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 婆との思い出話に花を咲かせた爺の情報は持ち帰ったが、事情を知っているかは怪しげ。

 軍では、婆について明日以降聞き込みをしてみようということになった。

 突如なくなった荷物に事件性があるという認識は共通だったためだ。

 だから帰り道、

—————チリカに会いたい。

 話だけはしたかったし、もしかしたらあの時は分からなかった他の情報がチリカにあるかもしれない。

 それを聞かない・知らないことにしたほうが自分は幸せだとわかっていたが、チリカはそうではないから。

 滅多にいかない晩飯の時間にレストランに向かうと、チリカは厨房を右左していた。

 あの浜はもう使えない。

 今日はまだチリカはいると知っている。明日はもう次の町にいなくなるだろう。

 今のうちだから、と思うほど、チリカは厨房から出てこなかった。

 晩飯を静かに食しながら、途中で一杯だけ酒を頼むと、ウエイターが酒を持ってきた。

 ジョッキを片手に店内を見回すが、当然あの狸爺も婆もいない。

 軍の他のやつは少し混ざっているが、俺に目を止めているかといえばNO。

 噂になるのも嫌だから、少し離れたところでチリカを見守り、ひと通り食べ終わったら出よう。

 相変わらずうますぎるチリカの料理は、安酒にもよく合っていた。

 今日チリカが泊る所は決まっているのだろうか。昨日はどこに泊ったのだろう。

 嫌だと思う気持ちよりも、寝泊まりするところがあったならよかったと安堵する気持ちが少しだけ勝つ。

 皿のソースにパンをなすりつけて口の中に詰め込むと、内心とは裏腹に安心できる香ばしさとコクが口の中に広がっていく。

 結局食べるだけ食べ、働くチリカの姿を遠巻きに眺めただけで店を出た。

 男漁りをするところを見ないで済んだだけ幸せだったかもしれない。

 前はもっと分かりやすくお盛んだった。そういう見方をするのも俺の心境の変化だろうか。

 部屋に戻って荷物を片付けるが手持無沙汰。結局また部屋を出て、町の大通りを今日の見回りと逆ルートで徘徊した。

 あの木造アパートの爺の部屋から光が漏れ、婆の部屋は真っ暗になっている。

 誰か覗き見たりしないかと思ったがそんなことはなく。

 またゆっくりとレストランの向こうの浜に向かう。

 明日は夜間に対魔物訓練が実施される。

 浜には結界も張られ、魔物の上陸が出来ないようになっていた。

 別にチリカを迎えに来ているわけではない、と自分に強く言い訳しながら、閉店の時間だろうレストランに向かう。

 最後の客を送り出したカイトと、その後ろから出てきたチリカ。

 二人と目が合った。

 チリカがカイトに何か話している。

 カイトがにやりとした。

「よっ! 色男!」

 静かな夜に響き渡る声。

 チリカが奥に引っ込んで、荷物を持って走って出てきた。

 ニヤニヤと店の戸締りをしていくカイトはそのまま店の中に消えていく。

 チリカは風で顔の前にかぶさった髪を片手で振り払い、俺の前に立った。

「おまたせ」

 俺が待っていて当然と言わんばかりに真っ黒な瞳で俺の顔を見上げる。

「ん…」

 なんとなく顔を直視できず、目を背け、そのまま自分の家のほうに歩き出すと、チリカは半歩後ろをそのままついてきた。

 あまりにも自然に俺について俺の部屋に向かっているチリカに、

「いつもこんなんなのか?」

 顔も見ずに話しかける。

「うん」

 声が弾んでいる。

—————これが悪い女という奴か。

 もう絵にかいたようにはまり込んでいる俺。

 月明かりは雲でまだらになり、夜の漁船が船出した後の港は暗く人気がない。

 その脇に立ち並ぶ店舗の前を歩いていく。当然、全て店じまい中。

「あの浜のあたりで対魔物の訓練をすることになった話は聞いてるか?」

「そうなんだ」

 声が沈んでいる。

「今度から定期的にやることになったんだ。だから、あの浜とその向こうの沖はもう」

 軍事機密でも何でもない話だが、二人の間の秘密にそっと触れていく話題はとりわけ敏感。

「そう…」

 チリカの声が深く沈んできた辺りで、俺の部屋にたどり着いた。

 なんとなく辺りを見回し、人がいないことを確認する。

 そんな俺を見てチリカはクスリとし、

「カイトはあれで以外と口固い人だから大丈夫よ」

 部屋のドアを開け、俺が入っているのに、チリカはドアの前に立っている。

「入れよ」

「いいの?」

 うっすらとチリカの背にかかる月明かり。

 聞くその顔は陰でぼやけている。

 近寄って、手を引き、ドアを閉め、チリカの体越しに鍵をかける。

 両腕の中にすっぽりと収まったチリカの温かな体。その頭頂の髪が俺の鼻先をかすめる。

「なんか…旨そうな匂いするなぁ」

 今日の夜メニューに出していた、あのソースのにおいに、また別の香ばしさ。

 焦げたバターのような。それと…。

 何かわからない匂いをそのまま嗅いでいると、腕の中のチリカは小刻みに震えていた。

「ふっ…くくっ…やだ…このシチュエーションでそれ?」

 卑猥な事を咎められるよりずっと恥ずかしくなり、ゆっくりと両腕を離す。

「壁薄いから、小声で話せよ」

「ん」

 部屋の真ん中に一応置かれているテーブルと背もたれのある椅子。

 2脚ある椅子を両方とも遣う日が来るとは思っていなかった。

 茶を入れ、コップで出すと、チリカは驚いた顔をした。

「どうした?」

「普通この流れでお茶出さないでしょ」

「俺が飲みたいから。いらないか?」

 別にそういう目的で連れてきたわけじゃないし、となんだか言い訳めいている。

「…ちょうだい」

 チリカは観念したようなトーンで、椅子に腰かけた。

 椅子に半分腰かけているのに背もたれに一切もたれ掛からず、すっと背筋が伸びている様子はあの日胡坐をかいて座っている時よりもよそ行きに見える。

 でも、茶をすする姿はあの日と同じように小動物のよう。

 もう一つ空いた椅子に腰かける。

「茶菓子はない」

「あるから大丈夫」

 チリカは鞄から袋を取り出した。カリントゥーらしい。砂糖がかかった長細いシルエット。

 袋の口を開けて、俺のほうに向ける。

「俺はいい」

「そ。じゃあ私だけ」

 チリカが茶菓子をつまむ間、情報だけは出していた。

「婆がいなくなった理由が分からん」

 ぼりぼりとカリントゥーを齧る音が聞こえる中、

「大家の爺にも聞いたんだがな、荷物全部あんなになくなっての夜逃げは想定外だったようだ。

 お前、大家の爺には会ったことあるか?」

「ううん」

「一度も?」

「うん。私がお婆さんに匿ってもらっていた間、あった人は一人もいないの。

 ずっとあの部屋にいて、ある日この街から出て、ヤルダ村に連れてってもらったのよ。

 お婆さんとはそれっきり」

 ヤルダ村はコウペイ街よりもさらに山寄りにある村。人魚の疑いはかかりにくいかもしれない。

「どのくらい匿ってもらってたんだ?」

「さあ…ひと月か…ふた月か…覚えてないわ。でもほんのちょっとだった気がする」

「そのころ婆とよく会ってた人とか、分からないか?」

 チリカは首をひねった。もうこの部屋に来た時の色気のある会話の温度は消え去っている。

「こそっと何度か見たことあるのは、村長さんって名乗ってる人と、あと…ぎょろっとした目の小柄な男の人は偶に来てた気がする」

—————大家の爺じゃねえか?

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