか。
だからイロハのイの字を見て、「これは牛の角だろう」なんて言った
人がいたそうで。
それで結構世の中まかり通っていたというから面白いもんです。
語り:上州の安中にこんにゃく屋の六兵衛て人がいた。
この人は若い時分に江戸でもって親分とか兄いとか言われてた人で
、ちょいと訳があって江戸にいられなくなり、安中へ引っ込んで
今では堅気のこんにゃく屋さんでございます。
たいへん男気がある人でして、面倒見がとてもいい。
村の者達もたいへん頼りにしていた。
それだけではなく、昔なじみの江戸を食い詰めた道楽者なんどが
来るってえと、嫌な顔一つせずにいろいろと面倒を見て、帰る時に
は小遣いの銭を持たせてやる。
だからちょくちょく頼ってくる者がいるのだが、中にはこんな男も
いるようで。
六兵衛:八公!おい八公、いねえのか!?
八五郎:へい、いやすよ。
六兵衛:ちょいとこっちへ来い。
八五郎:へえ、なんでしょう?
六兵衛:おう、そこへ座れ。
どうだ、体の具合は。
八五郎:いやぁ、ありがとうございます。
おかげさまですっかりよくなりやして。
六兵衛:そうか、そいつはよかった。一時はどうなるかと思った。
村はずれでもって行き倒れがあるって聞いて、
駆けつけてみりゃあなるほど、往来に汚ねえ乞食坊主がひっくり
返ってやがる。
息があるのか確かめようと思って近づいたら、いきなり目を開け
て「おやぶーん!」てしがみついてきた。
そいつがおめえとの出会いだったな。
それでおめえ、俺んとこへ来てどのくらいになる?
八五郎:どのくらいですかねえ…早いもんで、昨日今日と思ってやしたが
かれこれ、え~~~…三月は過ぎてやすね。
六兵衛:百日も食いつぶしちゃ、田舎も飽きるだろ。
八五郎:ええ、もう飽きちゃってね、あくびしても追っつかねえくらい
飽きちゃってますな。
六兵衛:なんでェ飽きちゃったってな。
そうでもありませんくれぇの事は言え。
八五郎:そうすか?そうでもありませんがね。
六兵衛:いま言うなよ…。
まぁそれはいい。
で、どうだ、飽きたところですることもねえんだから、そろそろ
江戸へ帰ったらどうだ?
八五郎:いえね、こんなこと言うとおんぶに抱っこで申しわけねえんです
がね、助けてもらった曰くを話すとね、勝手なこと言えた義理じ
ゃねえんですよ。
悪い病を引き受けてって言ったら、友達ってのはありがてえや、
銭ぃ集めてくれて草津へ行って来いって言ってくれた。
持った病がゆえに途中の飯盛女にすっかりはたいちまって、
危なく松の肥やしになる所、親分に助けてもらって今日があるっ
てのにはね、本当に命の恩人、ありがてえと思ってるんです。
どうでしょう、面倒見ついでにもう少しおいてやってくれやせん
かね?
六兵衛:いや、いるのはかまわねえんだけどね、おめえ、何もしねえじゃ
ねえか。ブラブラブラブラしてっから評判悪いんだよ。
あすこに風来坊がいるってな。
だからよ、おめえなんか仕事をしたらどうだ?
八五郎:はあ、仕事ね。
嫌ですよ。
六兵衛:嫌じゃねえんだよ。
人手が足りねえからこんにゃく売りな。
八五郎:こんにゃくぅ?ははは…ありゃ色気がねえからよしときますよ。
六兵衛:なんだとこの野郎。
八五郎:ぁいやいやいや、そういうわけじゃねえんですけど、もっと何か
ありませんかね?
六兵衛:何かってなんだよ。
八五郎:だからね、乙ななりしてさ、村じゅう見回って歩いてさ、
銭が儲かって女にモテるなんてのはないですかね?
六兵衛:ったく、よくそういうこと言いやがんな。
もてるってツラか、頭見ろ頭を。すっかりハゲ上がって毛のねえ
…あ、そうだ、毛のねえおめえの頭ァ見て思い出した。
この村に木蓮寺っつう空き寺があるの知ってるだろ。
八五郎:うん。うん、うん。うん。
六兵衛:いや、何度も返事しなくたっていいんだよ。
あすこは先代の和尚が死んじまってな、権助がひとりで寺守を
してるんだ。
けど寺があって坊主がいねえってのは、雑煮の中に餅が入って
ねえようで半端でいけねえ。
坊主のなり手がいたら世話してくれって頼まれてるんだ。
どうだおめえ、その頭の余分な物をもうちょいとツルっとやって
、坊主になったらどうだ?
八五郎:へえ、坊主ねえ。
坊主はまる儲けって言うけどね。
六兵衛:そんなに儲かるわけじゃねえが、まあ、食いっぱぐれはねえな。
八五郎:ふーん、そうですか。
義理はねえですな。
六兵衛:坊主に義理なんてのはねえよ。
八五郎:あ、そうですか…へえぇ、なってもいいけどさ、何すればいいん
で?
六兵衛:あぁ、こまごましたのは権助がやるから、黙って座ってお経でも
読んでりゃいいんだよ。
八五郎:お経なんて読んだことねえや。
六兵衛:だったら、いろはにほへととかをそれらしく読んどきゃなんとか
なるよ。
袈裟ァ着て、「ぃ~ろぉ~はァ~にィ~ほぉ~へェ~とォ~」
とかなんとかやりゃいいんだ。ごまかしだよ。
八五郎:へえ…それで足りなかったら?
六兵衛:足りなかったら、沖の暗いのに白帆が見えるでもなんでもいいん
だよ。「ぁあ~れぇ~はァ~紀のォ~国ぃ~みかぁん~ぶねェ~
」ぽくぽくぽく、ってなもんだ。
八五郎:かっぽれじゃねえですか。
で、そいつが引導の代わりってやつかな。
六兵衛:引導ってほどのものじゃあねえし、そんなの来ねえだろうけど、
都都逸とかでもやっとけばいいんだ。
都都逸は知ってんだろ?
八五郎:えぇそりゃもう腐るほど知ってやすよ。
「あだ名立膝鬢掻き上げて、忘れしゃんすな今のこと」
なんてのはどうです?
六兵衛:そりゃおめえ、ちょっと色っぽすぎるなぁ。
もっと他にねえのか?
八五郎:そしたら、
「雨の降る日と日の暮れ方は、江戸も田舎も同じこと」
てなどうです?
六兵衛:つまらねえ都都逸を知ってやがんな。
他にねえのか?
八五郎:じゃ、「刺身で一杯呑みてぇーーー喝ぁーッ!」
なんてのは?
六兵衛:いやダメだろそういうのは。
というか都都逸じゃねえだろ。
せめてもうちょっと分かりにくいのにしろよ。
八五郎:あ、そうすか。
まぁまぁ、なんとかなりやすよ。
六兵衛:そうかい、じゃあまあ、それでいいけどよ。
八五郎:それで、どうするんで?
六兵衛:どうするんでって、おめえは今日から坊主だよ。
八五郎:じゃ、名前は?
六兵衛:あ、そうか名前か。
たしかに名前がねえとおかしいな。
八五郎:だから何か名前付けてもらいてえんだけど、どうです?
武蔵坊弁慶とか。
六兵衛:そりゃ昔いたじゃねえか。
八五郎:ですから、二代目を襲名しましたってことで。
六兵衛:ダメだよ。別のにしな。
八五郎:あ、そう…じゃ、熊谷蓮生坊とか。
六兵衛:よせよおい、弁慶の時代の熊谷直実じゃねえか。
んー…じゃあ、弁慶の弁と、蓮生坊の生を取って、弁生ってのは
どうだ?
八五郎:弁生ねぇ…逆さにすると小便になっちまわあな。
六兵衛:いいじゃねえか、誰も逆さまにするわけじゃねえんだから。
弁生でいけ。
八五郎:わかりましたよ。
じゃ、なりました。
六兵衛:おう、じゃさっそく寺へ行くか。
権助に話を通しとかなきゃいけねえ。
語り:なんてんでさっそく木蓮寺行って、権助とも話した末に八五郎は
にわか坊主になった。
…なったんだが、生来がこんな性分の奴だから、袈裟を着て
日々行いすましているなんてのはこれっぽっちもありゃしない。
朝から衣を引っかけて茶碗酒を喰らっているという有様。
八五郎:権助ェェーーーッ!!
権坊ォーッ!
権助:…へぇい、なんだべ?
八五郎:なんだべじゃねえ。
おう、おかわりおかわり。
権助:へえへえ。
八五郎:ぁ~、しかし寺は陰気だな。
権助:んだ、陰気だ。
陽気に火でもつけるか?
八五郎:なに言ってやんでェこんちきしょう。
陰気すぎるんだよ、まったく。
もっとこう、盛り上げろィ!
権助:盛り上げろったって、どうすればいいべ?
八五郎:だからよぅ、弔いの一つもねえってのがおもしろくねえ。
弔いがありゃ、こっちもワーとかガーとかやって喋れるけど、
この寺ァ弔いを断ってるって言うじゃねえか。
権助:いやぁ、断っちゃあいねえだよ?
八五郎:じゃぁなんで来ねえんだよ?
権助:先代の和尚様の時ァまあまああったけんど、あんたの代になったら
はたと途絶えたべ。
まぁおらが思うに、あんたには弔い運がねえだな。
八五郎:うるせぇこんちきしょう。
なぁにが弔い運だ。
~~なにかねえかい?
権助:何がだね。
八五郎:何がって、患ってる奴のいる家の一軒や二軒あるだろ。
「いかがでしょう、今のうちでしたらお安くしときます」とか、
団体様ですと割引になりますとか。
権助:ぇぇ~そんた事ォ言ったらダメだべ。
八五郎:うるさいよ。
どっかねえのかい?
権助:あ~~……蛙ヶ池地蔵尊の字ミミズ川のーー
八五郎:なんだそりゃ。
権助:そこのばば様がええか。
身体の塩梅ぇが悪いって聞いたな。
八五郎:あるんじゃねえか!
行け行け、そういうとこへ!
顔を出して、「いかがでござんすか、なんでしたら今のうちに…
」とかなんとか言ってりゃむこうだって情がわくから、でしたら
そちら様になんて事になるんじゃねえか!
そういうもんなんだよ!
権助:おらもそうだべなぁと思って行ったんだ。
したらこれが一昨日ぽっくりーー
八五郎:逝ったか!?
権助:治った。
八五郎:…あのな、「ぽっくり」ってのは治ったほうに使うんじゃねえよ
。
権助:いんやぁ、そうでねえだよ。
八五郎:はあ?そんなことねえだろ。
権助:そうでねえだよ。
「ぽっくり」ってったら、「ぽっくり生き返った」だの、
「ぽっくり治った」、「ぽっくり良くなった」て言うべ。
八五郎:…変なとこだな、おめえのは。
権助:…あとは「ぽっくり飯食うべ」だの。
八五郎:そりゃ嘘だろ。
まぁいいや、ひとつ酒でもかっ喰らうかァ。
権助:ダメだぁ、酒てのは良かねえべ。
八五郎:なんでだよ、おめえだって呑むだろ。
権助:おらだって呑むけんど、酒っつうのはダメだべ。
そうだ、あんたに寺の符牒を教えるべ。
八五郎:おぅそうそう!
じゃ酒はなんてんだ?
権助:般若湯だべ。
八五郎:般若湯な、なるほどな。
まだあったな。マグロの刺身は?
権助:赤豆腐だべ。
八五郎:ほうほう、赤豆腐な。なるほど。
あ~あとはなんだ、卵は?
権助:あ~、あれは御所車だべ。
八五郎:ん~いいね、御所車かい。
で、なんで?
権助:中に君(黄身)がおわします。と言うな。
八五郎:ふーん、たしかまだあったよな?
権助:あ~サザエが拳骨、アワビが伏せ鐘、タコが天蓋、かつ節は巻紙
ドジョウは踊り子だべ。
八五郎:あっははぁ、踊りっ子にゃあちげえねぇや。
よし、踊りっ子の鍋こしらえようじゃねえか。御所車も
放りこんでよ!
権助:そしたらなんとか支度させるべ。
八五郎:おう、おめえもどんどん呑め!
語り:なんてんで二人とも酒をしたたか呑んで、やがて出来あがった
踊りっこ鍋…もとい、ドジョウ鍋をつついてすっかり酔っぱらいの
出来あがり。
八五郎:お~ぅ、どんどん呑め!
権助:あぁはぁ、ええ心持ちになってきたべ。
これ以上酔っぱらうと目の前にいるやつ張り倒したくなるべ。
八五郎:なんでぇこの野郎。悪い酒だなおい。
権助:ははは、ウソだべ。
八五郎:あたりめぇだ。
権助:よぉし、ただ呑んでても面白くねえから、
ひとつ踊りでも踊るべぇ。
八五郎:ぃよッ!【手を叩く】
踊りってなァいいね!何やってくれるんだい?
権助:んだなぁ、寺に付き物の踊りだべ。
湯灌場踊りて言うべ。
八五郎:な、なに?いんかんば…?
権助:死んだ死んだで湯灌場踊りて言うべ。
八五郎:ぇぇ…よそうやそんなもの。
他にねえのかい?
権助:穴掘り音頭だなぁ。
「穴を掘るべや地獄の穴を、掘れさ掘れ掘れ、掘れ掘れ地獄や」
八五郎:やだよおい!
あぁもういいよいいよ、俺が何かやるよ!
俺がやるから、三味線持ってこい!
権助:三味線はねえだよ。
八五郎:他に何かねえのか?
権助:木魚ならあるべ。
八五郎:木魚かよおい!
しょうがねえ、持ってこいよ!
沙弥托善:頼もうッ!
頼もうッッ!!
八五郎:ッぉッとっとちきしょう!
なんでェ、外に誰か来やがったぞ。
権助:どれどれ、おら行ってくるべ。
はぁぁ弔いだべか?たまにはねえと穴掘り賃にもならねえで、
おらの小遣いがなくなっていけねえべ。
あぁよかったよかった……あれ?こらァダメだべ。
知らねえ坊さま来たよ?
寺さ坊さま来てどうなるったら共食いでねえべか。
あ~…どちら様だべ?
沙弥托善:…愚僧は越前国永平寺は沙弥托善と申す。
諸国行脚、雲水の身。
このたび門前を通行のみぎり、戒壇石に「不許葷酒入山門」
とあり。
まさしく禅家の御寺と存じ、大和尚ご在宅ならば、
ひと問答いたしたく推参つかまつった。
御前よろしくお取次ぎを。
権助:へ、へえ、と、とりあえずそこでお待ちくだせえ…!
【二拍】
て、てえへんだべ!えれぇ事になったべ!
八五郎:なんだなんだ、ケンカか?
権助:寺にケンカはこねえだよ。
ぁ、あの、ぁ~…何かきたよ。
八五郎:なにが?
権助:しょ、諸国、諸国はん…諸国般若の面かぶって歩く稚児さん。
八五郎:諸国般若の面かぶって歩いてるってなんだ?
飴屋か?
権助:あぁいや、そうでねえ、問答の坊さんだべ。
八五郎:なんだ問答の坊さんって。
とりあえず一杯呑ませてやれ。
権助:いやいや、そうでねえべ。
先代の和尚の時はままあった事だべ。
寺の本堂で向かい合わせになって、「なになにとはこれいかに!」
て訪ねてきた方がやるべ。
それさ和尚が「なになにのごとし!」と答えとっただ
。
八五郎:何でェ、それを俺がやるってのか?
やだよ、うちはそういう問答はやらねえって、そう言ってきな!
権助:それがそうはいかねえだ。
寺の表に問答やりますて看板が出とるで。
八五郎:バカだな、そういうは取り込んどきゃ良いんだよ!
これからそーっと行って、その看板取り込んどけ!
権助:それがおいそれとできねえだよ。
石造りの塔だでな。
八五郎:作り付けかよおい!
しょうがねえな。
もし負けたらどうなるんだ?
権助:もし答えられねえと、如意棒て鉄の棒で頭ァ張り倒され
て、唐傘一本で寺ァ追ん出されるべ。
八五郎:誰がそんなこと決めたんでェ。
権助:いや、誰が決めたって、昔からこの寺の宗旨はそうなんだべ。
八五郎:じゃあ向こうが「いろはにほへと」っつったら、俺が「ちりぬる
を」とか返しゃいいんだろ。
権助:いやそうでねえべ。お釈迦様の事とか聞かれるべ。
八五郎:よせよ、お釈迦様の事なんざ分からねえよ。
お釈迦になったってなら分かるけどよ。
俺に分かることっつったら賽の目くらいだ。
それじゃなにか、勝ち目はねえのか?
権助:ねえべよ、こっちはお経が「いろはにほへと」だもの。
八五郎:うるせぇよ。
こういう時ゃ、留守だって事にすりゃあいいんだよ。
いるとは言ってねえんだろ?
権助:奥行って聞いてくるって言ったべ。
八五郎:バカだな、いねえって言いやぁいいんだよ!
それっきりになるんだから。気のきかねえ野郎だな。
どれ、俺が行ってくる。
権助:いや、鉢巻したままだべよ。
そりゃまずいべ。
八五郎:おっとそうだった。
このまんまじゃかっぽれ歌ってるみてえだ。
どうも、いらっしゃいやし!
沙弥托善:愚僧は越前国永平寺は沙弥托善と申す。
諸国行脚、雲水の身。
八五郎:あぁそうそうそう、雲水ね。
そういう顔だよお前さんのは。
いやあせっかく来てくれたんだけどね、
和尚は今ちょっと旅に出てるんだ。
じゃ、そういうことでーー
沙弥托善:【↑の語尾に喰い気味に】
お帰りまで、お待ち受けいたす。
八五郎:いや、お帰りまでったってね…二、三日は帰らねえんだけどね。
沙弥托善:二、三日の事ならば、お待ち受けいたす。
八五郎:お待ち受けいたすったって…五、六日は…
沙弥托善:五、六日の事ならば、お待ち受けいたす。
八五郎:い、いや、五、六日で帰ってくりゃいいけど、
もしかしたら一年…いやぁ、うちの和尚は気まぐれ
だから、ちょいと湯に行くみたいにして出かけちまうからね。
事によると生涯ーー
沙弥托善:【↑の語尾に喰い気味に】
戯れを…!
一年が二年が十年が二十年。
修行のためとあらば、命のあらん限りお待ち受けをいたす。
門前に旅籠もある。これに宿を取り、明朝推参つかまつる!
では…!
【二拍】
八五郎:な…な…っ勝手にしやがれッかんぷらちんきィこんちきしょう!
我利我利亡者ァ!バカァーーーーーッッ!!!
ちきしょう面白くねえなァ!
明朝来るっつったか…!?
権助:あぁ来るべ。
執念深えんだ。どうするべ?
問答やったってかなわねえべ?
いろはにほへとーー
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
うるせぇこんちきしょう。
いいよ、あくまで留守って言い張ってやるよ。
権助:いねえったって、物騒だからこの寺ァ預かるとか言われたらどうす
んだ?
八五郎:冗談言うねェ、俺が和尚だってことは六兵衛の親分だけーー
権助:バカ言うでねェ、村の皆が知っとるでねえか。
あっちゅう間にバレて問答するべぇ言われるべ。
問答できなかんべ?
いろはにほへーー
八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】
また始まったよこんちきしょう!
ぅぅ~~~~じれってェなァ!なんとかならねえのかおい!
権助:じゃ、おらぁ勧めるわけではねえけど、こうしたらよかんべ。
おらの故郷は信州丹波だが、おらの村さ来ればええ。
村の寺さあんたを和尚として入れるように、おらが上手くやるべ。
そこで暮らすべ。
もしそこさ来たら、またこっちさ戻ってくればええべ。
八五郎:なに、おめえんとこの村に寺がある?
行く!
寺の掛け持ちなんざ乙なもんだよ!
権助:そうと決まったら、ここに置いてある物をそのままにしとけば、
あの坊さまの物になっちまうべ。
だからこれらを売っぱらって、二人の路銀にしたらええべ。
まぁ勧めるわけではねえけどもな。
八五郎:さっきからずいぶん勧めてるじゃねえか。
じゃ、善は急げだ。
道具屋呼んで来いよ。
語り:なんてんで道具屋を寺へ呼んで、銅鑼がいくらだの、燭台がいくら
だのとやっていると、表から入ってきた者がいる。
六兵衛:おう、ごめんよ。
八五郎:あっ、あ、ろ、六兵衛の親分…へへ…。
すっかりご無沙汰しちまって。
ちょくちょくうかがわなきゃいけねえとは思ってたんですけど、
もう毎日忙しくて忙しくてーー
六兵衛:なにを言ってやんでェ、嘘つけこの野郎。
忙しいわけがねえだろうが。
ほんとに、おめえはそういう所が良くねえんだ。
一度でも二度でもいいから、ちょいと義理立てに顔を見せるもん
だ。
ばあさんなんざ大変に心配して、事によると患ってるんじゃなか
ろうかってんで、俺が見に来たんだ。
見たとこ、体は良さそうだが…なんでェその格好は。
鉢巻き持って尻をはしょってよ、かっぽれでも踊ろうってのか
?
八五郎:っあぁいやぃや、そ、そういうわけじゃねえんで。
六兵衛:お?珍しいな。おめえでも掃除はするのか?
結構結構、少しは掃除してーーん?道具屋じゃねえか。
何でここにいる?
は?これらを買ったァ?
八五郎:わーっ、わーっ、だだだダメダメ!
六兵衛:ふうん…なるほど、だいたい事情は分かった。
とりあえず金は返すからこいつらを置いて帰ってくれ。
【二拍】
おいッ八公ッ!こっちこいッ!!
八五郎:あ、え、へへへ…いいお天気で…。
六兵衛:うるせぇ、何がいい天気だこの野郎!
おめえやりゃあがったな?ええ?
なに寺の物を勝手に売り飛ばそうとしてやがんだ!
八五郎:ま、ままま、そう頭ごなしに怒らねえでくれ親分。
これにはちょいと訳ありなんで。
六兵衛:何でェ訳ありってな。
そいつを話してみろ。
八五郎:あのですね、越前に永平寺てとこがあるんだそうですな。
六兵衛:あるんだそうですなっておめえな、この寺の総本山じゃねえか。
しょうがねえな、そのくらいの事は知っときな。
で、それからどうしたんだ。
八五郎:そこから問答の坊主ってのが来やがりましてね。
六兵衛:!あーはぁはぁはぁ、そうか、来たか。
八五郎:ええ、来たんですよ。
あっしァ何も知らなかったんですが、問答に負けると唐傘一本で
追ん出されるそうじゃねえですか。
冗談じゃねえや、追いだされるくれえだったら、こっちからとん
ずらしちまった方が
がいいってんで、権助の村の寺に行くことになったんで。
いずれむこうの様子は手紙で知らせるつもりだったんで。
それでここの物は置いといても向こうの物になっちまってつまら
ねえから、売り飛ばしちまおうと、こういうわけなんで。
ま、長いことお世話になりやしたがーー
六兵衛:【↑の語尾に喰い気味に】
おぉいちょちょちょ待て待て。
よくもまあそういう事を次から次へと勝手にしやがるな。
てめえの物にされてたまるかバカ野郎!
ここにある物はてめえの物でも俺の物でもねえんだ。
村から俺が預かってるんだぞ。
俺の顔をつぶす気かてめえらは、えぇ?
八五郎:あ、あはは…いやぁ…。
六兵衛:で、その問答の坊主、また来るって言ったのか?
八五郎:くるどころじゃねえ、命のあらん限り来るっつってやした。
悪い坊主に見込まれましたよ。
六兵衛:禅宗の坊主だ、そのくらいの事は言うだろ。
俺も先代の住職の時に一度見た事があったな。
いや、それをおめえに言うのをすっかり忘れてた。
こいつァ俺のドジだな。
よし分かった。
代わりに俺が問答をやってやる。
八五郎:え、問答やるんで?こんにゃく屋の親分が?
大丈夫ですかね?
よした方が良くないですか?唐傘が二本に増えるだけですよ。
六兵衛:話はしまいまで聞け。
その坊主が来るだろ、俺ァ和尚の格好して構えて、何にも言わね
え。ひとっこともものを喋らねえんだ。
聞かれたら、唖で口がきけねえって言いやいいんだ。
じゃあ字を書いてっつったら、盲で見えねえって言いやいい。
おまけに聾だと言やあいい。
唖で盲で聾の三点張りだ、完璧だろ。
これでもしまだぐずぐずぐずぐず言うようなら殴れ。
ただ殴るんじゃ面白くねえから、裏の墓場から角塔婆引っこ抜い
てきてぶん殴れ。
ケンカなら負けねえんだろ?
八五郎:え?えぇそりゃあもう、ケンカなら負けやせんよ。
ぺーんとやっちゃいますよ、ええ。
死んじまったって構うこたあねえ。埋める場所ならいくらでも
裏にあるんだ。
六兵衛:権助、おめえも見てることはねえからな。
なんかやれ。
八五郎:そうだ、おめえも手伝え。
権助:じゃあ、おらはひとつ釜に湯でも沸かして、ぶっかけるかぁ?
坊さま湯掻いちまうべ。
八五郎:おういいね、やれやれ。
向こうが何か言って来てもこっちは言わねえ、しつこく言うよう
ならやっちまうと、へへへ。
それで親分、その坊主また明朝早く来るって言ってやした。
後手ェ喰っちまうといけねえから今日はここへ泊ってくだせえ。
六兵衛:おうわかった。
よし、とりあえず権助、酒ェ買ってこい。
語り:なんてんで、三人寄れば文殊の知恵…というには物騒な相談が
まとまりまして、空が白むまで呑み明かしと相成ります。
八五郎:おっ、空が明るくなってきやがった。
いつまでも呑んでるってえといけねえ。
一番鶏が鳴きやがったんで親分、そろそろ支度にかからねえと
。
権助ェ!湯はどうしたァ!?
権助:ぐらぐら煮えとるで。
なんならひとつ掛けてみるべか?
八五郎:よせよおい。
そりゃ問答の坊主だけにしとけ。
六兵衛:そうだ、いいか、坊主がしびれを切らして帰らねえようなら、
八公、おめえが角塔婆で坊主の向う脛をかっ払え。
権助、そこへおめえがすかさず湯をぶっかけてやれ。
そうすりゃ二度と来ねえだろ。
よし、まず衣を持ってこい。
…ん?
おい、袈裟のここに付いてる輪っかァどうした?
八五郎:あ、あぁそれァ象牙で出来てるってんで、売って酒代の足しに
しちまいやした。二分で売れたんで。
六兵衛:二分で売れたって…バカ野郎。
それでこの錆びた輪っかはなんだ?
八五郎:蚊帳の吊り手をくっつけたんで。
六兵衛:しょうがねえな、ったく。
じゃ、「もうす」持ってこい。
八五郎:え?何ともうす?
六兵衛:ふざけてるんじゃねえ。
頭にこう、被る頭巾のことだ。
八五郎:あぁ!とんがり頭巾!
六兵衛:なにがとんがり頭巾だよ、早く持ってこい。
八五郎:ぁー、へへ…どうぞ。
六兵衛:おう…うん?なんだ、ずいぶん焼け焦げができてねえか?
八五郎:そうなんで。
こないだボヤ起こしちまった時、火掛かりしちまったんで。
六兵衛:坊主が火掛かりなんぞするんじゃねえ、
ったく…。
おい、払子持ってこい。
八五郎:え、なんです?
六兵衛:バカ野郎、払子くれえ覚えとけ。
持つところが朱塗りになってて先っぽにこう、毛が付いてるやつ
だ。
八五郎:あぁあぁ、達磨の毛叩きだ。
六兵衛:なんだよ、達磨の毛叩きって…っておい、なんで便所の戸を
開けるんだよ。
八五郎:あぁ、便所の叩きに使ってたんで。
六兵衛:よこせバカっ。
あぁあぁ、ずいぶん毛が短く少なくなっちまって。
ったく、なに仕出かすかわからねえ野郎だ。
…よし、これでどうだ。
八五郎:ぃよッ!【手を叩く】
できたよ。
おい権助どうだいこれァ!
いいねェ、様になってやすよ!
どっから見ても大和尚だね!
ってあっダメだ、腹掛けが見えてるよ、親分!
六兵衛:めんどくせえな。
もと職人とか言っときゃいいだろ。
八五郎:じゃあじゃあ、本堂の方へ行きやしょう。
沙弥托善:頼もうッ!
頼もうッッ!!
八五郎:そらおいでなすった!
来た来た、親分、来やしたよ!
六兵衛:おう、そっちも上手くやれよ。
抜かるんじゃねえぞ。
八五郎:っへへ、昨日のようにはいかねえ、今ならこっちのもんでござん
すってな、へへへ。
ぃよォッ!ご苦労さんで!
ゆんべ遅くに帰ってきやがってね、あんたが来たって事を伝えた
ら喜んでねェ。
しばらく問答してねえから溜飲が起こっていけねえってね。
良い問答をしてえってんで本堂で待ってんだよ。
いやぁ良かった良かった!
沙弥托善:…それは重畳。
して、大和尚の法名は何と申される?
八五郎:ほ、ほ、ほ、法名??
沙弥托善:名前は?
八五郎:え?名前はこんにゃく屋の六べーーげふんげふん!
っこ、こんにゃく、こんやくぅ、こうやーーー
ッ高野山の弘法大師ってんだ!
沙弥托善:これは戯れを。
弘法大師は真言宗の座主であろう。
八五郎:え?真言?あぁそう、そうね、真言とくりゃあね、うん。
真言もいいよ。四ん五んも三六も三一もいいんだけどね。
沙弥托善:??
八五郎:ま、まぁまぁまぁ、入って入って!
語り:八五郎たちにかような企みある事つゆ知らず、
沙弥托善は案内に連れられ門を入り、竜のひげを踏み、
玄関の熊笹を分け、幅広の障子を左右に開く。
寺は古いが広々としたもので、高麗縁の薄畳は雨漏りのため茶色と
変じ、狩野法眼元信の描きしかと謳われたる格天井の一匹龍は、
鼠の小便のために胡粉地のみとあいなり、金泥の巻柱は剥げ渡り、
欄間の天人は蜘蛛の巣に綴じられ、幡天蓋は朝風のために翩翻と
翻る。
正面には釈迦牟尼仏、左の方には禅宗の開山達磨の僧。
一段高きところには法壇を設け、一人の老僧。
頭には帽子をいただき手には払子をたずさえ、
まなこ半眼に閉じ、坐禅観法寂寞として控えしは、
当山の大和尚…とは真っ赤な偽り。
なんにも知らない蒟蒻屋の六兵衛であります。
沙弥托善:一不審もて参る。
そもさん!
法華経五字の説法は八遍に閉じ、松風の二道は松に声ありや、
松また風を生むや。有無の二道は禅家悟道にして、いずれが
理なるやいずれが非なるや。
これ如何に!
如何にッ!
六兵衛:………。
八五郎:【つぶやく】
よし、こっからならよく見えらァ。
権助:【つぶやく】
……いいところで湯掻くかァ…?
沙弥托善:そもさん!
東海に魚あり。尾も無く頭も無く、中の支骨を絶つ。
この儀や如何に!
お答えを!
お答えをッ!!
説破ァッ!!!
六兵衛:【つぶやく】
けっ、何がラッパだ。なんとでも言ってろィ。
なぁに言ってんのか、こちとらァちんぷんかんぷらちんきでェ。
沙弥托善:……。
お答えなきところを見るに、禅家荒行の無言の行と察す。
我また、無言にて問わん。
八五郎:【つぶやく】
はァ?無言で問答になるってのか…?
権助:【つぶやく】
さあ?坊主の考えることはよく分からねえべ。
沙弥托善:……ッ!
八五郎:【つぶやく】
ぉぉ?坊主が両手で小さい丸を作ったぞ…?
六兵衛:!
………むッ!
八五郎:【つぶやく】
おや?今のが分かったってのか?
さすが親分、両手ででけぇ丸を作ったよ。
沙弥托善:!!
ははァーーーッ!!
八五郎:【つぶやく】
ッなんだなんだ!?
坊主の野郎がいきなりひれ伏したぞ?
沙弥托善:【つぶやく】
し、しからば……ッ!
八五郎:【つぶやく】
なんだァ?
坊主の野郎、今度は指を十本突き出しやがった?
六兵衛:!!
………んむッ!!
八五郎:【つぶやく】
さっすが親分!これもわかったんだな?
片手の指を五本突き出したぞ。
沙弥托善:!!!
はっははァーーーッッ!!
八五郎:【つぶやく】
!坊主がひれ伏した!
これも親分の勝ちだな!
ザマぁ見ろィ!
沙弥托善:【つぶやく】
い、いまひとつ……ッ!
八五郎:【つぶやく】
坊主の野郎、あきらめが悪いったらねえや!
今度は片手の人差し指と親指で丸を作ったぞ?
六兵衛:【つぶやく】
ぉっこの、野郎ォ……ッッ!!
八五郎:【つぶやく】
え、お、親分!?
ありゃ、あかんべえかァ…?
沙弥托善:!!!
ははァァーーーーッッ!!
恐れ入りましてございます!!
八五郎:!!?っおぉいおいおい!ちょちょちょっと待ちなよ!
え、なんだか狐拳みてえなことやってたけど、なにが一体どうな
ったんで?
沙弥托善:恐れ入りました…!
当山の大和尚は博学多才、
とうてい愚僧の及ぶところではございません…!
八五郎:へえぇおい本当かい!?
え、どんなやり取りしたんだい?
沙弥托善:はじめ二言三言お尋ねいたしましたるところ、何のお答えも
なく、これは禅家荒行のうち無言の行と心得ました。
それで、「大和尚の胸中は」とお尋ねいたしましたるところ、
「大海の如し」とのお答え、誠に恐れ入りました。
次に「十方世界は」とお尋ねいたしたところ、「五戒で保つ」
との仰せ。
愚僧、及ばずながらもう一問答と存じ、「三尊の弥陀は」と
お尋ねしたところ、「目の前を見よ」とのお叱りを受けました
。
とうてい愚僧の遠く及ぶところにあらず、もう二、三年、
修行して出直して参ります…!
八五郎:へへへ、あぁ帰んな帰んな、あァら帰んな帰んなァ!
ぁそうだ、おぉい、その辺で他の坊主に会ったら言っときな!
問答なんざ仕掛けたってダメだってよ!
うちはスゲェんだ、問答の縄張り持ってんだからよ!
帰れ帰れ、こんちきしょう!
権助:さすが六兵衛さんだべ。
おらの湯もあんたの角塔婆も使わなかったべ。
八五郎:いいじゃねえか!手荒な事しねえで済んだんだ。
ぃよッ、どうも、お疲れさまでした親分!
六兵衛:バカ野郎、なんだってそのまま帰しちまったんだ!?
八五郎:えっ、なんだってったって、謝ってやしたよ?
は、白菜だか野菜だかなんとか。
六兵衛:なに言ってやんでェ、アレなんだって?永平寺から来たって?
八五郎:そそ、越前の永平寺とか言ってやしたよ。
六兵衛:いやぁとんでもねえ。
アイツぁきっとこの辺をうろついてる乞食坊主に違ぇねぇ。
八五郎:え、そうなんで?
六兵衛:だってよ、はじめパクパク口を動かしてやがったが、
俺が黙ってるもんだから前の方へずっと出てきて、俺のツラぁ
まじまじと見やがった。
こんにゃく屋の六兵衛だってわかったんだろうな。
今度は悔し紛れに、「おめえのとこのこんにゃくはこんなに
小っちぇえだろ」ってやってきやがったから、
「こんなに大きい奴だ」ってやってやったら
ぺっこり頭ァ下げやがった。
次に「十丁でいくらだ」ってきやがったもんだから、
高えなァと思ったが「五百だ」って吹っ掛けてやったんだ。
そしたらまァしみったれた坊主だよ。
「三百にまけろ」ってきやがったから「あかんべえ」してやっ
たんだ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
立川談志(七代目)
古今亭志ん朝(三代目)
柳家小さん(五代目)
柳家小三治(十代目)
桂歌丸
※用語解説
・上州
群馬県の旧国名である上野国の異称。
・安中
群馬県の西部。
・飯盛女
主に江戸時代を中心とする)日本の宿場に存在した娼婦である。
宿場女郎ともいう。
・風来坊
どこからともなく現れてはどこへともなく去っていく人という意味の
放浪者や旅人のような人物を指す言葉。
・沖の暗いのに白帆が見える、あれは紀の国みかん船
江戸時代に紀州(現在の和歌山県)から江戸へミカンを運び、大成功を
収めた豪商、紀伊国屋文左衛門の伝説に登場する有名なフレーズ。
特に大嵐の中、紀州から江戸へミカンを満載した船が向かう様子を歌った
かっぽれの歌詞。
・かっぽれ
俗謡、俗曲にあわせておどる滑稽な踊り。漢字表記は「活惚れ」。
・都都逸
俗曲の一種。 都々一、都度逸、独度逸、百度一などとも記す。
歌詞から受ける印象によって「情歌」ともいう。
江戸末期から明治にかけて愛唱された歌で、七七七五の26文字でさえ
あれば、どのような節回しで歌ってもよかった。
・熊谷蓮生坊
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将、熊谷直実が出家
した後の法号。平家物語で描かれる平敦盛を討ち取った経験から、
戦の世の無常を感じ、出家して法然上人の門に入り修行に励んだ。
・符牒
合図のための隠語。合言葉。
・湯灌場
かつて寺院などに設けられた、故人の体を洗い清めるための場所のこと。
特に江戸時代は地主や家持ち以外は自宅で湯灌をすることが許されなかっ
たため、湯灌場を利用していた。
・戒壇石
禅宗や律宗の寺院の 山門前に建てられる石碑。
多くの場合「不許葷酒入山門」と
刻まれる。
・不許葷酒入山門
葷(臭いの強い野菜、例えばニラやニンニクなど)や酒を山門内に持ち込
むことを禁じる」という意味。
・雲水
雲がどことさだめなく行き水が流れてやまないように、諸国を修行して
歩く僧のこと。行脚僧。
・禅家
仏教の宗派のひとつ、禅宗。
・旅籠
宿屋のこと。
・かんぷらちんき
調子のいい男のこと。
・我利我利亡者
自分の利益ばかりを追求し、他者への思いやりがない人を指す言葉。
・路銀
旅費のこと。
・唖、聾、盲
左から順番に、口がきけない、耳が聞こえない、目が見えないを
意味する言葉。現在は差別用語として使われていない。
・角塔婆
角柱状の卒塔婆のことで、年忌法要や寺院の落慶式などで墓地の傍に
立てられる。板状の卒塔婆(板塔婆)よりも大きく、五輪塔を模した形状
をしている。
・二分
にふんではない。
昔の貨幣価値で一分は二万円相当なので、
二分は約四万円。
昔は四進法なので、二分が二枚で一両は八万円相当なーりー。
・火掛かり
火事の際、消火作業をすること。
・もうす
帽子と書いて”もうす”と読み、中国の宋代に禅宗から始まり、
鎌倉時代の日本でも臨済宗・曹洞宗が伝わった際に伝来したと言われるも
の。各宗派によって扱いの異なる物。
・腹掛け
日本の伝統的な衣装で、胸からお腹にかけて覆う肌着のこと。
「はらがけ」と読み、地域によっては「どんぶり」や「寸胴」とも呼ばれ
る。
・溜飲が起こる
本来は不満が解消するという意味での「溜飲が下がる」という使われ方を
するが、談志師匠的には反対の意味を込めて、不満がたまっているという
意味で使った(作った)のではないかと思われる。
・弘法大師
平安時代初期の僧である空海の諡号【死後に贈られる尊称】
真言宗の開祖。
・真言宗
弘法大師空海(774~835年)が開いた仏教の宗派で、密教を基盤として
いる。
宇宙の根源である大日如来を本尊とし、身体の修行である身密、言葉の
修行である口密、心の修行である意密の「三密修行」によって「即身成仏
(生きながらにして仏になる)」を目指すのが特徴。
・座主
仏教寺院で一座の指導者として学徳に優れた僧侶を指す言葉ですが、
特に天台宗の最高位である「天台座主」を意味することが多い。
・そもさん
主に禅問答の際にかける言葉で、問題を出題する側が用いる表現。
「さあどうだ」といった意味合い。
・説破
そもさん、に対して答える側の使う一般的な返答。
・東海に魚あり。尾もなく頭もなく、中の支骨を絶つ
「魚」という漢字から両端の「尾」と「頭」の部首をなくすと「田」に
なり、さらにその中の「支骨」にあたる部分をなくすと「口」という漢字
になる、という文字遊び。
文字の形と意味を掛け合わせた、とんちが利いた問答として使われた。
・愚僧
僧侶の一人称。
・狐拳
江戸時代に広まった「キツネ」「猟師(鉄砲)」「庄屋」の三すくみで
勝敗を決める拳遊びで、じゃんけんの元祖とも言われる。
遊び方は、向かい合って座った二人がそれぞれのポーズをとり、
キツネは庄屋に勝ち、庄屋は猟師に勝ち、猟師はキツネに勝つという
ルール。藤八拳、庄屋拳、東八拳などとも呼ばれ、お座敷遊びとして流行
した。