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 色々工作して強引に眠りについた翌朝、起きたらもうチリカはいなかった。

 置手紙と、カリントゥーの残りの袋だけが置かれている。

『ありがと』

—————それだけかよ。

 分かっていたものの、名前すら残っていないカリントゥーの紙袋の切れ端に走るその字面。

 整えられたベッドの毛布とシーツ。枕の周りに髪の毛すら残っていない。

 逃げ回るようなジプシー生活をしてきただろうチリカらしい帰り様。

 紙切れに手書きの文字を残してやっているだけ有難いと思えと言わんばかりだ。

 ため息で始まった一日だが、仕事はある。

 淡々と朝の身支度をしながら、婆が人魚に詳しかった理由・チリカを匿った背景をいくつか想像してみた。

1. 耳年増(間違いない。占い師で相談事聞きまくってるわけだから)

2. 親しい人に人魚がいた

3. 自分自身が人魚の末裔

—————全部、のような気がしてきたんだが…。

 人魚の歴史や事情はあまり市販の書物になっていない。情報源は口伝だろう。

 なら、その源は二つだけ。

 人魚を取り締まる側と人魚側だ。

 取り締まる側の人間が匿うよりは、同族側が匿う流れのほうが自然。

 大家の爺以上に、婆がこの町にたどり着いた理由は分かっていない。

 当時の村長と婆の間のやり取りを知っているのは少数だろう。

 カイトがあの店を開いたのは実は俺がこの町に来る直前ぐらいだったと聞いているから、残る聞けそうな爺は漁師の古株の爺の二人。

「で、婆について爺を渡り歩く必要あり、ってことな」

 人魚の話を綺麗に避けて聞き込み先をかいつまんで伝えた俺の表情は死んでいたと思われる。

 ランドルは軽く笑って、俺の肩を叩いた。

 昨日と同様に訓練をこなし、見回りに出る。班で一番年嵩のソニックと二人で、昨日と逆ルートの見回り。

 婆の部屋が矢張りもぬけの空であることと、爺が昨日と同じく部屋にいる爺に声をかけ、何も変わりないことだけ確認する。

 歩きながら、ソニックが口を開いた。

「あの大家の爺、前からあんなでしたか?」

「前? 知ってるのか?」

「ご存じないんですね」

「ちょっと見かけて挨拶ぐらいはあったけどな」

「自分がここに来た時に、住むとこの候補としてあのアパートもあったんです。

 結局違うところに住んでいるわけですけど、その時はもっとこう…いいお爺さんという感じで」

「ああ、俺も聞き込みで声かけた時はそんな感じだった」

「そうなんですね。なんだろうな…凄く違和感があって」

「ほぉ」

 経験値のあるソニックの違和感。

「もっとこう…裏のない感じだったんですよね。

 不動産屋とか大家の、定型句の受け答えを綺麗にしていて、ああいう探る感じの顔は全くなくて。

 挨拶だけなら誰でもそんな感じかもしれないですが、それなりの会話もその調子でした。

 だからその時、あの爺さんが大家ってことでしたけど、雇われ大家で地主が別にいるんだろうなと思ったんです」

「本当にあの爺か?」

 別人の話を聞いているようだ。

「ええ。もう全くあの顔であの風貌でした」

「いつ頃…って、ソニックがここに来た頃だろ? じゃあ3年前か」

「そうですね。その時、最初は空き部屋があるってことだったんですが、翌日部屋の点検してたら床が抜けたとかいって、結局借りれなくなってしまったんです」

「それがホントならやべぇアパートだが」

「不動産屋ですからね。どこまで本当なんだかは…。

 こちらが提示した家賃とどう考えても折り合いがつかなかっただけかもしれないです」

 俺が知っている爺は、違和感がなかったのは最初の挨拶だけ。

 その後は明らかに裏のある探りを入れてきており、海千山千という言葉通りの振る舞いだった。

 契約の話だけでも、その場で足元を見てきそうな風に見えたのだが。

「そっくりな別人なんざこの町にゃいねぇからな」

「そうなんですよね。兄弟でもいるんでしょうか」

「昨日聞いた話だと、この町には少なくともいなさそうだったな」

 二人で考え込みながらも、道端に特に異変がないことは確認してチェックしていく。

 俺としては『おひいさま』も気になったが、もう今は町を出ているのではないだろうか。

 なぜ昨日押し倒さなかったのか。

 自分の部屋の近くを通りかかった一瞬、後悔がよぎる。

 ドネア爺とチムジルという、まさしく古株の漁師の爺が二人、波止場で立ち話をしているところに通りかかったことで、それは消えた。

「おお、聞いたぞ。占い婆が消えたとな」

 チムジルから切り出してくれたのは有難い。

「そうなんですよ。どこ行ったのかサッパリで。

 元々この町に来た理由からしてよくわからず。

 何かご存じですか? 昔話とか何でもいいんで」

 ドネア爺とチムジルが目を見合わせて、変な顔をしている。

「何できたとかは良く知らんが、この町に残っとるワシら世代だと婆が婆じゃなかった頃の見た目はよく知っとるわな」

 がはは、と大きな口を開けたドネア爺。ニヤニヤしながらチムジルを見やり、

「特に、お前さんな」

「昔な」

 照れくさそうにタバコをふかしている。

—————まじか。

「どんぐらいだ?」

「三か月」

 観念した顔でチムジルは、

「あんんときワシが振られたって町中で噂になったからな。

 ビークスのやつなんかその話聞いてガッツポーズしやがって。

 むかっ腹立ってしょうがねぇから死ぬまでにいつかやり返してやると思っとったが、あいつ、先に逝きやがって」

 ぼやきながらどこか寂しそう煙をくゆらせている。

「可愛かったからなぁ。ローブで隠してるのがまた、なぁ」

 ドネア爺の呟きにうんうんと苦虫を嚙み潰したような顔で頷いているチムジル。

「そうなんですね…」

 ソニックの若干引きつった一言で、想像がつかないのは俺だけでないことが分かり心底安堵する。

 だから、

「そういうのがめんどくさいから隠してたって話をどこぞで聞いたんですが」

「そうなんだろうけど、逆効果よ。そりゃ」

 あはは、と笑う爺二人。青春時代の懐かしい思い出なのだろう。

「じゃあ、何かこの町に来た理由とか、話してませんでした?」

「なんとなくこの辺でいいかと思った、みたいな話だったな。

 秘密主義で、そういうの言いたがらなかったんだよ。

 そういうとこだよなぁ…それで気になって、ほじろうとして、口論になってっていう…」

 チムジルの『若かったなぁ』に、ドネア爺は静かにうなづいた。

「知り合いは他にいそうでしたか?」

 チムジルは首を横に振った。

「いや、全然。ワシみたく軽く付き合ったことがある男はおった。

 だが、そうだな、ワシが知っとる限り半年が限界だったな。

 そういう男の中でこの町に残っとるのも生きとるのも、多分ワシぐらいじゃろ。

 あの占い屋のあるアパートの住人とは近所だから多少口も聞いたりしたらしいが、親しいっちゅう感じじゃなかった」

 もしかすると大家の爺が例外かもしれない話は黙っておくこととして、

「あのアパートの住人で、そのころからずっと住んでる人、いますか?」

「大家はずっとおるぞ」

「あとは?」

「んんん? さー、よう覚えとらんな」

「あのアパート案外流れ者多いとこだからなぁ」

「そう。確かにモリーも言っとったな、その話。

 自分が入居するとき『魔法使いはどーのこーの』って、すげぇ渋られたけど、結構人入れ替わってるし脛傷っぽいのもいるって」

「寝物語かそりゃ」

「無論よ。

 じゃなきゃモリーは自分の話なんぞ、ひとっ言もしねえ女だったからな」

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