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どこか諦めに似た呟きに先程の一言を思い出す。
「それは、、さっきの死んでしまったのか、って事がそう思わせるのかしら?」
シルヴィアは少し目を伏せ、悲しそうな表情を浮かべた。そのまま目を閉じて一つ息を吸いそして吐き出して顔を上げると話始めた。
しっかりと顔を上げて真っ直ぐに見つめられるとその美貌に同性であってもドキリとさせられる。それまでは言葉を紡ぐ度に震えていた唇も、温かいミルクのお陰かしっかり動くようになっていた。
「ここで目が覚める前は馬車に乗っていたのです。追われているようでしたので御者に出来る限り速度を上げさせていました。我が侯爵家の馬車は頑強に作られていますから多少無理な走りをしてもびくともしないと自負があったのですけど、途中で車輪が外れたのか、車軸が折れたのか横転してしまったようです」
「事故に遭ったのね、それは気の毒に、、。横転してしまったようって事はその前に意識は無くしてしまったの?」
「はい。かなりの速度でしたから、大きな音と同時に馬車が揺れて何かが壊れたのかと思った時には体が座席からふわりと浮き上がっておりました。瞬間的に衝撃に備えて目を瞑り身構えましたので馬車がどうなっていったのかは想像するしかありません。ですが、幸いにも苦痛を感じる事無く死を迎えたようです」
猛スピードで何者かに追われる馬車の中での事故、相当な恐怖だった事だろう。せめて彼女が傷もなく痛みも感じずに済んで良かったが、何か違和感がある。
「シルヴィア、あなた自分が死んでしまったと思っているようだけどちゃんと生きてると思うわよ?」
目の前には綺麗に足を揃えて座る彼女がミルクのカップを持っているのだ。足があり、物体に触れている以上幽霊ということもあるまい。
「あなたにとっては壮絶な体験をして、見た事もない世界に居れば死んでしまったと思うのも当然だけど、ここはそんな世界じゃないわ。さっきも言ったけど人の住む世界なの。先祖や神様とか目に見えない者の存在を想う事はあるけど、実際にこうやって会話をするなんて事は出来ないってことになってる。特殊な能力を持っていてそれが出来るという人も居るみたいだけど、あいにく私にそんな能力はないわ。つまり、私がこうして目にして会話している時点であなたは生きた人間って事よ」
そもそも死んだのなら転移ではなく転生するだろうし。見た目はこの世界のファッションとはまるで違う服を着た妙齢のお嬢様だ。明らかに転移して来たという状態なのだから。
「死んでしまったのならその姿でいられるはずはないと思うの。転生と言って全く別の人生を一からスタートするはずだし。ちょっと待ってね」
私は仕事道具であるメイク用具入れから手鏡を取り出してきてシルヴィアに渡した。
「姿を確認してみて?実態が無いなら映らないと思うし、転生したなら貴女の顔では無いでしょうから」
シルヴィアは裏返しで渡された手鏡を返しながら恐々と言った様子でそれを覗き込んだ。
「どう?」
「わたくしが映っておりますわ」
「でしょ。つまり、仮定だけど貴女は死にそうな場面で転移して難を逃れたのではないかしら」
『ふむ。おおよそ合っておろうが、ちと違うようでもある』
「え?」
それまで黙って私達のやりとりを見守っていたユエが口を挟んで来た。
「違うって、どう言うこと?ユエは彼女の世界が何をしたのか分かるの?」
『さてな。ただな、この世界にやって来た同じ転移者としてなら分かる事もある。我は我の一部のみここに来ておるのだが、シルヴィアもそうなのだろう。この世界で、しかと生きておる千歳とは微妙に質が違う』
「実態ではないの?生霊とか、幽体離脱をして来たってこと!?」
「本に面白い考えをするよな。まあ、当たらずとも遠からずだ。我は我の世界に我の命達を置いて来ておるのは理解出来ておるな?」
私は大丈夫だけどシルヴィアはそこまで理解出来てなど無いだろう。
「シルヴィア、混乱するだろうけど聞いてちょうだい。しっかりと理解出来なくてもそう言うものかと飲み込んでくれたらいいわ。ユエは神であり、ゴルトアウルムクリューソスの世界そのもの。つまり、その世界に生きる一つ一つの命そのものなんだそうよ」
シルヴィアは小首を傾げつつも頷いてくれた。
『千歳達もそうなのだがな』
「ユエ、取り敢えずややこしい事は後にしましょう」
ユエは私も世界だと言いたいのだ。この話は以前、友人の雄真がユエから散々説法された内容で後に私も彼から教えてもらったが今だに腑に落ちていない話だ。シルヴィアには今はなるべく単的な話のみが良いと思い一先ずユエの説法は回避する。
『ふん、仕方ないの。まあよい。つまり、己の存在全てで来ているわけではないのだ。でなければ帰れぬからな。シルヴィアもほぼ人としてここにあるようだが、完全ではない。だが、つまりは帰るための器がシルヴィアの世界にはあると言う事。まだ君はちゃんと生きておるのだよ』
全てを理解出来たわけではないだろうが、シルヴィアはユエが優しく断言すると安堵したのか表情を和らげた。