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「今後魔法絡みの相談、誰にすればいいんだろうな」
婆蒸発の報告を受けたランドルは深刻な表情でぼやいた。
あの日あの後、その場から動かないチリカに、
『今日の夜もまだ仕事じゃないのか?』
はじかれたように立ち上がり、ふらふらと婆の部屋を出ていく後ろ姿。
そのままどこかに行ってしまうかもしれないと、一応大通りまで見送った。
その後、俺はもぬけの殻になった部屋のドアを閉めて、部屋に帰ってからの、今日。
一応、『俺は上司に婆が消えたって報告するから』とだけは言ったが、俺のほうをジッと見て、またうなだれていたチリカのしょんぼりとした様子。
だが、今の話に出すべき名前は、そのチリカが嫌がりそうな、
「…ナム副隊長か、コウペイ街の誰かしら」
一番近いところがあそこの騎士団だから、選択肢はそこだけになる。
「定期的に来ていただくように差配することで」
「まあ、そうなるわな」
いるメンツで出る話はこれ。
『対魔物訓練含め、これを機に今後もコネクションができることになるだろう』
ルースと街の見回りは、そんな話をひとしきり詰所でしたあとだった。今日は1つ立ち寄り所がある。
「なんか、あの魔物騒ぎのあとこんなてんやわんやするって思ってなかったんで」
珍しくルースが真面目腐っている。
「仕事ってこった。諦めろ。そういうのが積み重なって経験になるんだから」
「ダン曹長もそんなのいっぱいあったんすか?」
「あったような、なかったような、だな」
過ぎてしまうとどこかに行っている。覚えている奴もいるが、俺はそうでもない。大変なことがあったような気持ちだけ。
だが、どことなく若かったあのころよりも上手く早く何とか出来ているような気がする。
午後の食堂は仕込み前の静かな様子。チリカはもう戻っていることだろう。
チリカと顔を合わせたあの海辺は訓練を良くするようになったこともあり、騒がしいのか魚は減ったように見えた。
チリカはあの沖の岩場にもう行けないかもしれない。
どう見ても人魚が生活の何かに使っていたと見える場所だったが、今だ何かわからない。
突き当りのもっと向こう。俺がこの辺りに来た頃に隣国が攻めてくる境目になっていた街の境界のあたりは今、見晴らしの良い道になっている。
「じゃ、折り返すか」
「へい」
—————この道の向こうに行くことは俺の人生ではもうないだろうな。
思いながら今住んでいる街に戻って少し歩くと家々と店が立ち並びだし、またレストランが見える。
裏道は静かで、誰といって現れない。
そのまま店からでる良い香りの排気を吸いながら、『腹減ったなぁ』とぼやくルース。
首都にいたころにこの一言で拳骨を食らったのを思い出し、ランドルが俺とルースの共通点を示唆したのも合わせて思い出した。
—————俺と違って、変な女に引っかかるなよ。
馬鹿だが期待の持てる若手は、そんな上司の気も知らずの素振り。
周りの警戒は忘れていないことだけは誉めてやろう。周囲に異変はない。
奥のほうをずっと歩いていく。昨日昼に来たところまでやってくる。あの木の扉が見える。
「本当にあのすっぱい顔の婆、いなくなったんすかね…」
「ああ」
二人して歩いていく。
もぬけの殻だったあのドアを開けると、やはり昨日見たのと同じくもぬけの殻。
ルースはほぇ~と気の抜けた声で部屋の中を眺めまわした。
「こんなん、ここにきて初めてすけど」
「俺もだ」
「え」
「俺も、こんな急に綺麗サッパリ蒸発するの見たのは初めてだ」
「まじすか。そんなないんすか?」
「そもそもだがな、流れ者だったらホテル住まいで、身一つでいなくなるだろ?
この街は定住者か流れ者かの二択しかいねえ。
定住者で何人かいなくなったのはいたが、借金しすぎて逃げたってやつで、やっぱり身一つでいなくなってる。
この婆んとこは一日に何人かは人が来ていたはずだ。一応、聞き込みはするがな。
でも、あの婆と親しいやつなんざ、俺はほぼ知らない。客として常連がいるだけ。
事前にそれらしき動きを察してたら、漁師連中やら食堂やらでもっと前から噂になってもいいはずだ。
だからおそらく、街の人間にも秘密裏に一夜にして消えたってこと。
魔法使いだからな。生活用品やら商売道具やらは亜空間収納にでも突っ込んでったんだろう。
あの婆はそんな魔力は強くない。
力技の記憶操作なんかは絶対できないから、綿密に事前計画してたはずだ」
「そっかぁ~」
考え込んでいる。俺も考え込んでしまいたい。
「どっかそのへんから出てこないっすかね。
俺、あの椅子に座った状態の婆しかイメージないんすよ」
「たぶんこの街の概ね全員がそうだろう」
チリカ以外は。
—————あの婆が人道目的で人を秘密裏に匿うような人格者にゃ見えなかったが…。
チリカに聞くと何かあるのかもしれない。
こんなもぬけの殻になるのは失踪事件ではある。
正直、
—————魔物よりもあの空き部屋のほうが怖い。
『お姫さま』をよろしくお願いされた身。婆が匿っていたというチリカ。
空き部屋の空気が肩からのしかかっているような。
「大家んとこ寄るか」
「そっすね」
元々見回りの過程で予定していた。この住まいの大家は、二階の角にいた。
「すんません」
「は~い」
上品な高齢男性がよたよたとやってきた。
「軍人さんじゃないですか。なんでしたかね?」
「下の部屋の、魔法使いのばば…お婆さんなんですがね」
「ええ。どうしました?」
「部屋、もぬけの空でして」
「もぬけの空? とは?」
くきっと音が聞こえそうな位首を横に傾げた。
「持ち物もなく、ご本人もいらっしゃらなくて」
大家は目の前で固まっている。首を傾げっぱなしで、
「いや、でも先週次のひと月分、お家賃頂きましたがな?」
「でも、いないんす」
大家は目を丸くし、よたよたと歩き出し、自分の部屋のドアの前にやってきて、恐る恐る開ける。
そのままビタリと固まったとおもったら、すとんと腰を抜かした。
両サイドで俺とルースが支えたため、床に足がついていない。
あまりの驚きにバタバタと足だけ動かして、まるで水中で溺れているように見えた。
「ご存じなかったんですね」
呟く俺の顔を見上げ、はぁっ…はぁっっと高速でうなづいている。
「いなくなった原因、何かご存じですか?」
一瞬、大家の目が高速で左右に動いて、
「し、しらん」
しどろもどろになりながら首を横に振った。
「ご存じなんですね、何か、原因になりそうなこと」
大家の爺はまた目をきょろきょろさせた。
「申し訳ないですが、このまま詰所まで来ていただけますか?」
「い、いやっ、きょきょきょ、今日は、用事が」
全身でバタついて、今まさに走り出さんばかりに両手両足を動かしているが、現役兵士に敵うはずもない。
「ルース」
「うぃ」
綱を取り出し、さっくりと手を拘束する。爺はスタミナ切れしたのか、力なくゆっくりと床にしゃがみこんだ。
「とても申し訳ないんですけどね、一時的にすんません。
ルース、詰所に行って、ランドルの許可とってこい」




