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—————許可なんざ取れねぇだろうけど。
分かっているからこその時間稼ぎ。行って戻ってくるまでの間が勝負。
「あんたになんかあるとは、思ってねぇから」
しゃがみこんで爺に目線を合わせると、爺は訝しげに上目遣い。
—————と、いうことにして、
「あの婆は何者だ?」
爺は黙っている。
婆とは違ってぎょろりとした目玉にうっすらと涙を貯めているが、おびえているわけではなさそうだから加齢だろう。
「あんたも俺がこの街に来た時からずっといるけど、あの婆もずっといたよな。
その前はあの婆、どんなだったんだ?」
ゆっくり爺は口を開いて、
「若かった。
僕が若かったのと同じように、彼女も若かったよ」
「あんたが大家になって、彼女が店子になったのはいつ頃だ?」
「そんなころだ。平和で、ここがまだ小さい漁村だった頃。
コウペイ街で商売やって一山当てて、その金でこの村にきて、アパートを建てた。
この建物の一つ前ののときだ」
「店はそのころからか?」
「ああ。そうだ。
本当は店舗の予定はなかったんだが、村長から村に魔法使いがいたほうがいいと頼みこまれてな。
魔法使いなんてどこの馬の骨か分からないからと断ったんだ。
そしたら、頭金に上乗せして保証金を全部出す、家具家財道具も付けると直談判された。
しぶしぶだった」
その言葉と似つかわしくない懐かしそうな顔で遠い過去を見ながら話しているようだ。
実際、渋った爺の言い分はよくあるものだ。魔法使いには自出が怪しいものが多い。
先祖に魔物がいる場合もあり、見た目からして異形だったりする。店子には不安が残るだろう。
「若かったってことは、あの婆はあの頃から皺まみれだったわけじゃないんだな」
「はははは! あの頃はぴちぴちと言っていい張艶だったわ!」
笑った。少し心が開けたのだろうか。
「想像つかんのですな。無理もない。
軍人さんがここに来たのは…終戦前ぐらいでしたかね?」
爺は首をかしげながらも俺の目の動きを覗き込むように話しだした。だから多分、
—————冷静になって俺の情報をほじくりに来やがった。
都市で商売人として元手を築き、何もないところに家を建てて不動産で食っているだけのことはある。
婆失踪のニュースを聞いてテンパっていたから、理屈をつけて俺が拘束して話せる状態になっただけなのだろう。
コウペイ街の海千山千の商人達に揉まれ、手練手管を身に着け、他を抜いて来てからの今。
—————間違いなく狸爺だな。
慌てた素振りは本当に慌てていたのだろうが、この後はどうだろう。
「どうだったかな…そんなもんだったと思います。
戦争が始まる前になると全くです。そのころはどうだったんです?」
ルースと比べると先輩だが、狸爺と比べたらヒヨコの俺に、
「この町はすでに今のこの規模ではあったな。
もう少し大きな漁師町になるかもしれないなんて、思っていたところだった。
建て替えの時にもう1階高いのにするかとか」
「そのとき住人はどうするつもりだったんです?」
「暫く他所に住んでくれって話だったが、モリーはそしたら出てくかなってなぁ」
「モリーは、あのババ…お婆さんですか?」
「ああ。荷物が多いからってな。
危ないものも多いし運べないって」
—————空間収納は使えない? じゃあどうやって?
狸爺は顔色一つ変えずに話し続けた。
「結局、戦が始まって、それどころじゃなくなって、この町がこれ以上大きくなることはないだろうなという今に至るわけだ」
話を閉じたかったというわけか。
「でも、物はほとんどなくなってますよ?」
「物だろ?」
「いえ、家具もです」
爺が少し固まった。
「あの頃より腕を上げたか」
ぼつりと放つ一言。この爺が狸だという前提に立つと、隠し事の可能性もある。
出来心でチリカをかくまっていたことを聞き出そうかとも思ったが、その手前にとどめることにした。
「ずっと一人身だったんですか?」
「モリーが?」
「ええ」
「そんなわけあるか。
…そうか軍人さん、若い時のモリーを知らんからな」
「逆に、そんなだったんですか?」
爺がまた懐かしそうに、
「だから隠れるような、あんな服しか着ないって、本人が言っていたのだから。
目がきれいでな。あの茶色から…」
少し止めたところで、
「曹長! 『あやしい』だけじゃ、しょっ引けないって」
戻ってきたルースは大きな声。
「…だよな」
ボソリとつぶやいた。
狸爺が笑っている。
俺が手首を縛った紐を解く間、小刻みに笑いで揺れるその体。
負けた気がして腹が立って仕方ない。
「軍人さん」
紐を解き終わって、しゃっきりと立ち上がる狸爺は俺を見上げて言い放った。
「まだ若い。色々あるだろう。今の延長線上の明日に飽きることもあるからな」
「あんた何偉そーに…」
ルース側って入るのを、手で軽く制して、
「それはあなたがコウペイ街からこの街に来たことに関係しますか?」
ぴくり、と狸爺の大きな目の下、たるんだ皮膚が動いた。
探るような視線をむけながら、ゆっくりと自分がいた部屋に戻りながら、
「そうかもしれん。
そうではないかも、しれん」
ニヤリとして、爺はドアを閉めた。
閉まり切ったドアを見ながら舌打ちをすると、ルースが、
「絶対なんかありますね」
「…帰るぞ」
詰所に返る道すがら、一応多少なりともあった収穫。
婆は空間収納は使えない。
一人ではあの棚の中身を持っていくことができないから、誰か共犯がいるか、連れ去りの可能性がでてきた。
昔は人との交流もそれなりにあったようだ。
あの大家の爺は日常的に会話を交わす程度に付き合いがあったようだ。
大家の爺が逃げようとしていた様子から、もしかするといなくなる可能性がある。
その爺本人がコウペイ街からここに居を移した理由が怪しいから。
「ランドル曹長に急いで報告しないと」
「事件性があるかもしれないからな」
—————爺が逃げる前に聞き込みと押収をする必要が出てきたわけだ。
あの爺の部屋にも何かしらの証拠が残っているかもしれない。
婆がいなくなったこと自体は知らなかったようだが、婆が急にいなくなること自体はもしかすると予想していたかもしれない。
家賃が払われない状態を想像していた。
キリがいいところでいきなり消える可能性がある店子と思っていたのだろう。
ただ、腑に落ちないのは、元々不信感いっぱいで住まわせていて、急に家賃を払わずトンズラする可能性がある店子だったわりに、思い出話が本当に懐かしげだった。
もしかすると『綺麗だったころのモテるモリー』と何かしらあったのかもしれない。
きっとそのことは、まだ狸爺も小狸程度だっただろう。
—————俺とチリカもいつかそうなるのだろうか。
考えあぐねている間に詰所について、事務所の中を通り抜ける。
ランドルのいる奥の部屋にたどり着くころには、その考えは消えていた。




