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「持ち主を知っているのか?」

 老婆の皺の隙間から覗いた目玉。

 片目の黒目は俺のほうを向いている。もう片目は真っ白なのに、俺の何か別のもの——海の中でチリカの裸体を思い浮かべた本能的な欲望に満ちた部分——を見つめているような。

 ニヤニヤと歯を存分に見せびらかすように三日月形に口を開けてくつくつと喉の奥で笑うと、引きつったような音がヒューヒューと漏れ出していた。

 そしてチッチッと舌打ちし、

「質問に答えてもらおうか。あと金だね」

「いくらだ」

 ポケットマネーで払える限度というものがある。

 万年僻地の港勤務でこれ以上の出世や昇給はないだろう俺の限界が。

「一万」

 出せない額ではない。が、

「五千」

「まけられるもんじゃないんだよ」

「…七千」

「じゃ、いらないと。承知だ」

 椅子から立ち上がろうとする老婆。

「…わかった」

 しぶしぶ財布から一万ウパニーを払う。婆はヒューヒューと笑いながら、札を受け取りローブのなかにしまった。

 老婆は安くて良かったろう、とつぶやいた後で改めて、

「あんたは、なんでこれを拾おうと思ったんだい?」

「綺麗だし、高そうだと思ったから」

 老婆はまたヒューヒューと笑った。

「何がおかしい」

 売り飛ばしたら値打ちものじゃないかと思うような見た目。当然の理由じゃないか。

 老婆はニヤニヤしたまま、

「どういうところが綺麗だと思ったんだい?」

「どういうって…この紫色の大きな宝石と、螺鈿のような七色の装飾。金具も精巧だし、メッキじゃないだろう。

 特に石の半透明の透き通った感じが綺麗だし高そうだと」

 そこまで言ったところで、

「あひゃひゃひゃひゃ!!!!!!」

 婆は大笑いしだした。今までこの店を訪れたことは何度かあったが一度も聞いたことのない声で。

「おい! なんなんだ!」

 見たままを言っただけなのに何なんだ。

 俺のような疎そうなのが宝石をみて綺麗だなどと口にしてはいけないのか?

 ムッとしても、老婆の笑いは収まらず。

 情報料分は貰わないといけないので、丹田に力を込めて苛立ちを抑え込みながら待った。

 ようやく婆は涙を拭いてマトモに椅子に座りなおしたと思ったら、今度は紙とペンを取り出した。

「ここにどんなのが見えたか書いてごらん」

 子どもをあやすような婆の口ぶり。己の声が低くなる。

「…いい加減に情報を渡せ」

「渡したら、書いてくれるのかい?」

 婆は少し黙ると、

「じゃなかったら情報はやれないよ」

 ぷいと子どものようにそっぽを向く婆。そのまま横の小瓶や道具の埃を払い始める。

—————クソッタレ。

 悪態は内心だけにした。

「分かった。書くから。なんで書く必要があるのか先に教えてくれ」

 老婆はさっきよりも柔らかい笑みを浮かべた。

「アンタ、これを見て『綺麗』っつったね?」

「あ? ああ。見たままだろ?」

 老婆はペンダントに目を落とした。

「アタシにゃタダのその辺の石ころに安っすい鎖がくっついたオモチャしか見えないんだよねぇ」

「はぁ?」

 老婆は机の横にある棚の引き出しから、思いのほかスムーズに紙を一枚取り出した。

 そっと机の上に出しながら、

「アタシにゃ、こう見える」

 紙には誰がどう見てもその辺の形容しがたい形の石ころにチャチな鎖が付いた絵。右下に五か月ほど前の日付が書いてある。

 絶句していると、

「他の者から見ても似たようなもんさ。

 兎に角コレは『石ころがくっついた玩具のアクセサリー』にしか見えないんだよ」

 呆然とする俺の前に改めて紙を差し出した。

「アンタにゃどう見えてるのかい?」

 恐る恐るペンを執る。

「俺に絵心はないぞ」

 老婆は今度は笑わなかった。そっとペンダントを机に置き、静かにジッと待っている。

 ペンを取り、紙に向かうと、手が震えた。

 最初の書き出しの線が歪む。

 どうにでもなれと、しずくの形、細かな花のような装飾と鎖を多少雑に描く。

「ほらよ」

 声は震えなかった。

 婆は待っていた時と同じようにジッと絵を見つめ、やはり、と呟いた。

「で、これは何なんだ? 落とし物にしちゃおっかねえじゃねえか」

「落とし物ねぇ。アンタ、勘がいいじゃないか」

 婆の冷静な声。思わず目を見開いた。

「持ち主、知ってんのか?」

 婆はまた舌打ちした。

「ペンダントの裏側を見な」

 手に取り、裏返す。汚れを拭きとった金属の板が見える。裏には特に何もなかった。

「裏側の端のほうに少しだけ出っ張ったところがあるはずだ。それを引っ張るといたが外れる」

 拭いていた時は壊れているか細工にも不良があるのかと思っていたが、ツマミだったらしい。

 その金属のつまみを爪で引っ張る。太い指には厳しい気がしたが、思いのほかすんなりと板は外れた。

 拭ききれなかった海水と細かなゴミがたまっている。しぶきを床に振り落し、指でゴミを軽くぬぐった。

 紫の石の裏側。文字が刻んである。

「それが最初の持ち主の名前さ」

「バー…ギリ…ア? …あ゛?」

 俺が知っているバーギリアは一人だけ。実在の人物ではなく、

「おとぎ話の魔女じゃねぇか」

 『魔女バーギリアとおかしな森』。

 クチダケオトコやらなにやら、あやしい魔物が登場するおとぎ話で、親が子どもに話して聞かせたりする類のものだ。

 魔法の箒やネックレスは確かに出てきた記憶だが、あくまでフィクション。

 老婆は冷静な顔で、

「さあね。でもいたんだろうよ。

 多分、昔、歴史すら塗り替えてしまえるようなとんでもない魔法使いがね。

 アンタがたまたま海で拾ったそれは『魔女バーギリアの魔道具』って言われてる代物さ」

 改めて表を見るも、俺には最初に拾ったときと同じように美しいまま。

 出も確かに裏側には『バーギリア』という文字が全面にでかでかと彫り込まれていた。

 そっと板を元通り嵌める。文字を読んでいるだけで、超自然的な現実を突きつけられて頭がおかしくなりそうだったから。

 そして現実から逃げるために婆に問いかけた。

「…見た目変えるぐらいなら、出来る魔法使いいるんじゃねぇのか?」

 婆はいたって真面目な顔で、

「術を掛けた人間が指定できる誰かにだけってことなら初級の魔法。

 生き血やら髪の毛やらを使って、本人の声で直接契約させて、持ち主にだけ本当の姿が見えるとか、まがい物の姿が見えるように指定する。

 呪いの魔道具だって大概無差別で誰にでも発動する。

 そういうのは弟子入りすぐのヒヨッ子にだって造作もないこと。

 でもアンタ、コレ、初めて見たんだろ?」

 ぞっとした。

「条件付けんのは難しいのさ。ま、無いことはないがね。これみたいな…ヒヒヒ」

 何とか一つでも、この婆に反論できることはないか。なんでもいい。持ち主の話とか。

—————石ころの絵の右下の日付。五か月前。

「なぜネックレスの絵がここにある」


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