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もう結構ですわ

作者: るーく

美しい庭園には色とりどりの薔薇の花が咲き誇っている。

穏やかで、とてもゆっくりと時が流れている・・・。


ジェード公爵令嬢、いや、ジェード公爵令嬢だった「彼女」は、そんな場所で生前の姿そのままに香りの良い紅茶を飲んでいた。

「良い香りだわ」

赤い唇からほうっとため息がこぼれる。


彼女の視線がついと辺りを走った。


まるでベルベットのように整然と整えられた、芝生。

金糸銀糸を織り込んだ上等なクロスがかかった、テーブル。

繊細な彫の施された素晴らしく座りやすい、イス。


4脚。


(わたくし)、人生を終えたはずですけど・・・。


その景色は、彼女が生前過ごした屋敷の庭とよく似ていた。


 *


アマランサス・ジェード。


それが彼女の生前の名前だ。

公爵令嬢として生まれ、生き、王家に嫁ぐはずだった女性。

気高く、まっすぐな気質。


高貴なる赤薔薇。


彼女のもう一つの呼び名だ。


アマランサスの伴侶がもし彼女と同じように優れていたならば、または誠実な者であったなら、きっと全ては上手くいったのだろう。


残念なことにそうはならなかったのだが。


盛大な舞踏会の場で、婚約を無かったことにされて。

王子が懸想していた身分の低い可憐なレディを王妃にすると宣言されて。

アマランサスを蚊帳の外にして、二股をかけられていた侯爵令嬢がその場で暴走。


多分、彼女によって天へ昇らされたのだろうとアマランサスは思う。


こうして考えると何やら疲れる一生であった。


ため息を一つ吐き、美しき元侯爵令嬢ははたと思いつく。


「ここは、天国なのかしら?」


美味しいお茶に、生前の記憶に似たお庭。


誰も人はいないけれど。




「アマランサス様!」

疲れる静寂を破って、聞き覚えのある声が彼女を呼んだ。

そして、右隣のイスに可憐な男爵令嬢が現れた。

王子が懸想していた可憐なレディ。

リリー・シュタイフ男爵令嬢である。

「貴女、どうしてここに?」

たった今、己が天国に来たのではないかと思い至ったアマランサスは驚きを隠せなかった。

(だって、ここにいるっていうことは・・・)


「私、刺されちゃいました~」


蚊にでも刺されたような言い方で、少女は困ったように笑った。


「王子ったらひどいんですよう。私のこと突き出したんです」


ぷりぷりと怒っている。

そんな感じでいいの?とアマランサスは思ったが、さすがに口に出さなかった。


「また、アマランサス様とお会いできてとっても嬉しいです!!」

正直リリーとは別に接点がなかった。

王子に一方的に思いを寄せられているかわいそうな少女、という印象である。

アマランサスは身分の違いからあまり助けることができなかったのだが、リリーは美しい彼女に憧れていたらしいと、別のご令嬢から聞いた覚えがあった。

「私も会えて嬉しいわ」

少しだけ寂しさを感じていたアマランサスは複雑な思いはあるものの、喜んでおくことにした。

いつの間にか、リリーの前にも紅茶の入ったティーカップが置かれている。

「?」

さらにもう一組、左側にも出現していた。

すぐに、何もなかった左側のイスに人型の像が結ばれる。


「ひえっ、グレーシュ侯爵令嬢様!!」

リリーは青くなって席を立ちかける。

「・・・・」

グレーシュ侯爵令嬢は、唇を少しとがらせてむすっとしていた。

「なんで、あんな男のこと好いてたのかしら・・・」

「ナタリア」

アマランサスが呼びかけた。


その声にナタリア・グレーシュは勢いよく視線を上げて二人を交互に見つめ、そしてうつむいた。


長い沈黙の後、



「ごめんなさい」



その目に涙が浮かび、赤みの挿した頬を伝うように流れた。


 *


「まさか、こうして三人でお茶ができるなんてね」

アマランサスは微笑んだ。

「私、お二人のことは遠くから眺めるだけだったので緊張してます!」

リリーが言った。

「本当は毎日でもご挨拶したかったのに、お声がけなんてできなかったから~」

「最期は至近距離でしたけどね」

自嘲気味にナタリアが呟く。

「お二人が王子に興味が無いって知っていたら、私あんなに意地にならなかったかもしれないわ」

「終わってしまったことですもの、気にすることないわ」

「そうですよお!次行きましょ次!!」




「やり直せますよ!」

突然その場にいない者の声が響いた。



少年の声のようだった。


声がしたと思われる赤い薔薇の咲く場所へ目をやったが、誰もいない。

向けていた視線を戻すと、真向いのイスにいつの間にやら新たな登場人物が現れている。

「?」

アマランサスは微かに首を傾げた。


「やり直しませんか?もう一度!!」


少年の姿の妙にキラキラした彼は、はじけるように言った。

アマランサスは少しだけ眉間にしわを寄せて尋ねる。

「まず、あなたはどなた?」

リリーとナタリアも不審げな様子であった。


「あ、これはこれは失礼いたしました。ボクはあなたのいた世界の神的な存在です!」


妙に自慢げに少年は言い放つ。

令嬢たちの心持ちに興味は全く無いようだ。

「神・・・」

己の想像とあまりに違った姿に、アマランサスは言葉を濁した。

「いや~、ボクもまさかあんな終わり方すると思ってなくて、もう一回やり直したらいいんじゃないかなあって」

「もう一度?別な登場人物を用意すればよいのではなくて?」

「そうなんですけど、ボクあなたたちがちょっと気に行ってて、うまくいかせたいなあ、なんて思っているんです」

時間巻き戻しちゃいますから!

神的な少年は一人で意気込んでいる。

水を差すのも悪いかしらと思うものの、アマランサスは勝手なことをされてはたまらないと断言した。


「私、今生に悔いなどなくってよ」


「へ?」

「せっかくお二人と仲良くできたのに、邪魔しないでください!」

リリーが頬を膨らませる。

「そうね。リリーの言うとおりだわ」

蔑んだような目を向けてナタリアも同意した。

「邪魔よ」


「私抜きでおやりになったらいかが?」

あ、私も!

私も。

と二人が続く。


「え、でも」


「私、今回の生を力の限り生きましたわ」


「三人で力を合わせたら皆幸せになれるかもしれませんよ!?」

少年は懸命に説得を試みる。


「やり直しを望まぬ者もいましてよ?」


「私はお二人と一緒にいます!!」

リリーは力強く言い切った。

「私も残念な終わり方でしたけど、別にもう一度初めからやり直す気はなくってよ」

ナタリアは物憂げに、けれど未練のようなものは感じさせず少年を見つめる。


「でも、やり直せば・・・」


「くどいですわね」

アマランサスは告げた。




「もう結構ですわ」






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