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婆の青春は予想外だったが、
「大家はグレーですね」
詰所に戻ってランドルの前で話したソニックに黙って頷く。
慎重な婆が寝物語で喋ったというなら、婆は無関係。
爺について話を洗ったほうがいいのだが、
「爺の張り込みか」
「そうだな」
「もうちょい爺について聞いてもいいが、不動産屋だからなぁ」
この町のどこに何があって、誰がいつからいて、いついなくなったのか全部把握している。
だから婆の蒸発にあれだけ驚いていたわけだが、
「保身のために偽情報を流したり、俺らより前にリスク把握して逃げるかもしれん」
あのくそ爺。
既に軍の人間がアパートについて聞き込みに入っていることは漏れていること請け合い。
—————俺とチリカの関係もこうやって漏れていくんだろうか。
前に会ってからそんなに時間が立っていないのに今もうチリカに会う時の想像をしている
分かりやすく『関係を持った』わけだが、それ以外はチリカが人魚だという秘密と婆失踪を通じてつながっているだけ。
知っているのもカイトだけのはずだと思いたいが、狭い町だ。
「爺のところに俺が行くともう流石にばれるだろうから、だれか」
「私行きますよ」
「ソニック、頼んだ」
肩を叩くランドル。こういう若いやつには明らかに荷が重い任務でベテランが手を上げてくれるのは助かる。
「しかしほんと俺ら、軍人だか何だかわからんな」
「治安維持のために必要なことだから」
ケンカや小競り合いがないわけではないし、一応海べりではある。
対魔物訓練などで少しずつ拡充していけているのは良いことかもしれない。
その日はそれで終了。
2~3週間は穏やかに過ぎた。
目新しい情報もなく、不動産屋の爺に変わった動きもない。
時期的に人の行き来が少ないこともあり、住民が増えたり減ったりも偶々なかった。
俺自身はチリカがもうすぐ来るだろうことを待っていた。
—————人に会うのが待ち遠しいと思うことなんてなかったな。
なんとなく流れで付き合っていた女達は大体ずっと傍にいたし、向こうから寄ってきて向こうから離れて行ったこともある。
こちらから声を掛けたことだってあったが、その女にただ会うのが、ただ顔を見れるのが待ち遠しいと思ったことは一度もなかった。
結局俺自身が相手を人間扱いしていなかったのだろう。
「どーした」
「え」
見回りの最中に声をかけてきたのはドネア爺だ。
「珍しく気もそぞろじゃねぇか」
黙っていると、爺も黙って俺をみている。
「ま、人生いろいろだからな」
そのままドネア爺は立ち去って行った。声をかけてくるなんてまずないのだが。
「俺、そんな変な感じだったか?」
「いえ、別にそんなん思わなかったっすけど」
聞いた相手のサムズはルースと違って顔色も空気も読める方だから、ドネア爺の歳の甲は馬鹿にできない。
今日の昼はいなかった。大体来るときは昼からだから、夜だけいることはないだろう。
実のところチリカが普段何時ごろにこの町にきているのか知らない。
いるときはランチからいるから、もしかしたら前日の夜にきていたりしないか。
そんなことを考えていたのが、ドネア爺が気になる程度に漏れ出していたわけで。
—————アホだな。俺。
そんな気もそぞろの状態から切り替えざるを得なくなったのは、詰所に戻ってソニックからの報告を聞いた辺りからだった。
「不動産屋の爺ですが、特に普段と変わらずでした。
家賃を集めて、好々爺としてて、何の問題もなさそうでした」
「目が合ったりとか、勘づかれている様子もなしか」
「ええ。全く。ただ、気になるといえばむしろそこですね」
「というと?」
「あれだけ用心深い態度を咄嗟に取った人間にしては、普通なんです。
その…以前、私が違和感を感じるとお伝えしたの、ご記憶にありますか?」
「『裏のない感じだった』ってやつか?」
「ええ。
ダン曹長がおっしゃった狸爺の感じが全くないんです。
本当に、町の気のいいお爺さんで。
その時一緒に行ってたルースも、印象としてはガイ曹長と同じ感じでしたよね?」
首を縦に振ると、
「あのルースでさえ一発でそう思うぐらいの強い印象が、全くないというのはちょっと…。
本当に同一人物なんでしょうか」
「でも、顔同じだろ? 俺もたまに歩いてるとこ見かけてるけど、あの時のあの顔と同じだ」
「目、合いました?」
「…いや」
そう。ソニックの言う通りなのだ。
あれだけ詰めた相手に対して、余にも普段通り。
挙動不審になるどころか、知らない人のような。
「一個提案なんですが、もうそろそろまたナム副隊長来る頃ですよね」
「…魔法を使っての調査か?」
ソニックは静かにうなづいた。
追跡用の呪符を使うなど方法はあるが、
「あんまり向こうに借りばっかりつくるのもなぁ」
大きい街から小さい町に派兵するのは当然ではあるものの、乱用するといいことがない。
人員交流の名のもとに、若手人員をなし崩し異動で持っていかれたりする。
魔法使いは替えが聞かないから余計にだ。
「一応ランドルにだけ話しておくか」
「ありがとうございます」
ソニックの笑顔を見て、本当に不安視していたのが見て取れた。
ケンカやその延長での何かといった分かりやすい事件はたびたびだが、人が失踪することも事件性と言える謎があって長期化する事件は俺が知る限りない。
聞き込みしていても古株含め皆ざわついていたから、この町始まって以来の事態らしかった。
—————余計に大家の爺が冷静なのか癪にさわるんだよな。
替え玉何じゃないかと疑いたくもなるが、見れば見るほどあの爺のあの顔。あの日と変わらない。
ソニックと調書に書く内容をまとめながら詰所に戻って、ひと通り書き上げ、対魔物訓練から戻ってきたランドルが部屋に入るのを見届ける。
そして報告を上げに行こうとして時だった。
「ダン、ちょっといいか!」
ランドルが部屋のドアを開けて俺を呼びつけた。
「はい」
声だけいい返事をして、立ち上がると、慌てた様子で手招きしている。
駆け足で向かうと、
「ナム副隊長から手紙が来た」
「なんで副隊長が出てくる?」
ランドルが手紙を取り出す。
「黙読しろ。あの爺とナム副隊長の正体だ」
人相書きと文章 から目に入ってくるキーワードは、それなりに中央でも軍にいた俺でさえ、全く知らない物ばかりだった。
『調査告知 王宮騎士団および大都市騎士団治安維持連合 第一次官ナム・ジェリコ・トラヨ』
『上記の連合特別組織にて百年間追跡し秘密裏に進めていたテロ集団「馬蹄」』
『人魚の末裔のうち過激な思想を持つ者で組織され、人魚の国を復活させることを目的とし、』
『組織は消滅していると考えられていた』
『最後の活動は四十七年前』
『主要メンバーのうち消息が分かっていなかった最後の一人』
『魔法陣による魔力隠蔽と人形代作りを得意とする魔法使い』
「ナム副隊長はこの調査組織の幹部で、前々からこの町に感心があったらしい。
最初から俺らの要請対応は副隊長にとってはサブ案件だったってこった」
「ヒトカタシロってことは」
人の代わりに人の様に動く人形。実在の人物もそうでない人物も作れる。
街を歩いていて俺と全く視線が合わなかった理由。ランドルは頷いた。
「今の爺は形代で、本人はもうこの町にいない可能性が高い」




