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 恐怖でユエの後ろから抱きつきそのまま胸に抱き上げるとため息をつきはしたが大人しくそのままでいてくれた。思えばユエをこれほどしっかりと抱き上げるのは初めてだなと、その暖かい重みに意識が向き少しだけ恐怖も薄らいだ。この機に乗じて進むべきだと意を決して寝室のドアノブに手をかける。


 ゆっくりとドアノブを下ろし、音を立てない様に慎重にドアを引き開いた。居室側から明かりが差し込むと暗闇の部屋の中を薄らと明るくする。電気をつけるべきか迷ったが見えすぎるのもなんだか怖くてそのままの光量で良しとした。ホラー映画では登場人物が電気も点けずに進む事が良くあるが、そのシーンにイラつくのは今後はもうやめようと心に決める。


 ドアを全開にするも、何かが飛び出してくる気配は無い。恐る恐る中へと足を踏みだし暗闇に目を凝らす。部屋の隅、居ない。ドレッサーの下、居ない。深く息を吸って、吐いて意を決すると一番何もいて欲しく無いベッドに目を向ける。


 居た。ベッドに横たわり微動だにしないそれは、まさに人で思わずヒッと小さく喉を鳴らして息を詰める。足元は布量が多いスカート状で先に出る足には可憐なヒールを履いている。なんと、足がある。


 せめて靴は脱いでいて欲しかったと思うこの時点で、既に恐怖心は無くなっていた。足があるのだから幽霊ではないだろう。近づいて見れば健やかな寝息を立てている。ただの眠れる異世界人ではないか。お化けの類なら落ち着いてはいられないが、異世界に精通している私は転移者が現れても動じない。


 ユエを離してやりながら更にベッドに近づく。格好からして貴族のご令嬢といった感じだ。その寝顔も絵に描いたお姫様の様に美しい。暗い室内でははっきりとは分からないが、絹を思わせる長い髪の色素は薄く銀色に見えた。息を飲む美しさにしばし見惚れていると長く重みのありそうなまつ毛が震えて少しずつ瞳を顕にしていく。最初は虚ろ気で、しかし見覚えのない室内に一気に覚醒して飛び起きる。このままヒステリックに悲鳴を上げられては敵わないので私は早口で自己紹介を始めた。


「落ち着いて!私は佐藤千歳と申します。訳が分からないと思うけど、取り敢えず冷静でいてね、あなたに危害を加えたりはしないと約束するから。ていうか、まず言葉は通じてる?」


 髪と同じく色素の薄い瞳を見開いて必死で恐怖を抑えてくれている。近づいて来た幼な子の姿のユエも視界に入り幾分緊張が解けた様にも見えた。形の良い唇が震えながら動く。


「…ここは?」


 か細くも高めの声が日本語を奏でてくれた事にホッとする。


「ここは私の家よ。どう言うわけかあなたみたいな異世界の人や動物が迷い込みやすい場所になってるみたいなの。ここには私とこのユエしか居ないわ。乱暴をはたらくような輩は居ないから安心してね」

『千歳、動物とはまさか我の事ではなかろうな』

「他に誰がいるのよ?それよりも急にユエが話すからまた驚かしてしまってるじゃない」

『そうか、聞き馴染まぬか。これが我の意思疎通法なのだよ、まあすぐ慣れるだろうて』


 人ではないユエは言葉を口から発せずに脳に直接その意思を投げて寄越す。突然頭に湧き出でて耳に抜ける様な響きは、聞くと言うより一瞬で理解させられるのだ。初めてであれば誰でも驚くはずで、案の定ユエの声に再び目を見開いている。


「この子はユエと言って、あなたと同じ様にここじゃない世界から来ているの。動物ってのは不服みたいだから神様って事でいいのよね?」

『神であり世界であり、すべての命そのものだと言っておる』

「はいはい。そう言うわけで特殊な存在のユエは私たちの様に口で言葉を紡がないって事を覚えておいてね?」


 何が何やらって感じだろう。可哀想に、見開いた瞳はなかなか落ち着かない。しかし再び震わせながら口を開くと問いかけてきた。


「やはり、わたくしは死んだのですか?」


 そんな彼女の言葉に私とユエは顔を見合わせた。






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