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シルヴィアは事故に遭ったが死んではいない。彼女の存在は彼女の世界にきちんと今もあるのだ。
「でも、そうなると何故こうして体を持ってここに居られるの?」
幽体離脱や生霊ってオカルトではよく聞くけどその全ては実態から抜け出た存在で、物に触れたりは出来ないのが通説だと思う。稀に姿が見えてしまう人はいるようだが。実態はちゃんと元の世界にあるのに、ここにも存在するのはおかしくはないか。
「この世界はとかく物質を好むからの。ここにあろうとするのなら形を持たねば途端にその存在は曖昧なものになる。我の世界もまあ、ここを手本とし創世したから似たようなものだが、我は本来実態を持たぬ。ゴルトアウルムクリューソスには代わりに実態を持つ我、つまり命がおるから実態を持たぬ我もしかとそこに居れる。ここまでは大丈夫かの?』
自分の言葉が私達には小難しいものとユエも学んでくれたのか一度話を区切って確認をとってくれる。私は辛うじてそのニュアンスを受け取れているつもりだが、シルヴィアは無理だろう。混乱で泣きそうな苦笑いを浮かべている。
「私はなんとなく。シルヴィアはまあ、無理に理解しなくてもいいわよ。とにかく続けてもらえる?ユエ」
シルヴィアには悪いがこの先を聞かないと私がスッキリしないからユエに話の続きを促した。
『この世界の神も千歳達がおってその存在を知っているから、実態を持たずとも居れておる。逆に、我を知る者の居らぬこの世においては実態が無くては我であっても我という存在を保つのが難しい。今は力も回復し、我を知る千歳や雄真が居るから実態を持たずとも少しの間は平気だがな、ほれ』
そう言ってぴょんとソファから飛び跳ねると空中で消えてしまった。信じられない光景に私もシルヴィアも目を見開いた。姿は見えないが、ユエはきっとここには居るはずだ。そう思った途端、声だけで話の先を語り始めた。
『この世に来た時は弱ってもいたからの、この世界の都合に合わせて実態を得た方が楽でもあった。世渡りの際、この世界によってこの世界における実態を与えられたのだよ。まあ、弱っていたゆえ中途半端な姿を実態とされたのは不本意だがな。シルヴィアもおそらくそうだろうて。この世界に受け入れられると同時にこの世の命と同様の形を取らされておるのだ。つまりシルヴィアではあるが、シルヴィアそのものではない』
話を聞いているとホログラムのようだな思えた。そこに無いのにそこにあるように見える立体はあらゆる情報も備えていて本物と変わりないもの。最初の転移者であるリオンもそうだったのだろうか。
しかし、ここにいたけりゃ形に収まれと、生きてる者のような姿を与える我々のこの世界ってとんでもないなと思ってしまう。
『しかし、さすが物造りの得意な世界の命よな。絶えず、その小さき体では到底成し得ない事を道具を生み出し実現させよる』
そう言った瞬間、重力を感じさせずソファのクッションにユエは毛玉の姿で着地した。サッカーボールほどのサイズのモフモフは敢えて動物に例えるならニワトリの雛が一番近い。
「まあ!可愛いらしい」
そうよね、モフモフが正義なのは万界共通の事実だもの。
『シルヴィアまで可愛いなどと。真の姿は凛々しいのだぞ』
「そうなのですか?先程のお子の姿も愛らしいものでしたのに」
シルヴィアもモフモフの誘惑に勝てず毛玉のユエを撫で始める。その様子を微笑ましく眺めていたがふとある疑問が湧く。
「ねえ、ユエ。実態をそもそも持たないのに真の姿ってのもおかしくはない?その毛玉姿も幼児の姿もここの世界だけのものでしょ?」
この世界に居るのなら形を伴わなければならないのは分かった。だが、真の姿とはこの世界にはそもそも関係ない。元の世界においても実態は持たないはずなら真の姿を持っているのはおかしいのではないか。