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 どこかに絶滅したと思われていた人魚の国が今まだあったとして、チリカがその住人か何かだったとして。

―――――だから、なんだ?

 法律や御触れで『人魚がいたら報告せよ!』というのはないはず。

 もしかしたら大慌てで誰かに報告する奴もいるかもしれないが、絶滅した理由が『肉がうまい』という理由だということは知っている。

―――――俺の仕事は治安維持。揉め事の火種ほじくり返して、出てきたのを押さえて成果ぶるってマッチポンプするこっちゃねぇから。

 放置一択。

 なにせ好戦的過ぎて人間と戦争起こし、負けて概ね人間に食われて全滅って噂の民族。

 魔物は今後の民族蜂起の前哨戦として呼び出されたかも?

 生き残りがいたら? 人間からすれば、当然反逆を狙っている一味。

 つまり、火種の中でも最上級の、民族間紛争の火種。

 本来ならこの疑惑が出てきた段階で軍人として上層部に報告する必要がある事案。

 俺が報告を上げると、ランドルは素直に上層部に報告するだろう。

 だが、

―――――『俺は何も知らない』。

 そういうのに巻き込まれるのはもう金輪際御免だ。

 先の戦争の時だって俺がここに飛ばされたのは上の反感を買ったのが大きいが、根本をたどると派閥争い。

 国対国の戦の前線だったここの、血で血を洗う様相を振り返る。

 兎に角上の何かってやつに関わったって碌なことがないのだから。

 それにもし人魚の国なんて御大層なものなくて、チリカとその親家族とか数家族が、地味に細々暮らしているだけだったら?

 チリカは出稼ぎしているだけだったら?

 結局、人間の国は数にモノを言わせてチリカを捕らえ、居場所を絞り出し、その家族たちを食材扱いするだろう。

 そして『奴らは紛争を起こそうとしていた』と言うだろう。

 チリカのふわりとした髪。普段の様子。それとは打って変わってあどけない顔で俺を見上げたあの時。

―――――包丁で捌くもんじゃないだろ。

 捌いたやつらがいたから、絶滅したのだろうが。

 まだチリカが人魚だと決まったわけではないのに、そんな想像をしてしまう。

 あんなに腕がいいのに流しの料理人で方々点々としているのは、それを隠すためなのではないか?

 昨日泳いでいた時に何も着ていなかったのは、水につかると下半身が魚だから?

 服を置いてきただの何だの、話をしていた時、俺が見ていたのはチリカの上半身だけ。

 ダメ押しであの目の光。

 見間違いでなければ、ほぼ確定だと言っていい気がするが、確定させるのが怖かった。

 今、一つの小さな秘密と謎を抱えているわけだが、これが一つの大きな秘密になったとき、抱え続けられる自信がない。

 だが、今の状態を続けると、謎が足を引っ張って、いずれ明るみに出てしまうかも。

 その前に、チリカと話をする必要がある。結果的に民族紛争に巻き込まれ、俺が死ぬかもしれないが。

―――――大けがどころじゃねぇ…。

 ドネア爺からあの話を聞いた後、既に二週間経過している。チリカはあの翌日にまたこの街を去り、今はいない。

 次に来るのはいつになるやら。

 察しのいいサムズには苛立っているのが伝わったらしく、訓練中に俺の顔をチラリと見た後目をそらされた。

 ナム副隊長からは今日折り返しの報告が来ており、上層部に報告は上げたものの、矢張り今までのものと同じく魔法陣は不明扱となり、お蔵入りが濃厚だとのこと。

「もう魔物とか暫くないだろ」

 ランドルの言葉に頷いた。

「返信報告、上への報告、両方よろ」

 そうなるよな、と思いながら黙って羊皮紙とペンを取った。

 夜の見回り担当が入れ替わりでやってきて、昼勤が抜けていく。

 こんなもんでいいか、という仕上がりにすること自体が至難の業。

 報告の文章一つ書くのも、語彙力がない軍人には厳しい作業となる。

 自動でだれか書いてくれないか、と思いながらなんとか返信報告だけは書きあげた。

 まあいいかと片付け、道具を一通り引き出しにしまう。

 あのときここに突っ込んでいたネックレスを思い出したが、すぐにかぶりを振った。

 おつかれす、と冴えない声を残っている面子に投げて詰所を出る。

 まっすぐ帰路につくと、途中でドネア爺の姿。

 また一服しに来たのだろう。俺の姿を見て手を振った。

「おお、今帰りか?」

「はい」

 タバコの包みを持ったその顔は朗らか。

「この前人魚の話したろ?

 あの後、孫娘にも話したらなかなか受けがよかったわい」

―――――噂が広がったか。

 ドネア爺のそのまた爺が喋ったのと同じように、孫娘に伝わったわけだ。

 ドネア爺の訳知り顔が浮かんだ。

「前にお前さんに喋っとった後、そういえば思い出したこともあっての。

 人魚しか使えん門外不出の魔法があるらしいとか、人魚は海じゃ水着着ねぇから女もおっぱい丸だしなんじゃとか、へへっ」

 軽く鼻の孔を膨らませたドネア爺は『いやいや、歳はとるもんじゃないのぅ~』と笑った。

 孫娘の笑顔と女の裸を同時進行で思い出せる芸当は歳の甲か。

 爺は絶妙に嫌らしく、絶妙にホクホクの顔をしていた。しかし、

―――――チリカが人魚である可能性が高くなっちまった。マジで笑いごとじゃねえー…。

 もう避けられない。何とか口を動かし、

「お孫さんへの話題になったなら何よりでした」

「おう。じゃ、おつかれさん!」

 意気揚々と波止場へ向かうドネア爺を背に、ずっしりと重たくなった足取りを引きずる。

―――――人魚の魔法の話なんざ出してんじゃねぇよ…

 もう頭の中はあの魔法陣でいっぱい。

 チリカと魔法陣と魔物。三つがぐるぐると回っていく。

 ナム副隊長の『鱗のような』という表現。

 そうと思い出したらそうとしか思えなくなるのが人間。

 何とかしてチリカに話を聞きだす方法はないだろうか。

 軍での魔物の取り調べを装うのはもう難しい。なにせ報告は出してしまうし、そのことも漁師連中から町中に伝わる。時間の問題だ。

 チリカが次にいつ来るかもわからないから、それまで緘口するのは不可能。

 それに話の内容が内容。他に話の内容を聞かれないようにするには?

 ぐるぐると考えを巡らせる。

 口説いて家に持って帰るという実現可能性が低いものも浮かべたが、自分の部屋の壁が薄すぎるので話が外に丸聞こえになってしまう。

 それよりは、この前チリカが夜泳いでいた海辺での遭遇を期待するほうが良いのではないか。

 チリカが来ている間、夜、浜辺に出かけるほうが。

 毒性生物が出ている辺りは止めて置けと伝えておいたから、もうあのあたりにはいないだろう。

 というか、実のところそれも心配だった。

 そういうのは平気だとかなんとな抜かしていたが、あの調子でそのまま突っ込んでいるかもしれない。

 チリカがただ癖の強い人間なら他の人間同様に危ないし、人魚だって毒虫にはかなうまい。

 戦で毒矢を使っていた時に見た傷を思い出す。

 チリカの滑らかな足や頬が、真っ赤にただれ、脂汗を浮かべながら眉間にしわを寄せ苦痛にその顔を歪ませるチリカを思い浮かべたところで猛烈な焦りが噴出すだし、そのことにも焦るしさんざんだ。

 あの日濡れたシャツはその後乾き、もう甘い匂いを発しなくなった。

 香水だろうと思っていたが、爺が喋っていないだけで人魚の汗は甘い匂いがするのかもしれない。

 肉が美味、ということなら、もしかしたら本当に甘いかも…。

 そんなことを寝オチするさながらに考えたのが良くなかった。

 その日の夜、久しぶりにしっかり夢を見た。

 ごく当たり前かのように夜あの店に寄り、ごく当たり前かのようにチリカがこの部屋にやってきて。

 お互いに服を脱ぐ。

 その後はお察しだ。

 『甘い』

 『でしょ?』

 ドヤ顔で俺のベッドに仰向けになって俺を見上げるチリカの顔と声で目が覚めたときの自己嫌悪感。

 起き上がって下着を着替え、昨日の夜の自分をぶん殴りたい気持ちを押さえて、朝食を口に詰め込んだ。

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