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要約は案外簡単に出来たけれど、これまでややこしい話ばかりでシルヴィアについての情報がまだほんのわずかしか出ていないに過ぎなかった。転移の理由や帰還へのヒントを得るにはもっと情報が必要だ。
「ここからはもう少しシルヴィアの事やそちらの世界について教えてもらえる?」
「ええ。ですが、何をお話ししたら良いでしょうか」
「そうね、取り敢えず転移直前に起きていた事から整理しましょうか。馬車に乗って何処に行こうとしていたの?追われていたそうだけど、追手に心当たりはある?無理に話す必要はないけど、可能な範囲で教えてもらえないかしら?」
事故の記憶だ。思い出すのも辛いだろうが最も転移のトリガーとなった可能性の高い出来事だと思うから聞いておきたかった。シルヴィアも眉を寄せ伏目がちになったが訥々と話始めた。
「追手には何の心当たりもありません。私は国立の貴族学院に通っており卒業式の当日を迎えていたのです」
「卒業式の会場に向かおうとしていたの?」
私の問いに彼女は首を横に振る。
「在学中は学院の敷地内の寮で生活する決まりがありまして、卒業式も敷地内に会場が設けられます。わたくしはその卒業式に参加せず、早朝のうちに人知れず屋敷へと帰ろうとしていたのです」
「卒業式に参加せずに帰宅しなきゃいけないほどの事情があったの?」
私の問いに鎮痛な表情を浮かべて頷く。白く透き通る肌も更に白くなるほど強く拳を握り締めている。それからしばらく沈黙が続いた。口を開けない辛そうな様子にこれ以上聞くのは酷な気がして話の方向を変えようとした時、シルヴィアは小さく呟いた。
「婚約破棄を、、」
その言葉を言うと同時に彼女の目からはつーと涙が流れた。それを見ると私は慌ててクローゼットへ走り中の引き出しからハンカチを取り出すと彼女の頬に当ててやる。
「無理しないで。ごめんなさいね、辛い事を暴くつもりじゃなかったのだけど、、」
「いいえ、大丈夫です」
そう言ってシルヴィアはふるふると首を振りハンカチを受け取り両目を何度か抑えるようにした。そんなシルヴィアを見て密かに私の中には怒りが湧いていた。こんなに見た目も所作も美しく、コロコロと変わる豊かな表情は愛らしく無邪気な彼女を泣かせるなんて許せない。
「情けない話ですが、聞いて頂けますでしょうか。この数日誰にも相談出来ず、一人で悩んで過ごしておりましたが、実は誰かに聞いて欲しかったのです」
「勿論よ!もう全て吐き出してしまって大丈夫よ」
私の言葉に赤い目を細めて表情を和らげありがとうと言うと順を追う様に話を始めた。
「わたくしの居た世界はいくつかの国があり、そのうちの一国アラルジャン王国が私の生まれ育った国です。代々王国に仕える侯爵家の我が家は兄が跡取りとして育てられ、わたくしは幼い頃に王太子殿下セシル様と婚約をしておりました」
シルヴィアを泣かせた碌でなしは一国の王太子という訳だ。異世界物でありがちな設定とかだと、ぽっと出の下級貴族令嬢に魅了されて婚約者を簡単に捨てたりするが、まさかね。その場合、王太子の婚約者は意地の悪い悪役令嬢と相場が決まっているがシルヴィアはそんな子じゃないと思うもの。これまでの立ち居振る舞いに傲慢さもなく、こんな状況でも取り乱す事なくそれは立派なものだったし。
そのセシルって王子が聖女を語る女に唆されてシルヴィアを捨てるなんていうテンプレな展開ではありません様にと祈りながら、私は彼女の話の続きに耳を傾け続けた。