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「…長、ダン曹長!」

 はじかれたように顔を上げる。

 今日はもう一件ある肉料理の店に昼飯を食いに来ていた。

「今日、どうしたんです? なんか上の空で」

「…いや。悪い」

 サムズは一気に引きつった顔になった。

「この後この辺じゃ絶対に降らない雪でも降るんですか? それか、雹か…」

「大丈夫。休暇に寝すぎただけだから」

 それでも訝しむサムズの反応は正しい。

 昼間からチリカとの夜を思い出していたなどとは口が裂けても言えなかった。

 あの後はもうご想像の通り美味しく頂かれた格好。

 途中手かせを外されて自由は利いたのだか、結局チリカのヤりたいようにヤられた気がする。

 そして翌日早朝、漁師たちが丁度減る時間帯に、出てきたのと同じようにあの岸に、チリカに引きずられるように到着し、休暇は丸一日寝ていた。

 軍人のくせに隙だらけの体たらく。初めて『鉄顎副団長』の俺を軍の出世頭から叩き下ろしたのが正しい判断だったのだと自覚した。

 こんなのが国を支える立場になってはいけない。何なら軍にいる事自体NG。

 あの時、酒が入っていたわけでもなく、体力はある方。だから、

—————ほとんど覚えてんだよな…。

『で、俺の評価は?』

『知りたい?』

『おまけしない主義なんだろ?』

『うん』

 しばしの沈黙の後、

『よかったわよ?』

 さらに黙ってジッと見てみると、クスリと笑みを漏らし、チリカは俺の最終評価を提示されたのだった。

 枕詞に反して微妙過ぎるあの評価。

—————ランドルばりにこき下ろされた方がマシだった気がする。

 と、目の前にウエイターが皿を持ってきた。

「なんだこれ?」

「何だって…今日の日替わりの定食のメイン、串焼き肉じゃないすか」

「そうだったか」

「ほんと、休みボケにしてもヤバイすよ」

「そうだな…」

 だが、今日は串を見たくなかった。見た目も字面もチリカの行動とあの評価そのものだ。

 『俺はランドルとは違う。見たくないのは今日だけだ』と言い聞かせて串をほおばる。

 肉汁が染みだしてタレと混ざってむちゃくちゃ旨いのに、俺が俺を共食いしているような。

 人魚が人間を食うこともあったというチリカの言葉がよぎる。

 サムズはパンにそのまま齧りつきつつ、

「魔物騒ぎ以来、今んとこ何もないから、いいんですけどね」

「まあな。

 そろそろ首都の奴が見回りに来たりする時期だからそっちは気にはなるが」

 サムズは、『あ゛ー』と明らかにめんどくさそうな声を店の天井に放った。

 年に一回程度、首都の分隊の何人かが様子見という名前のアラ探しにやってくる。

 その時に、兎に角重箱の隅をつつくようなことを言ってくるのだ。

 先日の魔物騒ぎの報告書も、その時のためにしたためたと言って過言ではない。

 自分たちと同じ軍人という人種には思えないみみっちさ…もといきめ細かい指摘で、不正を許容しないようにしているらしい。

「あいつら、戦になったらなんもできんポンコツ集団にしかみえないんですけど」

 指を口に当てて、しーっというジェスチャーをサムズに。

「そういう発言歴も、街で聞き込みすることあるから。

 この街の店は比較的口が堅いんだがな。

 確か…となりのコウペイ街の分隊で何年か前に降格食らったのがいたはずだ」

「ほんとですかそれ…飯不味くなる話しないでくださいよ」

「本当に不味い飯しか食えなくなるのを避けるためだ。我慢しろ」

 へいへいと軽い相槌とともに皿を開けていくサムズ。

 だが俺も、以前ここにいた傭兵やら軍人やらの諸先輩方も全く同じことを口にしていたし、自分もまたしかり。

 平和になると有事とは違う何かが必要になるのだろう。

 店を出て少しする頃にはもう頭は冴えていた。

 矢張り串焼きの煙が良くなかったのだろう。

 代わりに、自分がチリカから情報を引き出しきれなかったというもう一つのしくじりを思い出していた。

 話の内容が衝撃的で、少し関係が縮まったところに安堵し、なし崩しで翌朝でもいいかと思ってしまったのが良くなかった。

 チリカがこの沖にあった国の人魚姫で、時間移動の魔法陣で過去からやってきたということしか聞き出せていない。

 だが、俺を海中で引いてあの岩のなかに連れて行ったときの感触から、魔物が出た時に潜って俺を助けたのがチリカなのは、ほぼ間違いないだろう。

 その魔物が問題だ。

 海の生き物には人魚は猛毒ということだが、海の魔物は海の生き物に含まれるのか?

 だとすると、チリカは海の魔物を使役できることになる。

 近未来が見えること・人魚であることと同じレベルで、国に狙われかねない能力。

 俺を助けた時だって、何か目的があった可能性も十分あり得る。

 それに、もう一つ。

 結局、破壊された魔法陣がその時間移動の魔法陣なのかは明言していないのだ。

 魔女バーギリアと面識があるという話なんてなおのこと。

 百五十年前というのは、大昔というほどではない。

 おとぎ話でしか聞いたことがない人物がいきなり実体を持った形で会話に登場したから意味が分からない。

 兎に角能力の高い魔法使いだとしても、あのネックレス・その魔法陣。

 他の置き土産の一つが各地で見つかっている鱗模様の魔法陣だとすると、それらが何かは未だ不明。

—————チリカに聞いたせいで危険物が増えた気がする。

 しかも小休止して一寝入りした後で続きを聞き出す流れに…と思ったあたりで押し倒されてうやむやにされた。

 改めて全体像だけ思い出すと、

 1.ケンカして問い詰めた後、

 2.話し合いや打ち明け話もそこそこに、場所を移して強引にベッドインし、

 3.ケンカの種が残ったままなんとなく和解?

—————付き合ってもねぇのに倦怠期のカップルか。

 主導権が完全にチリカになっているところも癪に触る。

 想像するだけでむかっ腹が立ってきたので、強引にサムズに仕事の話を振ることにした。

「サムズ、対魔物訓練の資材手配は?」

「ひと通り出来てます」

 魔物が出たことで、陸・海両方の魔物の一次対応訓練を拡充実施することとなった。

 方法についてはナム副隊長に手紙等で貰ったものだが、最悪なことに来週確認のために街に来ることになっている。

 チリカと何があったのか探られるかもしれない。チリカの安全のためにも、いつも以上に口を堅くする必要があるだろう。

 そんな脳裡とは裏腹に、その日の訓練と見回りは夜まで平穏に続いた。

 淡々と過ぎたその日の任務の帰り。

 毒性生物の巣になっているあの海岸線を背に、家路につく。

 あの日チリカに返された朝、岸でチリカに聞かれた言葉を思い出した。

『私はどうだった?』

『言う必要あるか?』

 チリカは嫌に真剣な表情。

 漁師連中が出てくる前に早いとこ帰らないといけないし、チリカに至っては人が増える前にひっそりと街を出ないといけないのにもかかわらず。

 いつぞやこの海辺でジッと俺の言葉を待っていた時と同じようにジッと待っている。

 だから口を開いた。

 チリカはそれを聞くやいなや、花が綻ぶような笑みを浮かべ、俺に駆け寄った。

 俺の首に腕を回し、きつく抱き付く。

 少しした後、腕を外し、俺の両頬に手を当てて、軽く首を傾げ、俺の唇に唇を添わせる。

 本当に軽く、啄むように一回だけ。

 チリカの笑顔と、体の暖かさと吐息、バードキス。

 あの夜の出来事よりも、あの翌朝のチリカをずっとずっと鮮明に覚えている。

 職場から足が勝手に俺の体を自分の部屋まで運んでくれていたようなので、玄関のドアを開けた。

 荷物を放り出し、椅子に乱暴に座り、水を一口。

—————あの時。

 俺に背を向けて街を出ようとするチリカを三文小説よろしく引き留めたいような気になった自分の『重症』は疑いようがなかった。

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